『スタラグで死んだ男』
先月、新潮文庫から刊行された訳書『探偵はパリへ還る』についての話です。昨年7月、新潮文庫のTさんから「読んでもらえませんか?」とリーディングの依頼をいただきました。少し調べたところ、なんとドイツ占領下のフランスが舞台のミステリ。こ、これはぜひ……!と思い(←「ドイツ占領下フランス」が大好物)、前のめりでレジュメを提出し、祈る気持ちで待つつもり、だったのですが、なんと翌日にはGOサインが。早い! 祈る暇さえなかった……。実は出版はすでに決定していて、わたしが訳者で大丈夫かどうか確かめたかっただけなのでは……と疑いたくなるほどのスピーディーさ(笑)。とにかく、嬉々として翻訳に取り組みました。本書の主人公は、私立探偵ネストール・ビュルマ。捕虜としてドイツの収容所で働いていましたが、記憶を失った瀕死の男から「エレーヌに伝えてくれ、駅前通り120番地」という謎のことばを告げられます。その後、ビュルマはフランスへ送還され、リヨン駅で偶然助手のボブに再会。ところがボブもまた同じ「駅前通り120番地」ということばを残し、何者かの凶弾に倒れます。駅には拳銃を持って佇む、ある女優そっくりの女性の姿が……。ボブはなぜ殺されたのか? 犯人はあの女性なのか? ふたりが残したダイイングメッセージの意味は? ビュルマは謎の解決のために奔走します。本書の舞台は、1940年6月から12月にかけてのフランス(前半はリヨン、後半はパリ、冒頭のみドイツ)です。1940年といえば、5月にドイツ軍がフランスへ侵攻、6月14日にドイツ軍が首都パリに入城し、6月22日にフランスが正式に降伏、独仏休戦協定が締結されています。以来、フランスの北半分はドイツ軍の占領下に置かれ(占領地区)、南半分はドイツに協力的なヴィシー政権が敷かれました(自由地区)。本書はまさにその直後の話。ビュルマが最初に滞在したリヨンは自由地区で、そこから自宅のあるパリ(占領地区)へ行くには、警察が発行する特別な許可証が必要です。物資も不足し、とくに嗜好品は枯渇状態。酒やタバコは手に入りにくく、ワインやコーヒーは代用品が出回っています。自由地区と占領地区の間で連絡を取り合うのも難しく、すべての手紙や小包は検閲され、ふつうに送れるのは専用の官製ハガキのみ(文言があらかじめ印刷されていて、当てはまる項目に◯×をつけたり、単語を記入したりします(以下の写真))。電話の使用も制限されていました。灯火管制も敷かれ、夜間は街灯が消され、車も無灯で走っていました。本書にはそういったようすもすべて描かれてます。実は本書、1943年という、やはりドイツ占領下にフランスで刊行されました。刊行から1週間で1万部がまたたく間に売れ、わずか2週間で映画化が決定したほど人気だったそうです。わかる気がします。1943年といえば、物資不足が極まって人々の生活は困窮。食糧難で闇市が立ち、石炭も衣類も手に入りませんでした(それでもフランス人は工夫しておしゃれをしていたそうで……すごい)。ナチスの手下である民兵団が結成されて監視体制が強化され、ヴィシー政権自体も親ナチス化が進みました。レジスタンスが次々と殺され、ユダヤ人がフランスじゅうあちこちで一斉検挙されて収容所に送られています(かつて訳した『ポストカード』(早川書房)に詳しく書かれています)。そんな中、自分たちと同じ状況のナチス占領下のフランスを舞台にしたエンタメ小説。ビュルマの見事な活躍ぶりに、いっときでも日々の苦しさを忘れて爽快な気分になった人は多かったでしょう。本書後半、ビュルマたちが空襲に遭遇するシーンがあります。当然これは、ドイツ軍ではなく連合国軍による攻撃です。本筋には関係がないので読み飛ばされがちですが、著者のレオ・マレはこの時代の「背景」としてこのシーンを意識的に盛り込んだのだとわたしは思います。ノルマンディー上陸作戦によりフランスが解放されるまであと1年。1940年6月から1950年5月までに連合国軍(イギリスに拠点を置いたド・ゴール率いる自由フランス軍を含む)による攻撃で、フランスの1570市町村が空爆され、43万2000軒の住宅が全壊し、6万8778人(女性と子どもを含む)のフランス人が命を落としました。