やばい人にロックオンされたことがあります。

 

某大手広告代理店の人でした。関わった人たちが次々と精神的に病んでいくのを、かたわらで眺めていました。入院したり、一時的に失踪したりした人たちもいました。その人たちは、わたしをその「やばい人」の腹心のように思っていたので(あるいは「犬」だと思ってたでしょう)、わたしもたくさんの人の信頼を失いました。

 

大きなお金、大きなプロジェクトを動かしてる人でした。大きな仕事は人を引きつけます。才能とやる気と野心のある人たちを次々と集めては、吸い尽くすだけ吸い尽くして、ボロボロにして捨てていました。

 

布袋さまのような笑顔の裏に、恐ろしい非道さを抱えている人でした。年齢、性別かかわりなく、誰もがその人の前に出ると萎縮し、言いくるめられ、言いなりにならざるをえなくなりました。マインドコントロールってこういうものか、と思いました。

 

わたしは、どういうわけか妙な正義感にかられていたんでしょうね、救えるかも、とかすかな希望を抱いていたのです。わたしはただ、よいものをみんなで楽しく作りたかった。チームの一員として、潤滑油として貢献できるかも、とひそかに思っていました。

 

甘かったです。

 

楽しく雑談をしたり、飲んでぶっちゃけ話をしたり、冗談を言って笑いあったりしていた人たちが、次第に誰もわたしと話をしたがらなくなりました。硬い表情をして、表面的な挨拶しかしてくれなくなりました。わたしのメールに返事もしてくれず、電話にも出てくれない人もいました。わたしが「やばい人」にすべてを報告していると思っていたのでしょう(もちろんしてませんでしたが)。

 

数年後に熊本へ行く、と報告したら鼻で笑われました。行かないよきみは、と誰にでもそうしているように、わたしにもそうきっぱりと予言しました。

 

大きな仕事は台風のようです。ぼんやりしていると、巻き込まれてあらぬ方向へ吹き飛ばされます。華やかな仕事は麻薬のようです。天然色の歪んだフィルターがかかって、目の前の現実が見えなくなます。そして、世の中には、布袋さまのような笑みを浮かべながら、他人を操り人形のように平気で振り回す人がいます。

 

「やばい人」は感情のスイッチの使い方にも長けていました。さっきまで親身になっていたかと思えば、急に怒りだす。かと思えば小動物のような憎めない顔で謝罪をし、相手の自尊心をくすぐることを言う。

 

わたしに対しては「弱みを見せる」という手段を選びました。深夜に電話をかけてきて、個人的な打ち明け話をする。故郷に対する複雑な思い、精神的に自分を成長させたいという願い。わたしはあなたの母親か、と思いながらも、ついそういう話に親身に耳を傾けては「この人もそれほど悪い人ではないのかもしれない」と情にほだされておりました。……我ながら甘すぎる。

 

その一方で、打ち合わせと称するお茶を飲みながらの雑談に連日顔を出さざるをえず、こうして電話やらメールやらの攻撃も受けて、翻訳の勉強と仕事(当時は産業翻訳を細々としていました)の時間が削られるがゆえのフラストレーションが溜まっていきました。

 

さらにその後、わたしの個人的な感覚では限界を超える非常識な出来事があって、これはもう無理、と思いました。

 

プロジェクトも、わたしが頂くお仕事も、非常に魅力的ではありましたが、これ以上ここにいたら自分が壊れてしまう。編プロを通じて(わたしは「やばい人」から直接指示を受ける立場にいましたが、報酬は広告代理店の下請けである編集プロダクションからもらっていました)、わたしの仕事に直接関係のない打ち合わせにはもう出ません、と伝えたら、「やばい人」のお怒りをかってすぐにチームからはずされました。

 

布袋さまの寵愛を失ったしがないフリーライターは、おそらく熊本での店もうまくいかないだろうし、勉強中だった翻訳もものにならないだろうし、ライターとしてはこれで完全に干されたし、今後は敗者として田舎で細々と生きていくしかないだろうと、おそらく「やばい人」は次の打ち合わせで快活に笑い飛ばし、その後はすぐに次のターゲットに的を絞ったことでしょう。

 

当時のプロジェクトはいまや華やかな街となり、厚顔無恥なわたしは上京するたびに平気でその街をうろうろしております。もう20年も前の話なので、ばったり会ってもわからないでしょうしね。ていうか、コロナ禍で全然上京できてないので早く行きたいです。

 

 

翻訳の仕事に追われてブログが更新できない日々が続きました。今日のこの記事は、さいきんの報道を見ていてふと思いだしたことです。以下、さいきんの訳書をリンクします。

 

訳書その1

訳書その2

 

一般投稿の写真を掲載する日めくりカレンダー「猫めくり」に送ったけど、採用されなかった写真のお蔵出し。ちぇっ。

 

 

上の「訳書1」を訳していた時の作業風景。量がけっこう膨大でした。

 

今度はいつ投稿できるだろう……また締め切りに追われているので、どうかしばらくごきげんよう。