ロンドンのキングズクロス駅から1時間ほど。
 
 
 
ケンブリッジ駅に到着。
 
 

 

 

 
↑駅はこんな感じ。
素朴で小さな駅だった。  
駅前にはWasabiという日本のお弁当やお惣菜のチェーン店が!!!
 
ドイツ以上に和食が浸透しまくってるイメージ。
 
 
駅を出るとこんな感じの街並みが続く。

 

 

 

 

 

 

 
 
 
いかにも!!
ザ・イギリス!!!的な街並みで可愛いー🎵
 
↑この街並みもこんな感じだったし。
昔行ったピーターラビットの生誕地、湖水地方もこんな感じだった。
 
イギリスって都市の中心地を外れるとどこもここもこんな街並みなんだよねー。
(ドイツではなかなかないけど各家どこも出窓になってる。)
 
 
 
人生初めてヨーロッパの地に降り立った十代の頃。
ヒースロー空港を抜けて電車の窓から見下ろしたこんな街並みは、
全部が茶色くて
うわぁぁぁぁ!!!!外国だぁぁぁぁ!!!
 
とときめいたものである。
イギリスに来ると、いつもあのときの感情を思い出す。
 

↑宿の窓から見える景色。いかにもイギリス的な雰囲気。

これがケンブリッジ!!

 

 

 

↑おしゃれなパブ♪

 

↑繁華街?というか学生通りにある楽器店。
 

 

駅から大学へと向かう道。ちょっと盛り上がってそうな場所。(・・・これでも。)

 

ちょっとしたショッピングストリート。

 

↑レンタサイクルがある。

 

 
だだっぴろい広場を抜けて大学に向かう。
駅からは徒歩30分ほどかかるみたい。
結構歩くけど・・・散歩がてら観光を。
 
 
 
 
 
 
 
 


 
 
 
 
 
 
 
ケンブリッジ大学といっても、カレッジ(キャンパス)が複数存在していて、
この街自体が本当に大学のための街、といった感じである。
 
ふらふらと散策してたどり着いたのは
まずは1496年に創立したジーザスカレッジであった。
 
 
続く
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 

 

ロンドンからケンブリッジに行くには、
キングスクロス駅を経由するのだけれど。







そのキングスクロス駅は、
あの、映画『ハリーポッター』の舞台になった場所なのである。






ホグワーツ学校に繋がる
プラットホーム93/4番線のある駅なのであーるー。







撮影スポットは40分以上待ち!!ですって。


ホームの隅にハリーポッターショップまで!!















ハリーポッターのBGMもかかっており雰囲気抜群!!!!!



ここから電車に乗って、
イギリス屈指の大学街・ケンブリッジを目指した。


13時42分 キングズクロス駅発。
(ケンブリッジまで25.10ポンド。3500円ぐらいかな。)




↑お昼ご飯はビクトリア駅のWasabiで購入したおにぎり。


そうして。



14時30分。
ケンブリッジ到着。




こじんまりとしたイギリスの素朴な地方都市、
といった雰囲気。

駅の目の前にはまたまた日本食のWasabiが!!!
いつの間にこんなに進出してるんだWasabiよ。





ふーん。
こんなに素朴な街に、歴史に名を残すような哲学者や物理学者、生物学者などなどがいたのかぁ。



宿にチェックイン後、
18時のイトコのさやちゃんとの待ち合わせまで、
この学問の神の微笑む街・ケンブリッジを練り歩いてみることにした。


続く







































 昔から
私の中でロンドンのシンボルといえば。





ロンドン塔でもロンドンブリッジでもバッキンガム宮殿でも大英博物館展でもなく
ズバリ、ビッグベンであった。





↑幼少時代、私のロンドン=ビッグベンへのファンタジー感をこれでもか!と高めた動画がこちら。ピーターパン。




↑うーん、アニメでも美しい。惚れ惚れする。
テムズ川沿いに佇む時計台。


なーんてことはない、ただのお堅い国会議事堂であるのだが。
ロンドン、格別好きな街というわけではないが、
黄金のビッグベンに赤いダブルデッカーバスのセットは、もんんんんんのすごく私の心をくすぐってやまない光景。
パリのエッフェル塔よりロンドンのビッグベンが好きかもしれない。




1999年。
私が今から初めてこのロンドンの地に降り立った時。
これまで冷静に分析したことはなかったが、
今なら分かる。
1番テンションが上がったのは他でもない、
やはりビッグベンを見た瞬間だったように思う。


思わずビッグベンの見える近くの電話ボックスで
祖父母の家に自慢の国際電話をしたのをおぼえている。
(そしてビッグベンの絵はがきを界隈で買い漁って家族に送りまくった。)




ちなみに3年前にロンドンを早歩きした際は。⬇︎



ビッグベンビッグベン言っているが、
夜だったし、時間がなくてゆっくり観ることができなかった。
それが本当に心残りで、
また必ず来ないといけない、と思っていた。
ビッグベンをみる、ただそれだけのために。





とあるドイツ人の友達が、
フェイスブックで休暇中に青空に映えるビッグベン&ロンドンミュージカルを満喫している投稿をみて、

くっそーーー!いつかまた、私も!!
と闘志をメラメラと燃やしていた。






 

…そんなわけで、
ついにこの念願のこの瞬間が再び訪れた。




20年越しの再訪。
いざ!!3年前の屈辱を晴らすとき!!!















…………。






…………。







………………。








……………………。




えっ……。
マジ!?




まさかの改装工事中〜(T_T)




見るも無残な改装工事中の姿を曝け出していた…










遠目だったらなんとなく!?シルエットが分かる………かぁ!?









近場じゃもう、見るに耐えられない(T_T)




↑ちなみにこれは最寄りのウェストミンスター駅を出たところで撮影したもの。
まさかこれがビッグベンの時計台だなんて最初は全く思わなかった。。。。




私の憧れの、
ビッグベンとダブルデッカーバスのコラボによる写真。


インスタ……映えない😂😂😂😂



嗚呼。2月とは思えないぐらい
奇跡的な晴天だというのに。。。涙




このビッグベンの改装工事は
2017年7月から開始しており、
2021年まで続くとのこと。
あと2年もかかるのか。。。
 

↑ディズニーランドにありそう。ミッキー型のシルエット。





ビッグベンの反対側、テムズ川の対岸には
ロンドンの人気観光スポットの大観覧車、ロンドンアイが。

私が1999年に来た時はこんなのなかった。。。
(なかなか脳内アップデートされず時代おくれ感ハンパなくてすみません!!)

と、思いきや、
1999年の年末にオープンしたとのこと。


普通の観覧車とは違い、カプセルみたいになってて、
各カプセル25人ぐらい入れるらしい。


ただし乗車料がまさかの大人23ポンド!!



たっけぇーーーーーー!!!
日本円にして、実に3100円ぐらいですよ!?
そんなんだったらドイツではドイツ料理レストランで2食分ぐらい食べられるわ!!


おそるべしロンドンの物価!!



橋の上にはタータンチェックスカートの民族衣装を着た男性がバグパイプを演奏。

うーん。英国的でいいねーーー!!素敵!!









…私の知ってる曲とは一音だけ半音低いんですけど。


テムズ川↑




ビッグベンの裏側






↑ウェストミンスター寺院前では学生さんたちによるこんなデモをやっており人混みがすごかった。
楽しそうに和気藹々とデモやってます!!って感じなんだけど。

ロンドンの周りの景色が重厚感ありすぎて、
こんなん思い出した。⬇︎





ここまで鬼気迫る感じじゃなくてお祭り騒ぎだったけどね。
とにかく見物客などもいて人がごった返しており、


↑この荷物で道歩いてた私は通り抜けるスペースもなかったわよ。。。






ようやく人混みをすり抜けてウェストミンスター寺院へ到着。⬇︎⬆︎


ビッグベンのほぼ真裏?です。


ウェストミンスター寺院といえば
私の中では、英国民が涙を流していた
1997年のダイアナ元妃の葬儀。
そしてそのとき歌われたのが
エルトンジョンのCandle in the window⬇︎



私はまだ夏休み中で家のテレビでこの中継を見ていたので覚えてる。
そしてこのウェストミンスター寺院という場所を知った。
そしてその2年後の1999年の夏。
私はここに来たのである。



私の西洋で初めて入った教会はここであった。


20年越しの再訪。
久しぶりに入ろうかと近付いてみると…




…ん!?



大人22ポンド!?


たっけぇーーーーーー!!!


色々高すぎじゃわいっ!!!ロンドンよ!!
教会に入るだけで3000円以上ってなんなのよ!!
日本の寺院仏閣もそんなに取らへんわっっっ!!!


(もっと言えばドイツの教会なんてどこも殆ど無料でお気持ちばかりの寄付金のみ、もしくは拝観料とられてもせいぜい2ユーロ前後。)


ドイツからロンドンに来ると色々びっくりです。



昔ここに来た時は確実に入場しているし、
その写真も実家に残っているし。。。
でもこんな拝観料、払ったのだろうか???




全く覚えてないので当時はそんなにお金がかからなかったかと思われる。


あまりにも高くてアホらしいので、
結局入らずに外観だけ拝み、
となりの教会ショップだけ見て、終わることにした。



あー。アホくさい。
ロンドンって街並みかっこいいけど
お高くとまりすぎだわ!!!


バッキンガム宮殿も久しぶりに見に行こうと思ったけれど、
荷物も邪魔だし、なにかとガッカリの連続で疲れたので、
早々にロンドンを離れて本日の宿泊先であるケンブリッジに向かうことにした。


続く。



 
 
2月某日。(平日。)
仕事帰りのナイトフライト。
 

↑職場のデスク・・・笑

 

↑この荷物で朝から会社に出勤。

 

 

いつものように定時まで仕事をこなしたあと、
そのまま空港へ。
フランクフルト空港は市内からとても近く、
15分ぐらいでぷらっと行けるからすごく便利。
逆に時間がありすぎるぐらいなので、先にデパートで買い物してみたりした。
 
 
フルデイ仕事からのナイトフライト。
仕事のあとのナイトフライトは、ラクチンで好き。
↑このときも仕事のあとのナイトフライトだった。
日本で仕事していたときは仕事の後に夜行バスに乗って色んなとこ行ったけど。
(今でも夜行バス、たまに乗るけど・・・最近は体がしんどくて昔みたいには無理。)
最近は仕事からの夜空港、そして朝一フライトからの、そのまま仕事、
みたいな旅の仕方。(相変わらずです・・・)
 
夜景がすごく綺麗だった。
ドイツは夜が暗いし殆どが牧草地なので
こんな夜景を楽しめない。
夜、いいな。
 
 
21時30分フランクフルト発のフライトで、
22時15分到着予定。
 
 
・・・それが・・・
 
 
21時30分に到着。
 
 
 
え!!どゆこと!!!!??
摩訶不思議!!!!
飛行機乗ってたのに時間変わらないって!!!
恐怖体験やん!!!
 
