これは去年の秋の出来事であり、
内容も内容だけに今更書くのもどうかと思ったのだが、
2018年の衝撃的な出来事のかなり上位にランクインするエピソードだったので書き残しておこうと思う。
(ちなみにダンナ様も顔出し&記事を書くことを許可してくれているので。)
10月20日(土)にフランクフルト近郊の街、ヴィースバーデンでコンサートがあったのは
以前、ソウルメイトのナンさんがドイツに遊びにきてくれた下記の記事で触れた。⬇︎
↑アンコールで全員でシングアウトしたときの様子。
温かい聴衆の皆様の声援と拍手で無事にコンサートが終わり、
この後は出演者総勢で深夜1時までに及ぶ打ち上げに盛り上がった。
このときは、こんな未来が待っているとは想像だにしていなかった。
・・・しかし。
私の隣で、ほがらかな笑みをたたえているピアニストのオルガさんが。↑
このわずか4日後。
体調が優れないので今から病院に行ってくる、
と、この日の共演者の一人に電話をした。
そしてそのまま、自ら出向いた病院の病室で昏睡状態に陥ってしまったというのである。
私がその連絡を受けたのはそれから更に2日後ぐらいであった。
現在、彼女は機械1つで一命を取り留めているが、
既に脳死状態になっている、とのことだった。
世の中、何が突然起こるか分かったもんじゃない。
ほんの数日前まで、彼女はたしかにこうしてステージの上で微笑んでいたのだ。
こんな嬉しそうな写真まで残っているのに。↓
↑コンサート終盤。花束をもらって嬉しそうなオルガさん。
そして前述したように、
この後には、一緒に打ち上げ会場で
コンサートの高揚した気分の余韻にまだまだ浸っていたというのに。
しかしこの時点でまだ私は
事の重大さを本当の意味で理解しておらず
そのうちムクっと復活してくるんじゃないかなぁとすら思っていた。
しかし、それから更に数日が経ち。
今度の週末に、
彼女の命を繋いでいた機械を外すことになった、
と知人から連絡を受けた。
すなわち、オルガさんと永遠の別れのときが決定的になったのである。
そして最期の瞬間は、一緒にコンサートに出演したIsaとKatjaが病室で看取ることとなった。
そうして日曜日の昼下がり。
予告があった通り、病室にいたIsaから。
オルガさんはたったいま、安らかに永遠の眠りにつきました、
というメッセージが入った。
人生とは時に、考えられないことが起こるのだなぁと思う。
このほんの数日前まで、私はステージの上で彼女のピアノ伴奏で歌っていたのだから。
実はそのリハ中、不思議な感覚に陥っていた。
演奏した曲の1つ。
グルック作曲の歌劇「オルフェオとエウリディーチェ」のアリア。
最愛の妻を失った夫のオルフェオが、絶望に打ちひしがれている曲だ。
(そうしてオルフェオは悲しみから逃れられず、妻を迎えに天国に行くというストーリー。)
このとき、歌いながら、
なぜか悲しみが魂の奥の奥の方から込み上げてきて、止まらなかったのだ。
震えながら、半分叫ぶような嘆くような気持ちで歌った。
この曲は何度も歌ってきたが、こんなことは初めての経験であった。
↑リハ中。生前最期のコンサートでピアノを弾くオルガさん。そして私。
まさかこの曲を一緒に演奏していたひとが
その数日後に本当に天国に行ってしまうなんて思いもしなかった。
そんなことが未来に待ち受けているなんて想像だにしていなかった。
だけどもしかしたら細胞レベルで気付いていたのかもしれない。
そんなことを思わせる不思議な現象だった。
-そうして11月7日。
オルガさんのお葬式が執り行われた。
このように澄み切った青い空の、穏やかな秋晴れの日であった。
会場は『アンネの日記』でお馴染みの、アンネ・フランクが幼少時代に住んでいた家から
徒歩10分ほどの墓地。
( ↑アンネがオランダに移住する前に住んでいたフランクフルトの家。)
実は、今回のことがあるまで誰も知らなかったのだが。
オルガさんはアンネと同じくユダヤ人だったのだという。
(オルガさんはロシアから移住してきたユダヤ人。)
↑そのため式場もユダヤの墓地。入り口の門にはヘブライ語が書かれている。
もちろんユダヤ人のお葬式なんて生まれて初めて。
(ユダヤはおろか、海外での葬儀参列自体初めてである。)
ユダヤ教を微塵も信じていない私が参列して果たして本当に良いのか・・・
それすら分からず戸惑ったけれど、
ええいっ。これも何かのよしみだ!!!
