コパンのうら
  • 16Oct
    • 悪意の重さ。

      悪意の重さに耐えられない。まず、感じたのはそれでした。映画館を出て、もうつらくてつらくて、まるで肉体が傷つけられたかのような痛みを全身に感じました。そして、耐えられないと思った時点で、自分もジョーカーと同類なのでは、という恐怖も。むかしから、アンチヒーロー(※)が生まれる過程に興味がありました。ナチスに対する関心(というと危ない人間みたいですが、ホロコーストの加害者と被害者と傍観者の心理に関心があるのです)から多くの関連書を読みました。スターウォーズシリーズでも、アナキン・スカイウォーカーがダース・ベイダーになるプロセスを描くエピソード1~3が一番好きです(一般的には人気が低めのようですが)。ホロコーストでは、問題は悪意よりも無関心だと知りました。ダース・ベイダーでは、恐怖や驕りや嫉妬や疑念によって「正義」の形が歪んでいくさまを見た気がしました。でも、ごく普通の良心的な人間が、これほどの悪意に満ちた世界に生きていたら? 誰かに必要とされたいという、ごく当たり前の願いが一度も叶えられない世界に生きていたら? 自らの誤った行動が人々を興奮させ、偶像として崇められ、これこそが自分の使命だと思い込んでしまったとしたら?少し前にはまった「おっさんずラブ」は、これとは真逆の、悪意がまったくない世界でした。わたしがあの連続ドラマに惹かれた一番の理由は、悪意のない世界をリアルに描いているところでした。『ジョーカー』を観終えた後、なぜか、田中圭が雑誌のインタビューで述べていたことをふと思い出しました。以下、転載します。僕が、『おっさんずラブ』で一番素敵だなと思うところは、主要な登場人物に、悪意がないところです。この作品のおかげで僕も露出が増えて、いろんなところで取り上げられるようになりましたけど、そうすると、『好き』とか『頑張って』という善意のメッセージ以外に、前よりたくさんの悪意に触れるようになった。それで、『あ、世の中には、こんなに悪意というものがあるんだな』と気づいたりして(笑)。 (中略)とはいえ、そのほとんど悪意のない世界が、あまりにもフィクションかというとそうでもない。悪意って、感情の中では明らかに無駄の部類だし、そんなもの撒き散らしても意味がない。この映画を見て、ちょっとでも、『悪意がない世界っていいな』『でも、案外リアルかもね』って思ってもらえれば。(withonlineより。https://withonline.jp/people/ent-encounter/foBH4?page=2)世界に悪意があることを認めつつ、それをうまくかわしながら生きていく器用さがあればいいのですが(あ、田中圭が器用だと言ってるわけでは決してなく、むしろもしかしたらその逆じゃないかと思ってるのですが)、そうじゃないと自覚してるからこそ、ナチスやダース・ベイダーやジョーカーから目が離せなくなる、のです、たぶん。そんなことを思いながら街をよろよろと歩きまわり(今自分はジョーカーと同じ顔をしてるのではないかという妄想や恐怖と戦いつつ)、ふらっと立ち寄った書店でたまたま手にとった本の、最初のページの数行にハッとしました。三十格好の瘦せぎすの男で、背は高いほう、座っているとひどく背が曲がっていたが、立つとそれほどでもなく、身なりにはそれほどではないにしてもいくらか無頓着なところがあった。ありふれた目鼻立ちの青白い顔に、苦悩した様子が見られたものの、といってことさら関心をひくわけでもなく、それがどんな種類の苦悩を表わしているのかは窺い知れなかった。窮乏生活や精神的な不安、辛酸をなめつくした末の無関心から生まれる苦悩など、さまざまな苦悩を表しているように見えた。なんと、まるでアーサー・フレック(ジョーカー)じゃないですか。その後もぱらぱらとページをめくり、この登場人物、ベルナルド・ソアレス(というか、むしろ著者フェルナンド・ペソア自身)がつづることばの数々に胸をわしづかみにされ、決して安価ではないその本を衝動買いしてしまいました(最近ではあまりないことです)。わたしは人生にそれほどわずかなものしか求めず、そのわずかなものも人生はわたしに拒絶した。一筋の陽射し、野原、少しの安らぎに少しのパン、自分が存在しているのを知ってもあまり苦しまないこと、他人に何も求めず、他人からも何も求められないことだ。フェルナンド・ペソアは、20世紀初頭のポルトガルの詩人。イタリアの作家、アントニオ・タブッキに多大な影響を与えました。タブッキは、大好きな須賀敦子さんによる訳書がいくつか出ています(わたしは『供述によると、ペレイラは…』しか読んでないのですが)。今日は是枝裕和監督の『真実』も観ました(カトリーヌ・ドヌーヴ、ジュリエット・ビノシュ、イーサン・ホーク出演)。『ジョーカー』にノックアウトされてぼろぼろだったのですが、すでにチケットを入手してしまっていたのでしかたがなく観たところ、意外にもするりと入り込めてしまいました。心も少しだけ軽くなったのでよかったのかもしれません(いや、決して軽い映画ではないのですが、まあ、『ジョーカー』と比べると)。サクラマチクマモトの映画館(10月1日のブログ参照)でまたハシゴをしてしまった。楽しかったです。※ 「アンチヒーロー」の定義がウィキペディアに掲載されていました。以下、興味深かったので転載します。1. 自分自身の目的を達成するためには、手段を選ばない。2. 復讐を目的とし、自身の行為が悪行であると理解しながら、非合法な手段を採る。3. 社会から求められている正義を成すために、非合法な手段を採る。4. 性格が人格者とは言い難い。行動様式に人格者とは考え難いものがある。5. 法律や社会のルールよりも、自分自身で定めた「掟」を優先し、「掟」に従う。6. 外観や能力が本来的には「悪」に属するものを源とする。7. 行為も目的も悪であるが、一部の生き方などが読者や視聴者の共感を呼ぶ。8. ストーリーの主たる部分で称賛される行動を採るが、普段は侮蔑されるような行動をしている。9. 現状の体制が良い物だとは考えておらず、反体制の姿勢を選択する。上の1つあるいは複数の要素を持つ人物が「アンチヒーロー」とされる。

  • 14Oct
    • 補聴器のこと。

      先日、「聴こえ」の専門家のお客さまがいらっしゃったので、今がチャンス、とばかりに、ずっと気になっていたことを伺いました。以下、自分の備忘録としてまとめます。●補聴器のご相談にいらっしゃる方は70代以上がほとんど。●たいていはひどい耳鳴りに悩んでいらっしゃる。●でも本当は50代くらいからかなり聴こえなくなっている。●聴こえは30代から劣化が始まる。●50代になると聴こえない音がたくさんある。●今の補聴器はブルートゥース搭載が標準。●つまり、マッチングさえすればヘッドフォンとして音楽もふつうに聴ける。音質も悪くない。●今後は翻訳機能もつく予定。若い頃からヘッドフォンを常用し、ライブで轟音を聴いていたので、いずれ耳が悪くなるだろうな、と覚悟はしておりました。当時から、目上の方たちに「あまりヘッドフォンばかり使ってると、歳とってから耳が聴こえなくなるよ。音楽だって聴けなくなるよ。あとで後悔しても遅いよ」と言われていたのですが、「今聴きたいんだからいいの! 後のことは後で考える。そもそも、歳とってからも音楽聴いてるとは限らないし」と、思ってました(口に出しては言わなかったけど)。そう、当時は、まさか自分が50代になっても音楽好きでいるとは思ってもいなかったのです。わたしの父はハワイアン好きで、それは若い頃に聴いてたかららしいのですが(ウクレレとか弾いてたらしい)、それでも毎日聴いてるようではなく、もちろんライブへ行くこともありません。母は演歌好きですが、やはりそれほど熱心なリスナーというわけではないようです(お友達とたまにコンサートに行ったりはしているようですが)。ふたりの妹も、流行りの音楽をちょこちょこ聴いてるくらいで、それほど音楽ファンというわけではなさそう。だからわたしも、もしかしたら音楽は聴きつづけるかもしれませんが、母のように演歌へ移行するか、あるいはクラシックやジャズを多少たしなむか、妹たちのようにその時々の流行りの歌に耳を傾けるか、せいぜいそのくらいになるんだろうな、とつらつらと思っておりました。そうなるのはなんだか嫌だな、悔しいな、と思いつつも。まさか、50代になっても、ひとりでライブにも出かけるガチの音楽ファン、しかもロックファンでいつづけることになろうとは(と言いつつ、ちょっとホッとしてる自分もいたり)。今では、60代になろうが、70代になろうが、シューゲイザーやパンクを轟音で聴いているだろう自分を容易に想像できます(と、これを書いてる今もWireという70年代後半のパンクグループのアルバムをで轟音で聴いてる最中)。だから「いずれ補聴器を使うようになったら、音楽は(轟音で)聴けなくなるの?」と、不安(いや、むしろ恐怖)だったのですが、上の専門家の方のお言葉に心底ほっとしました。すごいなー、補聴器のことってほとんど知らなかったのですが、日進月歩で進化してるんですね。まさか、ブルートゥース搭載でヘッドフォン代わりに音楽聴けるようになってるなんて。むしろ、それなら今すぐにでも補聴器に変えてもいいんじゃない? わたし? さいきん耳が聴こえにくくなってきたような気がするし、専門家に聴こえ具合を測定していただきたい気もするし。でも、かつて聴こえてた音が聴こえなくなってることは確かなんですよね。そしてそれは、たとえ補聴器を使っても回復できないんですよね。そう思うと、ちょっと(いや、かなり)悲しい……。せめて、好きな曲のなかのとくに気に入ってるフレーズの楽器の音は、ずっと聴くことができますように。キバナコスモスがそろそろ終わります。公園の方にもキバナコスモスが咲いてますが(写真右奥の赤丸あたり)、実はあれは去年の秋にうちで咲き終わったお花をちょこっと置いておいたら、今年咲いてしまったもの。少しは咲くかな?と、実験のつもりだったのですが、まさか群生するとは。キバナコスモスって怖いくらいにどんどん増えるんですね。今年はやりません。

  • 12Oct
    • Kill Your Darlings.

      作品そのものには心を動かされはしなかったものの、資料としての価値が高い映画って、たまにあるような気がします。 «Kill Your Darlings»(邦題『キル・ユア・ダーリン』)もそのひとつでした。おかげで、ビート・ジェネレーションへの理解が少し高まったような気がします。先日のウィリアム・カーロス・ウィリアムズつながりで、アレン・ギンズバーグ(WCWがもっとも影響を受けた同郷の詩人)を描いた作品を観てみたのです(Amazonプライムで無料でしたし)。アレン・ギンズバーグ(写真中:ダニエル・ラドクリフ)、ウィリアム・S・バロウズ(中央奥:ベン・フォスター)、ジャック・ケルアック(左:ジャック・ヒューストン)というビート・ジェネレーションを代表する作家たちは、第二次世界大戦中にニューヨークのコロンビア大学で出会いました。三人を引き合わせ、いつも仲間の中心にいたのが、ルシアン・カー(写真右:デイン・デハーン)。ギンズバーグは「ルーはぼくらの接着剤だった」と言っています。自由奔放で、過激で、美しく、魅力的で、退廃的で、危険で、魔性とカリスマ性を持った、彼らにとってのミューズ(男だけど)、そしてファムファタル(男だけど)。仲間うちでもっとも「ビートニク」だった人物。ギンズバーグにアルチュール・ランボーを教えたのもカーでした。バロウズは兄のように彼を保護し、ギンズバーグとケルアックは彼に魅了されます。そしてバロウズの親友のデヴィッド・カマラーは、まだ少年だったカーに出会うとすぐにメロメロになり、大学講師というキャリアを捨ててカーにつきまといます。嫉妬にかられてギンズバーグやケルアックに嫌がらせをし、執拗にカーを追いかけ回すカマラー。そしてとうとう1944年8月、社会を戦慄させる事件が起こります……。ギンズバーグ、バロウズ、ケルアックもその事件に巻き込まれ、彼らの青春時代はピリオド を打ちました。ウィキペディア(英語版)で調べた限り、映画のシナリオは、ほぼ事実に沿っているようです(1945年にバロウズとケルアックが共同で著した『そしてカバたちはタンクで茹で死に』を元に制作されたようです ←読まないと)。なぜ、ルシアン・カーはビートニクとして名を残せなかったのか? それは、彼だけが作品を創造しなかったからです。ルシアン・カーは事件後、UPI通信社の記者になり、1993年まで47年間同社に勤めつづけました。映画では、その後ルシアン・カーはビートニクたちと交流を絶ってしまったかのように見えますが(少なくともわたしはそう感じました)、どうやらその後も関係は続いたらしく、とくにケルアックとは親しくつき合いつづけていたようです。後年カーに会った人は、洗練され、人好きがし、有能で、すぐれたリーダーシップを誇る人物だった、と評しています。この写真は実物の四人です。左側をカットして、ケルアック、ギンズバーグ、バロウズ(左から)だけが映ったバージョンは見たことがありますが、こうして見るとルシアン・カーが写っているほうがずっと自然です(やっぱり美形だな)。いい写真ですね、かっこいい。映画のラスト、エンドロール直前にこの写真が現れるのですが、リバティーンズのBGM効果のせいか、全身に鳥肌が立ちました。ルシアン・カー。グッときます。こういう人物に宿命的に惹かれてしまう。歴史に名を残さなくても、人々の記憶に残る人。作品を創造しなくても、その人自身が作品のような人。時代の先頭を風を切って走り、みんなが夢中になってその後を追ったけれど、時代が終わってみたらいつの間にかいなくなっていた人。はかなくて美しいです。デイン・デハーンが魔性の青年カーを見事に演じきっていました。ダニエル・ラドクリフもハリー・ポッターのイメージを脱却して頑張っていましたよ(いまいちわたしの好みではないのですが)。ビート・ジェネレーションというと、ついこの曲を思いだします。この映画が80年代に作られていたら挿入歌になったかも?台風情報が気が気ではない中、どうせ何もできないのだからと、なかば逃避のつもりで書きました(おかげでいっときは無心になれました)。どうか「たいしたことなくてよかったね」で済みますように。そろそろ次の翻訳の仕事が入りそうなので(ただいま版権獲得準備中だそうです)、今のうちに、と一気にブログを書いてます。「また店に関係ないことばかり書いてる」と、呆れられそうですが。