 
と、リアルに狐につままれた気分であったが。
あぁ。時差があったのね。

なんかすっかり忘れてた。

着いてから気付く。我ながらびっくり。

ヨーロッパ内で時差が発生してるなんて。

ちなみに前回ここに来たのは3年前。

あのときには時差があったことすら気付かず数日押し通した気がする。。。。

身に覚えがないもん。

 

 


さてここは一体どこでしょう。

 

 

 

 

もうお分かりでしょうか。

答えは下の方にすでに見えてますが。。。









ヒースロー空港。

 





つまりロンドンです。






そう。ここからしばらくは。

ひっさしぶりにロンドンに降り立ってウキウキシリーズをお送りしていきます。



 

 

3年前に一瞬ロンドンに来たときは

(リバプールに滞在してたのでロンドンは瞬間に通り過ぎた。)

LCCでスタンテッド空港を利用したので↓

2016年4月の記事 『ドキドキ一人旅!!』

 

ヒースロー空港に降り立ったのは1999年以来。まさかの20年ぶり!!!

 

 

1999年に来たときは。。。

もっとクラシカルな空港だったような気がするなぁ。

って殆ど覚えてないけど。

でも今回降り立ったときに、懐かしい!!コレコレ!ってのが一切なかったので様変わりした気がする。

 

 

3年前に来たときにはドイツ~イギリス間に1時間の時差があることに気付かないまま

過ごしてしまったような気配がぷんぷんするけれど、

確かに20年前に来たときには、日本発→ロンドン→ドイツ→スイス→ロンドンと旅したけれど、

腕時計を1時間早めたり遅めたりしたんだっけ。。。。

 

 

 

・・・で、今回のロンドン旅行。

 

 

実は全く今年の旅行プランに入れてなかったけれど。

先月、日本に帰国し、祖父母の家に遊びに行ったとき。

 

イトコのさやちゃんが大学の春休みを利用してケンブリッジに短期留学するというので、

じゃあせっかくなので訪ねていっちゃおうかなぁと半ば強引に(?)便乗

 

祖父母も可愛い孫が(・・・って私も可愛い孫のはずなんですけど)心配で、

遊びにいってやってくれるんか、ありがと!!

と逆に感謝してくれたので、シメシメ!

(さやちゃんの邪魔すんなとか言われなくてよかった!)



 

3週間に及ぶ日本でののんべんだらりな休暇が終わり、次の目標を見失っていた私は

このロンドン(とケンブリッジ)便乗計画で完全に生きる目的(笑)を取り戻したのであった。

 

 

 

・・・・で。

なめたらあかん。ヒースロー。

 

 

名物(?)入国審査です。

 

フランクフルト空港のガラ空きに慣れていると、

このヒースローの入国審査の長蛇の列にびっくりするって。

 

同じ職場に、ロンドンで何年も働いていた人が何人かいて、

(そのうちの1人の仲良しの子にイギリス使用のコンセントのアダプターも借りちゃいました。感謝!)

くれぐれも機内でお手洗いを済ましておくように!!!

 

というお触れがあった。

トイレに先に行っておかないと行けなくなるよと。行ってしまったらこの長蛇の列に1から並び直しらしい・・・。

 

そしてもう1つ、

 

飛行機が到着したら真っ先に走れー!!

 

↑これもロンドン元在住の方々のありがたーーい助言である。

 

 
 

実は他でもない。

うちのいとこのさやちゃんが10日以上前にこの地に到着したとき。

 

土曜日だったこともあり、なんと6時間!!!も入国審査に並んだとのこと。

そのせいでやっと空港を出られたのが夜遅く、

ヒースローからケンブリッジ行き(約1時間かかる距離)のバスを事前に予約しておいたにも関わらず、

バスは待っていてくれずに空港で流浪の民になってしまったのである。

 

 

その話を受け、私は恐怖に恐れおののいた。(?)

平日のナイトフライトだからそこまで混まないかもしれない・・・にしても、

慣れてない土地なので保証はない。

何よりナイトフライトだもの。

下手したら私も

 

終電に間に合うかどうか分からない

(→すなわちホテルに辿り着けない。)

 

過去にこういうこともあってヒヤヒヤしたし。↓

2016年5月 ロンドン早歩きの記事 その④

 

 

 

・・・というわけで、万全の状態で挑もうと準備した。

まずネットでフライトチェックイン開始時刻に合わせて(23時間前)即チェックイン。

座席指定は、エコノミークラスの最前列を確保した。

(※到着したら誰よりも早く機内脱出できるように。)

 

 

更には

機内が上空を飛んでいるとき既に上着を着込んでいつでもスタートダッシュ切れるように待機。

(※気が早すぎだが。)

 

 

お手洗いも何回も何回も済ませておき(←※入国審査の緊張でトイレが妙に近い)

いざ!到着の瞬間!!!!

 

もう思いっきりスタートダッシュで突っ走ったね。

そのままヒースロー空港内をダッシュで突っ切り。

うんうん、後ろに追っかけてくる人もいない。しめしめ。

 

 

そんな感じでだだっぴろいヒースローをひとっぱしり。

なんとかして入国審査場に到着

 

 

と、そこでまさかの尿意が・・・・!!!!

 

オオ、ノーーーーーーーーーーーーーーーーーー!!!!

 

どーしてえええええ。

あんなに機内で行ったのに!!!(涙)

(←こういうときに限っていきたくなる人です、昔から。)

 

 

まぁ全力疾走の甲斐あって、お手洗いで用を済ませたあともまだまだ

後ろから自分を追って来るような人たちはいなかった・・・・が!!!!

 

 

それでも入国審査の列に並び、

かるーーーく40分超え




がーーーん!!

走ったのに、40分待ちだなんて。。。。




そうこうして、ようやく外に出られたのは

23時25分。


お金をポンドに両替してくる時間もなかったので、空港のATMで300ポンドほどキャッシング。

うん、これが一番便利だしレートがいい気がする。



そうしてピカデリーラインに乗って

Hammersmith駅へ到着。

私の職場のロンドン支店のある場所。

(というかうちの本社ですね。)

私の職場の仲良しの人が住んでたという場所。


空港から一本ですごく便利。




こうしてこの日は宿に寝に行っただけで終わった。。。



 

 

 

 …翌日。



朝からホテル周辺を歩き、

職場のロンドン支店を外観のみ拝んだあと

Victoria駅へ!!



 

 

 

 

 

 



うわぁー懐かしい!!
この駅は実に1999年の夏に歩きまくってた場所!!
1999年の7月。
私の人生初のヨーロッパ体験の地。
(初のヨーロッパ大陸体験と書きたかったが島国だった。)
ここから私のヨーロッパ人生が始まったんだ。


ここを経由して滞在場所から街中に通ったなぁ
当時は。
まさに20年ぶり!!
ここはすっかり改装されたヒースロー空港とは打って変わって、
そうそうそうそう!!こんな感じだったーーー!
懐かしいいいいいいいーーーーー!!!

と悲鳴を思わずあげたくなる感じ。
お店の感じとか、リアルに当時が蘇った。


唯一、あのときと違うのは、
Wasabiという日本食スーパーがあること。⬇︎

 

 

 

 

 

 

 

 

こ。。。これはすごい。
羨ましい。
Sushiはもちろん。
カツカレーも牛丼もおにぎりもアラレも。
お弁当だって。

めちゃくちゃ手軽に手に入るじゃないか。

1999年当時はどこ行っても日本食材なんて手に入らず。
中華レストランかバーガーキングに通っていたもんだよ。
日本食が数日で恋しくなって、味の全く違うカップラーメンすすってたなぁ。


それが今ではこんな主要駅でおにぎりが手に入るとは!!!

時代も変わったもんだわぁ。。。
(だいたい当時はwifiとかスマホとかないからその時点で時代はめちゃくちゃ進化してるしね。)



ってなわけで、ここでおにぎり購入♬


Victoria駅目の前で、イトコのさやちゃんと翌日見ようと、
サプライズでミュージカルチケットを購入!!


念願の大大大好きなWicked!!!
これを見るために数年前からロンドンに来ようと思ってたので嬉しい。


(※ちなみに1999年当時はVictoriaのアポロシアターで美女と野獣を上演してた。。。まぁ見てないけどね。)





↑さやちゃんとロンドンを深く触れようとこんなファイルまで勝手に作成(笑)
旅行の手引きである。
…って、ただウィキペディアをカラーコピーしてファイリングしただけだけど。(笑)
このネット&ペーパーレスのご時世にかさばるマニュアル方式(笑)
ごめんよさやちゃん。。。


ちなみにアフタヌーンティーについてとか
ウェストミンスター寺院とかも印刷して挟んでいる。


私の中で昔からロンドンといえば
ダイアナ元妃のイメージなんですけどね。
まぁ、さやちゃんは葬儀のセレモニーのときですら、まだ生まれていませんが。
(私はテレビで見てたなぁ)



そうこうして、さやちゃんと合流するまで
時間があったので、午前中はこのビクトリア駅を経由して、先にロンドン市内を久しぶりに回ってみることにしたのだった。



次へ続く!