彼女の人生最期となったコンサートで一緒に演奏したご縁である。
最後の最後まで、見送り届けようではないか!!!
(ちなみに不謹慎かもしれないが、人生最期の締め括りが音楽と共にあり、また最後の最後まで
人々の拍手喝采を浴びた人生だなんて羨ましく眩しくさえ思う・・・)
・・・とは言えども、やはり海外と日本の差は大きく。
葬式1つ行くにしても大騒動である。
(しかもユダヤ教・・・)
前述したように、日本での葬式しか参列経験のない私。
まず何にぶつかるかって、服装である。喪服。
ドイツのどこに売っているんだい???見たことないんですケドーーーーー!!!
きっと万国共通、黒づくめだったら間違いないだろうと、
前日に慌てて黒いジャケット、黒いスカート、黒いシャツをバラバラに購入してみた。
バッグも靴も全部黒いものを新調した。
ブーツじゃダメですよね・・・さすがに・・・。
というわけで履き替え用の黒いパンプスも購入。
・・・しかしながら。
実際に式場に行ってみると。
参列者はみんな(ユダヤ人もドイツ人も)、
色とりどりのマフラーやストール、
オータムカラーのジャケットやコートならまだしも、
ショッキングイエローのダウンジャケットの人もいたり。
ジーンズやカラーパンツ。
足元はスニーカーやらジーンズなど。
思いっきり普段着。
ちらっと噂に聞いたことはあったが、
この国には喪服の概念が存在しなかった。
オルガさんの旦那さんは、悲しみにくれながら、
目を真っ赤にして私達参列者を門の前でお出迎え。
そのいでたちはというと。
ユニクロの部屋着っぽい真っ青なフリースに
(うちの弟があれ着て部屋でゲームやってそう)
ダメージジーンズ、履きなれたスニーカー。
頭だけは、ザ・ユダヤな帽子をかぶっている。
しかもちょっとオシャレっぽい青の帽子。
オルガさんの息子もそうこうしているうちに登場。
ダボダボのジーンズにスニーカー。
やっぱり思いっきり普段着であった。
ちなみに男性はユダヤ人でもユダヤ人でなくても、宗派関係なく
皆この帽子を装着しなくてはいけないらしい。 ↓
一緒に参列した相方も事務所で借りて帽子を装着した。
いつも音楽院で見かける合唱指導の先生は、
家から帽子を既にかぶってここまで来ていた。
彼もユダヤ人だったのかもしれない。
(そういわれてみれば名前がユダヤ系かもしれない。)
ちなみに現代のドイツでは歴史が歴史だけに?
オーソドックスなユダヤ人(↓)はほとんど街中で見かけない。
本当にたまーに薬局とか、道端を歩いているのを見かけるけれど。
普段は見分けもつかないのである。
(ちなみに東欧とかベルギーとか行くとこういう人達はしょっちゅう見かける↓)
ちなみに今回はこういうおじさんたちがワラワラと現れ、
式を執り行っていた。↑
きっと普段からこういう格好をしているわけではないのだろうな。
ドイツでは密かに暮らしているのだろう。
(ちなみにドイツ人の殆どは過去のユダヤ人迫害の歴史を恥ずかしく思っている人が多いため
分け隔てなく接している人がとても多い。(※ネオナチ以外は。)ユダヤの葬儀だと聞いて怪訝な顔をしている人はいなかった。)
ユダヤのお葬式は、至ってシンプルなものだった。
服装はあんなに自由でルーズのくせに、
墓地に隣接された会館に入ると、息が詰まるぐらい、
天井も壁も真っ黒の、無に等しい世界。
逆に日本は不謹慎だなんだと言われて、全身黒づくめの喪服を身にまとうくせに、
祭壇は華やかなお花畑みたいに色鮮やかだわよね、
と、ユダヤの式場を目の前にして改めて思う。
ユダヤ教はお葬式のときに花で祭壇を彩ったり、
遺影を飾ったり、飾り立てる習慣がないらしく、
(そもそも祭壇という概念ではなさそう。)
近所の公民館、みたいな感じなんだけど、
とにかくうすぐらくて、会場全てが黒・黒・黒。
壇上?の背後の壁が開いて、奥から漆黒の無地の棺が運ばれてくるけど、