  • 11Oct
    • ダンディとサービス。

      そうか、わたしのサービスの理想を一言で表現するならこれだ!と、ある本を読んで目からうろこが落ちました。ダンディ。あまりにもわたしの日々の生活とは無関係すぎて、そんな単語が存在することすら忘れかけていたのですが、堀江敏幸氏(またか)のエッセイ集『坂を見あげて』収録「完璧なダンディスム」を読んで気づきました。辞書(大辞林)によると、ダンディとは、男性の服装や態度が洗練されている・こと(さま)。「―な紳士」一方、堀江氏のエッセイにはこうあります。ダンディは、そしてダンディに追随する者たちは、まず外面的なところに存在意義を見出す。少し遅れて来る者たちは、彼がじつは流行を先取りし、後づけの世評に従っていただけだと悟って幻滅を覚え、逆に、身だしなみや協調性など無視した異端児のほうに英雄的な精神のダンディスムの典型を見出して、不覚を悟る。つまり、辞書の定義通りのファッショナブルでスタイリッシュなダンディを見て、最初は「かっけーっ」と憧れるものの、よく見るうちに「なんだよ、形だけじゃん」と失望し、逆にスタイルは過激だったり崩しすぎたりしてはいても、心に一本筋が通ってる人を見て「すげえ、クールじゃん、これぞダンディ」と開眼するようなものでしょうか。本書には「精神のダンディスム」とはどのようなものか、具体的には書かれていないのですが、自己研鑽を怠らず、感情や欲望に溺れず、地位や名声などにとらわれず、自らの義務を黙々と遂行する、ストイックな人を指すのかもしれません。いや、逆に、快楽主義者(エピキュリアン)だって、人間の自然な欲求に素直に従い、苦痛や恐怖を自らの意志で回避し、死の恐怖を克服し、日々に満足して平穏に過ごし、幸せになることを目標として生きるという点で、立派な「精神のダンディスム」と言えるのではないでしょうか。むしろ、サービスにおける「精神のダンディスム」には後者のほうがふさわしいのかもしれません。さて、堀江氏のエッセイではこう続きます。「完璧なダンディ」とは何かといえば、ボードレールにとって、それは、人柄の良さと慇懃無礼にもなりうる社交性を発揮しながらも自己規律をおこたらず、仕事に集中できるドラクロワのような画家を指していた。(中略)詩人にとって、この「完璧なダンディ」としての粋人は、絶対に到達できない理想に近いところに位置していた。わかる。ここではサービスの話に限定してダンディを語りますが、かつてのわたしは、姿形が美しく、声が落ち着いていて張りがあり、言葉づかいが丁重で、スマートな所作ができ、料理とワインの知識が豊富で、何があっても表情を変えず、何を要求されても動じない人を、最高のサービスとみなしてきました。そうじゃない、それだけじゃ足りない、むしろこれらのことは二の次だ、と気づいたのは、ここ数年のことです。最高のサービスとは、言うまでもなく、お客さまを心から楽しませることができる人、と同時に、お店を守ることができる人。一度ご来店された方が、ふとそのお店のことをどこかで思い出した時、パッと脳裏によぎるそのお店のイメージ、空気、色彩、匂い、音、温度、濃度……その空間にもう一度身を置きたいと思うか否かは、すべてサービスが鍵を握っていると思います。そういう時、「あそこの料理はもう一度食べたいけど、なんとなくあのお店には足が向かないな」と思わせてしまったら、それはすべてサービスの責任です。大事なのは、人間性、そして個性。個性に合わないサービスをしても、お客さまの心には響きません。とくにお客さまとの距離感においては、自分自身やお店の個性にあった距離の取り方をしないと、相手をドン引きさせたり、逆に物足りなさを感じさせたりしてしまう。自分はどういう距離感で接するのが一番受け入れていただけるか、もちろんお客さまひとりひとりで差はありますが、だいたいのパターンを会得しておいて、接しながら瞬時に微調整をしなくてはならない。マニュアル通りではなく、他人の真似でもない、自分だけにしかできないサービスが必ず誰にでもあるはずです。そして、日頃から自分の人間性も磨かなくてはならない。サービスにはすべてが現れてしまうからです。本当のサービスをするには、自分の人間性をすべてのお客さまに開く必要があります。すいません、自分をぜーんぶ棚に上げて言ってます……。ボードレールにとってのドラクロワ的存在、つまりわたしにとっての「完璧なダンディ」、絶対に到達できない理想に近い人は、東京のとあるフランス料理店にいらっしゃいます。先日のこと。わたし「ふう、おいしかったー、本当に何もかもおいしかったです!」完璧なダンディ「ありがとうございます。おかげさまでね、そうおっしゃってくださる方はたくさんいるんだけど……(急に小声になって)ねえ、知ってる? このお店の唯一の欠点」わたし「(思わず小声になって)え、なに、なに、なんですか?」完璧なダンディ「サービス(と言いながら、にやりと笑って去る)」か、かっけえーーーっ。またあのサービスを受けたい、と思うのと同時に、絶対に到達できない理想だわ、と思い知らされるのです、毎回。さ、がんばろ。写真は今日の夕刻の空。台風19号が心配です。進路にお住まいの皆さま、どうぞくれぐれもお気をつけて。「ちょっとようすを見てくる」とか言って外に出るのは、ぜーーーったいにやめてくださいね(←台風時にうちのシェフがよくやること)。

  • 10Oct
    • 矛盾と偶然。

      今、厨房でシェフが秋刀魚を数尾さばいています。カウンター越しにこうしてパタパタとキーボードを打っているわたしのところまで、生々しい血の匂いがぷーーーんと漂ってきます。そちらの方を見やると、大きな包丁をざくざくと振り回しながら慣れた手つきで魚をあやつる姿。透明の使い捨て手袋をはめた両腕が深紅に染まり、かなりワイルドでちょっとグロくて、いかにも「ザ・ブッチャー」という感じですが(肉じゃなくて魚だけど)、どうしてふだんあれほど血が苦手な人が魚や肉の血は平気なのだろうと、本当に不思議でしかたがありません。女性の使用済み生理用品(お食事中の方、すみません)はきちんとティッシュにくるんであっても見ることもできないし、わたしが鼻血を出すたびに(←鼻炎持ちのせいかけっこうしょっちゅう鼻血が出る)顔面蒼白になって「わわわわわ!!!」と叫んで目をそらすくせに。魚だけでなく、もちろん肉も日常的にさばきます。やろうと思えばヘビ以外はさばけると思う、と豪語してますが(←ヘビは苦手)、え、ウサギも? ねえ、むかしウサギ飼ってたんでしょ?(わたしに会う前の若い頃に飼ってたそうです) フランス料理ではウサギもふつうに食べるけど、ウサギもさばけるの? ねえ? そういえば、フランスでは、愛玩動物(イヌ、ネコ、ウサギなど)を虐待したら懲役2年の有罪になるそうで、日本でもぜひ動物虐待を厳格に処罰してほしいと思うのですが、なぜか食用のウサギは例外なのだそうで、え、なに、同じウサギなのに、なんなの、その矛盾? ……まあ、社会っていうのは矛盾だらけなものですけどね。さて、世の中には矛盾が多い一方で、不思議な偶然も多いです。9月5日のこのブログ(『バタ会い』)にも書きましたが、さらに2件の偶然エピソードを追加します(何の記録だ)。ひとつめは、前回書くのを忘れてたのですが、わたしの友人(東京在住)が、5年くらい前に旅先で出会って家族ぐるみで仲良くなった方たちが、うちのお客さまだった、という件。ついこの間、その友人と久しぶりに会ったのですが、その方たちと今も連絡を取り合っているとのこと(それ自体もちょっとびっくり)。その方たち、以前は熊本市内からうちにご来店いただいてたのですが、いつの間にか遠方に引っ越されてしまったらしく、しばらくお会いしていません。わたしの記憶だと8年くらいのブランクがあるのですが、ステキなご夫婦で、熊本市内のドイツパン屋さん(←仲良くしていただいているお店)でバッタリ会ったこともあるせいか、強く印象に残っています。またお会いできるといいなあ。そして2件目は、実はつい昨日知ったばかりですが、わたしが20代前半に東京で勤めてた会社の同僚(東京在住)のお友だちが、なんと山鹿在住で、うちの店から5分くらいのところに住んでらっしゃるとのこと(!)。元同僚の学生時代の仲よしさんらしく、最近LINEで交流が復活したのだとか。元同僚は同じ部署の一つ年下の後輩で、年齢も業務内容も近かったので、会社在籍中は親しくさせてもらってました。わたしが辞めた後も女子会で一緒に飲んだりしてましたしね。うーん、前回も書いたように、山鹿にはわたしの小学生時代(埼玉)のクラスメートもいるし……なんなんだ、山鹿。人口153万の福岡、74万の熊本ならわかるけど、たった5万の小さな市だというのに、このバッタリ率の高さ。わたし自身は決して友だちも知り合いも多くないのに(むしろ平均より少ないと思う)、偶然にもほどがある。矛盾と偶然。どちらも論理的に検証することで解消できるのかもしれませんが、わたしは個人的にはどちらもそのまま受け入れたいタイプです。すべてのつじつまがきちんと合い、すべてのことに意味や因果性がある、ということの方が不自然な気がしてしまうのです。最後に、上とはまったく関係ないですが、今日ふと思い出して再読したくなった、大好きな詩を。堀江敏幸氏は『彼女のいる背表紙』というエッセイ集で、このふたり(Iとyou)の関係性をどう思うか、という問いを投げかけています。恋人同士、若夫婦、老夫婦、兄弟姉妹、親子……わたしは、この詩が登場した映画『パターソン』(ジム・ジャームッシュ監督)の影響で、若夫婦のイメージが強いのですが、読む人によってイメージは大きく変わるのでしょうね。THIS IS JUST TO SAYI have eatenthe plumsthat were inthe iceboxand whichyou wereprobablysavingfor breakfastForgive methey were deliciousso sweetand so coldWilliam Carlos Williamsアイスボックスに入っていたプラムを食べちゃったそれはたぶんきみが朝食用にとっておいたもの許しておくれすごくうまかったんだとっても甘くってとっても冷たくって堀江敏幸訳実はIとyouの関係には正解があって、30代の作者が妻に当てた手紙なのだそうです。

  • 08Oct
    • 鯉と父と甲本ヒロト。

      川魚は好きなんです、もともと。アユのおいしさにはすでに小三の時に北関東のやな場へ連れていってもらって開眼してたし、ヤマメも、ニジマスも、魚じゃないけど川ガニやスッポンも好きだし、むしろ、海の魚より好きかも?ってくらい。でも、コイだけはどうしても躊躇してました。あ、鯉こく(鯉の味噌煮込み汁)は好きです。毎夏、日田(大分)のやな場にアユ料理を食べにいくと、セットで鯉こくも出てくるので、そこでおいしさを知りました。でもね、鯉のあらいとか、たたきとか、そういうのってどうなのかな、臭くないのかな、クセがあるんじゃないのかな、と、まあ、たまたま行ったお店のメニューにあったら食べてみてもいいかな、一生に一度くらいは、とは思うのですが、遠路はるばるあえて鯉料理尽くしを食べに行くというのは、うーん、ちょっと、と。でもシェフが行きたがってましてね、前々からずーーーっと。佐賀の小城と有田に専門店が多いことは知ってたんです。そしたら、どうやらシェフ、わたしが知らないうちに、どのお店がいいかひとり研究してたようです。そしてつい先日「ここ、どう?」とおそるおそる提案されたのが、出版されたばかりの「ミシュランレストランガイド 福岡・佐賀・長崎」でビブグルマンを取ったというお店。ミシュランにはめっぽう弱いわれわれ……(ミシュラン好きを自称して早や20年余。シェフはフランスのレッドガイド、わたしはグリーンガイドからスタート)、そーかー、しかたがない、ミシュランが勧めるなら行ってあげてもいいかな(何さま?)。ということで、行きました、有田の鯉料理店(前置き長いな)、高速で2時間かけて。結果、大満足。すっごくおいしかったです。臭くてクセがあるどころか、すっきりしていて、食感がよく、みずみずしく、清らかさを感じました。伝統と創意工夫を感じる洗練されたお料理。お食事をする環境も素敵でした。四季の自然を感じるお庭を見渡せる離れの個室。食器はもちろん有田焼です。併設されるカフェのマスターはバリスタの資格をお持ちで、ラテアートコンクール入賞経験者だそうです。カプチーノのカップも特注の有田焼を使われてました(気に入ったので入手先を教えていただきました)。なんだかわれわれ、しょっちゅう佐賀に行ってるような気がしますが……しかたがない、好きなんですから、佐賀。行きがけに聴いていたFM佐賀に、ザ・クロマニヨンズの甲本ヒロトと真島昌利(敬称略ですみません)が出演されていて、甲本ヒロトの声とか話し方っていいなあ、と思いながら聞いていたのですが(新曲の「クレーンゲーム」をかけてました)、食事の後に立ち寄った武雄市図書館(また行ってるし)でたまたま開いた本に甲本ヒロトが出てきて、おお、これは奇遇な、と。歳をとったせいか、さいきんはこういう類いの奇遇を見逃さないよう気をつけています。けっこうありますよね、一日の早い時間帯にたまたまメディアで見かけた人(あるいは映画、音楽、アート作品など)を、同日の遅い時間帯にまったく別の場所でまた見かけるということ。とくに、ふだんはあまり接点がなく、関心も薄くて、見聞きすることも考えることもほとんどない人(あるいは作品)だったりする場合、もしかしたらそこに何か「ヒント」があるのかも、と思うのです。何のヒントかって?それはあれですよ、あれ。わたし、人生はゲームだと思ってて(まさに「人生ゲーム」)、どこか(宇宙だかあの世だか知りませんが)からなんだかわからないミッションをたくさん与えられてるんだけど、その正解はもちろん、与えられたミッションさえ何なのかわからなくて、で、生きている間のあらゆる瞬間に「当たり」や「ハズレ」や「地雷」が仕込まれていて、だからちゃんと生きなくちゃいけないんだけど、そのちゃんと生きるってどういうことなのかもわからないっていうすっごく難しいゲームで、で、そのルールがわからないゲームをクリアするための唯一のヒントが「シンクロ」とか「偶然」とかなんじゃないかって思い込んでるんです。だから「ヒント」を見逃さないよう、図書館でその本(穂村弘との対談集)を借りてきたんですけどね。で、さっそく読んでみて、胸に一番響いたのがこちらの言葉。生活における「もったいない」は美徳だと思う。だけど、人生に「もったいない」という価値はいらないんです。それは人生をクソにする。ほんと、それ。そして、これを読んだわたしはこうも言い換えてみたくなるのです。生活における「役に立つ」は美徳だと思う。だけど、人生に「役に立つ」という価値はいらない。それは人生をクソにする。よし、これが「ヒント」だったことにしておこうっと。ちなみにわたし、ふだんゲームに無関心なのは(インベーダーゲームに始まり、マリオも、RPGもやったことがない)、人生ゲームに夢中だからだと思うんです。それにしても、甲本ヒロトのルックスってわたしの理想ドストライクだわー(写真左。右は穂村弘)。本当に心の底からこういうルックスに生まれたかったんです、わたし。で、50すぎても、60すぎても、70すぎても、ニット帽とバンドTと細いデニムとドクマでどこにでも行く人間になりたかった。さて、タイトルの「父」ですが、今日初めて気づいてすっごくびっくりしたんですけど、わたしの父の名前って甲本ヒロトと同じじゃん!(漢字が違うけど) カタカナにするだけでこんなに印象ちがうんだ、名前って、と思いました。あー、驚いた。なんだかいろいろと脈絡のない日記でした、すみません。

