ピカソやモディリアー二、ロートレックなんかもこんな風にやっていたんだろう。
今ここにいる画家の皆さんにも頑張ってほしい。
この後、何世紀にも渡って名前がのこるアーティストはこの中にいるのかな???
そしてこの人たちにとって、やはりここモンマルトルは
芸術を生み出すのに魅力的な地なのであろうか。
・・・そんなことを考えながら、ひとあし早いホットワインを飲む。
ホットワイン(グリューワイン)はクリスマスの風物詩、
しかもどっちかといったら、ドイツ・オーストリアの産物のように思う。
やはりドイツのグリューワインの方が薫り高くて美味しかった。
パリのはいまいちなのでおススメしない。
そうしてこの前日も食べたけど、どうしてももう一度パリで食べておきかった
ムール貝ーーーーー!!!きゃああああ!!おいしそうだああああ!!
ハタチのときから(なんならハタチの誕生日も一緒にお祝いしてもらったよ)
ずーっと私の大学時代の青春といえば
ナンさんと飲み明かしていたこと(笑&涙)!!
だいたい愚痴ったり未来への希望(絶望?が多かったかもしれない。。。当時ロックに憧れていたので。。。)を
語ったりでなんだかんだ夜中の2時3時。朝5時6時までBARで過ごしてしまった、
なーんてこともある。
帰れなくなってナンさんの実家に泊めてもらったり。
若くて素晴らしい時代をうっかり酒と共に過ごしてしまった私達だけど、
そんな私たちだからこそ、パリでこうして大好きなムール貝を食べながら
(食もお酒も昔からバッチリ合うので、最高に一緒にいて心地よい相手なのである。)
まったりワインを飲む時間が、至福すぎるほど至福なのである。
↑ナンさん翌日日本に帰るため、最後のツーショット!
いやー。この10日間、予想はしていたがやはり!!!
思いっきり飲むだけ飲む旅をしてしまった。
ザルツブルクでも、ドイツでも、パリでも。
飲んで大爆笑し、景色をみて感動し、たまには大騒ぎし(※主にパリ)
そしてまた飲む。(笑)
パリ
パリ。
憧れる者が多いものの。
そして私自身もたまには華やかでエスプリの薫り漂うパリに遊びにきたいと思うものの、
実際に来ると疲れる街である。
私が幼き頃から聖地と崇めるザルツブルクとは、
同じ芸術の街とは言え、明らかに何かエネルギーが違うのである。
(まぁ規模も違うが。)
ザルツブルクは神聖で、神々しさを空気にまとっている。
しかしパリは、モンマルトルでさえ、たまにー数年に一度来て、
1日滞在し、右脳に刺激をちょっと貰えば十分である。
この街は私のような人間は消費されてしまう。
絵を描くひとには刺激的かもしれないが、
私は住むことはできないだろうな・・・この街に。
とっちらかって自堕落になってしまいそうだ。なんだか、この街の空気に流されて。
地に足が着くという感覚とは無縁なのである。
そんな享楽と快楽で破滅してしまうような生活は若い頃だけで勘弁。
すっかりドイツのどしんと落ち着いた生活に腰を落ち着けてしまったようだ。
ファッションを仕事としているナンさんは、また違った感覚なんだろうなあと思っていたが、
あろうことか私と感覚がぴったり一緒で驚いた!!若い頃、あんなにハジケていて私とは全く違う人種だと思っていた
ナンさんがまさか!!パリの空気は雑念が激しすぎてダメだといい、ザルツブルクで共に魂ごと高揚し、
フランクフルトを名古屋駅と一緒だ!!ホームだ!!!落ち着くううううううう!!!という。。。。
ナンさんがまさかのドイツ・オーストリア寄りのセンサーを持っていたことに私自身もびっくりだったのである。
でも、だからこそこんなに長年ずっと楽しく付き合って行ける人なのだなぁと実感した。
底の底の部分の感覚がきっとすごく似ているのだね。
ナンさんがパリを早く脱出したい!!出来れば早朝のうちに電車にのってフランクフルトでゆっくりしたい!