これは去年の秋の出来事であり、
内容も内容だけに今更書くのもどうかと思ったのだが、
2018年の衝撃的な出来事のかなり上位にランクインするエピソードだったので書き残しておこうと思う。
(ちなみにダンナ様も顔出し&記事を書くことを許可してくれているので。)
 
 
 
 
10月20日(土)にフランクフルト近郊の街、ヴィースバーデンでコンサートがあったのは
以前、ソウルメイトのナンさんがドイツに遊びにきてくれた下記の記事で触れた。⬇︎
 
↑アンコールで全員でシングアウトしたときの様子。
 
 
 
温かい聴衆の皆様の声援と拍手で無事にコンサートが終わり、
この後は出演者総勢で深夜1時までに及ぶ打ち上げに盛り上がった。
このときは、こんな未来が待っているとは想像だにしていなかった。
 
 
・・・しかし。
 
私の隣で、ほがらかな笑みをたたえているピアニストのオルガさんが。↑
 
 
このわずか4日後。
体調が優れないので今から病院に行ってくる、
と、この日の共演者の一人に電話をした。
そしてそのまま、自ら出向いた病院の病室で昏睡状態に陥ってしまったというのである。
 
 

 

 

 
私がその連絡を受けたのはそれから更に2日後ぐらいであった。
 
現在、彼女は機械1つで一命を取り留めているが、
既に脳死状態になっている、とのことだった。
 
 
世の中、何が突然起こるか分かったもんじゃない。
 
ほんの数日前まで、彼女はたしかにこうしてステージの上で微笑んでいたのだ。
こんな嬉しそうな写真まで残っているのに。↓
 
 
↑コンサート終盤。花束をもらって嬉しそうなオルガさん。
 
 
そして前述したように、
この後には、一緒に打ち上げ会場で
コンサートの高揚した気分の余韻にまだまだ浸っていたというのに。
 
 
しかしこの時点でまだ私は
事の重大さを本当の意味で理解しておらず
そのうちムクっと復活してくるんじゃないかなぁとすら思っていた。
 
 
しかし、それから更に数日が経ち。
 
今度の週末に、
彼女の命を繋いでいた機械を外すことになった、
と知人から連絡を受けた。
 
すなわち、オルガさんと永遠の別れのときが決定的になったのである。
 
そして最期の瞬間は、一緒にコンサートに出演したIsaとKatjaが病室で看取ることとなった。
 
 
そうして日曜日の昼下がり。
予告があった通り、病室にいたIsaから。
オルガさんはたったいま、安らかに永遠の眠りにつきました、
というメッセージが入った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 
人生とは時に、考えられないことが起こるのだなぁと思う。
このほんの数日前まで、私はステージの上で彼女のピアノ伴奏で歌っていたのだから。
 

 
実はそのリハ中、不思議な感覚に陥っていた。
演奏した曲の1つ。
グルック作曲の歌劇「オルフェオとエウリディーチェ」のアリア
最愛の妻を失った夫のオルフェオが、絶望に打ちひしがれている曲だ。
(そうしてオルフェオは悲しみから逃れられず、妻を迎えに天国に行くというストーリー。)
このとき、歌いながら、
なぜか悲しみが魂の奥の奥の方から込み上げてきて、止まらなかったのだ。
震えながら、半分叫ぶような嘆くような気持ちで歌った。
この曲は何度も歌ってきたが、こんなことは初めての経験であった。


↑リハ中。生前最期のコンサートでピアノを弾くオルガさん。そして私。
 
まさかこの曲を一緒に演奏していたひとが
その数日後に本当に天国に行ってしまうなんて思いもしなかった。
そんなことが未来に待ち受けているなんて想像だにしていなかった。
だけどもしかしたら細胞レベルで気付いていたのかもしれない。
そんなことを思わせる不思議な現象だった。
 
 
 
-そうして11月7日。
オルガさんのお葬式が執り行われた。
 
 
 
 
このように澄み切った青い空の、穏やかな秋晴れの日であった。
 
 
会場は『アンネの日記』でお馴染みの、アンネ・フランクが幼少時代に住んでいた家から
徒歩10分ほどの墓地。  
( ↑アンネがオランダに移住する前に住んでいたフランクフルトの家。)
 
 
実は、今回のことがあるまで誰も知らなかったのだが。
オルガさんはアンネと同じくユダヤ人だったのだという。
(オルガさんはロシアから移住してきたユダヤ人。)
 
 
↑そのため式場もユダヤの墓地。入り口の門にはヘブライ語が書かれている。
 
 
もちろんユダヤ人のお葬式なんて生まれて初めて。
(ユダヤはおろか、海外での葬儀参列自体初めてである。)
ユダヤ教を微塵も信じていない私が参列して果たして本当に良いのか・・・
それすら分からず戸惑ったけれど、
ええいっ。これも何かのよしみだ!!!
彼女の人生最期となったコンサートで一緒に演奏したご縁である。
最後の最後まで、見送り届けようではないか!!!
(ちなみに不謹慎かもしれないが、人生最期の締め括りが音楽と共にあり、また最後の最後まで
人々の拍手喝采を浴びた人生だなんて羨ましく眩しくさえ思う・・・)
 
 
 
・・・とは言えども、やはり海外と日本の差は大きく。
葬式1つ行くにしても大騒動である。
(しかもユダヤ教・・・)
 
前述したように、日本での葬式しか参列経験のない私。
まず何にぶつかるかって、服装である。喪服。
ドイツのどこに売っているんだい???見たことないんですケドーーーーー!!!
 
 
 
きっと万国共通、黒づくめだったら間違いないだろうと、
前日に慌てて黒いジャケット、黒いスカート、黒いシャツをバラバラに購入してみた。
バッグも靴も全部黒いものを新調した。
ブーツじゃダメですよね・・・さすがに・・・。
というわけで履き替え用の黒いパンプスも購入。
 
 
 
・・・しかしながら。
 
実際に式場に行ってみると。
 
参列者はみんな(ユダヤ人もドイツ人も)、
色とりどりのマフラーやストール、
オータムカラーのジャケットやコートならまだしも、
ショッキングイエローのダウンジャケットの人もいたり。
ジーンズやカラーパンツ。
足元はスニーカーやらジーンズなど。
思いっきり普段着。
 
ちらっと噂に聞いたことはあったが、
この国には喪服の概念が存在しなかった。
 
 
オルガさんの旦那さんは、悲しみにくれながら、
目を真っ赤にして私達参列者を門の前でお出迎え。
 
そのいでたちはというと。
 
ユニクロの部屋着っぽい真っ青なフリースに
(うちの弟があれ着て部屋でゲームやってそう)
ダメージジーンズ、履きなれたスニーカー。
頭だけは、ザ・ユダヤな帽子をかぶっている。
 
 
しかもちょっとオシャレっぽい青の帽子。
オルガさんの息子もそうこうしているうちに登場。
ダボダボのジーンズにスニーカー。
 
やっぱり思いっきり普段着であった。
 
 
ちなみに男性はユダヤ人でもユダヤ人でなくても、宗派関係なく
皆この帽子を装着しなくてはいけないらしい。 ↓
一緒に参列した相方も事務所で借りて帽子を装着した。
いつも音楽院で見かける合唱指導の先生は、
家から帽子を既にかぶってここまで来ていた。
彼もユダヤ人だったのかもしれない。
(そういわれてみれば名前がユダヤ系かもしれない。)
 

 

  

 

ちなみに現代のドイツでは歴史が歴史だけに?
オーソドックスなユダヤ人(↓)はほとんど街中で見かけない。
本当にたまーに薬局とか、道端を歩いているのを見かけるけれど。
普段は見分けもつかないのである。
(ちなみに東欧とかベルギーとか行くとこういう人達はしょっちゅう見かける↓)
 
 
ちなみに今回はこういうおじさんたちがワラワラと現れ、
式を執り行っていた。↑
きっと普段からこういう格好をしているわけではないのだろうな。
ドイツでは密かに暮らしているのだろう。
(ちなみにドイツ人の殆どは過去のユダヤ人迫害の歴史を恥ずかしく思っている人が多いため
分け隔てなく接している人がとても多い。(※ネオナチ以外は。)ユダヤの葬儀だと聞いて怪訝な顔をしている人はいなかった。)
 
 
ユダヤのお葬式は、至ってシンプルなものだった。
 
服装はあんなに自由でルーズのくせに、
墓地に隣接された会館に入ると、息が詰まるぐらい、
天井も壁も真っ黒の、無に等しい世界。
 
逆に日本は不謹慎だなんだと言われて、全身黒づくめの喪服を身にまとうくせに、
祭壇は華やかなお花畑みたいに色鮮やかだわよね、
と、ユダヤの式場を目の前にして改めて思う。
 
ユダヤ教はお葬式のときに花で祭壇を彩ったり、
遺影を飾ったり、飾り立てる習慣がないらしく、
(そもそも祭壇という概念ではなさそう。)
近所の公民館、みたいな感じなんだけど、
とにかくうすぐらくて、会場全てが黒・黒・黒。
壇上?の背後の壁が開いて、奥から漆黒の無地の棺が運ばれてくるけど、
とにかくグランドピアノカバーかしら?ってぐらい、真っ黒でいろどりがない。
真っ黒な壇上、真っ黒な壁に床。
 
ただただ漆黒の会場内、
なぜか壇上の両サイドに、シンプルな植木?が二本あるだけだった。
 
逆にこの2本の木は一体何を意味しているんだろう・・・。気になる。
 
 
そんな異様な空間の中で、
厳かに式は始まった。
まずはユダヤ人のラビと呼ばれるリーダー格の人が
ヘブライ語でユダヤの神を奉る?お経みたいなすんごい唄を高らかに謳い上げる。
 
 
腹の底の、魂の底の底からしぼりだしたような、
大陸の広さを感じる声。
まるで古代ユダヤの祖先に触れたような、
とにかく異国情緒がすごすぎたのだった。
暗闇の会館の中にいたのに、
一気に私はイスラエルの未開の地にワープしてしまったようだった。
(もはやこれが葬式であるということを忘れるほど、ドキュメンタリー番組感がハンパなかった。)
 
 
 
その後もラビは目をつぶったまま、
次第に前後に揺れ続ける。
 


↑まさしくこの動き。プラス雄叫び付き。
 
 
そしてこの、祖国を追われた者たちの乾いた魂の叫び(ユダヤ経典なのかしら)を聞き続けた。
それがビジュアル的に怖い。
周りの参列者に知り合いがおらず、一人でここにいたら、本当にめちゃくちゃ怖いと思う。
 