  • 02Oct
    • パラレルワールド。

      多くの人たちから愛されたドラマがありました。すべての登場人物が魅力的で、彼らを演じる役者さんたちの演技が素晴らしく、そのやさしくてあたたかくてリアルな世界観に、多くの人たちが魅了されました。とりわけ、そこで恋人同士を演じたふたりの主要人物が、というか、そのふたりを演じた役者さんたちが、おそらくそうとうの苦労をされた上で役柄にどっぷりと入りこみ、登場人物自身を生ききった、そのまさに身を削るような演技に、多くの人たちが胸を打たれました。撮影期間中、ふたりは役中人物になりきるために、実際に多くの時間を共に過ごし、互いに相手を「人として」本当に好きになることに成功したようです。この作品で初めて共演したふたりが、生涯の友になったという話も聞きます。その空気が作品にもきちんと現れていて、そのため観る人たちはふたりを実在する人物とさえ錯覚するようになりました。この作品では、ふたりのエピソードや今後のストーリーに大きな余白が残されていたため、観る人たちは想像力でその余白を埋める努力をし、それぞれの心の中でふたりは生き続けることになりました。ところが今回、この作品は、恋人同士の片割れである主人公(と、もうひとりの主要人物)を除くキャスト総入れ替えで、でもそのふたりの登場人物の名前とベースとなる役柄はそのままで、相手役と舞台を変えて「シーズン2」として再スタートすることになったようです。つまり、先のドラマで永遠の愛を誓った恋人同士のストーリーが「一旦チャラ」「なかったこと」になり、主人公が新たな登場人物と新しい関係を築いていくようなのです。怒ったのは、先のドラマを愛し、その世界観を慈しみ、その恋人同士を「実在する人物」とほぼ変わらない存在として見守り、まるで友人や家族に対するように胸の中に大きな居場所を築き、ふたりのストーリーを心のなかで大事に育ててきた人たちです。そりゃ怒るよなあ、傷つくよなあ、悲しいよなあ。とりあえず、制作側の思惑や意図や計算をうんぬんするのは置いておいて、気の毒なのは、シーズン2で別の相手と新たな関係を築いていかなくちゃならないメインキャストの役者さんです。ご本人も「そりゃおれらだって全員でやりたかったんすけどね」「実際おれも降りるって言っちゃったんですよね」とブログでおっしゃってましたが、そりゃあ、やりたくなかったでしょう。先の登場人物を本気で生きて、本気でパートナーを愛し、永遠の愛を誓ったばかりなのに、同一人物としてまた別の人を愛さなくてはならないのですから。ついこの間まで、「あいつら(自分たちが演じた役柄のこと)、仲よくやってんのかなあ」と、なつかしそうに言っていたというのに。シーズン2の設定、前回の世界のパラレルワールド、なんですって。パラレルワールド、辞書にはこうあります。四次元宇宙に,我々の世界とともに存在しているとされる異世界。四次元宇宙を三次元宇宙の集合と考えて導き出されたもの。SF でしばしば題材とされる。多次元宇宙。(大辞林より)でもね、わたしの理解してるパラレルワールドってこれじゃないんですよ。つまり、「多次元宇宙」ではなく「相互干渉世界」。パラレルワールドってどうやら、この世界とは無関係の遠いどこかにある世界ではなくて、すぐそばに隣り合わせに存在してる世界らしいです。これって、量子論で科学的に説明できるんですって。複数の世界が同時に同じ場所に存在しうることは、量子論で有名な思考実験「シュレーディンガーの猫」でも説明されています(「量子的重ね合わせ」というそうです。詳しくはググってみてください)、そこで大きな役割を果たすが「観察者」の存在。相手(あるいは現象)を観察する、あるいは観察しようとする行為が、その相手のふるまい(あるいは現象)を量子レベルで変化させることが、ある実験によって明らかになっています(なぜそうなるかはまだわかっていませんが、そうなることは確かだそうです)。嘘みたいな話ですよね? でも、以下の「二重スリット実験」によるとそうらしいんですよ、驚くことに。わたし、この説をわりと頭ごなしに信じてるところがあって(苦笑)、パラレルワールドにいる自分のことを考えたり、向こうの自分もわたしのことを考えたりすることで、互いに干渉しあってると信じてるんです。だから、わたしがふと向こうのことを思いだした時って、向こうもわたしのことを考えてたんだな、と思うんです。死んでしまった人のことも同様です。たとえば、ふと死んでしまった人のことを思いだして、どうしてだろう、と思ってちょっと調べたらその人に関するイベントがあったり、翌日がその人の命日だったり(わたし自身はその人の命日を忘れていたというのに)すると、あ、干渉してくれてたんだな、と思います。で、そういう時は、なるべく仕向けてくれたらしい方向へ進むよう心がけます。話をドラマに戻します。シーズン2、主人公を演じる役者さんにとってはすっごく難しいものになると思うのですが、もしかしたら、今回の役柄に再びどっぷりと入りこむことによって、先の作品で生きた自分と干渉しあう、一種不思議な体験ができたりするんじゃないかしら、と思ったりもするんです。それこそ身を削るような演技になるとは思いますが。さらに、先の作品でパートナーだった相手の存在、そしてふたりの存在を自分の心に取りこんだ多くのファンたちによる干渉も、もしかしたら予想もつかない化学変化を起こすかもしれない。決して、非科学的なことを言ってるつもりはないです。量子力学って物理学のひとつですものね。そういう意味で、わたしはわりとシーズン2を楽しみにしています。これでもいちおう、発表があった当日は、自分でも説明のつかないショックでそうとう狼狽したんですけどね。50代にもなってこのミーハーっぷり、自分でも呆れますが(苦笑)。あとほら、言霊ってあるじゃないですか。「おまえが地球の裏側でがんばってると思ったら、おれもがんばれる」前作でのラストシーンにおける、主人公のセリフです。つまり、この作品のパラレルワールドは、実は前回の世界を「一旦チャラ」にも「なかったこと」にもしてはいなくて、今回の世界にいつでも干渉できるくらい、すぐそばにずっと存在しつづけているはずだと思うのです。そして、誰もがそう思えるようなパラレルワールドを築いてくれることを、一ファンとして祈ってます。

  • 01Oct
    • サクラマチクマモトにハマる理由。

      今、山鹿から熊本市内までのバスの運賃っていくらくらいなんですか?先日、車の運転がお上手でフットワークの軽いお客さまから、そう尋ねられました。ヘビーバスユーザーのわたしですが、いつもICカード払いなので正確な料金を覚えておらず、だいたいのところをお答えしたところ、目を丸くして「高い!」とビックリされてました。その会話を小耳に挟んだシェフも「高い!」と驚きます。そう? ふつうじゃない?バス、いいですよー。iPodsで好きな音楽を聴きながら(昨日は、先日ブログにも書いた80年代お気に入りソングのプレイリストを聴いてました)、車窓を眺めてぼーーーーっとしてると、あっという間に70分が経過(山鹿から熊本市内までの所要時間)。本は読みません、乗り物酔いするたちだから。スマホも見ません、ガラケーユーザーなので。本当になーんにもせずに、ただただぼーーーーっとしてます。最近そんなふうに過ごせることはほとんどないので、本当に貴重な時間です。昨日の定休日は、熊本市内のかかりつけの病院へ行って定期検診を受け、その後はずっとバスターミナル併設の新しい商業施設、サクラマチクマモトで過ごしました。ちなみに定期検診、芸能人がその病気の手術をしたり、そのために亡くなったりした直後はすっごく混むのですが、最近話題にならないせいか昨日はガラガラでした。でもきちんと受けたほうがいいですよね、定期検診。さて、サクラマチクマモト。ショップのラインナップや高額な駐車料金へのご不満、町の中心から離れていて不便というご指摘、建て替える前のむかしの施設への郷愁など、ややネガティブ寄りなご意見をちょこちょこ見聞きし、熊本市民でもないわたしがそれに反論するつもりはまったくないのですが、個人的にわたしは大歓迎です。だって、映画館が入ってるんですよ? それだけで「いいね!」101回連打しちゃいます。ふふふ、わたし、気づいちゃったんです。ここの映画館で最終回のレイトショーを見ても、山鹿行きの最終バスには間に合うということに。これはいい(力説)。だって、映画館(建物4階)からバス停(建物1階)まで、エレベーターで5分ですよ? 平日の山鹿行きの最終バスなんて、100%座れるに決まってるし(現に昨日も山鹿まで行く乗客はわたしひとり)、待合所は屋内なので冷暖房完備だし、近くにコンビニがあるのでコーヒーも飲めるし、東京の電車とちがって乗り換えもないし、人混みをかきわける必要もないし、お酒くさいおじさんも、酔った勢いで大声で話してる若者たちもいないし、脂とお酒と吐瀉物が混ざったような匂いもしないし、構内の騒々しいアナウンスもないし、ちかちかと目に痛いネオンサインもないし、歩く距離も少ないし(最寄りのバス停から自宅まで徒歩5分)、静かで、秩序正しくて、クリーンで、暗闇に沈む車窓の風景は美しいし、まさにストレスゼロ。東京に住んでた頃は、とにかく電車移動がうっとおしくて、だから最終的にはチャリで走り回ってたのですが、疲れるし、時間はかかるし、人混みをかき分けるのが面倒だし、夏は暑くて冬は寒いし、夜間の走行はちょっと危険だし。だからつい出不精になって、友人と飲む約束でもなければあまり出歩かなくなったりして。あーあ、パリにいた時みたいに気軽にふらっと映画のレイトショーに行きたいなあ、と、ずーっと思っていたのでした。まさか、その夢が山鹿で叶うとは。で、どういうわけか、二度目の『おっさんずラブ』(苦笑)。いえ、いろいろ確認したいことがあったものですから。前にも書いたように、映画はそれほどでもなかったのですが、今ちまたで問題になってる「パラレルワールド」が気になって(ここで詳しくは説明しませんが、気になる方は「おっさんずラブ パラレルワールド」で検索すると情報がたっぷり出てきます)。あ、その直前に観た(ハシゴした)『ホテル・ムンバイ』は、面白かったと言っては語弊があるかもしれませんが、よかったです。平日だからでしょうか、レイトショー、お客さんが少なかったです。最初はひとりきりかと思って焦りました(で、写真を撮ったり)。映画館がつぶれてしまわないよう(ホント、困るので)、足しげく通うことを誓います。あとは、書店があればですねー、もう言うことなしです、サクラマチクマモト。個人的な希望を述べさせていただくとしたら、小さくてもエキナカらしくスマートでキリッとしてキビキビした品揃えの書店を。ほら、品川駅のecuteに入ってるみたいなやつ(わかる人います?)。メゾンカイザー併設カフェで軽食を取ってからの、映画鑑賞(食べる前に写真撮るのを忘れてこんなことに)。2階のスタバもゆっくり読書するのに向いてそうな雰囲気でした(本当に書店があるといいのに)。サクラマチクマモトの屋上庭園から見た風景です。後ろ姿は巨大くまモン。ひとりきりの楽しい休日でした。