(できなかったけど)と言い出したとき、まさに私も全く同じ気持ちだったもの。
まさかのフランクフルトの方が気に入ったなんて、この旅が始まる前は想像すらしなかったけどね。
(だってパリの方が一見魅力的だもの。)
・・・ここからは、駅に向かうまでの残りの時間のちょっとした街歩きをダイジェスト版でご紹介。
ほんとに、中国一択である。
20~30年前は日本人が多かったそうだが、
(私も高校生の時、スイスで弟の担任の先生に遭遇したことがあるが
最近はそんなのほとんどないな。)
もちろん韓国人もいるが、圧倒的なのは中国バブルのパワー。
これには今誰も叶わないだろう。

しかしやっぱりドイツで慣れているため、パリの街は人も多く、
歩くスピードも早く、物騒感が漂っていて落ち着かない。
荷物もしっかり手で抑えておかないと、
どこでスリに遭うか不安を常に抱える。
まぁドイツもスられるときはすられるんですけど。
でもドイツより遥かに都会なのよねー。。。
大都市特有のせわしさを感じる。東駅の前も。
月曜日の帰宅ラッシュで自動車交通量が凄すぎた。クラクションがけたたましかった。
やっぱり大都市なのよね。。。日本の東京などのような激しさを感じたわ。
名古屋駅前もあんな感じかしら。ビックカメラ前のような。
ヨーロッパであの喧騒は私には不要なのよね。。。。
フランスのシャンパーニュはオトナの味や。
ドイツの甘くて優しいゼクトに慣れていると、フランスのシャンパンは高級感のある金属のような
オトナを感じる。
そうしてゆっくりと旅の余韻に浸る間もなく、
私たちは電車に乗り込み、東駅構内で買った寿司を食べながらフランクフルトまで戻り、
さすがに前日の深夜の脱走劇が効いたのか、電車の中では爆睡であった。
駅前の東横インに23時過ぎに到着。
私もナンさんと一緒に泊まった。
女2人・青春を無理やり続行させる旅、最後の夜はそんな具合であった。
そうして
翌朝にはトラムで連れ回してスーパーでお土産三昧。
そして慌ててフランクフルト空港着。
ナンさんのお預け荷物が規定の重量(23kgまで)の3,4キロをたやすく超えてしまい、
追加料金1万円以上も支払ってたまるものかと
チェックインカウンターで荷物減量に時間を費やし、
バタバタとゲート集合時間も目前に。
あんなに苦楽を共にした大好きなナンさんとの別れも、
最後の最後まで余韻に浸る間もなくバタバタと過ぎ去り、
あっけなくこの女二人旅は幕を閉じたのである。
しかしナンさんと過ごした毎日はとても楽しく、
しばらくはぽっかりと心に穴が空いたようであった。
せわしなかったけど、最高に楽しい日々だった。
またあんな旅をやりたい。
今度は今回のハードスケジュールを見直して、
もっとゆっくり素敵なホテルで過ごしたいけどね(笑)
振り返ってみると、
徹夜→虫刺されに病院送り→ボロイ宿→砂嵐に襲われる→
黒人ミサンガ売りに絡まれる→深夜の脱走劇と
色々エピソードがあったけれど、楽しいこともそれ以上にあった。
最高にエキサイティングな時間をありがとうございます!!
これにて私の2018年の秋の旅日記の幕を閉じようと思う。
結局シリーズ21回の大長編になってしまった。。。。
ここまで読んでいただいた皆様、どうもありがとうございました!!
じゃじゃじゃじゃーーーーーん。MUSEE DE MONTMARTRE。
モンマルトル美術館である。
ここは本当に本当に、私のどストライクど真ん中を行く美術館である。
ルーブル美術館よりこっちの方が断然スキだ。
・・・ってルーブル美術館に入ったことないんだけど。何度来てもいつも目の前素通りで終わる。
ルーブルは果てしなく広くでかいのが入場しなくても伝わってくるので、
毎度、今度こそ入るぞーーー!と思いながら、いざ目の前にするとため息しか出てこない。
しかしこの美術館ならお手軽で何回でも来たい。
同じくパリのポンピドューセンターも自分の趣向的には大好きだけど、
このモンマルトル美術館は小さなアトリエのようでこじんまりしまくってて来場者も少ないし、
実際にルノワールがここに住んでいた!!ってだけでもアガりまくりだし、
私の敬愛するロートレック、ルノワール、ピカソという世界名だたる画家たちが実際に住んでいたこの丘に立っているという点で
もう空気感やエネルギーが他と一線を画すのである!!!