本書は、痛快なエンタメ小説、しっかりプロットが練られたミステリ、フランス初のハードボイルド小説としてよくできていますし、刊行から80年を経た今も、やや古めかしくはあるものの楽しく読めるストーリーだと思います。その一方で、実は、ドイツ占領下のフランスをかなりリアルに描いた貴重な資料のひとつと言えるのではないか、とわたしはひそかに思っています。かねてから「ドイツ占領下フランス」の人々の生活に並々ならぬ関心を抱いてきました。そんなわたしが、作中の描写やセリフにリアルを感じてハッとされるところがあちこちにありました。●空襲を避けるために暗幕で窓を覆った〝防空列車〟●軍服をリメイクした平服 ー復員兵に支給するために用意されていたー をもらったところ(以下の写真)●(自由地区と占領地区の)境界線を不法に越えるには大金が必要だ●「客の熱気でここより暖かいはずのカフェへ行こう。代用ワインをおごるよ」●そのレストランには、地元出身の記者やパリから疎開中の記者たちが集まっていた。●街灯は灯火管制によって減光されているため、あたりは闇に沈んでいた。●「どこかで電話をかけたいが、面倒な手続きはしたくない。身分証を見せたり、用紙に記入したり、祖母の身体的特徴を聞かれたりするのはごめんだ」●警官はそれ以上詮索せず(中略)ヘッドライトが少し明るすぎると指摘しただけだった。(中略)先週、国籍不明の飛行機がこの地域の上空を飛んでいたのだという。●「無事に生き延びて代用カフェオレにありつけてよかったじゃないか。ぼほ脂肪分という代物だが、朝食にはもってこいだ」●「リヨンでも、かつては無職の貧乏人だったくせに、今では馬車を所有する大金持ちになっているやつがいる」「その秘訣は?」「闇取引さ」●「まだ通行許可証が届いていないんだ。手続きが遅れていてね。警察に知り合いは少なくないが、ノンキャリアばかりだ。たいした権限はないからね」●識別番号が書かれたボードを胸に掲げた写真を見て、ファルー(刑事)は笑い出した。「あっはっはっは! マグショット撮影か! あっちでもやってたんだな?」「あっち(ドイツの収容所)のシステムについては、今度いくらでも教えてやる。驚くぞ」●夜間外出禁止時間の少し前にパリの自宅に到着した。●「いや、事故じゃない。ペルノーの飲みすぎだ。ちょうどいい時に飲酒規制法ができてくれて助かった」●50メートルほど走った頃、サイレンの音が鳴り響いた。空襲警報だ。これまで、戦後に作成されたり公開されたりした書籍、資料、映像などで、こうした描写を読んだり見たりしたことは何度もありましたが、本書の描写はそれらよりずっとリアルに感じられました。「ごくふつうの生活」の「ごくふつうの会話」の中で、いきなりこうした描写が現れる、そのギャップが非常に生々しく感じられたのだと思います。《戦時中でも、空襲があっても、ユダヤ人が収容所へ次々と送られていても、反政府的発言をした友人や知人が次々と逮捕されても、市井の人たちは本当にふつうに生活をしていたんだ。カフェへ行って、買い物をして、友人と会って、レストランで食事をして、本を読んで……そして、戦争とは関係のない事件が起きて、警察がそれを捜査したり、探偵が謎を解明したりしていたんだ》と、あらためてハッとさせられました。1943年、本書はドイツ軍の検閲を経て出版されました。なので当然、ドイツを批判する描写は巧みに避けられています。それでも上のような描写の端々に、そしてビュルマ探偵の軽快なユーモア(今読むとほぼ「おやじギャク」ですが(笑))に、著者レオ・マレの戦争に対する静かなる批判・抗議が秘められているような気がしてなりません。本書『探偵はパリへ還る』のオリジナルタイトルは〝120, rue de la Gare(駅前通り120番地)〟ですが、もともと著者は〝L’Homme mourut au Stalag(スタラグ(収容所)で死んだ男)〟としていました。「占領軍当局のお気に召さないことを」を心配した出版社によって変更させられたのだそうです。本書は、ネストール・ビュルマものの第一作目。その後シリーズ化し、フランスでは今もホームズやポワロに並ぶ名探偵として人気を博しています。左が原書、右が日本語版占領下フランスに関するわたしのバイブル。占領下フランスで使われていた官製ハガキ。ビュルマがフランス帰還後に支給された、軍服をリメイクした平服。アマゾンで購入e-honで購入