  • 30Sep
    • 30 favourite songs from the '80s。

      このところ、ずっと音楽から離れてました。何を聴いてもちっとも胸に入ってこない、細胞にしみてこない感じがあって、このままずーっとこんなんだったらどうしよう……と不安に思ってたところ、FBのタイムラインに流れてきた記事に目が止まりました。タイトルは「ロバート・スミスの80年代のお気に入りソング30曲」(以下、コピペします)。Robert Smith 30 favourite songs from the ’80sABC – ‘The Look of Love’The Associates – ‘Tell Me Easter’s On FridayBananarama and Fun Boy Three – ‘It Ain’t What You Do It’s the Way That You Do It’David Bowie – ‘Let’s Dance’Kate Bush – ‘Cloudbusting’Cocteau Twins – ‘Persephone’Cristina – ‘Things Fall Apart’Daf – ‘Sex Unter Wasser’Depeche Mode – ‘Personal Jesus’Dinosaur Jr – ‘Freak Scene’Echo and the Bunnymen – ‘The Killing Moon’Peter Gabriel – ‘Red Rain’The Human League – ‘Human’The Jesus and Mary Chain – ‘Some Candy Talking’Joy Division – ‘The Eternal’Chaka Khan – ‘I Feel For You’Madness – ‘Return of the Los Palmas Seven’Mel and Kim – ‘Respectable’My Bloody Valentine – ‘Lose My Breath’New Order – ‘Everything’s Gone Green’Yoko Ono – ‘Walking on Thin Ice’The Pixies – ‘Gigantic’The Pretenders – ‘Don’t Get Me Wrong’Prince – ‘Starfish and Coffee’Psychedelic Furs – ‘Heaven’Siouxie and the Banshees – ‘Dear Prudence’Soft Cell – ‘Tainted Love’The Sugarcubes – ‘Birthday’Suzanne Vega – ‘Small Blue Thing’Tom Waits – ‘In the Neighborhood’ロバート・スミスというのは、キュアーというイギリスの音楽グループ(現在も活動中)のフロントマンです(以下、ロバスミと略します)。昔から好きでした。読んでみると、おおお、30曲中25曲くらいはわたしも好きな曲ではないですか! え、もしかして、ロバスミとわたし、音楽の趣味がものすごく近い? そうなの? そうだったの? ただ、正直、「うーん……でもそのミュージシャン(グループ)だったら、わたしは別の曲を選ぶなあ」と思ったものも多く、微妙にずれてる感も。こうなってくると、自分のリストを作りたくなるのが人情というもの(え、わたしだけ?)。で、作りました。Art of Noise «Moments in Love»Aztec Camera «Still on Fire»Cocteau Twins «Amelia»The Colourfield «Take»The Cure «Disintegration»Dave Stewart & Barbara Gaskin «Do We See the Light of Day»David Bowie «Ashes to Ashes»Depeche Mode «My Secret Garden»The Dukes of Stratosphear «Pale and Precious»Duran Duran «Planet Earth»The Durutti Column «Sketch for Dawn (I)»Edwyn Collins «If Ever You’re Ready»Felt «Stagnant Pool»Fun Boy Three «Our Lips are Sealed»Japan «Life Without Buildings»Jesus & Mary Chain «Upside Down»Joy Division «Dead Souls»Kate Bush «Heads We’re Dancing»Madness «Grey Day»My Bloody Valentine «Cigarette in Your Bed»New Order «State of the Nation»Orange Juice «Rip It Up»Prefab Sprout «The Venus of the Soup Kitchen»Prince «Pop Life»Psychedelic Furs «Blacks / Radio»Scritti Politti «Wood Beez»The Smiths «Queen is Dead»Sonic Youth «Teen Age Riot»The Style Council «The Lodgers»XTC «Living Through Another Cuba»実際に作ってみると、思ったよりロバスミと被らないものだなあ。30曲限定だとかなり絞らなくちゃならないから、優先順位がそれ以下のものが消えちゃうんですね、エコバニとか、ヒューマンリーグとか、バナナラマとか、ソフトセルとか、スザンヌ・ヴェガとか。うーん、ちょっと残念。ちなみにこのリストは、2019年現在のわたしが(80年代の頃のわたしではなく)好きな80年代の曲です。当時からずっと好きなものもあれば、最近聴きはじめて好きになったものもあります。ひとりのミュージシャン(あるいはひとつのグループ)につき1曲ずつ、としています(選ぶの難しかったー)。長く活躍しているミュージシャン(グループ)についても、80年代の作品からピックアップしています。つまり他の時代にはもっと気に入っている曲があるとしても、ここでは選んでません。ちゃんとプレイリストも作りましたよ。さっそく聴いてます。当然ですが、全部好きなので、テンションがぐんぐん上がります。というわけで、ロバスミのおかげで無事、音楽熱が復活! 一件落着です。……ま、ずっと音楽から離れてたって言っても、ここ2、3週間の話なんですけどね。以下、せっかくなのでいくつかピックアップして貼っておきます(比較的聴きやすいと思われるものを選びました)。すみません(汗)、お店のブログを完全に私物化させてもらいました……(あー楽しい)。今ですね、翻訳の仕事がなくて、夜、わりと時間があるんです。わたしがブログを更新してない時は翻訳で忙しい時だと思ってください(実は今年の前半はけっこうヘビーでした)。このままちょっと休みたいような気もするなあ、と思いつつ、翻訳は前触れなくやってくるもの。次はいつになるかしら。今のうちに、書いたり、読んだり、聴いたり、観たりして思いきり楽しむことにします。皆さんも秋の夜長を楽しくおすごしください。寝不足にはお気をつけて(←おまえもな)。

  • 27Sep
    • つながりはつくりたくない。

      つながりや依存関係はつくりたくないので、同じところへは二度と行かない。ジュンパ・ラヒリの最新小説『わたしがいるところ』の一節です。これを読んだ瞬間、自分のなかのジレンマを強く意識しました。わたしもかつて、そういうタイプの人間でした。なるべくなら、余計なつながりはつくりたくない。面倒くさいから。かといって、他人に無愛想に接したり、無関心を装ったりもできない。できるだけ愛想よく接して、相手に一定の関心を抱いてしまうからこそ、面倒くさい。「今日はどちらから?」「学生さんですか?」「これからどちらへ?」などと笑顔で話しかけられたら、同じくらいの笑みを返して、なるべく誠実な返事をしようと努力する。でも、そのお店へは二度と行かない。相手を失望させたくない、と思ってしまう自分が面倒くさいから。うまく笑えなかった、と後で落ち込む自分が面倒くさいから。次に話しかけられたらどうしよう、と構えてしまう自分が面倒くさいから。そんなむかしの自分を覚えているからこそ、今、お客さまと接する時にいつも迷いが生まれます。わたしの表情が、わたしの一言が、お客さまに「面倒くさい」「もうこの店に来るのはやめよう」と思わせてしまうのではないか。わたしがまっすぐ向き合おうとすることで「重たい」と感じさせてしまうのではないか、と。だからといって、なるべくなら、おざなりなことは言いたくないし、なおざりな態度もしたくない。すべての人間関係は一対一だと思っているので、なるべくなら、目の前にいる人から心をそらしたくない。常連さんであろうがなかろうが、ランチだろうがディナーだろうが、お金をどのくらい使ってくださろうが、まったく関係なく、すべての方に同じ心持ちで接したい、なるべくなら(さっきから「なるべくなら」を繰り返しているのは、自分の力不足を知ってるせいです)。でもそれは、すべての方と同じ距離で接するということとは違います。「お店の人とお客さん」という関係性における心地よい距離感というのは、人によって異なるはずです。でも、お店の人のキャラクターによっては、そんな個々の距離感など豪快に踏みつぶし、いかなる障害もなぎ倒しながら相手のパーソナルスペースにぐいぐい入っていって、それでも笑って許してもらえる、いえむしろそれを爽快で気持ちがよいと感じてもらえる人もいます(何人か存じ上げてますが、心の底から憧れます)。ただ、わたしはそういうキャラじゃない。「お店の人」になった今、「お客さん」との距離がじわじわと縮まっていく感じ、ものすごく嬉しいのですが(正直、売上が上がるとかよりずっと)、たぶん、それを最終目的にしてはいけない。そこを無理強いしてはいけない、とくにわたしの場合。つながりをつくりたくないという人に、それでも本人も気づかないくらいの蜘蛛の糸ほどのわずかなつながりをこっそりと築いて(やっぱり「ゼロ」というのはどうしても嫌なので)、それを負担に感じずに来ていただくにはどうしたらいいだろうと、むかしの自分を思いだしながら考えています。そういう方ほど、もしかしたら自分に似てるのかもしれないと思うので。台風で倒れそうになったロシアンオリーブとユーカリを剪定し、もったいないので活けました。ずっと懸案だった、ぼうぼうの畑を耕すシェフ。まるでわたしが隠し撮りしてるような写真ですが、「撮って」と頼まれて、耕してる「ふうの」ポーズを取ってるところです。お疲れさまでした。

  • 21Sep
    • ある病の記録 "LOVE OR DEAD"。

      昨日の朝、目が覚めた瞬間、この世のあまりの空虚さにいっそここから消えてしまいたいとすら思ったので、さすがに「これはやばいかも」と焦りました。これはある種の「病」です。この手の「病」を長期間患うとろくなことにならないと経験上知っているので、今後は回復に向けてひたすら努力する所存です。ですがその前に、この「病」の全貌をここに記録しておきたいと思います。いったいなぜわたしはこのような「病」を患ってしまったのでしょうか。……それは、「おっさんずラブ(連続ドラマ版)」を繰り返し摂取することで、そこに含有される麻酔作用および依存性を有する毒性物質がわたしの脳神経を刺激し、集中力の低下、記憶力の低下、睡眠障害、食欲減退、幻覚、手足の震えなど、社会生活を著しく妨げる諸症状をもたらしたからであります。では、その毒性物質について、以下にご説明します。※ 同ドラマに関心がないという方、あるいはまだご覧になってなくて今後観る予定があるという方は、この先を読み進めることはやめてくださいませ。よろしくお願いします。1)田中圭の演技田中圭は、「おっさんずラブ」で主人公の春田創一(はるたそういち)を演じる俳優です。この人の演技は中毒性が高いのでくれぐれも乱用には注意が必要です。本作では、ひとつひとつの表情やしぐさやセリフが「春田創一」という人間性を実にリアルに表現しています。不自然なところ、破綻したところがまるでありません。「春田の行動やセリフってさ、台本どおりだと牧に好いてもらえないっていうか……でもおれ、ちゃんと牧と部長に好かれたい。だからおれ、ホントに台本無視っていうか、テキトーなことばっかやっちゃうんだけど」……と、田中圭は述べています(すみません、一字一句正しくはないのですが)。ええ、わたしもシナリオを熟読してるので(してるんかい)よく知ってます。シナリオだけ読むと、春田創一というのは、鈍感で、無神経で、自分勝手で、何もわかってない、精神年齢17歳くらいの(実年齢は33歳)ポンコツ男子です。なのにそれを、あそこまで愛すべき存在にしてしまう田中圭のすごさ。「だって、部長は春田のために、30年も連れ添った、あんなステキな蝶子さんと離婚までするんだよ? それに説得力を持たせないといけないし」田中圭のその決意と努力があらゆるシーンににじみ出ています。たとえばわたしが好きなのは、黒澤部長(男性です)にどれだけ熱烈にアプローチされても、決して上司に対するリスペクトを失わないところ。第一話の中盤(病院シーン)以降、部長がどんなに春田に接近し、時にボディタッチをしてきても、決してそれを自分から振り払うことはしません。とくに第三話、蝶子と一緒に部長を尾行したシーン。蝶子に見られないよう、部長に握られた手をやんわりと離さざるをえなくなった時のあのしぐさと表情! さらに同じ場面、部長がトイレに行った隙に蝶子と一緒に逃げだすのですが、部長の背後でそっと会釈しながら実に申し訳なさそうに立ち去ります。しかも、カメラに映ってるかどうか微妙な位置なのに! もう、田中圭っ!! 部長と並んでベンチに座る時の背筋の伸ばし方と脚の揃え方、部長の部屋に呼ばれた時のかしこまった態度もステキです。さらに、これまたすごく好きなのは、第七話で牧と一緒に地域のマンションに挨拶回りをする時、管理人らしい女性に「としえさんも元気でねー」と言いながら、その「としえさん」のほうに足を一歩踏みだすところ。他人との距離の取り方が絶妙です。あれはまさに、他人に好かれる距離感を直感で知っている人のしぐさ。わたしは他人との距離の取り方が下手くそで、でも仕事柄うまくなりたいと願っているため、この手のことにはわりと敏感だと思うのですが、こんなにうまい人(とくに男性で)はあまり見たことがないです。これ、田中圭はどこまで計算してやってるんでしょう? それとも春田に完全に憑依してるから自然にそうなるの? すごすぎる。田中圭の演技の中毒性の高さについては他にも山ほどあるのですが、きりがないのでこのへんにしておきます。では、次の毒性物質を。2)王道なのに革新的で、ファンタジックなのにリアル本作は「ラブストーリーの王道」を「男同士」が真摯に演じるドラマです。では、どうして「王道」なのでしょうか。まず、「消えた恋人を主人公は必ず見つけだす」というお定まりのパターン。ええ、牧が去っても春田は探し回ってちゃんと見つけだすんですね。「あの大都会でいなくなったら見つからないでしょ、フツー」と思うのですが、絶対に見つかる。これ、ラブストーリーの「王道」でしょう。もう一つが、「見ちゃう率100%」。これは田中圭自身が言っていたことですが、牧凌太という人は、見てはいけない聞いてはいけないことを必ず「たまたま」見聞きしちゃうんですね。いつも「いや、なんで今そこを通りかかる?」というタイミングで。これもまたラブストーリーのお定まりパターン。実に「王道」です。こうした「ラブストーリーの王道」要素に、登場人物たちのスラップスティック調のコミカルな演技が加わり、さらにその根底には「男同士の恋愛」という現代の日本社会においてはまだ革新的でチャレンジングとされる設定が横たわっています。これほど非現実的要素が満載なのに、決してファンタジーに陥らず、なぜか狂おしいほどのリアリティで観る人の胸を打つのです。まさに奇跡。そのキーパーソンは、やはり林遣都演じる牧凌太ではないでしょうか。田中圭が言うところの「切なさ担当」(第一話から最終話までずーーっと切ない!)のあの演技のリアリティが、この作品を上質なドラマに昇華させているような気がします。このように、ファンタジーとリアルのバランスが絶妙であるために、噛めば噛むほど味わい深い、中毒性の高い作品になっているのです。では、最後の毒性要素を。3)意地悪や憎しみや差別や固定観念がない世界「おっさんずラブ」の連続ドラマ版には「ゲイ」という言葉が一切出てきません(単発ドラマ版には出てくるのですが)。まるでそういう概念すら存在しないかのように。登場人物たちはみな、春田や牧や部長の男同士の恋愛をあたたかく見守り、応援し、祝福します。誰一人として差別意識や固定観念を持っていません。また、牧と部長、牧とちず、春田と武川、春田とマロ、春田と蝶子、部長とマロといったライバル関係にある者同士も、決して相手を憎んだり、卑怯な手を使って出し抜いたりせず、正々堂々と向き合います。そしてたとえ恋に破れても、決して相手を恨んだり仕返しをしたりしません。むしろ、同情したり、励ましたりします(例:春田に牧の思いを伝える武川(←正直、武川が牧のことを一番理解してると思う)、牧を心配して追いかけるちず(←わたしが大好きなシーン)、部長と春田の姿を見て目頭をおさえるマロ(←ラストシーンの背景)、部長が振られる姿に号泣する蝶子など)。ラブストーリーの起承転結というのは、身分違いや年齢差などを原因とした周囲の非難や中傷、あるいは、嫉妬にかられたライバルによる妨害や策略が軸になって展開されるのが「王道」だと思うのですが、本作にはそういう意味での「王道」は皆無です。むしろ、本作でもっとも固定観念、というか変なこだわりを頑なに抱きつづけているのは、主人公である春田自身です。春田と牧の恋愛における障害は、周囲の非難でもライバルによる妨害でもなく(部長も武川もちずも決してふたりを「妨害」はしない)、春田自身の「同性に恋してしまった自分の心」を受け入れられないこだわりです。牧をもっとも苦しめるのは、元カレ(武川)でもライバルたち(部長とちず)でもなく、いつまでも揺れつづける春田の心です。田中圭自身は、「春田は第一話からずっと牧を好きだったと思う」と言っています。なのに、自分の気持ちに気づかなかった。いや、きちんと自分の気持ちに向き合おうとしなかった。春田というのは本当に、マロとちずが言うように「超絶鈍感」で、部長が言うように「バカ」で、牧が言うように「何も見えてない」人。そんな春田をいかに「愛すべき存在」にするか、田中圭はそうとう考えて演技をしていたんだろうなあ、とつくづく感心します……と、再び「1)」に戻ってしまいましたが(苦笑)。ともあれ、こんなにやさしくて温かい世界を見せられると、つい、このつらく厳しい現実(?)から背を向けて、その虚構の世界にどっぷりと浸かりつづけていたくなります。中毒性が高すぎます。……というわけで、このままだと現実社会に適合できない人間になりそうなので、そろそろ卒業することをここに宣言します。先日公開された劇場版が、わたしには今一つだったこともよいきっかけになるかもしれません。劇場版は、同じ「王道」でも「エンタメ映画の王道」といった感じで、悪者が設定されていたり、中途半端な(すみません)アクションシーンがあったりと、どうも違和感と不自然さがぬぐえませんでした。今秋には連続ドラマ版のシーズン2が始まるそうですが、牧凌太(林遣都)は出演しないという噂も流れています。そうなると、パラレルワールドでの春田創一のまったく別のドラマが始まるのでしょうか。田中圭と林遣都のコンビネーションが絶妙だっただけにやや残念です。かといって、ふたりが続投して春田と牧の物語が続くのだとしたら、春田の心がもはや揺れていない今、今度のストーリーの起承転結はいったい何を軸に展開されるのでしょう。それもちょっと想像ができません。……と言いつつ、わたしの予想をよい意味で裏切ってくれることを、心のどこかでそっと期待してもいるのですが。アメブロに移ってから、お店に関する投稿をちっともしてないわたし……お店もきちんと毎日営業してます! よろしくお願いします!写真は、本文には関係ないですが、先日オープンしたサクラマチクマモト。「おっさんずラブ 劇場版」もこの4階にある新しい映画館で観てきました。バスヘビーユーザーのわたしとしては、バスターミナルでさくっと映画が観れるのがすごく嬉しいです。17年間ほど使いつづけてきたエスプレッソ用コーヒーミルがとうとう壊れてしまったので(右)、新しいのに買い換えました(左)。同じモデルのバージョンアップ版。粗さ設定と掃除がしやすくなりました。