3年前に来たときの記事↓
↑道狭すぎだわ。。。
・・・てなわけでオーディオガイドを片手にいざ入館!!
まずはかの有名なこの作品!!
スランタンの黒猫の絵、その名も『Chat Noir(シャノワール)』である。
(※フランス語で『黒猫』のイミ。)
実はこの黒猫の作品はキャバレーのポスターであった。
1882年にフランス初のキャバレーが当時ボヘミアン地区であったここ、
モンマルトルにオープン。その名前がなんと『シャノワール』(黒猫)。
(※この店の名前はエドガー・アラン・ポーの小説「黒猫」(Chat Noir)にちなんでつけられたそうな。)
そう、この有名な黒猫の絵はその店名からイメージされたものだったのである。
ちなみに当時のお店のポスターはこれ以外にもたくさん残っており、この美術館に保存されている。
キャバレー『シャノワール』は、当時の作家や画家などの文化人が集い、
エスプリあふれる会話を見世物とする新しい文化的な酒場を目指してオープン。
そしてそこにはモンマルトル画家はもちろんのこと、なんと詩人ハイネなども通っていたという。
お酒の席でワイワイしながら近代芸術が生み出されていったのだね。。。
私もただただ酔っ払って愚痴ってるだけ(?)ではなく、何かを生み出さなくてはな、
と反省!?
当時のバーカウンター↑
↑酔っ払いの進度を示した図。お店に貼られていたのかな。。。
↑当時のキャバレー『シャノワール』の様子。
わいわいと賑やかな様子が目に浮かぶ。
だけどそういう人たちがもう、今では誰一人生きていなくてお店もなくて・・・。
そんな時代を今後も繰り返していくのかなと思うと、
一種の空虚感と刹那的なときの流れを感じずにはいられない。
↑19世紀当時のモンマルトルの様子が写真で遺されている。
↑実はイケメンだったパブロ・ピカソ。(左。)
↑ロートレックの写真とモンマルトルで作品を描いているところまで!!
この写真はとっても貴重!!!
前回の記事にも登場したモンマルトルの人気ダンスホールの
『ムーラン・ド・ギャレット』のポスター。
ルノワールの絵でも有名。
↑19世紀のパリで空前の大ブームを巻き起こしていた日本文化。(ジャポニズム。)↓
ゴッホもジャポニズムに夢中になっていた。
キャバレー・シャノワールでも日本文化について熱く語られていたのかしら・・・。
↑黒猫の絵で有名なスランタンの作品をもう1つ。絵本みたいで可愛い。
そうしてこの美術館で私にとって、
もっとも満足感が高く見ごたえがあるポイントは以下の2つ。
①まずはロートレックの作品に出会えること。
何年も前からブログでも主張している通り、
私はやっぱり無類のロートレック好き。
学生時代にロートレック展を見たときのあの衝撃は忘れられない。
あれからロートレック一押しなのである。
むしろロートレックの作品が、
いつも私をパリへと連れてこさせると言っても過言ではない。
ゴッホにも心を鷲づかみにされるけど、
どちらかを選べといわれたら・・・うーん。やっぱりロートレックだと思う。
実家にも昔から絵を飾っている。
ってなわけで、
私にとってこの美術館が楽しくないはずがなく、むしろ大興奮ものであることは想像に容易い。
前日から散々な目に遭い、パリなんて嫌いだ!!となっていたけれど、
ようやくここにきて、パリが楽しくなってきたのである。
シャンゼリゼでショッピングよりも、同じく画家の集っていたモンパルナスよりも
(ヘミングウェイの小説『陽はまた昇る』にも登場するのでモンパルナスも面白いのだが・・・。
→2015年モンパルナス滞在記)
私はやっぱり!断然19世紀のボヘミアンの集うモンマルトル派だと確信。
学生の集うカルチェラタンのビストロ巡りも結構好きだし
(→2015年のノートルダム寺院とフランスビストロの記事。)
『ベルばら』の影響で18世紀のフランス革命の歴史も好きだけど・・・
この前日相当あの革命の空気にヤラレてしまってダメージを受けまくってしまったので。
やっぱりパリで1番楽しいエネルギーに包まれるのはモンマルトルの丘な気がする。
あとは結構物騒でエネルギーが悪い。。。
んで!!!