ちなみにこの経典は日本のお経の5分の1ぐらいの短さ。
あっという間に終わる。
しかも目を瞑って唱えてるから、全て暗記。
ヘブライ語なので、意味不明。
 
それが一通り終わったのち、
今度は簡単にラビからオルガさんの生前の経歴などの紹介があった。
何年にロシアで生まれ、最初のダンナと何年に結婚し、ドイツに渡り、
子供が生まれ、今のダンナと出会って結婚し、
職歴まで、とつとつと紹介される。
その後、旦那様、ムスコさん、そして私の知人のIsaが順番に呼ばれ、
マイクを前に、壇上で彼女を偲ぶコメントをしていく。
その様子は日本のいわゆる最後の喪主の言葉とは一線を画し、
単なる演説のようであった。
 
ダンナ様もムスコさんもとてもしっかりしていた。
ときおり涙を見せながら、しかしとても上手にコメントする。
私なら肉親が亡くなっているのに、あそこでコメントしろと言われたらすごく嫌である。
 
むしろこのときも勝手・様子が分からないので、
もしかしたらこの参列者全員にマイクが回ってくるんじゃ・・・
一人ずつコメントを求められて壇上に上がらなきゃいけないんじゃ・・・
うへぇ、憂鬱だなぁとすら思ったものである。
(結果的に上記の3人のコメントで終わった。)
 

 

 

ちなみに最前列には、6人の、
背丈の揃った小さなおじいちゃんたちが
お揃いのファッションで六つ子のように並んでいた。

 

 

実は、式開始前からめちゃくちゃ気になる存在だった。

なんなんだ、あの6人はと。

 

なぜか6人とも↑揃いも揃ってこんな軍帽をかぶり、

なぜか暗い式場の中で、絶対不要なのに全員がグラサンを装着して、

式が始まってからも帽子を脱ぐこともしなければ、
グラサンをはずすこともしない。
 
更に全員、そろいもそろって、
ライダージャケットのような真っ黒の上着に、
ジーンズ、スニーカーという謎の衣装。
 
不謹慎どころかあれじゃただのコメディアンである。
 
想像してみてほしい。
 

↑これを更に60歳ぐらい年とらせて(つまり80代ぐらい)小さくシワシワにして
6人いるのであーるー。。。
 
 
それらがお揃いで↑こんなコスプレをしているのだ。しかも葬式中にである。
 
 
これじゃ完全に、アノ人たちをかつて苦しめたはずの
ヒ※ラーのコスプレではないか。
(この格好がユダヤの葬儀のならわしであるならば、実はヒ※ラーやゲシュ※ポがこのひとたちのマネをしていたのかもしれない・・・)
 
 
 
そして最後の最後まで存在のナゾな6人であったが、
 
 
終盤でラビが、締めくくりのヘブライ語の吟唱を高らかに歌い上げ、それが終わるやいなや、
最前列のコスプレじいちゃん衆6人が揃ってムクッと立ち上がり、
棺を四方で取り囲み、
(6人いるから六方?)
まるで荷車を手押しするかのように棺をゴロゴロと前方右手へ移動させ始めたのである!!!
(車輪がついていたようで、ガラガラ音が鳴る。。。。)
そしてラビはブツブツブツブツブツ…と呟きながら、その棺の後ろをついていくのである。
 
これには心底衝撃を受けた。
↑ヘブライ語の野太い唄が低く鳴り響く暗闇の中を、
ヒト※ーコスプレじいちゃんたちがご遺体の入った棺をまるで荷車もしくはおみこしのようにガラガラ音を立てて運んでるのだから。
 
 
 
もうね、
ゲシュタポより怖いわ!!!
 
 
 
 
それだけにとどまらず、
我々参列者もそのコスプレじいちゃんたちや
延々とブツブツ呟くお偉いさん、
ガラガラ引っ張られていく棺のあとについていく。
この先一体何が待ち受けているのだろうか。。。
 
 
ドギマギしながら見よう見まねで私もついていく。
 
 
 
そして、
あのコスプレじいちゃんたちが、
無造作乱暴にバンっ!!!!!と扉を開けると、
 
 
暗闇しかなかった屋内から、
視界は真っ暗な空間から一気に青空が広がり、
そうして美しい黄色の木々が目の中に飛び込んできた。
 
 
 
 
墓地だ!!!!
 
 
 
 
 
よく晴れ渡った本当に美しい日だった。
彼女の人生最後を彩る日。
永遠のお別れを告げる日。
それには十分すぎるほど美しかった。
さっきまで視界は例によって真っ暗だったけど、
前にある棺も、グランドピアノのカバーのように真っ黒だけど、
あの色は不自然なほどおどろおどろしくてオルガさんには似合わないな。
 
オルガさんにはカラフルな世界が似合う。
この日の秋晴れも空の上から喜んで微笑んでいそうだ、と思った。
 
 
 
 
しばらく参列者一同を引き連れて、
墓地内をゾロゾロとそぞろ歩き、やがてとある工事現場のようなところに到着した。
 
 
 
トラクター🚜と、オレンジの作業着を着たオッサンたちが、道路工事中の真っ只中のようにせわしない現場。
(しかもそのオッサンたちもさっきのコスプレイヤーの小さなじいさんたちに酷似している。。。)
葬儀の重々しさなど物ともせず。
悲しみを打ち破るかのようにトラクターはビゅイーーーーーン!!とものすごい音を立てて行ったり来たりし
作業員のオッサンたちはまるでマンホールでも掘ってる最中であるかのように穴を深く掘り、その穴の横に板を繋ぎ合わせて足場を組んでいる。
 
 
隣には無造作に放り出されたスコップ数個と、山盛りのまるでセメントのような土が、赤や青の工事現場にありがちなコンテナ?の中に入っている。
 
 
こんな雑多な場所でこの一座は棺を取り囲んでストップした。
 
 
ええええーーーーー!!!
 
 
待て待てー!!
 
なんだこの墓地に突如現れた工事現場の一環みたいな風景は!!!!
 
 
そこにはお葬式特有の重々しさもなく、
日本の最近の葬儀場で流れてるお涙ちょうだい的なBGMもなく、
完全に工事現場で作業中のオッサンたちとトラクターである。
 
 
こんなところで棺はピタッと動きを止め、
ヒ※ラーじいちゃんたち6名は長ーい紐を棺の底にくぐらせ始めた。
そうしてテコの原理?で紐を利用し
(テコ?)
ムツゴで力を合わせて、棺を動かし始めた。
棺はグラグラと不安定な傾きで揺れながら、奥深く掘られた穴の底の底にに押し込まれていった。。。。
 
(いやあの棺の中にオルガさん入ってるんだってば。)
 
 
その作業たるや、
本気で血も涙もない、単なる作業なのである。
人が1人死んで最期の別れをしているというこちらの概念まで覆されそうだ。
まるでシルバー人材派遣センターから派遣されてきたご老人が、一生懸命持ち場の作業をしている、
ただそれだけに思えるのである。
 
日本の葬儀会場はもっと沈痛な面持ちで、
悲しいパフォーマンスするでしょうよ。
そうでないと不謹慎とディスられる。
だけどユダヤの皆さんは、不謹慎もへったくれもないように思える。。。
 
 
そんな中、
ラビはここでも、
相変わらず身体を前後に揺さぶりながら、
かたく目をつぶり、呪文を唱え続ける。
 
 
まるで韻を踏んでいるかのように、
各句の最後に声高らかに、シャロム!(平和って意味)を連呼。
(しゃろーん♪↑に聞こえる。)
 
 
 で、
そのときにコスプレじいちゃんたちも、コレに合わせて
シャロム・・・と声を合わせてるのだが、
まぁやる気がなくてワンテンポもツーテンポも遅れてる人もいれば、
小声で呟いてるだけの人たちもいたり。。
 
 
気合いの入ったラビの声に合わせて
シャローン シャローン シャロムっ しゃろんっ♪しゃろーーーん・・・Shaろん・・・
↑って感じで揃わないじいちゃんたちの声・・・。
 
 
やる気あるんかいっっ!!!!
 
 
 
 
そうしてラビは引き続き呪文を唱え続けながら、
スコップで穴(棺が奥深く沈められた場所)に土をかけ、埋め始める。
(その間も目をつぶり、前後に揺れている)
続けてコスプレじいちゃん6人衆も、
スコップで土をかけて穴を埋める。
 
それがある程度ひと段落したら、
セメントの山のような大量の土の入った赤と青のコンテナを一気にひっくり返し、
ドサドサドサ・・・・っと土をかけていった。
そうして2つのセメントの山を無造作にどさどさぶっかけると、
その入れ物をさっさとどかし、脇の足場を外して、
コスプレじいちゃんたちは、そのまま去っていった・・・・。
 
 
その光景に、ただただ唖然である。
本当に本当に衝撃であった。
 
 
1日で死生観がひっくり返ってしまったよ・・・。
人が一人亡くなっているのに、こんな工事現場的でアリなんだなと。
 
 
つい最近まで元気だった人が、
数日後に冷たい土の奥深くに埋められてしまうという、
この土葬の現実を実際に目の当たりにしただけでも衝撃だったのに。
 
だって先日まで喋って笑ってた人が、土の中に埋められて、雨の日も寒い冬も
虫や草花と一緒に眠ってるって・・・衝撃ですよ。私なら寂しくてたまらない。
家族が肉体そのままで土に埋まってても・・・掘り起こしたくなっちゃうかもしれない。
火葬が当たり前の国から来たら。
不謹慎かもしれないけど無理に(?)焼かなくても、虫に食われて雨風・季節の移り変わりと共に
土の中で腐敗して、本当に自然と、じっくりと自然に還っていくんだなって、なんだかしみじみとしてしまい。
本当の本当にそのことだけでも心から衝撃的だったのに
(映画とかドラマではよく見る光景だったけど目の当たりにすると本当に死生観変わります・・・)
 