  • 16Sep
    • 叱られて伸びる子。

      こんばんにゃ。『おっさんずラブ』のドラマ版で、主人公の春田創一の会社の後輩である栗林歌麻呂と、春田の幼なじみの荒井ちずとの会話。(春田とちずは単なる幼なじみで、恋人同士ではないとふたりが否定すると)麻呂「じゃあおれ、狙っちゃっていいですか?」ちず「え?」麻呂「顔がどストライックっす」(と、両手を差し出す)ちず「ありがとー(と、片手を出して握手)。ほらあたし、褒めて伸びる子だからー」そっかー、ちず、褒めて伸びる子なんだ。いいなあ。わたし、叱られて伸びる子、です。褒められて伸びた記憶はほぼない。いや、単に褒められたことがないだけかもしれませんが(悲)。逆に叱られて、苦言を呈されて、あるいは諭されて(少しは)伸びた経験ならごまんとあります。親をはじめとする肉親はもちろん、学校の教師、会社の上司、仕事のパートナー、取引先の人、友人……そりゃあね、「え、それ、理不尽じゃ?」と思うこともなかったわけではないですが、たいていは図星で、反省して修正せざるをえないことばかり。あるいは、その時はピンとこなくても後からボディーブローのように効いてきて、一生忘れられない言葉になったものも。おかげでちょびっとだけでも成長できた気がして「あの時言ってもらってよかったな」と、感謝しています。その時は相手に感謝の気持ちを伝えらなかったとしても。では、恥ずかしながら、わたしがこれまでに受けた三大苦言をご披露しましょう。1)人の悪口は言わない方がいいよ。言ってる時の自分の顔を見てごらん。2)あんまり感情を露骨に外に出さないで、もっとぐっとこらえてみなよ。3)言動が嘘くさくて信用できない。すべて20代に言われたことで、全員違う人たちですが、三人とも共通の友人です。今もこの三つは事あるごとに思いだして赤面しては、なるべくしないよう日々気をつけてるつもりですが、とくに2)が難しいです、今だに。たぶんわたし、感情表現が単純すぎるんでしょうね(恥)。いずれにしても、若いうちに指摘してもらってよかった、と、心から思ってます。とくに3)はねー、当時はめちゃくちゃ傷つきましたが、この時に言われてなかったら今頃どうなってたんだろう、というくらい鋭い指摘でした。そういえば『おっさんずラブ』(またかよ)で、大学生だった牧凌太が、不動産会社に勤めるOBの武川政宗を訪問した時、何の意見も意志もないぐずぐずした態度を武川に叱られ、のちに「おれ、他人にあんなに怒られたの初めてです」と言って、武川に惚れてしまうシーンもありました。……いや、わたしは相手に惚れはしませんでしたけど。その牧凌太も、武川と同じ不動産会社に入社し、わずか4、5年で武川を超えるエリート社員に成長し、会社を牽引する存在にまでなるのですから、牧も「叱られて伸びる子」ですね、明らかに(ちずとは違って)。さあ、ここまで読めばもうお分かりだと思いますが、わたし『おっさんずラブ』にはまってます(ドラマ版は20回くらい見てるのでもう全セリフを覚えました)。いわゆるOL民(たみ)です(←意味がわからない方はググってください)。あ、でも、わたしはBL好きや腐女子ではありません(たぶん)。なんていうか、自分の感情に気づかない(または気づかないふりをする)、あるいは、感情を表に出すまいとぐっとこらえる登場人物の表情やしぐさや行動を見るのが大好物なんです。というか、それをリアルに表現している俳優の演技を見るのが、大、大、大好物なんです(ほんっと上手です、田中圭も林遣都も吉田鋼太郎も)。……これってやっぱり、自分の感情表現が単純すぎるせいでしょうか?もしOL民に同じ傾向の人がいたら、ぜひとも『花様年華』(ウォン・カー・ウァイ)、『ランジェ公爵夫人』(ジャック・リヴェット)、『君の名前で僕を呼んで』(ルカ・グァダニーノ)を勧めたいのですが、うーん、いないかなあ、そういう人。それから、『おっさんずラブ』の登場人物たちはみな、1)生活における仕事の優先順位が高いところ、2)目の前にいる人との1対1の人間関係をなおざりにしないところ、も好きです。なんかね、さ、わたしもがんばろう、っていう気になれるんですよ。というわけで、明日、映画版を観に行ってきます(ようやく!)。もちろん、ひとりで(シェフにはまだ内緒)。あ、シナリオはすでに熟読して予習済みです(シナリオブックが発売されてます)。俳優たちがあのシナリオをいかに表現しているか、めちゃくちゃ楽しみです。好きな映像作品のシナリオやノベライズ、読むの大好きです。逆に原作が好きすぎる作品の場合、映像化作品は観ないのですが。写真は、本文には無関係ですが、7月18日の本ブログに書いた「無垢」さんに伺った時のもの。ほぼ夢の通り! いや、夢以上に夢のような空間でした。

  • 13Sep
    • 憧れの名前。

      ぐっとくる名前、というのがあります。堀江敏幸氏も、「ジョンソンという名前に私は弱い」と書いています(『時計まわりで迂回すること』収録「心の絆創膏」)。「このじつに平凡な面持ちの人名が目や耳を一瞬かすめただけで、なぜか、ああ、ジョンソン、と意味もなく心動かされてしまうのである」わかる。10代から20代前半の頃、一風変わった名前に憧れていました。しかも、姓のみ、名のみ、ではなく、姓と名を合わせたセットで。フルネームで。たとえば、勅使河原宏。そして、飴屋法水。さらに、森雪之丞。以上、当時の三大憧れネーム。ルックスや性格や経歴はどうでもよくて(←失礼)、とにかくその名前の音、そして字面に憧れてました。こういう凝った名前に憧れるのは、自分の名前があまりにもありきたりだからでしょうか。当時でさえすでに、かの有名な女優さんはもちろん、同じ学校の上級生、隣の学校の同級生、友達の友達など、数多くの同姓同名さんにすでにお会いしてきました(その後は、もっとたくさんの同姓同名さんに出会うことになるのですが)。そして20代中頃、遅ればせながらフランス語を学び始めてからは、フランス人の名前にも憧れるようになりました。とくに胸をわしづかみにされたのが、ジャン=バティスト、という名。最初に耳にしたのは、『インドシナ』という、カトリーヌ・ドヌーヴ主演映画だったでしょうか。ジャン=バティストは、ヴァンサン・ペレーズ演じるフランス海軍士官。カトリーヌ・ドヌーヴ演じる中年女性、そしてその養女であるインドシナ人の少女が、シュッとしたイケメンの彼に恋をします。別にヴァンサン・ペレーズのファンでもなんでもなかったのですが(←本当に失礼)、カトリーヌ・ドヌーヴが「ジャン=バティスト」と呼ぶ、その甘くて切なげな声にぐっときて、なんてロマンティックな響きの名前なんだろう、と思ったのです。あ、そうそう、その前に、ジャン=バティスト・モンディーノがいましたっけ。フランス人のファッションフォトグラファーで、ミュージックビデオディレクターでもありました。ドン・ヘンリーの”Boys of Summer”、ブライアン・フェリーの”Slave to Love”や”Don’t Stop the Dance”などが有名です(以下、参考までに)。スタイリッシュで、クールで、オトナっぽくて、モード系。わたし好みかといえば、まあそういうわけではないのですが(←本当の本当に失礼)、とにかく名前が素晴らしい。ジャン=バティスト・モンディーノ。うーん、いい(うっとり)。姓の「モンディーノ」もいい。カッコいい。でも80年代(わたしが20代前半の頃)、この方、日本では「ジャン=バプティスト・モンディーノ」という英語読みで紹介されていたんです(当時、わたしはまだフランス語を勉強してなかった)。でもそれじゃ、ちょっとね。「プ」が邪魔。キリッとしてない。やっぱり「ジャン=バティスト」じゃないと。だから、当時はピンとこなかったのです。そして、わたしの「ジャン=バティスト」好き(あくまで名前だけです)のセンスのよさ(?)を裏づける記載を、なんと、ジャン=フィリップ・トゥーサンの小説に発見しました(ちなみに、この小説家の名前もタイプです)。“Vérité sur Marie”(『マリーについての本当の話』、邦訳あり)という長編で、主人公の男性「ぼく」は、元カノのマリーの今カレ(マリーと一夜を過ごしてる間に心臓発作で死去)を「ジャン=クリストフ」と呼んでいます。でも男の本当の名前は「ジャン=バティスト」で、主人公もそのことは知っているのです。「おそらくぼくは、わざとあいつの名前を呼び間違えているのだ。名前をあえて歪めることに喜びを感じている。別に、ジャン=クリストフよりジャン=バティストの方がカッコよくてエレガントだから、というわけではない。名前を間違えることで、死んでしまったあいつにほんのちょっぴり意地悪をしたいだけなのだ(あいつがシモンという名なら、ぼくはピエールと呼んだだろう、そういうやつだ、ぼくは)」(拙訳)これって、ジャン=クリストフよりジャン=バティストのほうが、フランス人の目から見てもカッコよくてエレガントだってことですよね、やっぱり? 「というわけじゃない」とは言ってるけど、実際はそういうニュアンスですよね? 思い込み?さて、そんなふうに、ちょっと凝った名前がずっと好きだったわたしですが、さいきんはなぜかごくシンプルな名前に惹かれつつあります。ロバート・スミス(キュアーというバンドのフロントマン)とか、カール・ハイド(アンダーワールドというデュオのひとり)とか、田中圭とかね。いや、ただ単に本人を好きだから、という噂はありますが。おかげでこの歳になって、ようやく自分の名前に愛着を感じるようになりました(遅いし)。かつて、翻訳の仕事を始める時、ペンネームにするかどうか迷ったのですが(翻訳家さんでそういう方はけっこう多いのです)、今となっては本名のままでよかったのかも。せっかくだから、「飴屋法子」「勅使河原宏美」とかにするのもひとつの手だったかもしれませんが。そういえば、訳書の著者にも「ジャン=バティスト」がいましたっけ。うーん、下の名前で呼んでみたかったなあ。いや、別に親しくなりたかったとかでは全然ないのですが(←まったくもって失礼)、あの名前を声に出して発音してみたかった。カトリーヌ・ドヌーヴのように(うっとり)。さいきんずっと翻訳の仕事をしてるので、ついブログの話題が翻訳に偏ってしまってすいません。お店の仕事もちゃんとやってます! ご来店をお待ちしてます!写真は、本文には関係ありませんが、ようやくゆっくり訪れることができた菊鹿ワイナリー。https://www.kikuka-winery.jpカーンと抜け感のある、気持ちよい空間でした。広い空とブドウ畑を眺めながら食事ができる幸せ。のんびりできました。もうすぐ1周年だそうです。相良名物、栗だけだんごを買いに行きがてら、ぜひ。