続きまして!満足度が高く、見応えのあるポイントのもう1つは!!!
②当時のムーランルージュ&フレンチカンカンの様子が伝わってくるということ。
↑ムーランルージュ。
美術館の庭園から見下ろせる、角のピンクの壁に囲まれたBAR。
『ラパン•アジール』
ピカソやモディリアーニ、ユトリロなどが夜な夜な集った
シャンソニエ(音楽BAR)。
今回は初めてこの場所にも行った。↓
バトー・ラヴォワールまたは洗濯船 (Bateau-Lavoir)である。
モンマルトル美術館から徒歩数分。
ピカソ、ジョルジュブラック、モディリアー二などが共同生活を送っていた
まさにボヘミアンのアトリエ兼住宅地。
プッチーニのオペラ『ラ・ボエーム』の屋根裏の共同生活もここがモデルなのではないかと思っておる。
もちろん映画『ムーランルージュ』も。
ゴッホとアルルで共同生活を送っていたゴーギャンもパリ時代に出入りしていたそうだし、
ピカソがかの有名な『アヴィ二ヨンの娘たち』の作品を描いたのもこの場所。
キュビズムが生まれた場所と言われている。中に入ることは出来なかったが、感無量であった。
その後は待ってましたのお土産たーいむ!
わたくしのメインイベントの1つ。モンマルトルの丘で絵を買うということ。
これは2017年の目標の一つでもあった。
(→今の家に引っ越したときの記事でも書いてる。(笑))
2017年には叶わぬ夢に敗れたが・・・。
ついに今!!今だよ今!!!!
1年越しにかなえることができたのだよ。
ナンさんも私も絵の選定に夢中。
うわーーーパリに来てから1番じゃない?ってぐらいのテンションの上がりよう!!
興奮する!!!!
↑ミュシャも素敵!ミュシャの絵は10年以上前にプラハで購入したが。
ピカソもゴッホも何でもあり!!
嬉しすぎる!!!
ついに念願叶って買いに来れたぞーーー!!!
↑私の友達にそっくりなのでついつい激写。↓
私の右側にいる水色のドレスの女の子。19世紀のファッション。
(私はジャポニズムね。。。。)どう???似てるでしょ???
こんなアニメみたいなパリの絵も悪くない♪
そうこうしてついに購入したのが下記の絵たち♪
いえーーーい!!ついに夢の1つが叶ったぞ!!
モンマルトルでモンマルトルゆかりの画家の絵を買って部屋に飾るというひそやかな夢が!!
有名なロートレックの作品(実家にもあるけど。)やスランタンの作品。
王道をそのまんま行ってしまったけど、やっぱり好きなもんは好きなんだ!!悪いか!!
ってことで。
今の家のゴッホの絵と合わせて、壁に飾りたいと思っている今日この頃。
次はついに最終回!!・・・に、なるかな??

続く♪
次はアメリカフェについて!
↑ムーランルージュの向かいの景色♪スタバがみえるー。
続く♪
またあのコンコルドのお化けでも出たんだろうかと思ったのだが、
違う!!!あいつだよ!!!
あれ!!またいる!!!
二匹…三匹…げ!!!どんどん降りてくる!!!
ナンさんの見上げる視線の先を見てみると…
げげげげ!!!!
あいつだ!!!!
宿敵・南京虫じゃんよ〜〜〜〜!!!!!!
そう、まさかのあの忌々しい南京虫のお出ましだったのである。
私はこの前の週にこいつに両腕を刺され、
パリにいる現在もボコボコに腫れている真っ只中であったのである。
↑ミュンヘンで南京虫にさされた記事。
とはいえ、あのとき自分だけがあれだけの被害を受けたにもかかわらず、そして病院送りになったにも関わらず。
このときはなぜか睡魔の方が勝っていた。
(↑こういう感覚なので誰よりも真っ先に刺されるのであろう。)
ノーテンキにも、
まぁ、刺されたら刺されたでそのときだわ。
とすら思っていたのである。
今更一個か二個刺されても、こんだけ既に刺されてるんだから大差ないわと。
それよりも、あろうことかここで寝ることを選ぼうとしていたのだ。
しかしナンさんは。
…こんなとこで寝てらんないよ!!!