とにかくグランドピアノカバーかしら?ってぐらい、真っ黒でいろどりがない。
真っ黒な壇上、真っ黒な壁に床。
ただただ漆黒の会場内、
なぜか壇上の両サイドに、シンプルな植木?が二本あるだけだった。
逆にこの2本の木は一体何を意味しているんだろう・・・。気になる。
そんな異様な空間の中で、
厳かに式は始まった。
まずはユダヤ人のラビと呼ばれるリーダー格の人が
ヘブライ語でユダヤの神を奉る?お経みたいなすんごい唄を高らかに謳い上げる。
腹の底の、魂の底の底からしぼりだしたような、
大陸の広さを感じる声。
まるで古代ユダヤの祖先に触れたような、
とにかく異国情緒がすごすぎたのだった。
暗闇の会館の中にいたのに、
一気に私はイスラエルの未開の地にワープしてしまったようだった。
(もはやこれが葬式であるということを忘れるほど、ドキュメンタリー番組感がハンパなかった。)
その後もラビは目をつぶったまま、
次第に前後に揺れ続ける。
↑まさしくこの動き。プラス雄叫び付き。
そしてこの、祖国を追われた者たちの乾いた魂の叫び(ユダヤ経典なのかしら)を聞き続けた。
それがビジュアル的に怖い。
周りの参列者に知り合いがおらず、一人でここにいたら、本当にめちゃくちゃ怖いと思う。
ちなみにこの経典は日本のお経の5分の1ぐらいの短さ。
あっという間に終わる。
しかも目を瞑って唱えてるから、全て暗記。
ヘブライ語なので、意味不明。
それが一通り終わったのち、
今度は簡単にラビからオルガさんの生前の経歴などの紹介があった。
何年にロシアで生まれ、最初のダンナと何年に結婚し、ドイツに渡り、
子供が生まれ、今のダンナと出会って結婚し、
職歴まで、とつとつと紹介される。
その後、旦那様、ムスコさん、そして私の知人のIsaが順番に呼ばれ、
マイクを前に、壇上で彼女を偲ぶコメントをしていく。
その様子は日本のいわゆる最後の喪主の言葉とは一線を画し、
単なる演説のようであった。
ダンナ様もムスコさんもとてもしっかりしていた。
ときおり涙を見せながら、しかしとても上手にコメントする。
私なら肉親が亡くなっているのに、あそこでコメントしろと言われたらすごく嫌である。
むしろこのときも勝手・様子が分からないので、
もしかしたらこの参列者全員にマイクが回ってくるんじゃ・・・
一人ずつコメントを求められて壇上に上がらなきゃいけないんじゃ・・・
うへぇ、憂鬱だなぁとすら思ったものである。
(結果的に上記の3人のコメントで終わった。)
ちなみに最前列には、6人の、
背丈の揃った小さなおじいちゃんたちが
お揃いのファッションで六つ子のように並んでいた。
実は、式開始前からめちゃくちゃ気になる存在だった。
なんなんだ、あの6人はと。
なぜか6人とも↑揃いも揃ってこんな軍帽をかぶり、
なぜか暗い式場の中で、絶対不要なのに全員がグラサンを装着して、
式が始まってからも帽子を脱ぐこともしなければ、
グラサンをはずすこともしない。
更に全員、そろいもそろって、
ライダージャケットのような真っ黒の上着に、
ジーンズ、スニーカーという謎の衣装。
不謹慎どころかあれじゃただのコメディアンである。
想像してみてほしい。
6人いるのであーるー。。。
それらがお揃いで↑こんなコスプレをしているのだ。しかも葬式中にである。
これじゃ完全に、アノ人たちをかつて苦しめたはずの
ヒ※ラーのコスプレではないか。
(この格好がユダヤの葬儀のならわしであるならば、実はヒ※ラーやゲシュ※ポがこのひとたちのマネをしていたのかもしれない・・・)
そして最後の最後まで存在のナゾな6人であったが、
終盤でラビが、締めくくりのヘブライ語の吟唱を高らかに歌い上げ、それが終わるやいなや、
最前列のコスプレじいちゃん衆6人が揃ってムクッと立ち上がり、
棺を四方で取り囲み、
(6人いるから六方?)
まるで荷車を手押しするかのように棺をゴロゴロと前方右手へ移動させ始めたのである!!!