 
くわえてユダヤの葬式の一連の流れ↑にも価値観ひっくり返るほどの衝撃を受け
 
更に参列者も喪主も色とりどりの自由な普段着ということにも・・・。
喪服やフォーマルという概念が葬儀では存在せず(コンサートとかではドレス着てるけど)
学校帰りや買い物帰りみたいな人たちばかり。
(逆に全身黒ずくめの私がおどろおどろしいほど浮いている。)
ジーンズとスニーカー、トレーナーでもいいんだとびっくり。
スポーツ用品のリュックをしょってる参列者もいる。
 
重々しく仰々しいセレモニー感もなく、
日本のようなお金のかかった祭壇や葬儀会場も全く無し。
もちろん香典などもない。
 
ユダヤ教では花をお供えする習慣がなく、
(小さな花はOKということだったので事前に用意したが、葬儀が始まる前に係員に回収された。)
代わりに参列者1人ずつが、その埋葬された土の上に、
白い石をひとつずつ置いていくのだという説明があり、
 
 
言われた通りに、用意されていた石を順番に1人一個ずつ置いていき、
そばで見守るオルガさんのダンナ様やムスコくんに
涙ながらハグをして、終わった人から静かにその場を去っていく・・・。
 
 
そうしてあっさりと終わっていくのだ。
 
私はどうしても取り残されたダンナ様とムスコくんを置いて帰っていくことができなくて、
結局最後の最後まで、参列者全員が石を置いて、ハグして、帰っていく・・・
という一連の行為を黙って見守っていた。
 
 
そうして皆が終わって帰っていったのち、
工事現場風の作業員のオッサンが最後の一仕事。
スコップでガサガサと土をならし、平らにしたのち、
埋葬した場所に私たちから回収した小花たちを、水にいけるでもなく、お供えするでもなく、
ただただ無造作に散らし、ばらまいていた。
 
すごく野生的だった。
 
 
 
そうして木の看板を立てた。
これからやがて、立派な石碑が立つのだろう。
他のユダヤ墓地の石碑と同じように・・・。
ちなみにユダヤ人は墓参りはしないそうだ。
 
うーん。死生観が違いすぎて色々分からんのである。
 
 
私達日本人は一般的に(※もちろん宗教観の違いによって差はあり。)
生まれ変わりを信じていたり、
魂は生き通しだということをDNAレベルで思っていると思う。
だからお盆や命日を大切にするし、お墓参りだってちゃんと行く。
亡くなって姿かたちは見えなくなっても、
どこかで自分のことを見守ってくれている、と信じているし、本当になんだかそんな気がする。
そんな感覚が自然と歴史と文化の中ではぐくまれているのが日本人だと思う。
 
だけど、目の前にいるこのダンナさまとムスコくんは
オルガさんが亡くなってしまった今、彼女は無なのである。
今この瞬間、本当にいなくなってしまったのである。魂ごと。
どこかで見守ってくれているかもしれないとか、
今ここで姿は見えないけど、微笑んでくれているのかもしれないとか、
そんな感覚は皆無なのだと思う。
その喪失感、絶望感たるや、一体どんなに深いものであるかと思う。
 
だけど彼らはやがて死者の復活を信じている。(だよね?)
救世主が現れ、従順にユダヤの神・ヤハウェに使えた敬虔な信者は
やがて時が来たら復活してくると信じているのである。
もしかしたらそっちの希望の方が明るくて強かったりするのかな・・・。
 
そのひとの信仰具合にもよるけれど、
私なら中途半端な信仰度合いで、いつやってくるか分からないその復活のときを待てるのかな?
待ちきれるのかな???
だって自分が死んだあとだったりするじゃん。
今世においては、もう二度と会えないなんて・・・
私ならそっちの方が耐えられないのだが。
 
しかし、本当に復活できるのならそれはそれで、そちらの方が本当に嬉しいと思うのだが。
そういった死の悲しみ、復活・再会の希望が強ければ強いほど、
そのひとの宗教の信仰を強くするのだろうなぁと思った。
 
 
みんなが帰ってしまったあと、
そこに残っていたのは数人だった。
青いフリース&青い帽子のダンナ様は、手ぶらで、
今から君たちを近くのカフェに招待する、とおっしゃる。
自分がカフェをご馳走し、亡くなった方を偲びながら、その方の生前の話をみんなでする、それもまた大切なの儀式なのだという。
 
実は仕事を抜け出して葬儀に参列したため、
これから戻らなくてはいけないのだ、とここは丁重にお断りし、
残った数人に委ねた。
 
日本でも葬儀のあとにご馳走を振舞って参列者をおもてなしすることはあるが、
手ぶら&フリースにジーンズ・スニーカーの人がふらっとカフェに数人でやってきて、
それがまさかさっきまで葬式してたとは。
しかも最愛の人が土に埋められ。しかもその喪主を努めていただなんてとても考えられないだろう。
 
 
色んな意味で衝撃を受けた1日。
だけど・・・同じ時代の同じ地球で同じ人間なのに、
こんなにシンプルで簡単に葬儀が済んで、そしてまわっていくのであれば・・・
 
葬式に莫大にお金をかけて、悲しみに浸る間もなくめまぐるしく準備をしなくてはいけない理由って
なんなんだろう・・・と疑問に思ってしまった。
(葬儀屋さんの戦略にハマってしまっているだけのような・・・)
きっともともとは厳かに盛大に死者を送り出したいという思いやり精神から生まれた儀式なんだと思うけどね。
アジア圏は華やかで派手な感じが多いわよね。
 
だけど、人と死がこんなにシンプルで済むのであれば、
私もこんなに簡単な感じの中で生きていたい、なんて思ってしまった。
誰が一体葬式のあの感じを常識だとしているの。
 
何かあれば不謹慎と言われ、同一を強要され、
冠婚葬祭のマナーを強いられる日本と、
身ひとつで行って、心で人の死と真摯に向き合い、別れと向き合うこの西洋式。
(ユダヤ式はナゾなオプションもいっぱい付いてくるが・・・。笑)
 
 
実家の母親に話したら、
いいなぁユダヤ式!お母さんもそんな簡単な感じにしてほしい!!
と言われてしまった。
いつかそのときが来たら、そのひとの人生をたたえて、盛大に送り出してあげたい気持ちはあるけど、
だけど必ずしもそうである必要はないんだよね。
 
ドイツに来て、考え方がどんどんシンプルになってきた部分がある。
死生観に関しても、シンプルでいいんだということを心に刻んだ出来事であった。






↑その2週間後に行われたオルガさんの追悼コンサートで歌わせていただきました。

 
 
 
・・・終わり・・・
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 

 

大変遅ればせながら。

 

2019年 私の今年の目標をここに書き記しておきたいと思う。
 
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①貯金をする。そして適度に節約もする。
 
②食生活の管理。
 
③スポーツをする。
 
④家の中にいる時間を充実させる。
 
 
 
・・・それではひとつずつ見ていこう。(笑)
なんの変哲もない普通の目標であるが、
①貯金
 
これは去年も目標に掲げていたにも関わらず、
全く出来ぬまま1年が過ぎていってしまったことを心底悔いている。
それどころか常にマイナスになるほど散財していた
 
なんなのこの自己管理の出来なさ!!!
キーーーーーっっっっ!!!!!!!!
 
かたや同じ給料でしっかり貯金している同じ職場の仲良しの仲間…
 
もうね、去年はほとほと自分が嫌になりましたよ。
忙しいとついついストレスで散財しちゃうしね。
これぐらいいいだろと思ったら、気付けば毎日のように100ユーロ前後使ってたり。
 
そりゃー一気に無くなるわ!!
 
 
ってことで、昨年末にものすごいマイナスになり、
心底反省して、やっと持ち直したかのように見えたものの、
9月にまたしてもマイナスになり、
持ち直し、またマイナスになり、の繰り返しだったわけである。
(お恥ずかしながらここで暴露・・・)
 
あまりにもマイナス地獄から抜け出せなくて
9月頃は精神的にも欝?になりかけた。
私は昔からお金を貯めることより使うことにより快感をおぼえるタイプ。
お金がしばらく使えない&節約しなきゃいけないと思うと
一気に心が窮屈になってしまい・・・プチうつになりかけた。(笑)
あまりに買いたいものを我慢しなきゃいけない毎日がつまらなさすぎて
『マイナスからの這い上がりブログ』でも書いて気を紛らわせようかと思ったぐらい。
・・・思いつきでやめたけど。
 
そんな私だけど、今年こそ強制的に貯金を始めることにする。
日本でおとなしく引きこもっていた私。
ドイツに戻ってきたので、週明けから貯金を始めようと思う。
 
 
②食生活の管理。
これも当たり前のことなのであるが・・・。
健康管理と節約のため。やっぱり自炊は大切。
今年も外食は控えて自炊を心がける生活、続けていきたい。
 
 
③スポーツをする
事務職になってからすっかり歌を歌うことと
レッスンに行く時以外、殆ど筋肉を使わなくなってしまった。
自宅も会社も駅から徒歩1分の距離という超便利な場所だし、
スーパーも自宅から徒歩3分。
毎週金曜の夜に行ってる合唱団の教会は自宅から徒歩五分。
音楽院のレッスンも駅から徒歩五分。
唯一プライベートレッスンのときだけ、徒歩15分歩いてるだけの今現在。
特に問題視せず、
こんな生活に甘んじていた…
もちろん食べたいものを食べ、飲みたいものを飲む生活。
管理ゼロ。
 
 
と!!!あるときハタと自分の姿を振り返ってみた。
健康面に影響出るわ、
見た目もたるむわ、精神面もダルダルになるわでいいことなし!!!
 