私の怪物のような腕を横で目の当たりにしていたナンさんは、
このとき既に刺されてたまるかと脱走を決意していた。
その横で、
じゃあフロントに言って部屋、替えてもらいます?と、この期に及んでノンキなわたしにも
でもこんな古いホテル、部屋替えたところで変わらないよね。
どの部屋でも出るよ絶対!!!!
…というわけで夜中の脱走劇@パリが繰り広げられたわけである。
昼も夜も脱走したというのにまさかの夜中までーーーー!!!(涙)
このとき既に夜中23時半を超えていた。
眠さも強烈だったし、
うわー。今からbooking.comでホテル検索してホテル移動か。。。。と
あまりの眠さめんどくささに心底億劫ではあったが仕方ないらしい。
いっそのことホテルが満室だったら良かったものの(笑)
(刺されようが刺されまいがお構いなくこのまま諦めてここで寝れる(笑))
ナンさんはここにいたら一睡もせずに見張ってなきゃいけないと言うし、
ってゆーか刺されて散々な目に遭ってた私が何故終始ここで寝ようとしてたのか今思えば本当にワケわからんのですけど、
とりあえずネットで検索してみたら、モンマルトル付近のホテルは結構空室が多く、
もうこうなれば移動するしかない!!!と、
フロントの兄ちゃんにミュンヘンで刺された腕のナンキン虫の傷跡を見せ、
今ここパリで刺されたということにして(笑)
こんなんだからこの部屋出る!!
返金してくれ!!!!
と交渉。
しかし既にクレジットカードにて支払い済みで、その場で返金はしてもらえず。
オーナーにメールして私の腕の写真を添付するよう勧められた。
部屋を替えるナドナド言ってもらえたが、
丁重、かつ頑なに!?お断りし、
代わりにタクシーここまで呼んでくれと依頼。
そうして20分後にようやく宿の前にタクシー到着。
しかしbooking.comのホテルを見せると、
歩いていけるだの、このまま歩け、タクシー不要だのフランス語で言われて一向にタクシーに乗せてもらえず。
おいおいググったら徒歩30分以上だっつーの!!
タクシー運転手のくせに散々な目に遭ったパリの夜道を歩かせるつもりかい!!!
と、通じない英語で頑なに頑張る深夜0時過ぎ。
そうしてなんとかタクシーに乗せてもらったと思ったら、私たちのいくつもりであったモンマルトルのムーランルージュ付近のホテルではなく、
そこからうーんと国道で行って、モンマルトルから遥か離れた、よくわからん高速の高架下みたいなとこのIbisホテルに到着。
えー。ワケわからんのですけど。
明日モンマルトルを散策しようと思ったのに。
ここはどこ!?私はだれ?状態である。
調べてみるとずっと郊外であり、
楽しみにしていたモンマルトルでの夜は
そんなわけで南京虫とタクシー運転手にことごとく裏切られて終わった。
えーっ。パリのアーティストたちのように、
オペラ「ラ・ボエーム」の屋根裏に住む夢を抱く若き芸術家たちのように、
このモンマルトルの夜が楽しみだったというのに。
しゃーないのでIbisホテルに到着。
わりと安く一晩2人で60ユーロちょっとだったけれど、結局タクシー代に20ユーロかかっており、
元のホテルの宿泊代返金もきっとほぼ絶望的、
それであればケチらず!最初から良いホテルに泊まっておけばよかったと心から後悔したわけである。
24時半頃到着したIbisホテルは、
ヨーロッパでは名だたるビジネスホテルなので、
私も昔はフランクフルトにザルツブルクにと利用したこともあるし、ある程度信頼のおけるホテル。
まぁ日本でいうルートインとか東横インと肩を並べる感じかな。
とはいえ、パリのハズレのIbisホテルはフランクフルトの東横インに比べると明らかに格下。
しかし、そこまでラグジュアリーではないとしても、数泊するには充分で全く問題はない。
先ほどのホテルに比べたら雲泥の差に良いのである。
とはいえ、先ほどの宿では南京虫が何匹も壁伝いで天井から降りてきていた。
あのショックとトラウマときたら尋常ではなく、
思わずフロントで自分のボコボコに腫れ上がった腕を見せ(※だから先週ミュンヘンで刺されたものでパリは全く関係ないんだけどね。)
さっきのホテルではこんなのに刺されて大変だったので、このホテルにはいないか&そんな苦情お客さんからもらったことないか教えてくれと
疑心暗鬼でフロントに言いがかりを付けた私たち。
フロントの黒人の兄ちゃんは驚いて、
うわー、大変だったねと一言。
そして、
今までそんな被害も苦情も出たことはないが、そんなに心配ならチェックインの前に部屋を見てみるかい?