  • 05Sep
    • バタ会い。

      友人や知人と思いがけない場所で偶然バッタリ会う、という経験は誰もがお持ちだと思います。わたしも年の功(?)か、その手のことはそこそこの回数体験してきました。ちなみに、わたしはこういう「偶然バッタリ会い」のことを、略して「バタ会い」と呼んでいます。てっきりみんなそうかと思っていたのですが、ネットで検索しても出てこないので、どうやらわたしだけのようですね。おかしいなあ。すみません、このブログでは「バタ会い」という用語を勝手に無理やり使いつづけていきます。直近で言うと、先日、遅い夏休みを取った時、帰路の羽田空港でお客さまのMさんと「バタ会い」しました。ちょうど飛行機(われわれと同じ便)に乗り込もうとされているところで、でもわれわれ(シェフとわたし)は席順のせいでまだ搭乗できず、とうとうお声をかけることはできませんでした(後日、ご本人にそのお話をして確認が取れました)。思えば、上京するたびにどなたかにお会いしてる気がします。数年前、隣町のKさんには、やはり帰路の機内で「バタ会い」しました。そのまた数年前、隣市のHさんには羽田空港のおみやげショップで「バタ会い」しました。ただ、上の3件はいずれも羽田空港の、九州方面行きターミナルや搭乗口(あるいは機内)での出来事なので、まあ、奇遇といえば奇遇だけどありえないことではないかな、とも思うのですが、次の出来事には本当に驚きました。ある年の冬、翻訳家と編集者が一同に会する忘年会に参加し(場所は確か九段下)、ある大手出版社の編集者さんと名刺交換をしたのですが、よくよく見るとその方、うちのお客さまだったのです。彼女(若い女性です)の上司やわたしの恩師がきょとんとするなか、ふたりとも声をうわずらせて大興奮(彼女の方はわたしが翻訳家だと知らなかったのでなおさら)。ご両親が九州在住で、ついこの間もご来店されたばかりですが、今もお会いするたびに東京の娘さんの話題になります。残念ながら、翻訳の仕事ではまだご一緒したことはないのですが(本当に残念)。上京中だけでもこれだけ「バタ会い」があるので、休日に熊本市内へ出かけた時の頻度については、もう言うまでもありません。1日のうち必ずおひとりと言っても過言ではないほど、ものすごい確率でどなたかに「バタ会い」します。というか、たいていはわたしがぼーっとしてて、あちらから「コパマネさんっ」と声をかけていただいて、びくっと飛び上がるはめになるのですが。思えば、お店を始める前からも、一定の頻度で「バタ会い」はありました。人生初の大きな「バタ会い」は、忘れもしない、19歳で初めてロンドンへひとり旅をした時のことでした。オックスフォードストリート沿いのチェーンのピザ屋さんにふらっと入ったら、学校のクラスメートがいたのです。わたしはひとりきりでしたが、先方は女の子数人で来ていて、そのうちのひとり(初対面)と音楽の話で意気投合し、翌日、ウェンブリーアリーナで開催されるプリンスのコンサートに一緒に行くことになりました。ところが、急だったので結局チケットを入手できず、多くの地元ファンたちと一緒に会場から漏れてくる音に外で耳を傾けていました(当時はパブリックビューイングなる設備はなかったので、本当に「音」だけでした)。するとコンサート終盤、とうとう我慢ができなくなった黒人のファンたちが、警備員の目を盗んでフェンスを破壊して中へ侵入。わたしたちも迷わずその後に続き、おかげでわずかな間だけでもプリンスの姿を拝むことができたのでした(当時は大ファンだったんです)。あれは楽しかったなあ(よい子は真似しないでね)。一方、「人生を大きく左右したバタ会い」のナンバーワンといえば、御茶ノ水のアテネフランセでクラスメートだった男の子と、パリのメトロで偶然再会したことでしょう。その後、彼に紹介してもらったガイドブックの取材・執筆の仕事がきっかけで、わたしはライター業に足を突っ込むことになりました。今も続く仕事やプライベートの人間関係のいくつかは、彼に紹介してもらった人たちから始まっています(今となっては「知り合いの知り合いの知り合い」のように、すごく遠いつながりも多いのですが)。わたしは、自分が文章を仕事にできるなんて当時はまったく思っていなかったので、もし彼に会わなかったら執筆も翻訳もしていなかったでしょう。あの時、1本遅い地下鉄に乗っていたら違う人生が待っていたと思うと、なんだか不思議な気がします。よくよく考えると、シェフとの出会いも「バタ会い」がきっかけでした。何度かこのブログでもお話したと思いますが、シェフとわたしは、パリのコインランドリーで «Vous etes japonaise ?»(きみ、日本人?)とシェフから声をかけられたのがきっかけで知り合いました(つまり、ナンパですね)。ただ、「よかったら連絡して」と渡された名刺なんて、そのまま翌朝にはゴミ箱行き、のはずでした。そして、わたしたちは二度と会うことはなく、当然わたしは今ごろ山鹿にはいなかったはずでした。実はその日の夜、わたしが近所の映画館へひとりで映画(忘れもしない、イアン・マッケラン主演の『リチャード3世』)を観に行った帰り、夜道をぷらぷら歩いていたら、仕事帰り(当時はパリ市内のレストランで働いてた)のシェフに「バタ会い」したのです。お互いお腹が空いていたので、わたしの行きつけのインド料理店へ行くことになり、その時食べたカレーに入っているスパイスをシェフが次々と言い当てたことに衝撃を受けたのが運の尽き(?)。あの日、わたしが別の映画館へ別の映画を観に行っていたら(当時は一日何本も手当たり次第に映画を観ていたのでその可能性は十分にあった)、あるいは、一緒に食べたのがインド料理じゃなかったら、きっと違う運命が待っていたでしょう。いや、でも、「ありえなさ」で言えば、埼玉県の小学校でクラスメートだったTちゃんと山鹿で再会した(そしていまやふたりとも山鹿市民)ことが、人生ダントツ一位の「バタ会い」ではないでしょうか。あ、パリで知り合いが開催したパーティーで知り合って、一緒にべろべろになるまで飲んだ女の子と、一週間後にコルドバ(スペインのアンダルシア地方)の鉄道駅で「バタ会い」したのにもそうとう驚きましたが。世界は、子供の頃に想像してたよりずっと狭かったです。そして、人生は、自分が想像してた以上に、偶然に大きく左右されるものでした(自ら積極的に夢を追うタイプの人間ではなかったのでなおさら)。この先、南極や火星やあの世でお客さまや同級生や友人に「バタ会い」しても、もう驚かないような気がします。写真は、本文には無関係ですが、定休日に武雄市図書館へ行った時のもの。大町町や武雄市北方は被災しましたが、武雄温泉やこの図書館の周辺は平常通りでした。大好きな武雄、またすぐ行きます。早い復興を願ってます。

  • 22Aug
    • 翻訳地獄。

      ここ数カ月間抱えていた翻訳の〆切が明日というこの時点で、手を止めてこの本を読んでます。なぜなら、数週間前に訳し終えて、昨日3回目の見直しを済ませたところだからです。この本、明治から現在までに活躍した文筆家たちによる「〆切にまつわるエッセイ集」なのですが、文豪たちって揃いも揃って、みなさん〆切に苦しんでいらっしゃるんですね。〆切を延ばしてもらうためにあれこれ苦心したり、期限が過ぎてからようやく書き始めて編集者さんを困らせたり、書けないことの言い訳をぐたぐたと書き連ねたり……。やっぱりいい文章を書く人って、みんな遅筆なんでしょうか。わたし、自慢じゃないですが(?)、ライターをやってた頃も、翻訳家になってからも、〆切を守らなかったことは一度もありません。なぜなら、自分に自信がないので、〆切を守らなかったら二度とお仕事を頂けなくなってしまうのではないかと、いつもビクビクしているからです。編集者さんに「あの人、仕事の質は『まあまあ』なんだけど、〆切はきちんと守るからまたお願いしようか」と、せめて思ってもらいたいと切に願っているからです。だから、〆切を延ばしてもらったり、期限が過ぎてから書き始めたりできるなんて、よっぽど自分の文章に自信があるんだなあ、すごいなあ、と、心の底からうらやましく思うのです。ええ、決して嫌味とか妬みとかではなく、純粋な気持ちから。そもそも、〆切に余裕を持って終わらせないと気が済まない、というわたしは、たぶん根っからの貧乏性でせっかちなんだと思います。小学生時代の夏休みの宿題からそうでした。漢字ドリル、計算ドリル、読書感想文など、夏休みの最初の10日ほどで終わらせてしまわないと気が済まない。宿題が残ってると気持ちが落ち着かなくて、せっかくの休みがちっとも楽しめないんです(さすがに日記だけはしかたがないので毎日書いてましたが)。あれから40年近く。今も「夏休みの宿題は早く終わらせたい」気持ちは一向に変わりません。まさに「三つ子の魂百まで」です。だから、翻訳の仕事は苦しいです。お仕事をいただいたらまず、原書のページ数と〆切までの日にちを確認し、1日何ページやれば終わるかを確認します。たとえば、〆切が2カ月(60日)後で、原書が400ページだったら、1日7ページ、とか。ただ、「もし病気をしたら」とか「もし急にお店が忙しくなったら」など、もしかしたら1ページもできない日があるかもしれないことを考慮し、なるべく1日7ページ以上進めようと心がけます。そうなると、今度は「やっぱり1日10ページはやっておいた方が安心」と思うようになります。ところがそれは、わたしのレベル的にはかなり厳しいノルマで、でもそこまでやらないと不安でしかたがなくなるので、つい睡眠時間を最大限に削って(ピーク時は1日4時間)「厳しめのノルマ」を達成することに文字通り「命をかける」のです。これが苦しい。いえ、すらすらと訳文が浮かんできて興に乗ってくる時は(ということもまれにないでもない)楽しめるんです。でも、たった数行のために膨大な資料に当たらざるをえなくなり、結局ノルマに達しなかったとなると(これはけっこう多い)、翌日その遅れを挽回するまでは不安で不安で胸が押しつぶされそうになります。そして毎日毎日、「ようやく1/3までたどり着いた」「やっと半分まできた」「あと1/3残ってる」など、早く終わらせたくて気ばかりが焦るのです。まさに「夏休みの宿題は早く終わらせたい」です。オトナなのに、小学生じゃないのに。そうやって、睡眠を削り、食事もあまり喉を通らなくなり、体重が数キロ軽くなったところで、「粗訳」がようやくできあがります。幸運にも、急に病気になることも、1ページもできないほどお店が忙しくなることもなく(あ、これは「幸運にも」じゃないか)、期限のかなり前にできあがります(これまでのところは、ですが)。ところが、そんなふうに急いでやって完璧な状態に仕上がるはずもなく、再度訳文を見直し、そして原文とつきあわせながらもう一度見直し、さらに訳文だけをまた見直し……実はこの頃になるともうすっかり飽きちゃってるんですが、見直せば見直すほどどんどん自信がなくなっていくので、つらいけどやらざるをえないのです。何なんでしょうね、これって。「粗訳」を仕上げた瞬間は「よし、完璧! わたし、えらい! よくできた!」という気分にもなるのですが(←たぶん翻訳ハイになってるせいで)、1度見直した時には「ああもう……全然ダメじゃん……できてないじゃん……」と落ち込み、2度目には「マジか! 下手くそ! わたし、才能なさすぎ!」と愕然とし、3度目には「ああダメだ、何が正しいのか、もうさっぱりわからない」と途方に暮れてしまう。そして提出当日にもう一度ざーっと見直して(4回目の見直し)「しかたがない、わたしの能力の低さではこれ以上どうすることもできない」と開き直りつつ、「今度こそ編集者さんに愛想を尽かされるかも」とビクビクしながら、データを添付したメールの「送信」ボタンを恐る恐る押すのです。ああ、こんなことを書いてるうちに4回目の見直しがしたくなってきた……。でも、最後の見直し前に訳文を「寝かせる」のも大事なんです(と、わたしは思う)。新鮮な目で、客観的に自分の訳文を眺めるには、一旦別の文章を書いたり、別の本を読んだりするのも必要だと、わたしは思うのです。ということで、今、上の本を読んだり、このブログを書いたりしてるんですけどね。……おかしいな。このブログを書きはじめた時は、「わたしが遅筆ではないのは自分に自信がないから」というロジックで書き進めるつもりだったのに、むしろ「貧乏性でせっかちだから早々と訳してしまい、余った時間で何度も見直しをするのに一向に満足のいく訳文を作れない」ことの方が、ずっと問題だと今さら気づいてしまいました。そうか、だからいつもこんなに苦しいんだ。こんなに苦しいのに、でもたぶんわたしはすでに翻訳中毒で、出来上がった訳文を提出するメールの「送信」ボタンを押した直後から、次のお仕事が決まってないことが苦しくてたまらなくなり、「もしかしたらこのままわたしは干されてしまうかも……」と不安になって、いてもたってもいられなくなるんです。で、念願の新しいお仕事のご依頼があったらあったで、その瞬間からまた〆切と自分の能力の低さという責め苦が始まるのです。ということで、わたしが翻訳地獄から解放されるのは、訳文の見直しを終えてから、提出の「送信」ボタンを押すまでのわずかな間だけ、つまりまさに「今日だけ」ということになります。ふう。