とりあえず今年はスポーツジムに通いたいと思っております。。。。
 
 
④家にいる時間を充実させる
衣食住は人間の基本だ、と10年前に東京に初めて出た際、
父に言われたことを最近ひしひしと感じている。
あの頃は若かったしチャラかったのでピンと来ていなかったし、その日暮らしで生きていた。
しかし今なら分かる。
家の中での過ごし方が本当に真の意味で充実しないと、外でどれだけのパフォーマンスをしたって力を発揮させられないのだ。
 
ってことで家の中での過ごし方も工夫したい。
暇さえあれば家の中で引きこもりたいぐらいの充実感を作り出したい。
 
 
そういえば今の家に引っ越してきて早2年。
古い家屋なのでまだまだ不満はあるし、不便なこともある。
しかし年末に、大々的に部屋の模様替えをし、
広さと動線の動きやすさを工夫してみた。
 
 
やはり動線は大事である。
随分掃除もしやすくなってスッキリ。
今年は家の中で休日を豊かに過ごせる毎日を送りたいと思う。
 
 
他にも色々な野望や夢ややらなきゃいけないことややった方がいいこともあるけど、
今の仕事を頑張ることなんて当たり前だし、
頑張らないわけないし、
目の前に与えられた歌を頑張ることだって当たり前だし、
プライベートの充実だって当たり前。
 
 
でもとりあえずはまずは基本的なこの3つをしっかりやることから始めないと、私という人間はいつまで経っても変わらない、と思っている。
 
というわけで、2019年、まずは足元から着実に、
頑張っていきたい。
 
 
ありきたりでつまらん目標でほんっとごめんなさいーー!
 

 

ところで。

海外在住のこの私が日本一時帰国中にすることといえばこちら。↓

 

 

◎美容院

 

◎買出し

 

◎たまっている事務処理(免許の更新とか色々。)

 

◎温泉

 

◎日本食を堪能

 

などなど。

 

しかしその中でも

買出しはかなりの上位にランクインする重要ミッションである。

 

 

 

・・・というわけで、

今回私が買ってきたものを自分の記録のためにもここに披露したいと思う。

 

(なかなか良い買い物をした!と自負している。)

 

 

まずはこちら。ふりかけ類。

しかもなかなかマニアックな路線をチョイス。

 

まず男梅のふりかけの味は未知数である。

男梅キャンディは昔から大好きだったけれど、ふりかけとなるとどうなるか・・・。

ランチは平日はお弁当を持参するようにしているので、

常に飽きのこないふりかけを常備しておきたい。

 

 

それから食べるラー油。

これは本当に買ってよかった!!何にでも使えるし。

もちろんドイツには売っていないし。

これで10年ほど前に東京で初めて一人暮らしを始めたとき、

驚異的にハマってしまったすき家の『食べラー・メンマ牛丼』を10年近くぶりに再現してみたいと思っている。

(メンマはアジア食品スーパーマーケットで発見したので大丈夫!!

それに去年の秋にナンさんが渡欧したときに買ってきてくれたメンマがある!!)

 

 

 

加えて便利なチューブ式のきざみゆず&青じそ&柚子こしょう

(こういうお土産大歓迎です!!みなさま!!)

 

 

フランクフルトは日本の駐在の方も多く、また日本食レストランや

日本食マーケット、アジアマーケットが豊富なので、

他都市に比べても日本食材が比較的手に入りやすい。

意外と納豆・しょうゆ・味噌・梅干しなんかは手に入るけれど、

なかなか大好きな大葉やゆずは手に入らず・・・

(他にもしらすとか煮干しとかもこっちで手に入らない。)

少々味気ない日々を送っている。

 

そんなわけで本当は本物を手に入れたいけれど、残念ながらそれもなかなか叶わないため

その欲求をほんの少しでも埋めてくれそうなチューブを買い溜めしてきた。

これで料理に一味足せてうれしい!!!

 

 

 

 

↑仲良しのドイツ人の友達へのお土産にはこちらを買ってきた。

 

日本食も日本も大好きな友達で、毎年1回は日本に遊びにいってるようだし、

先月まで彼女も3週間日本を一人旅していたのでコテコテの日本大好き人間。

 

いつも大量にお土産をくれるので今回は変わり種をプレゼント。

日本食を写真で作れるように&ついでに日本語の勉強になる一石二鳥の和食レシピ本。

色々あって悩んだけどこの本にしたのは上沼恵美子が決め手。

 

ダイソーで買ったミニちりとりとほうき。

前回、私が自分で買ってきて大変重宝しているサイズ。

ドイツではこのうすっぺらいサイズ、見たことないので。

かさばらないし大変便利。(職場のデスクにも置いてるよ!)

それから指サック代わりの滑り止め。(紙めくるときの脂。) 多分ドイツ人は見たことない。

 

私の大好きな激落ちくんシリーズ(もどきですが。)。

年末の大掃除中に激落ちくんの威力(以前日本から買って帰ってきた)に改めて心底感動した私。

激落ちくんはドイツ生まれらしいが、ドイツで見たことないので買ってみた。

友人にもその威力をたっぷり堪能していきたい。

 

…って・・・

気付けばお掃除グッズだらけ。

なぜに。

 

 

そしてコーンポタージュ

ドイツはクノーレが本場。

クノーレといえばカップスープ。

だけど日本でクノーレといえばコーンスープなんですけど。(私の中では。)

ドイツでは白アスパラスープ、ブロッコリースープ、ジャガイモスープなどはあっても

コーンスープ&コーンポタージュ系は殆どみたことがない。

(↑写真の商品はポッカサッポロのものですが。)

ぜひ日本のコーンスープのうまみを堪能していただきたい。

 

 

それから私の毎度定番!アイマスクのメグリズムも買ってきた。

いろんな香りがあるけれど、やはりプロバンスのラベンダー畑を思い出すラベンダーの香りがおすすめかな。

これとカントリーマアムも友達にはセットで付けちゃおう!!!

 

 

 

・・・そして今回の買出しの一番の成果。(?)

 

奮発して買ってきてよかったと心から思っているもの。それは。

 

 

じゃじゃじゃじゃーーーーん。

象印の炊飯器である。

 

 

ついに買ってしまった。

念願の、日本の炊飯器!!!!!

 

日本に住んでいたら炊飯器がない生活なんて考えられないけど

(私も昔、初めて実家から東京に一人暮らしを始めたとき、何よりも真っ先に炊飯器を買いました。)

たかが炊飯器。されど炊飯器。

日本人が想像しているような炊飯器を手に入れるのがドイツでは難しい。

 

 

ドイツに来てしばらく使ってたのはアジアマーケットで購入した→こちら←。(3年半前のブログ)

 

 

だけど保温機能は殆ど意味なしだし、

そもそも美味しく炊けないし。

タイマー機能や早炊きなども当然のことながら無しという、

非常に原始的なものなので

日本のクオリティとは雲泥の差。

流行りの炊飯器レシピなんてもってのほか。

 

そのうちアジアマーケットの安い炊飯器は使わなくなり、

いかに鍋で炊いたほうが早くてモチモチして美味しいかということに気付き、

ここ1年以上は鍋で米を炊いていたかもしれない。

その後は鍋炊きのスペシャリスト(?)となっていた。

だけど使用後、洗うのがめんどくさい上に、下手すると鍋の底がこげてしまうということで・・・・

 

うーん。ほんっとめんどくさかったです。

 

良い鍋なら底が焦げ付かないよー!とドイツ暮らしの長い方にアドバイスいただきましたけどねぇ・・・。

すぐかぴかぴになっちゃうし、まぁ保存も大変だし、

コンロも鍋も1つずつ潰れちゃうからコスパ悪かったわよね。

まぁ美味しかったけれどね。ドイツの水と米でもかろうじて。

 

 

そんなわけで

ずっと日本の本格的な炊飯器購入を夢見て早数年。

それでもドイツの家電用品店やデパートでは殆ど日本人のイメージする米炊きには出会えず。

ネットで見ても、4~5万円と高い!!!

今度こそちゃんとした炊飯器を!!!今度こそ!!!今度こそ!!!!

と、息巻いて早数年。(実は前回買おうとして断念していた。)

 

 

 

そうしてついに!!

今回、帰りのフライトの直前に、セントレアで買ってきた!!!(もちろん海外対応用のもの。)

 

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↑私の帰りの荷物です。。。。多すぎーーー。

 

炊飯器のダンボール?

もちろん機内持ち込みです!!

 

 

子供の頃、ドイツに遊びに行った時にお世話になった駐在員の奥様が、

私は米がないとダメなの。だからアメリカ駐在のときもドイツ駐在のときも

炊飯器だけは飛行機の中に持ち込むの!!!

 

と発言していたのが衝撃で、

えええええーーーー!!!炊飯器を飛行機に????

 

って思って、そのとき想像した光景(機内に炊飯器)と

言葉が以来ずっと忘れられなかったのだけれど。

 

 

私もやってしまった・・・・。機内に炊飯器の図。

 

 

 

まぁ重い思いをして炊飯器を持ち込んだ感想は、

生活が本当の本当に豊かになりました。

買ってよかった。心から。

 

 

早炊きもメニューも選べるし(当たり前だけど)

タイマー機能もあるから、仕事から帰ったら炊けるようになってるし。

前の晩にお米を研いで、朝には炊けるようにタイマーセットもできるし。

使用後洗うのめちゃくちゃ簡単だし、何よりご飯が美味しく炊けるし!!!!

ある程度まではそのまま炊飯器の中に入れておけるのも嬉しい。(場所をとらない。)

 

炊き込みご飯から何から何まで簡単にできる!!!

 

 

 

↑こんな風に週末に2、3回炊いて冷凍してつくりおきもしやすくなりました。

お弁当ライフ&自炊がすっごくラクになったわーーー。

 

 

私の海外生活がまた少し潤いました♪

 

 

ドイツに住んでから、日本では考えられないような

洗濯機のない生活、洗濯の干せない家、バスタブのない家、

クーラーのない家

 

さまざまな経験をしてきたけれど、

そうなってくると、些細なことが本当に便利でありがたく感じられるのよねー。

 

今は洗濯機も炊飯器もおかげさまである生活だけれども

やっぱり衣食住って精神安定に欠かせないわと心から思うのであーるー。

 

 

 

それから更に今回買ったもの。

炊飯器に付随して?実家でもよく使っていた立つしゃもじ。

 

 

これ、めちゃくちゃ重宝する!

ドイツでこれまで使っていたのは立たないしゃもじだったため、

まぁ何かと不便でございました。

 

しかしそれが今では立つんです!!じゃじゃーーーーん!!!

らくちーーーーん!!!