と、まだ泊まると決めてもいない私たちを部屋まで誘導してくれてチェックさせてくれた。
恐々と部屋中見渡す私たち。壁という壁から天井からベッドの下から床から見てみるが、
ここは大丈夫そうだ。
第一あそこほど古臭さやカビ臭さはなく、比較的新しい。
一応、宿泊は決めたものの、
ネットで南京虫について調べたナンさんは、
あいつらが深夜に出没し、人の血を吸うこと(吸血虫と呼ばれる)
刺されてから24〜48時間後に発症すること、
またツルツルするような木材などは好まないが、
人の衣類に付着し、特にニットや毛皮などの中に入り込み、自宅に連れて帰ってしまう危険性があることなどもわかっていた。
ナンさんは、もしかしたら今は分からなくても知らぬままに血を吸われたかもしれない、
またさっきのホテルで机の上に置いておいたツルツルした素材のバッグなどはいいとして、
ベッドの上に置いていた服やダウンジャケット、荷物などは全て危ない、と懸念。
服飾の仕事10年以上のナン氏は、
これから服やカバンすべての検品作業を始めると宣言。
言っとくけど私、検品は大得意だでね!!!
とのこと。
既に深夜1時過ぎ。
南京虫に追われ、命からがら逃げてきた新しいホテルで、
ベッドにダイブもせず、
携帯の懐中電灯を片手に、
服飾専門デザイナーのナンさんによる精密かつ正しい検品作業が夜な夜な行われたのである。
本社の工場見学ツアーは本当に素晴らしく楽しかったけれど、

このように店内で食事もできるのでこちらにも非常に心惹かれたが今回はせっかくの短いパリ滞在なので、どーせならシャンゼリゼ見たいよね、ということで。
シャンゼリゼに面した外のテラスで(寒いけど耐え忍ぶ、これこそが旅の醍醐味である。)ロゼワインを飲むことにした。
↑凱旋門はこのときぶり3年ぶり。あの直後にテロがあったりして、別にそれを意識していたわけではないが、それ以来パリになんとなく遠ざかってしまっていた。
しかしそれにしてもこの場所、なかなか命がけスポットである。
そう。私の立っている場所は実は
こんな車道のど真ん中。
しかも所狭しと人がこのスペースに殺到している。
この写真はだいぶ人が減った頃に撮影したのだけど。
この白線からはみ出したらもれなく車に引かれるのである。
そして最初の写真のように最先端で写真撮影をしようものなら、
しばしの順番待ちに耐えなければならない。
↓現実はこんなん。
こんな場所、車が突っ込んでこないとも限らないものねー。
(凱旋門前を囲むロータリーは交通量多いうえに爆走してるひとたちもちらほら。)
十分に気をつけて欲しい。
思った以上にスリリングである。
さて。
お次はもちろん凱旋門からまっすぐに伸びるシャンゼリゼ通りを下る。
もちろん鼻唄を歌いながら。(曲は・・・わかりますよねw)
目指すはルーブル美術館を超えてノートルダム大聖堂の方まで!!
まるで表参道のようなシャンゼリゼ。
ジブリスタジオを発見!
やっぱりパリではジャポニズムが巻き起こっているらしい。
そうこうするうちに、こんなチョコレート屋さん発見!!
