こんばんは、深山美希子です。
▶︎繊細、敏感だからといって内気なわけではない!HSS型HSPとは?
私はずっと会社員という働き方をしていくつもりだったのですが、個人事業主になり、フリーのWEBディレクターやメイクセラピストなどを経て、今の仕事をしています。
人生というのは、本当にわからないものだなあと思っていて(笑)、まさか自分がこんなに心地よく、自分のやりたい仕事をすることができるとは思ってもいませんでした。
それもひとえに、数秘やUniversal Truthという目に見えない世界との出会いと、HSP(Highly Sensitive Person・ひといちばい繊細な人)という自分の気質を理解したことのおかげだと思っています。
HSPを才能として活かし自分らしく生きるために、「起業」という道を選んだ私のこれまでを、改めて「HSP起業ストーリー」として、何回かに分けて書き直してみることしました。
気軽な気持ちで、お付き合いいただければうれしいです。
<HSP起業ストーリー①:HSCという気質と、目立つことへの恐怖が生まれた>
▼活発なリーダーから「目立つことへの恐怖」へ
サラリーマンの父、専業主婦の母、弟の4人家族。
両親よりも、祖父母と過ごした思い出の方が多く、とても可愛がってもらいました。
すごく裕福とかではないけれど、やりたいことは大抵させてもらったし、自分でもできるように努力したし、お金がなくて困るとかいう経験もなかった。特に特徴のない、一般的な家庭で育ったように思いました。
大好きだった祖父母と。
今になって振り返ると、HSP(子供なので、正確にはHSC(Highly Sensitive Child)ですね)の特徴である、「深く処理する力」を共感力・洞察力として駆使し、いつも人の様子・顔色を見ていたように思います。
10歳くらいまでの記憶があまりないのですが、母曰く「手のかからない子だった」そう。
それはそうでしょう(笑)母の様子を伺って行動するというのは、HSPの気質を持つ私にとって、ごく普通にできてしまうことだっただろうと思います。
HSPの共感力・洞察力は、小学校生活でも活かされて、先生がどうしてほしいかがなんとなくわかる。(きっとHSPさんなら共感してくれるのでは?笑)
だから、先生のやってほしい通りにすることができてしまい、結果、先生から信頼されることが多かった。
また小学生までは成績もよい方だったので、HSS型の前へ前へという外向性もあって、当時はリーダー的な存在をやることが多かったです。
色んなアンテナを張り巡らせ、よく注意をして、必死に優等生をやろうとしていたようにも思います。
しかし一方で、同級生からは疎まれたり、あまり好かれていないことを感じることも多く、中学受験のために通っていた塾の友人と過ごすことの方に、心地よさを感じていたことを覚えています。
そして、小学校生活を終えた時、結果的に心を通わせることができる友人がひとりもできなかった(実際にはひとりいたのですが、亡くなられてしまいました。これも大きな悲しみでした。)という経験は、「目立つことへの恐怖」というものを潜在的に植え付けることになったように思います。
▼「みんなと同じがいい」という思春期
中学からは、都内の中高一貫の女子校で過ごしました。
大学時代はアジア・アメリカ・ヨーロッパと色々な国に行きました。今でも旅行大好き!
スタバのバイトに明け暮れた大学時代。この写真若いな!笑
仲間と一緒に働く楽しさを最初に味わったのはここ。
〜数秘を学んだ私の変化・体験談〜
▶︎数秘・Universal Truthを学んだら、弟との関係がよくなった
▶︎そんなつもりないのに「すごく気を遣ってくれるよね」と言われた
▶︎「褒められたい」で動くと褒められない、フィーチャーすべきは・・・
▶︎数秘に加えて「HSP」を知ったら、モヤモヤがもっと解消された
繊細さん、敏感な人とされるHSP(Highly Sensitive Person)は、
その「感受性の強さ」こそが強み!
HSPを生きづらさではなくて、自分の強みとして活かし、
本当の自分らしく輝いていけるように、
数秘というツールを取り入れてみませんか?
▽私らしさを活かすにはどう進んでいったらいい?
▽私の人生これでいいんだっけ?
▽モヤモヤしてばかりで動けないのはなぜ?
▽他人に流されない自分になるには?
▽今のままで進んで行くことに違和感があったら?
▽人生の流れを理解して進むメリットを知ると?
そんな方は、ぜひ一度いらしてくださいね。
▼ ご提供中のサービス
・【HSP対象】数秘セッション
・HSPのための「現代数秘講座(ベーシック)」
▼ 無料メールマガジン