愛用しちゃいます。

 

 

それから電子レンジも食洗機もOKな山中塗のお椀3つ

 

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3年前に高山で買ってきたお椀が1つヒビが入ったため、

お椀を新調。

職場でもたまに猛烈に味噌汁が飲みたくなる!!!

そんなときは前日の残りの味噌汁をジャーに入れたり、インスタント味噌汁をマグカップにいれたりして飲んでるけど、

味噌汁はやっぱりお椀じゃないと気持ちが上がらないしおいしそうに見えない!!!

 

ってことで便利なおわんを買いました。

高山のおわんはドイツの強いカルキ入りの硬水では傷むのがはやくて・・・。

これぐらいテカテカ塗ってあれば安心!

(ちなみにこれもドイツに帰る前日、セントレア近くのイオンで買いました。

翌朝ルートインのホテルの朝食会場で流れていたNHKの番組で山中塗の特集していてタイムリーだったわー。)

 

ってことで職場にも持っていきたいと思う。

 

 

そして、

今回買ったものではないが、日本から持ち込んできたもの。

持ち歩き用&車中泊用の炊飯器、

ご飯がタケルくん。(車内のシガーソケットで炊けるのでキャンプ&非常時もいける!)

 

 

 

あれはもう何年も前のこと。

ドイツに移住する前にこれからいつ米が炊けるか分からないからと思い、買ったもの。

ちなみに炊飯器がその当時から欲しかったけれど、スーツケース大きいの1つと

小さいの1つだけで移住した私は、本格炊飯器は夢のまた夢だった。

 

で。数年前の私はミニサイズのタケルくんを購入したにも関わらず、

スーツケースの重量オーバーだったため、泣く泣く前日に置いていくことになった。

その後も何度も日本に一時帰国のたびに一緒に連れて帰ろうかとトライしてみたが。

その度に重量オーバーでアウト。

しかもその頃には既にアジアショップの炊飯器やら鍋で米、炊いてたしね。

 

そんなわけで一度も日の目をみなかったタケルくん。

購入してから何年も経つというのに、未使用のままだった。

ずっと気にならなかったわけではなかったので(時にすっかり忘れ去っていたが)

今回初めての同伴渡独である。

 

 

これがあれば旅先でも出張先でも

演奏会の日、一日ホールの楽屋にこもる日でも米を炊ける。

(苦情がくる可能性あり。)

あとはインスタント味噌汁がどこでも作れ、

真冬の演奏会でも温かいお茶が飲めるように、

持ち運び用のミニサイズ湯沸かし器を帰国時に空港で買おうと思ったが、

母に全力でダメ出しされ、別れ際に空港の売り場で軽く口論に。

うーん、でも欲しいのよねー。

 

 

 

リファカラット。

 

 

こちらも今回買ったものではなく、

6年前にいつまでも美しい美容部員!?の上司に勧められて買ったもの。

 

6年前のブログはこちら※リファカラット※←

 

同じく2013年のリファカラットについての記事※

 

 

こちらもドイツ移住当初、

タケルくんと共にスーツケースに入れてお供させようと思っていたものの、

同じく重量オーバーのため、前日に泣く泣く実家に置いてきた代物である。

 

あんなに重宝してたのに、

ドイツと日本の距離はやっぱり果てしなかった・・・。

ここまで持って帰ってくるのに4年はかかってしまったよ。

 

 

帰省中、日本で思う存分のんべんだらりとしていた&

ドイツに戻って職場復帰したところで日頃の仕事でもめっきり動かないし、

会社も家も駅から徒歩1分の距離であるため、

便利な分、運動不足でめちゃくちゃ太ってきたので、取り急ぎリファをコロコロするようにしてみた。

やっぱり効き目が凄すぎる!!!

 

ちなみに帰省中、持ち歩いていたらそれをみていたナンさんも購入。

ナンさんの妹ちゃんも早速購入。という、リファの連鎖が起きていた。

 

ダイソーで買った補強シール

 

なんとびっくりなことにドイツにはクリアファイル?というか、

ポケット付のファイルケースがない。

(日本では20ポケット入りのファイルとかがスタンダードよね。)

 

ドイツの場合はファイリング、というと、あのようなポケットがほぼ存在しないため、

このように穴あけパンチで穴を開けてリングで通すのである。

(日本には穴あけパンチであけなくて良いタイプのファイルもあるけど、ドイツにはやっぱり無い)

 

 

ドイツ人の先生たちが、日本のポケット付ファイルを欲しがって

お土産に買って来いとリクエストされるため、買ってあげたこと複数回。

 

でもそんなわけで穴あけパンチ必須

&せっかく開けてもスピーディに楽譜をめくると穴がぶっこわれるため、

ダイソーの補強シールは重宝している。

 

 

そして。

今回、しれっと新調してみたスーツケース。

 

image

フランクフルト(FRA)→セントレア(NGO)に向かう往路の荷物↑

 

image

↑先程も載せたけれど、NGO→FRAの帰路のときのスーツケース。

 

今回はスーツケース2つで帰国してみた。

しかし上の写真のシルバーのスーツケースが既に20年使っているもので、

バリバリに割れてるわ、車輪が壊れてて音がうるさいわ、

取っ手は伸びなくてコントロール不可だわ、なにしろ重たいわで本当に大変だったのだけれど。

 

めっちゃ軽量で素晴らしいスーツケースを前日に父が買ってくれた。

 

 

・・・このスーツケース2つ分の荷物が私の小さな家に増えるのだと思うと考えるだけでゾっとするけれど・・・。

 

 

ま、とにかく今回もたくさん買って

たくさん両親祖父母に世話になって

たくさんパワーチャージできた休暇だったなぁ。

 

またこれを機に今年いっぱい突っ走っていきたいと思う。

 

 

 

 
3週間の日本滞在の続き。
 
日本に帰ってこれる時期なんてせいぜい年に1、2回であるため、
日本滞在中はゆっくりばかりもしていられず(まぁそれでも結構ゆっくりしてるけど)
めんどくさい事務処理とか、溜まっていたこととかも一気にこのときにやってしまわなければいけない。
 
前回帰国したときには車の免許証の期限が切れていたが↓
 
今回は教員免許状の更新。
 
この時期を逃すとせっかく大学時代に教育実習まで行ってせっせととった
教員免許証の期限が切れるというので、
今回は免許を更新すべく30時間以上の講習を受けてみた。
 
 
 
 
 

 

 

 

 

一般的には大学の講義に申し込まなくてはいけないのだが、
私の帰国シーズンは1月真っ只中。大学の授業なんてほぼ開講しておらず。
(冬休みだったり試験時期だったりで授業なんてやってないわよね。)
インターネットでの自宅通信学習、eラーニングでも大丈夫っていうんで、帰国早々早速申し込み
(またeラーニング開始の手続きに数日かかったり、時間が限られてる中での自宅学習って大変。)
30時間、見事に勉強に費やした。
 
 
せっかくの3週間の滞在のうちの30時間、引きこもってこんな勉強をしていたわけである。
(1日6時間やるとしてもほぼ一週間潰れちゃうよねー。)
 
 
ちなみに厳密に言えば、現在は教職に従事しておらず、
過去に教員経験があるというタイプの人は、文科省の定める更新時期は無視して良く、
いつ免許を更新しても良いらしい。
 
私はそのタイプに当てはまるので(過去教員経験アリ。)
必ずしもこの期限までに更新する必要はないらしかった。
つまり、更新時期を過ぎても免許失効にはならないらしいが。
しかしながら放っておくと一生そのまま更新しないだろうなと思ったので、自宅で引きこもって頑張っていた。
(またいつかどこかで教員免許を手にするときが来るかもしれないしね。)
 
 
そして講習自体は大変勉強になり、
素晴らしく有意義な時間であった。
レポートを書いたり、最後の学習診断テストをやったり。
勉強って久々にやると楽しいわね。
(近年勉強というとめっきりドイツ語と楽譜の譜読みしかしていないため、
久々に脳の使っていない部分が活性化した気分♪)
ネット通信の時代になり、私たちの時代に比べて学校教育も大きく変わってきてるわね。。。
 
 
しかし、せっかく試験も合格し、レポートも作成したのに、
この修了証書をもって教育委員会に行かなくてはならない。
県によって違うらしいが、実家のある愛知県は郵送不可で、自分で窓口まで規定書類を持参しないといけないらしい。
 
さすがにこれには間に合わなかった。。。。
ってなわけで今回は免許の更新に至らず。
ただ30時間の講習を受けて終わった。
次回の帰国時こそ最後まで終わらせたい。(・・・ってその頃にはやっぱり免許の期限切れちゃってますが。)
 
 

 

 

 

その他。日本でやったこと。

まとめ。

 

 
祖父母の家に行った。
祖母が年末に体調を崩していたらしい。
知らなかったので驚いた。
 
しかし私が帰省すると元気を取り戻し、
得意の餅つきや赤飯を炊いてくれたりした。
私の大好物の祖母お手製のシソ(赤ジソゆかり)や梅干しも大量にもらった。
 
やはり祖母のお手製に叶うものはないな。
 
 
祖父は今年92歳。
相変わらずオモローなゆるキャラだった。
私が来るとわかると、毎回車を運転して寿司を買ってきてくれる。
 
最近車の免許の更新にいったら、
視力が70代の人よりもよく、そのままあと3年更新されたそうだ。
孫としては心配なので早く返上してほしいが、
買い物が祖父の趣味なので、それを奪いたくはない。
 
昔はスーパーで寿司を買ってきてくれたが
今は近所にファミマができたそうで、顔を店員に覚えられるほど、もっぴらファミマ通いを毎日しているらしい。
 
菓子パンや出来合いの惣菜をコンビニで買ってくるのはやや心配ではあるのだが。
 
祖父は70すぎまでお勤めしていたので退職して20年近く。
昼食はパンにコーヒーなのである。
 
先日遊びにいったら、
ヨボヨボになったじいちゃん、箸でランチパックを食べていた。
 
 
いつまでも長生きしてほしい、自慢の祖父母である。
 
 
 
 
父の録画していた新春NHKニューイヤーオペラコンサートを観た。
知ってる人が何人もたくさん出ていてご活躍が嬉しかった。
最近ドイツで知った方も出ていて嬉しくなった。
 