  • 13Aug
    • 置かれた場所。

      ツイッターのタイムラインをつらつらと眺めていると、人はいろいろなことに傷ついてしまうのだな、とあらためて思います。他の人の無知、無神経、無意識、あるいは、よかれと思ってした発言や行動に傷つき、ときに怒る。それは、誰もがいつでもどこでも被害者にも加害者にもなりうる、実に日常的なことのような気がします。たとえば、数年前のベストセラー本、『置かれた場所で咲きなさい』。このタイトルを見た瞬間にあなたはどう感じましたか、と、つい、いろいろな人に聞いてみたくなります。本を読んだことがなくても、このタイトルだけで何が書かれているのか、なんとなく想像がついてしまう。ある意味、これは「名タイトル」だと思います。そして、これほどまでに、目にした人たちの印象が真っ二つに割れることばもなかなかないのでは、とも思います。なぜかここ最近、このことば(本)に救われたという人と、このことばに露骨な嫌悪感を示す人の両方に会いました。そしてツイッターのタイムラインでも、祖母からこの本を贈られたけど結局1ページも読むことなく3年後に捨てた、というツイートをたまたま見かけました。ちょうどそんな時に、社会学者の岸政彦氏の著書(http://urx3.nu/TZjB)を再読していて、こんなことばにぶつかりました。ある人が良いと思っていることが、また別のある人びとにとっては暴力として働いてしまうのはなぜかというと、それが語られるとき、徹底的に個人的な、「〈私は〉これが良いと思う」という語り方ではなく、「それは良いものだ。なぜなら、それは〈一般的に〉良いとされているかだ」という語り方になっているからだ。そう考えると、このタイトルが一部の人たちに猛烈な嫌悪感をもよおしてしまうのは、その「~しなさい」という命令口調にあるのかもしれません。これがたとえば、「置かれた場所で咲きませんか?」と提案する口調だったら、あるいは、「置かれた場所で咲きました」と、著者自身の「私的な」体験が語られていることを想像させるタイトルだったら、これほどのアレルギー反応は引き起こさなかったのではないでしょうか(ただし、出版社としてこれらのタイトルでは「弱い」のでしょうけど)。または、同じ命令口調でも、「置かれた場所で咲け!」の方が、まだマシだったかもしれません(善意の仮面をかぶっていないだけに)。そして、なぜこのことばが「暴力的」になりうるのか、ということも、(奇遇にも)岸政彦氏の本には書かれていました。まともに考えたら、無難な人生、安定した人生が、いちばん良いに決まっている。だから、そういう道を選ぶのは、良い選択である。しかし、負けたときに自分自身を差し出すような賭けをする人びともたくさんいて、それはそれで、ひとつの選択だといえる。どちらが良い、と言っているのではない。ただ私たちは、自分自身の意思や意図を超えて、ときにそういう賭けをすることがある。人生の賭けとは、「置かれた場所」を捨てることです。その賭けに負けた時、すべてを、あるいは大きな何かを失ってしまったり、多大な挫折感、敗北感を味わったりするのかもしれません。あるいは、その賭けに挑まなかった人は、悔いやコンプレックスや嫉妬にさいなまれるのかもしれません。そして、たとえ賭けに勝ったとしても、期待したような恍惚や快楽は得られず、空虚と孤独を味わうのかもしれません。その時、くだんのことばは、その人を慰めるのか、癒すのか、あるいはより深く傷つけるのか。自分という人間、自分の人生を、肯定されたと思うのか、否定されたと思うのか。人はいろいろな言葉で傷つくらしい、という話に戻ります。わたしたちは、自分が楽しかったり、嬉しかったり、幸せだったりするだけで、他の人を傷つけてしまうことがあるのだな、とツイッターを見ていてつくづく思います。それについても、(またしても奇遇なことに)岸政彦氏は書いていました。何もしてないのに「かわいい」「かっこいい」「おめでとう」「よかったね」、そして「愛してる」と言われることは、私たちからもっとも遠くにある、そして私たちにとってもっとも大切な、はかない夢である。そしてそれが同時に、ほかの人びとを傷つけてしまうこともある。だから私は、ほんとうにどうしていいかわからない。こうした「大切な、はかない夢」は、ツイッターやFBやインスタグラムを通じて、手に入るかもしれない「安易な夢」でもあります。それを求めることは、おそらく、ちっとも悪いことではないはずです。むしろ、場合によっては、そうしたやり取りを端から見ているだけで、ほっこりした気持ちにさせられることもあります。でも、その夢がどうやっても手に入らない人は、他人の夢の成就に傷つくかもしれません。自分のリア充(と見えるもの、思われるもの)は、他人を傷つける。そう考えると、わたしたちは何も言えなくなってしまう。いや、ことばだけじゃなくて、自分の存在そのものが他人を傷つけることがあるのかもしれません(きっとある)。そう考えると、わたしたちは誰にも会えなくなってしまう。岸政彦氏はこうも書いています。本人の意思を尊重する、というかたちでの搾取がある。そしてまた、本人を心配する、というかたちでの、おしつけがましい介入がある。相手を思って「放っておく」、相手を思って「心配する」、どちらも善意なのに、どちらも思いやりなのに、どちらも暴力になりうる。人間関係は、社会生活は、難しいですね。最後に、岸政彦氏はこう書いてます。(略)私たちは、それぞれ、狭く不完全な自分という檻に閉じこめられた、断片的な存在でしかない。そして、私たちは小さな断片だからこそ、自分が思う正しさを述べる「権利」がある。それはどこか、「祈り」にも似ている。その正しさが届くかどうかは自分で決めることができない。私たちにできるのは、瓶のなかに紙切れを入れ、封をして海に流すことだけだ。それがどこの誰に届くのか、そもそも誰にも届かないのかを自分ではどうすることもできない。もしかしたら、ツイッターも、瓶のなかに紙切れを入れて海に流す行為なのかもしれません(ただし、誰かに届く確率は本物の海に流すよりずっと高いけれど)。それにしても、心にひっかかっていたけれどことばにはならなくて、何が問題で何が答えかもわからないような不確かなことが、たまたま読んでいた本の中にきちんと「問題」と「答え」として書かれてた時の爽快感! 岸氏の本は再読なのですが、初読の時には心の中にそういった疑問がなかったせいか、それほど深い印象は残りませんでした。本を読むにもタイミングってあるんですね、音楽もそうですが。それと同時に、「これ、わたしが見つけて自分で言いたかった!」という悔しさもちょこっとありましたが(笑)。

  • 08Aug
    • ことばなんか覚えるんじゃなかった。

      こういうことを大っぴらに言うとシェフに叱られるので、ここにこっそり書きます(幸いにもシェフはこのブログを読んでないので)。シェフは料理関連に関しては(あくまでも料理関連に限って、ですが)、 フランス語を話しますし、他人が話すフランス語を理解します。単語もわたし以上によく知ってます。ですので、たとえばわたしがフランス語のレシピを読み上げれば、作り方をすぐに理解します。実際、わたしがフランスのサイトからレシピを探して教えてあげることがあるのですが、たいていは一回聞くだけで作れるようになります。なのに、フランス語はほとんど読めません(& 書けません)。つまり、音だけで覚えてるんですね。ファリヌ(小麦粉)、シュクル・グラス(粉糖)、キャビヨー(鱈)、ドラド(鯛)、アロワイヨ(腰肉)、キュイソン(加熱)、ルヴュール・シミック(ベーキングパウダー)、クトー・ドフィス(ペティナイフ)、グリュコズ(水飴)、ノワ・ド・ミュスカド(ナツメグ)……これらはほんの一例ですが、いずれもシェフはそのことばが何を指すか知っていますし、しょっちゅう使ってもいます。でもそれがどういう綴りかは知りません。覚える気もないようです。たとえばシェフは営業中、「ドヌ・モア・シャリュモ」などとわたしに命じるのですが、それが«Donne-moi chalumeau»(ガスバーナー取って)という綴りであることは知りません(冠詞がないのはご愛嬌)。また、それが「donneはdonnerという動詞の命令形で、moiは一人称単数の間接目的語の強勢形で、chalumeauは普通名詞で直接目的語」といった文法上の決まりも知りません。20代の頃からずっとそうみたいです。わたしには考えられません。自分が使うことばの綴りや文法を覚えずに済ますなんて。わたしにとっては、今飲んでるジュースがプラム味かアプリコット味かを知るより重要です(たとえば、です)。シェフにとっては逆なんでしょうけど。日本語も、フランス語ほどではないですが、そういう傾向があるようです。未知の単語を初めて耳にした時、その音が「ひ」か「し」か、「こ」か「か」か、「む」か「ぬ」か、シェフはきちんと確かめようとしません(たとえば、です)。どういう漢字が当てはまるのかも考えません。なので、シェフにご予約のお電話に出てもらうのが、わたしはちょっと怖いのです。お客さまのお名前を間違えて伺ってしまうことが多いからです(失礼だからちゃんと確認してくれと、口を酸っぱくしてお願いしてるにも関わらず)。ことばを正しく使おうという意志が希薄なので、わりとそこに神経質なわたしは、ついイラッとすることがあります。それと関係あるのかどうかわかりませんが(わたしは個人的に関係あると思ってますが)、シェフは10代の頃にロックバンドでギターを弾いていたのですが(信じられませんけどね)、楽譜が読めなかったので耳で聴いたとおりに演奏してたのだそうです。そういう一連のこと、わたしは決してバカにしてるわけではないんです。むしろ、すっごく羨ましいんです。活字中毒で、ことばというものにある意味がんじがらめになってるわたしにとって、シェフはことばから解放された、ある意味自由な人間に見えるからです。耳だけでことばの意味を理解したり、耳だけで音楽を演奏したりできるなんて、もう、地団駄踏みたいほど羨ましくてたまらないんです。……悔しいから本人には言いませんが。「ことばなんか覚えるんじゃなかった」と言ったのは、詩人・田村隆一でしたでしょうか。いったいシェフの脳はどうなってるんでしょう? わたしには未知の世界です。シェフの脳内のニューロンは、どのように情報を処理・伝達してるんでしょう? 情報って文字に頼らなくてもスムーズにインプットやアウトプットができるんでしょうか?(ええ、できるんでしょうね) シェフの日常を見ていると、やはりことばの記憶に関しては、文字を読むより、耳で聞くほうがよく覚えられるようです。……などと、偉そうに(?)言ってるわたしも、実はシェフ以上に記憶に問題を抱えています。実は本題はここからで(前置きが長いな)、どうやらわたしは、これだけ活字中毒で、ことばに縛られた生活を送っているというのに、文字を記憶することができないようなのです(看板や人名のようなごく短いものは別として)。さいきん、ひしひしとそう感じることが多いのです。いえ、以前から薄々そう思ってはいました。自分は文字を記憶するのが苦手だ、と。でもずっと騙し騙し生きてきたんです。わたしは、本で読んだ内容、人さまから聞いた話、映画で聞いたセリフなどを、その時はどれほど大きな感銘を受けても、驚くほどすぐに忘れてしまいます。さらにひどいことに、自分が書いた文章も書き終えたそばからぼろぼろと忘れていきます。誰かに宛てたメール、SNS上で記載したコメントはおろか、自分が書いた長めの文章や訳文さえ忘れます。穴の開いたポケットから木の実がこぼれ落ちていくように、次々と脳から文字の記憶が消えていきます。数年前に自分が訳した本をぱらっとめくった時の衝撃ときたらもう……「これ、本当にわたしが訳したの?」と、いつも愕然とします。たまにお客さまから、「この間、ブログに〇〇って書かれてましたね」とおっしゃっていただいても、たいていは「すみません、覚えてません(恥)」と申し上げるはめになります。決して照れ隠しとかポーズとかではなく、本当に覚えていないんです(たぶんこの文章も一カ月後には忘却の彼方)。どうやらわたしの脳内では、文章がそのままの形では記憶されず、画像や映像に変換されて記憶されてるようです。なので、自分が実際に体験したことも、映画やテレビで観たものも、本で読んだことも(フランス語だろうが日本語だろうが)、同じ形のフレームに収まった画像(映像)として同一のライブラリー内に収蔵されるようです(科学的なことはわからないのですが、イメージとして)。たまにパッとフラッシュバックのように頭に浮かんだイメージが、実体験だったのか、映画で見たのか、本で読んだのか、わからなくなることがしょっちゅうあります。原作しか読んでないのに映画を観たつもりになってたり、行ったことがあると思っていた場所が映画で観ただけだったり、ある本を日本語で読んでたと思ってたのに実際はフランス語で読んでたり。さいきんはさらに重症で、自分がフランス革命に参加したり、第二次世界大戦の時にフランスやドイツにいたと思いこむことがけっこう頻繁にあるのです。先日、テレビで放映された映画『この世界の片隅で』を観ながら、ふと「ああ、当時はフランスでもこういう日常を過ごしてたなあ」と思ってしまい、その直後に「いやいやいや、わたし、生まれてないし!」と、慌てて心の中でツッコミを入れたのでした。おそらく、数年前、フランス革命関連、ナチズム関連の本をたくさん読みあさってたせいだと思います。あれほど多くの本を読んだというのに、何が書いてあったかはほとんど覚えてなくて(恥)、でも画像(映像)だけは脳内にたくさん刻み込まれてます。そのせいで、自分がそこにいたという変な錯覚を起こしてしまい、ふと我に返った時に「え、ちょっと、わたし、頭おかしいんじゃない?」と、激しい不安に陥るのです。これって一種の老化なのでしょうか? 脳ってこうやって衰えていくの? と思うと、ちょっと(いや、かなり)怖いのですが。いずれにしても、シェフとわたしの脳内の構造、大きく異なってることは確かなようです(文字をインプットできない(でも意味はわかる)人間と、文字をたくさんインプットしてるのにアウトプットできない人間)。ふたりとも、脳のどこかの機能が故障していて(シェフに「あんたと一緒にするな」と叱られそうですが)、別の機能でそれを補う努力をしてるのではないかしら、とも思うのですが。写真はレモンの木。5つ生ってる実が日に日に大きくなっていきます。

  • 18Jul
    • My dream comes true.