チョコレート菓子からチョコレートアイスから、ホットチョコレートまで
ありとあらゆるチョコレートが揃ってる。とってもおいしそうだったので思わず入店。
本当はこの写真のようなアイスを食べたくて入ったのだけど・・・
この日のパリは真冬のように寒かったので(※この日はまだ10月。)
身体が冷え切ること間違いなし。
仕方なくホットチョコレートのみに落ち着いた。
感想は・・・・ あまっ!!!!!!(甘)
甘すぎてびっくりした。
美味しいんでしょうけど・・・私もナンさんもミルクがふんわりとした
ほどよく自然の甘さのドイツのココアに軍配が上がった。
個人的にはドイツのココア(Heisse Schokolade)大好きです。
日本でもココアが大好きだったけれど、ドイツのココアはどのパン屋でも納得できる味。
パリのと比べると甘さ控えめなのかな??
ドイツのに慣れるとパリは異様に甘い。
シャンゼリゼを下っていくとZARAに到着。
さすがパリのシャンゼリゼ。日曜日でもやっている。
中もものすごい人ごみでびっくりした。
ナンさんはここで異常な寒さのパリに対抗するため、帽子をお買い上げ。
そうしてお次は・・・
ロクシタンカフェ!!!
おおおーーー!シャンゼリゼのこんなところにあるんだ!!
この初夏、
南仏プロバンス・ロクシタン本社のガイディングツアーに行ってきたばかりの私。
本社では残念ながらカフェは併設されていなかったが(渋谷にはあるんだけどね。)
なんとパリにもある!
せっかくなので入ってみることにした。
というわけで次号はロクシタンカフェである!こうご期待!?
゚・*:.。. .。.:*・゚・*:.。. .。.:*・゚・*:.。. .。.:*・゚・*:.。. .。.:゚・*:.。. .。.:*・゚・*:.。. .。.:*・゚・*:.。. .。.:*・゚・*:.。. .。.:
10月20日 ナンさんドイツ到着。 私はWiesbadenでコンサート出演。深夜1時すぎまで出演者の打上げあり。
10月21日 一睡もせずに朝5時台の電車でザルツブルクへの旅。
10月22日 翌朝ノドが激痛。しかしザルツブルクでカフェからの夕方はフュッセンのペンションへ。
10月23日 朝一のノイシュバンシュタイン城 からの ヴィース教会、そのままオーバーアマガウ、ガルミッシュ・パルテンキルヒェン経由でミュンヘンへ。その日はミュンヘンのビアホールへ。 ボロ宿に泊まる。風邪ひいたかも。咳が止まらず。
10月24日 ミュンヘン見学。その後3時間かけてフランクフルトに移動。ナンさん、フランクフルト市内にてホテル大移動。知らぬ間に南京虫にさされたらしく、夜、その症状が発症。
10月25日 私は一日会社で仕事。南京虫にさされた部分が痒すぎて仕事抜け出して救急で皮膚科にかかる。ナンさんはハイデルベルクへ一人旅。
10月26日 私は一日会社で仕事。まだかゆい・・・。ナンさんはオランダ・アムステルダムへ早朝~深夜まで日帰り一人旅。
10月27日 フランクフルト市内で当コンサート。
10月28日 朝6時過ぎの電車でパリに到着。← 今ココ NEW!
゚・*:.。. .。.:*・゚・*:.。. .。.:*・゚・*:.。. .。.:*・゚・*:.。. .。.:゚・*:.。. .。.:*・゚・*:.。. .。.:*・゚・*:.。. .。.:*・゚・*:.。. .。.:
朝6時過ぎ。フランクフルト発の電車に乗り込み、10時30分 パリ東駅に到着。
これは10時半過ぎのパリ東駅のようす。
※ちなみにこの日はサマータイムからウィンタータイムに変わった日(日本との時差も7時間から8時間になる。)なので
時間が1時間遅くなった。そのため朝6時半集合だったけれど、いつもより1時間寝坊ができたのは良かった♪
私にとって久々のパリ!!