 
父の撮りためていたNHK Eテレのテレビ『旅するドイツ語』講座を見た。
日本の番組でドイツ語やドイツの風景を見るのはとても新鮮。
私の大好きなザルツブルク、ミュンヘン、ガルミッシュパルテンキルヒェンが出ていた。
 
この前行ったはずなのに、
映像で見ているとやはりドイツ語もドイツの景色もとても美しく、行きたくてたまらなくなる。
日本にいたころ、いつもこんな気持ちを内心爆発させながら、憧れに指を咥えて見ていたんだっけ。
初心に戻った気がしてよかった。
 
 
母と岐阜のサラマンカホールにとある日本で有名なソプラノ歌手のコンサートを観に行った。
サラマンカホールも久しぶり。
歌を始めたばかりの年に祖母と歌のコンサートを観に、
大学生の頃は祖父とニューイヤーコンサートを観に、
母とは15年ほど前にテノール歌手のコンサートを観に行ったなぁ。
もう随分来ていなかったので懐かしかった。
 
 
コンサートも癒された。
 
 
 
父と歌のレッスンに行った。
父は定年退職後、1年前から初めて声楽の個人レッスンを始め、コツコツと努力している。
その努力ぶりと言ったら、私の比にならないぐらい努力家で毎日小さな努力を積み重ねていた。
私にその父の根性と努力があったら、今頃もっと違う人生が待っていただろう。笑
 
 
四月に一緒にレッスンに行った頃よりも明らかに上手くなっていて驚いた。
 
私も歌を頑張ろう。
一度しかない人生、時間を無駄にせず思い切りね。
 
 
そんなことを思った日本滞在だった。
 
 
 
1月13日は日本の中でも大好きな場所上位3位にランクインするであろう長野県へ。
 
素晴らしい温泉宿へ一泊してきた。
 
その名も『あぶらや燈千』さん。
 
 
天然温泉が見事なのはもちろんのこと、
 
古き良き昭和の温泉街の昭和の温泉宿を
現代風の和モダンにリフォームし、
和の心・おもてなしを十分に全面に押し出していてとても心地よい。
 
 
革新的なサービス精神や遊び心、新しいものを積極的に取り入れる向上意欲、
これが今の日本のあり方なんだな。(そうしないときっと寂れちゃうんだろうし・・・)
 
日本の外側から日本を見ているから、
余計に感動・感心もひとしおだったりする。
 
 
 

 

 

 

日本の外に出るまで思ったことなかったけど。

よくよく考えたら畳って本当の本当に美しい。

素晴らしい文化だと思う。

世界に誇れるほどに。

 

 
畳文化って西洋では考えられないものですものね。
ここから生まれたものって、無形文化財だと思う。
 
以前、日本にいたころに茶道を習っていた。
今思えば西洋の文化にどっぷり浸かる前に、日本のこころを知りたかったので。↓

 

 

 

今思い出しても、良い機会であったと思う。

(今からでもまた再開したいぐらい。)

でもあの頃は、畳の素晴らしさまで心が追いついてなかった。当たり前にそこにあるものだったから。

 

今、ドイツにやってきて。

ひとりひとり。ドイツ人の友人、先生、色んな人の顔が浮かぶ。

この美しい空間を見せたら、どんなに喜んで感激するだろうと。

そんなところで私は生まれ育ったんだなということが、とても嬉しい。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 
 
お料理もめちゃくちゃ美味しくて、歓喜の声を上げながらいただいた。
どれだけ繊細で、バリエーションに富んで、お洒落で素敵なんだろう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

オイルフォンデュ。あられでコーティングされたものを新鮮な油で揚げる。

 

 

 

石焼で一人焼肉。最高です。このわさびでいただくというのも。

 

 

 

 

それでいて最近、もともと日本にあったおもてなしやサービスも全面的かつ戦略的に取り入れてるでしょー!?
そりゃもう叶いっこないわよね。
 
突然襖を開けてご挨拶にいらした板前さん、
いきなり正座サイズの特注セットを持ち込んで、
目の前でお寿司握ってくれたよ。
 
 
こんなサービス、外国の方が受けたら感激するだろうなぁ。
(やっぱり目線が海外・・・。)
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
朝ごはんはなんと目の前で卵焼きかオムレツかを選んで焼いてくれるサービス付。
できたてフワフワのだし巻き玉子は海外在住者は涙が出るほど嬉しいシロモノだけれども、
洋食の方にはオムレツもあり!
フライパンも四角から丸いのに変えてくれるし、
ソースも目の前で作ってくれるし、
 
寿司は部屋の中まで入ってくれるけど、
卵焼きは煙が個室に入らぬよう、控えめに廊下でジュージューやってくれる。
 
 
これは本当にドイツで招待したい人たちがたくさんいすぎる!!!
 
 
 
屋上のかまくらバーとか(中はこたつでぬくぬく)
もう日本って世界に誇れる国だなと私は嬉しく思ったわよ。

 

 

もうたくさんの外国の方に日本の文化の素晴らしさを知って欲しい!!!

そして日本なんてもうたくさんだーーーー!!!と幼少時代から思っていた私ですが、

自国の素晴らしさを改めて思うのでした。。。。

そんなわけで1月7日~27日まで三週間ほど。
日本で羽根を伸ばしておりました。
 
 
 
これまでは年に1回のペースで日本に帰っておりましたが、
これからしばらくは年に2回のペースで帰省してみたいと思います。
今回はその第一弾として、年明けをチョイス。
(本当は年末年始を挟もうか迷ったけれど。)
 
 
 
ちなみに私の日本帰省のコンセプトは、
両親祖父母が元気なうちにたくさん顔見せておくかーっていうものなので、
帰ることを殆ど皆様に告知しておりません。すみません。
お一人に言ってしまうと、あの人もこの人も会いたい!!となってしまうため。
たま~にバレて?ありがたいことにご連絡をいただく方もいらっしゃるのですが、
そういう事情のため、ご理解いただけるとありがたいです・・・。
(予定を入れすぎて殆ど家に帰れないという矛盾に陥りたくないため・・・
皆様に会いたくないわけではありません。)
そんなわけでこの度もひっそりと戻ってひっそりと帰っていく形になってしまったわけですが、
 
 
 
秋に一緒にドイツ、オーストリア、パリを旅したナンシーさんだけは
あのときの素晴らしい思い出に浸りつつ、美酒に酔いしれなければいけないという
重大な使命があったため(どんな使命や)
 
1ヵ月半ぶりに再会@ナンシー家。
 
 
 
 
 
しかも心置きなく美酒を楽しむために、

ナンさん家で泊まりで宅飲みという企画。(笑)

 
ただただ飲むための泊まり。
どんだけ飲む予定なんだ~~~~。
 

 

 

 
そしてまさかのここで!!
10月末にザルツブルクで飲んだザルツブルクの地ビール!
駅前のスーパーで買ったやつ!!
丁寧に持って帰っていただき
(空港で重量オーバーになってチェックインカウンター前で壮大に荷物を開けて
入れ替えまくり、搭乗時間ギリギリになってしまったという苦い思い出?も物ともせず。)
この日まで開けずに待っていてくれたとのこと!!!
 
きゃーーー!なんというサプライズ!!

 

 

 
あの日の楽しい思い出が蘇るうううううう!!!
いとしのざるつぶるくううううううううう!!!!
 

 

 

 
なんとあのとき!!
アムステルダム一人旅もしていたナンさん。
(私はその日はフランクフルトに戻って仕事。)
そこで買ったというトリュフ入りのチーズまでこの日のために大事に保存。
 
大事な時に食べたいし飲みたいジャーーーン!!
と、太っ腹にも開けてくれた!!!
ナンさん大好きすぎる😭😭😭😭😭❤️❤️

 

 

 

 

 
そしてそしてなんと!!!!!!
あの日々を思い出してシュニッツェルを作ろうかと思って!!とのこと。
パン粉ではなくココナッツ粉で作ったシュニッツェル。
絶品すぎたーーーーー!!

 

 

 

 

 

 

 
シャンパンも一晩で3,4本空けてしまった!!!
昼間の15時から始めたこの会合も気付けばあっという間に夜中の1時。
 
ナンさんとは時間がどれだけあっても足りない。
(10日間一緒に旅してても時間足りなかったもんなーーーー。)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 
可愛い2匹の猫ちゃんも一緒♪♪
 
 

 

またある日は(ドイツに出国直前?の1月22日。)

一緒に名古屋のなつかしのライブハウスにてジャズファンクのライブを観にいったり

 

 

 

 

 

 

5年前、高円寺のライブハウスで会って以来の直子さんも神奈川から駆けつける♪

 

 

NHKのど自慢の中部地区大会の時にドラム演奏をそれているプロドラマー丹※さんとも会場で偶然バッタリ!!!

 

しかし、なんとなく会うような予感がしていた・・・・。

実際に遭遇してビックリいいいい!なんなんだこのシンクロ。

 

 

そしてまたまたある日は再びナンさんちに泊まり込みで宅飲み。(笑)

 

 

バーニャカウダ食べたいな、

作ろうかなと思っていたらまさかのナンさんがバーニャカウダを用意してくれていた!!

 

ビックリいいいいい!!!!

 

なんなのこのシンクロ。その2.

 

 

 

 

 

↑ドイツのスーパーReweで買ってきたスパイシー?なトマトジュースにウォッカを!!

 

若かりし頃、バーで朝まで飲み、

朝ごはんとして飲んでいたブラッディメアリーを再現中!

 

 

もう本当に楽しすぎる滞在だった。

 

 

またずっとこんな日々を続けていきたい。10年後も20年後も。
(果たしていいのかって感じですけど。いいと思う。女の友情万歳である。)
 
 
 
そして前髪を切ったナンさんの可愛さよ。
ご本人は若作りの最終手段といっていたが。(笑)
これを堂々と真似します!!と宣言し、私も2、3年ワンレンに流していた前髪を切るに至ったのであーーーーるーーー。
 
 
そんなわけでここ数年、必死に延ばしていた前髪。
2019年からは前髪ありでいきたいと思います。
 
 
続く。