うちのお店は4店舗の長屋造りの建物のテナントです。
うちはこの建物ができた18年前からずっとここにありますが、ほかの3店舗はいずれも2~5回くらい入れ替わっています。最近、新たに建築会社さんが入りました。しかも、うちを除く3店舗すべてを一気に借りられたようです(それぞれ別の用途で)。
以来、静かで出入りが少なかったテナントが一転、人と車の行き来が頻繁になり、かなり賑やかになりました。
大きなトラック、パンチの効いた(笑)自家用車(白くて大きなレクサス、黒いベンツ、8888ナンバー車など)が出たり入ったり、やや強面のマッチョ系の男性たちが行き交うようになり、うちの常連のお客さまたちは「な、なんか、すごいですね……」と苦笑い。週末には経営者と従業員の子供たちが集まることも多く、うちの営業時間中に駐車場を奇声を上げて遊びまわられた時には、さすがに「あのう、すみませんけど……」と、お願いをしに行きました(一度ではなく数回)。
小学生の子どもたちが、うちの店のドアをバンッと叩いてから「わーっ」と笑いながら逃げていく、いわゆる「ピンポンダッシュ」的な遊びを始めた時には、「前途多難」と頭を抱えました。
従業員の多くのかたが喫煙者でいらっしゃるようで、うちの店の隣に喫煙所を設けられた時は、コロナ対策でドアを開けておくと店内にまで匂いが充満し、お客さまに「すみません、匂い、気になりますよね……」と頭を下げて回りました。
「ほかに何も入ってなかったのに、一気に埋まったんですね」と、お客さま。
「はい、実は3軒とも同じかたたちなんですよ。そのうち、うちも追い出されちゃったりして、あはは」
「えーーー、そんなこと言わないでくださいよー」
……と、常連さんたちと冗談とも本気ともつかない会話を交わしたりもしました。
ところが、次第に「気持ちのよい人たちだな」と思うことが増えていったのです。
こまめに外の草刈りやそうじをされるのですが、そういう時は自分たちのところだけでなくうちのまわりもしてくださいます。朝晩、すれ違うと誰もが「おはようございます」「お疲れさまです」ときちんと挨拶をしてくださいます(しかもたいていは、わたしよりも相手のほうが早く気づいてくださる)。駐車場がいっぱいでうちのお客さまの車が停められなくなり、トラックの前に停めさせてもらっていいか尋ねに行くと、「あ、どかします!」と、きびきびと対応してくださいます。喫煙所もいつの間に一番離れたところに移動してくださって、匂いが気にならなくなりました。最近はずっと、うちの営業時間中はなるべく駐車スペースを空けてくださるよう気を使ってくださいます。子どもたちが駐車場で遊びまわることもなくなりました(たぶん、注意してくださったんでしょう)。
そして、極めつきの出来事が。
ある日のランチタイムの営業中。ガラス張りの入口ドアの向こうに、小学3年生くらいの少年が立っているのに気づきました。
わたし「どうしたの?」
少年「……ここってさぁ~、何の店なのぉ~?」
店の奥を覗き見るようにして顔をキョロキョロさせ、落ち着きがありません。店内は満席で(といってもコロナ禍なのでスペースは空いてますが)、皆さん、静かに楽しく食事を楽しまれています。
わたしはなんとなく本能的に(?)少年が中を覗き込めないよう、ドアを細くして正面に立ちはだかりました。
わたし「ここはね、フランス料理店なの」
少年「……あのさぁ~」
少年はなぜかもじもじしています。わたしの顔を見ずに視線をキョロキョロさせ、落ち着かないようすです。隣の子かしら……見たことがない顔だけど、とわたしは内心思いました。
少年「ぼくたちさぁ、公園でボールで遊んでたんだけどさぁ、それでねぇ、そのボールがねぇ、柵の反対側に転がっていってぇー、追いかけたんだけどぉー、ぼくたちは子どもだから届かなくてぇー、でもさぁ、おとななら届くんじゃないかと思うんだけどぉー」
……というようなことを、もじもじしたり、言いよどんだり、つっかえたりしながら、ゆっくり長々と訴えます。わたしはじりじりとそれを聞きながら「ええと、この後はシェフの盛り付けを手伝って、こっちのテーブルのお皿を下げて、あっちのテーブルのコーヒーの準備をして、そっちのテーブルの計算もしておかないと」と、考えていました。
「ごめんね。今しごと中だからここを離れられないの」
「ボールを取ってほしい」という要求をようやく言い終えた少年に対し、わたしは無情にもそう言い放つと、もう一度「ごめんね」と言いながらピシャリとドアを閉めました。
テーブルのお皿を下げながら厨房に戻りつつ、「ちょっと冷たかったかな」と反省。ふと、前の公園が市役所の都市計画課の管理下に置かれていることを思い出し、「市役所にお願いすればどうにかしてくれるかも」と思いました。
そこで、「市役所に電話してあげる」と言うために、シェフに「ちょっとごめん」と言って再び外へ。
少年は建築会社の2軒先のドアの前にいました。その時、ドアの影でわたしからは見えないところにいる人が、明るい声でこう言い放つのが聞こえてきました。
「っしゃあ、まかせとけ!」
そして、嬉しそうに小躍りする少年に導かれて、マッチョ系の若い男性が公園に向かっていったのです。
……惚れるわ。
げー、めっちゃかっこいいじゃんっ、と思いながら、なんだか、いろいろと激しい自己嫌悪に陥ったのでした。
思えば、少年があれだけもじもじしてたのは、黒いマスクをかけた(コロナだから)白髪のおばさん(おばあさん?)がにらみつけてくる(そのつもりはなかったのですが)から怯えてたのかも。
今生では今さらたぶん無理だから、生まれ変わったらああいう気持ちのよい人間になりたいものだ、と心の底から思ったのでした。
ということで、うちの隣人さんたちはちょっと強面(?)かもしれませんが、すごくいいかたたちです。わたしなんかよりはるかに。ですので、どうぞ安心してご来店ください。
最後にちょこっと宣伝。7月に刊行された訳書です。