2018年はストラスブールやコルマールなどのアルザス地方から始まり、
南仏プロバンスなど、フランスにはちょくちょく足を延ばしたが
パリは意外にもこのとき以来。
この直後にテロがあったので3年は行ってなかったのね。。。近いのに悔しい。
今年は久しぶりにパリにも来たかったので嬉しい。
そしてナンさんも学生時代の卒業旅行以来のパリである。
その後、珍道中が待ち受けているとは
このときは思いもせず、
花の都・パリを目の前に、
期待に胸を膨らませていた。
ちなみにパリは日本の影響をたくさん受けていた。
キリンビールが全面的にメトロ(地下鉄)の壁画を埋め尽くしていたり。
ワンピースの漫画の絵が壁一面貼られてあったり。
Meijiという展覧会があったり・・・。
ゴッホの時代にジャポニズムがパリで起こり、浮世絵ブーム、日本ブームが巻き起こったそうだが、
その余韻はどうも現代にも引き継がれている気がする…!?
↑印象的だったメトロ構内の灰皿。↑
出入り口付近に設置。
日曜日のパリはこんな感じ。
曇り空でかなり冷え込んでおり、
皆様が想像するような優雅なパリの休日とは程遠い。
なんだか気持ちが鬱蒼とする・・・・が、この建物なんかはやっぱりパリ!パリ!!パリらしーーーい!!
この一見相性の良くなさそうなクリームベージュ色の壁とグレーの屋根。
窓の形やデザイン、屋根裏の感じ。この感じがもうパリって感じで
ドイツと全然違うね――――!!!
↑中心街以外のお店はほぼクローズ。
そこらへんはダテにドイツで暮らしてないので心得ているが、日本から来た人は衝撃らしい。
ま、そんなわけで華やかなはずの花の都は、想像以上に寂しげな雰囲気でいっぱいであったが、とりあえずおのぼりさんらしさを存分に発揮すべく、早々に向かったのはエッフェル塔。
実は何度かパリに来ているが、エッフェル塔にこんなに接近したことは今回初めてである。
ちょっと中心街から遠いし、パリそのものの景色の背景としては大変情緒溢れて美しいもののエッフェル塔そのものには別に興味もなく、
いつもセーヌ川沿いの背景として見ているだけなので・・・。ちょっと距離あるわね。
この橋の上で既に、私とエッフェル塔との距離の短さは自己ベストを更新したわけだが、
このあと更に観光客らしさプンプンでエッフェル塔に近づいてみることにした。
何度かパリに来た中で、いまだかつてこんな風にエッフェル塔を見上げたことはない。
いやー。たかがタワーなんですけど。やっぱり風情があってかっこいいですなー。
名古屋のテレビ塔とそんなに大差ないはずなのに。
東京タワーほどの派手さもないのに。(東京タワー大好きなので。)
ただパリと言うだけでエスプリな雰囲気にだまされる。
↑エッフェル塔を同じく見上げるきのこたち発見☆
しかしエッフェル塔の真下は、中に入場したい人々の長蛇の列。
真下もガラス扉やロープのようなものに遮られて、入場するには相当な時間を要するようだ。
わざわざあの人ごみの中に入ってまで中に入りたい欲もなかったため、中には入らずさっさと退散。
また、エッフェル塔のふもとには物乞いも多く、
怪しげな黒人のアンケートのおばちゃんもしつこかった。
あんなに振り切っても振り切っても付いてくる物乞いやアンケートはドイツにはちょっといない。
ちょっと不快な気持ちになったので、次の目的地へ。
エッフェル塔のそばの橋を渡って中心街の方まで歩こうと思う。
ベタベタなわりに中途半端な写真…。
人が殺到してるため、なかなかエッフェル塔のみピンで写真が撮れず、
どうしてもこのように人が入ってしまうのである。
先ほどのワタクシの写真も、ほんの隙間時間を狙った秒速のシャッタータイムだったわけである。
さっさと写真を撮り終えたあとはそのままGoogle Mapの仰せのとおりに直進。
ここにもセルフィー(自撮り棒)のアジア人があああああ!!!
やっぱりアジア人使用率が圧倒的に多い。
その棒は便利かもしれないが、客観的に周りから見るとなかなかシュールである。
実は私も自前の自撮り棒を持っているが、今後使うのはやめておきたい。
そうして、お次は凱旋門・シャンゼリゼ大通りを目指して歩く・・・・
・・・が!!!!!