      他人の夢の話ほどつまらないものはない、とわかってるつもりなので、なるべくしないよう努めているのですが、その日はちょっと例外でした。だって、生まれて初めて自分の夢に出てきた人が、そのわずか2、3時間後に「今日のお昼、お席空いてますか?」ってご予約のお電話をくださって、3カ月ぶりにご来店くださることになったんですよ? けっこうな偶然っぷりだと思いませんか?しかも、わたしにしては珍しく、くっきりはっきりした夢だったんです。色も音も超クリアな4K並みの高画質で、ストーリーにも破綻がない。わたしはほとんど夢を見ない人間で……いや、見てるんでしょうけど、起きた時には覚えてなくて、ごくまれに覚えていてもストーリーがめちゃくちゃで脈絡も意味もないので、すぐに忘れてしまうのです。そこで、どうしてもむずむずして我慢できなくなり、そのお客さまがお食事を終えられた頃、切りだしました。わたし「実は昨夜、というか今朝起きる直前、Kさんの夢を見たんですよ」Kさん「え、そうなんですか?」わたし「他人の夢なんてつまらないと思うけど、聞いてもらえます?(Kさんが笑顔でこっくりと頷く)……えっと、アジアっぽい風景のところに大きな川があって、その川に大きな浮島がたくさんあって、その島のひとつでKさんがお店をやってるんです」Kさん「はい」わたし「Kさんのお店の島までは小舟で行かなくちゃいけないんですけど、到着すると、そこには古民家を改装したとても雰囲気のあるレストランがあったんです。すでにたくさんのお客さまがお食事を楽しまれていて、スタッフの女性数名がきびきびと給仕をしてて、Kさんは厨房で一生懸命料理を作ってたんです」Kさん「はい」わたし「わたしもお食事をいただいて、とってもおいしくて、他のお客さまたちも笑顔でお食事とおしゃべりを楽しまれてて、わあ、素敵なお店だなあ、みんなに愛されてるなあって嬉しくなって」Kさん「はい」わたし「その後、Kさんのご自宅にもお邪魔したんですけど、おうちは別の浮島にあって、そこへも舟で行くんですけど、その小さな島はすべてKさんのおうちの敷地で、おうちは二階建ての古民家で」Kさん「はい」わたし「そこでお茶をいただいたんです。それもとてもおいしかった」わたしが話をしてる最中、Kさんの目がどんどんきらきらと輝いていくのが、なんとなく不思議でした。こんなとりとめのない話にこれほど食いついてくれるなんて……と内心嬉しく思っていると、Kさんが突然、おっしゃいました。Kさん「それ、正夢です」わたし「え!?」Kさん「わたし、お店をやることになったんですよ」わたし「!!!」Kさん「実は、今日、その報告がてらに来たんです」わたし「え、うそ、マジで!!??」Kさんは、かつて山鹿でお食事とお茶をご提供するお店をされてましたが、お店をたたまれて数年が経っていました。とてもおいしいお料理を作られる方で、お店がなくなった時はわたしをはじめ多くの方たちが悲しんだものです。その後も時々あちこちのイベントでお食事をご提供されて、ファンの皆さんを喜ばせていらっしゃいました。ただ、やはり不定期の出店となると、タイミング次第ではなかなか伺えないことも……現にわれわれコパン組も定休日の月曜しか動けないので、週末がメインになりがちなこうしたイベントには、ほとんど伺うことができなかったのです。それが、満を持しての新店舗オープン! お立ち台で小躍りしたいほど嬉しいニュースです。今回、Kさんはオーナーではなく店長としてお店を切り盛りすることになるそうですが、信頼できるオーナーさんの元でお料理に集中できるならそれに越したことはありません。それにしても、タイムリーすぎる自らの夢にどうしても興奮を隠せないわたし。わたし「え、ちょっと、わたし、もしかしてすごくない?(←興奮しすぎて自画自賛)」Kさん「しかも、そのお店、近くに川があるんです!」わたし「え、うそ、マジ、何、わたしの夢!?」正直、これほどの正夢を見たのは生涯初めてです。実はこれ、今年の3月の出来事でした。Kさんのお店が実際にオープンするのを待って、これまでこのネタをあたためていたのです。ま、わたしはすでにお店にお邪魔して、たくさんのお客さまを喜ばせているご様子を拝見してるんですけどね、てか、そうなるのを知ってるんですけどね(←預言者気どりか)。うちのシェフもKさんのお料理のファンなので、一緒に伺えるのをすごく楽しみにしているところです(夢ではわたしひとりでの来店でしたが)。あ、ちなみに、実際のお店は浮島の上にあるわけではありませんので、どうぞ皆さま、お間違いなく(いや、誰も間違えないって)。というわけで、「茶餐 無垢」さん、令和元年7月20日に、柳川にいよいよオープンされるそうです。832-0031福岡県柳川市椿原町6-10944-73-0933https://muku.therestaurant.jp木下慶子さん、お店のオープン、おめでとうございます。ブログ掲載を快諾してくださってありがとうございます。猫はおまけです。佐賀市内には桜耳の子たちがたくさんいて、地元の人たちにかわいがられていました。

  • 15May
    • 記念切手とメモ書き。

      フランスのアマゾンで、年に何回か本を購入しています。今回欲しかった本(2006年刊行の詩集)は在庫切れでした。再版されるかどうかわからなかったので、マーケットプレイスに出ていた古本をポチッ。マーケットプレイスとは、アマゾンのサイト上で第三者が出品した商品を購入できるシステムです。楽しみに待っていたところ、届いた荷物(普通の国際郵便で送られてきました)を見てビックリしました。なに、このずらり並ぶ記念切手は! こうした商取引の郵便物の料金支払証明って、切手じゃなくて料金証紙とかスタンプとかを使うのが一般的では? あるいは、切手だとしてももっと標準的な切手では?(フランスならマリアンヌ像のもの) しかもこんなにたくさん、初めて見たものばかりで、ほとんど違う種類です。……で、気になって調べてみました。えーっと、右上から順に:・ナンシーの戦い(500周年)(1977年発行)・仔犬を抱く少女(赤十字)(1971年発行)・オクターヴ・テリヨン(無菌法を発明した外科医)(1957年発行)・ショーモン陸橋(1960年発行)・欧州評議会(額面20F)(1958年発行)・ル・ケノワ(フランス北部の町)(1957年発行)・ムネ=シュリ(フランスの俳優)(1976年発行)・リクヴィール(フランス東部の町)(1971年発行)・欧州評議会(額面8F)(1958年発行)・アンドレ・シーグフリード(フランスの政治経済学者)(1975年発行)・ジャン=フランソワ・シャンポリオン(フランスの古代エジプト学研究者)(1972年発行)古っ! わたしが生まれる前の50年代の切手もあるし! え? 待って? ユーロじゃなくてフランなのに使えるんだ? これってプレミアムとかついてないの? なんで潔くこんなに使っちゃうの?……と、よく考えると謎だらけです。まず、「通貨がフランの時代に発行された切手は今も使えるの?」という疑問については、調べたところ、使えることが判明しました。http://www.lemessager.fr/genevois/utiliser-des-timbres-achetes-en-francs-c-est-encore-possible-ia928b929n213282?fbclid=IwAR3fpq7kvUwTQX3FygaAHr6HHdIlQBzK7Xon_VU_ngnMh9qD6wFhViogVW4ただし、使う前にユーロ換算する必要があるそうです。「え、どうやって換算するの?」と、フランスのネット上でも話題になってましたが(郵便局で「できない」と断られた人や、換算用のソフトが壊れたから無理と言われた人もいたらしい←いかにもフランス)、換算専用のサイトもあってちょっと笑いました。https://www.comment-calculer.net/convertisseur-franc-euro.phpつまり、そこそこ手間暇がかかりそうですが、使えることは使えるようです。でもこれらって、古切手としてマニアの間で価値があるのでは? その点についても調べてみましたが、いずれもそれほど高い価値はないようです。きっと発行部数が多かったのでしょうね。ガッカリするよりも、むしろホッとしました。さらに、小包の中には「購入ありがとうございます。楽しんでください」的なメモまで入ってました(上の写真の左下)。やさしい……(感涙)。記念切手をたくさん貼ってくれたのも、「せっかく遠い日本から注文が来たから、フランスのキレイな切手をたくさん貼ってあげよう」という心づかいではないでしょうか。どういう相手なのか気になって出品者情報を調べたところ、本やCDをネット販売している小さな会社のようです(経営者ふたりで切り盛りしてるっぽい)。そこでこの嬉しさを先方に伝えるべく、アマゾンの出品者評価ページのコメント欄にお礼を述べました(下のスクショの最上段)。「完璧でした! お礼のメモ、そして封筒に貼ってくれた切手、ありがとうございます! 嬉しかったです!」。他の方たちのコメントにも「お礼のメモをありがとう」と書かれていたので、きっと毎回そうしているのでしょう。でも、そこで、ふと思いました。今回、フランスという遠い国から来た本に手書きのメモが挟まっていたから、わたしもありがたく思ったのですが、もしこれが日本国内の出品者からだったら? そんなに嬉しかったかしら? 手書きではなくパソコンで打たれたものなら、きっと違和感がないでしょう。でも、たとえば日本語の手書きで「購入ありがとうございます。楽しんでください」と殴り書きされたメモ用紙が一枚ぺらっと本に挟まっていたとしたら? そのざっくばらんで(ある意味ぞんざいで)妙に近すぎる距離感に、もしかしたらドン引きしてしまうかも? それとも、それってわたしだけの感覚? うーむ。でも、フランス国内での取引でそのメモ書きが喜ばれてるってことは、少なくともフランス人にはこういう感覚はないのでしょうね。いや、まてよ、ネット取引とはいっても、結局は人と人とのやり取りなのだから、距離の近さに違和感を感じるわたしのほうがおかしいのでは? ネットでのみつながる顔の見えない相手とはそんなにビジネスライクに徹したいのか、自分? こうして本を譲り受けるのも何かのご縁なのだから、少しは相手に親しみを感じてもよいのでは? ……とは言っても、自分がもし出品者の立場だったら、相手に引かれるのが怖いからやっぱり手書きメモは入れないかなあ……。ふと、「コンビニの店員とコミュニケーションを取らない日本人」と似たものを感じてしまいました(ちなみに、わたしはコンビニの店員さんとはふつうにコミュニケーションを取ります)。今後、考える余地のあるテーマのような気がします。ちなみに、購入した詩集(フランス人がフランス語で書いた作品)には、「日本には『出会いは一度だけ』という意味の格言(一期一会)がある」と書かれていました。

  • 11May
    • ある書店の最期。

      15年前、東京から山鹿へ移住する際、わたしより半年早く現地入りしたシェフに住居を決めてもらいました。その際、わたしが出した条件はただ一つ、「徒歩圏内に書店があること」でした。田舎暮らしをしたことがなかったわたしは、それがかなり厳しい条件だということを知りませんでした。これまで暮らした土地では、コンビニやスーパーと同様、徒歩圏内に書店(しかも複数)があるのが当たり前。でも田舎では、コンビニ、スーパー、そしてもちろん書店へも、車で出かけるのが普通です。それは当時のわたしは考えもしなかったことでした。それでもシェフはその条件をきちんと守り、徒歩30秒(!)のところに書店がある住居を見つけてくれたのです。かつて、わたしは日に一度は必ず書店を訪れていました。どこに暮らしても必ず行きつけの本屋がありました。生まれ育った埼玉、引越し先の横浜、移住先のパリ、帰国後の東京……それぞれの町に思い出深い書店があります。中学校の帰りに新潮文庫を少しずつ買い集めた近所の小さな本屋、高校時代に行きつけだった横浜ルミネの有隣堂、アテネフランセの行き帰りに寄り道した御茶ノ水の茗渓堂、会社帰りに立ち寄った大崎の文教堂、CDも本もすべて揃っていたFNACレ・アル店、手がちぎれるほど大量の本を紙製バッグにぶら下げて小田急線で帰った新宿の紀伊國屋書店……自宅の書棚に並ぶ蔵書のほとんどの購入先を懐かしく思いだすことができます。書店通いは日常だったので、生活圏に書店がないと生きていけない、と思っていました。コンビニやスーパーより、書店は大事な場所でした。ええ、アマゾンが台頭するまでは。当初は、自宅の目と鼻の先に書店があることが嬉しくて、夜10時までオープンしていたこともあり、お店からの帰宅途中に必ず立ち寄っていました。新刊書、文庫、新書、実用書、女性誌、音楽雑誌……いろいろなものを購入しました。ただ、ややマイナーな本は取り扱っていなかったため、ある時、仕事の資料が急遽必要になったのをきっかけに、送料無料で即日届けてくれるアマゾンを使うようになったのです。アマゾンは思った以上に便利でした。かつては、欲しい本を探すために、徒歩圏内の書店を数カ所巡り、それでも見つからなければ電車に乗って大型書店を訪れました。でも山鹿では、そうするだけの足も(車の免許がない)時間もありません。欲しい本がすぐに手に入らないのは大きなストレス。でもアマゾンがその悩みを解決してくれたのです。ネット書店の影響で、全国的に書店の経営が厳しくなったと言われるようになったのは、それから間もなくでした。書店の実店舗を守りたい。でも、欲しい本がなかなか手に入らないストレスには耐えられない。そうしたジレンマの中、なるべく実店舗で本を買うようにして、ないものだけはアマゾンで……と心がけていたのですが、そのうち「どうせ一冊買うなら」とまとめてアマゾンで買ってしまうことが増えていきました。しばらくすると、近所の書店のラインナップがみるみる変わっていきました。文芸書、とりわけ海外文学をほとんど取り扱わなくなり、代わりにライトノベル、コミック、アダルト文庫、成人向け雑誌が幅を利かせるようになりました。定期的に購入している女性誌や音楽雑誌も1、2冊しか入荷されないので、すぐに売り切れてしまいます。もはや欲しい本はほとんど見つかりません。さらに閉店時間が夜9時に繰り上がり、お店帰りに立ち寄れなくなったため(お店の閉店は8時半)、まったく行かなくなってしまいました。書店があるから住みはじめた場所なのに、目と鼻の先に書店があるのに、まったく足を向けないなんて。かつてのわたしには考えられないことです。そしてとうとう、閉店時間が繰り上がってほぼ1年後、その書店は廃業してしまいました。現在、店舗の解体作業が進行中です。建物は瓦礫の山となり、国道沿いにそびえる背の高い看板を除いて、もはや1カ月前の面影は残っていません(写真)。2019年5月9日のようす。2018年6月撮影のグーグルストリートビュー。つい1カ月前まではこんな感じでした。悲しいのは、わたしがそのことになんの感慨も覚えないことです。出版流通の取次制度によって、書店に入荷される新刊書の種類と冊数は、その書店の立地、規模、過去の実績に応じて決められます。書店が欲しい本をいくらでも入荷できるわけではないのです。交通の便が悪くて人口も決して多くないうちの近所の書店には、もしかしたら売りたい本が思うように入ってこなかったのかもしれません。いや、だとしてもあのラインナップはないよなあ……それが山鹿の「売れ筋」だとしたら悲しいし、でも結局廃業してしまったということはやはり路線を見誤ったのかしら、とも思ったり。決して、愛すべき書店ではありませんでした、わたしにとっては。でも、感慨がないながらも、すぐそばの書店が瓦礫の山になってしまった責任の一端はわたしにもあるような気がして、目の前の風景を見るたびに胸がチクリと痛みます。この小さな胸の痛みを、忘れないようにしなければ。ところで跡地に何ができるのでしょう。わたしは個人的に◯OOK O◯Fだったらいいのに、と思ってるのですが(←実は、北九州から鹿児島まで、九州中の店舗を訪れるほどの自称◯OOK O◯Fマニアです)。無理か。