(車輪がついていたようで、ガラガラ音が鳴る。。。。)
そしてラビはブツブツブツブツブツ…と呟きながら、その棺の後ろをついていくのである。
これには心底衝撃を受けた。
↑ヘブライ語の野太い唄が低く鳴り響く暗闇の中を、
ヒト※ーコスプレじいちゃんたちがご遺体の入った棺をまるで荷車もしくはおみこしのようにガラガラ音を立てて運んでるのだから。
もうね、
ゲシュタポより怖いわ!!!
それだけにとどまらず、
我々参列者もそのコスプレじいちゃんたちや
延々とブツブツ呟くお偉いさん、
ガラガラ引っ張られていく棺のあとについていく。
この先一体何が待ち受けているのだろうか。。。
ドギマギしながら見よう見まねで私もついていく。
そして、
あのコスプレじいちゃんたちが、
無造作乱暴にバンっ!!!!!と扉を開けると、
暗闇しかなかった屋内から、
視界は真っ暗な空間から一気に青空が広がり、
そうして美しい黄色の木々が目の中に飛び込んできた。
墓地だ!!!!
よく晴れ渡った本当に美しい日だった。
彼女の人生最後を彩る日。
永遠のお別れを告げる日。
それには十分すぎるほど美しかった。
さっきまで視界は例によって真っ暗だったけど、
前にある棺も、グランドピアノのカバーのように真っ黒だけど、
あの色は不自然なほどおどろおどろしくてオルガさんには似合わないな。
オルガさんにはカラフルな世界が似合う。
この日の秋晴れも空の上から喜んで微笑んでいそうだ、と思った。
しばらく参列者一同を引き連れて、
墓地内をゾロゾロとそぞろ歩き、やがてとある工事現場のようなところに到着した。
トラクター🚜と、オレンジの作業着を着たオッサンたちが、道路工事中の真っ只中のようにせわしない現場。
(しかもそのオッサンたちもさっきのコスプレイヤーの小さなじいさんたちに酷似している。。。)
葬儀の重々しさなど物ともせず。
悲しみを打ち破るかのようにトラクターはビゅイーーーーーン!!とものすごい音を立てて行ったり来たりし
作業員のオッサンたちはまるでマンホールでも掘ってる最中であるかのように穴を深く掘り、その穴の横に板を繋ぎ合わせて足場を組んでいる。
隣には無造作に放り出されたスコップ数個と、山盛りのまるでセメントのような土が、赤や青の工事現場にありがちなコンテナ?の中に入っている。
こんな雑多な場所でこの一座は棺を取り囲んでストップした。
ええええーーーーー!!!
待て待てー!!
なんだこの墓地に突如現れた工事現場の一環みたいな風景は!!!!
そこにはお葬式特有の重々しさもなく、
日本の最近の葬儀場で流れてるお涙ちょうだい的なBGMもなく、
完全に工事現場で作業中のオッサンたちとトラクターである。
こんなところで棺はピタッと動きを止め、
ヒ※ラーじいちゃんたち6名は長ーい紐を棺の底にくぐらせ始めた。
そうしてテコの原理?で紐を利用し
(テコ?)
ムツゴで力を合わせて、棺を動かし始めた。
棺はグラグラと不安定な傾きで揺れながら、奥深く掘られた穴の底の底にに押し込まれていった。。。。
(いやあの棺の中にオルガさん入ってるんだってば。)
その作業たるや、
本気で血も涙もない、単なる作業なのである。
人が1人死んで最期の別れをしているというこちらの概念まで覆されそうだ。
まるでシルバー人材派遣センターから派遣されてきたご老人が、一生懸命持ち場の作業をしている、
ただそれだけに思えるのである。
日本の葬儀会場はもっと沈痛な面持ちで、
悲しいパフォーマンスするでしょうよ。
そうでないと不謹慎とディスられる。
だけどユダヤの皆さんは、不謹慎もへったくれもないように思える。。。
そんな中、
ラビはここでも、
相変わらず身体を前後に揺さぶりながら、
かたく目をつぶり、呪文を唱え続ける。
まるで韻を踏んでいるかのように、
各句の最後に声高らかに、シャロム!(平和って意味)を連呼。
(しゃろーん♪↑に聞こえる。)
で、
そのときにコスプレじいちゃんたちも、コレに合わせて
シャロム・・・と声を合わせてるのだが、
まぁやる気がなくてワンテンポもツーテンポも遅れてる人もいれば、
小声で呟いてるだけの人たちもいたり。。
気合いの入ったラビの声に合わせて
シャローン シャローン シャロムっ しゃろんっ♪しゃろーーーん・・・Shaろん・・・
↑って感じで揃わないじいちゃんたちの声・・・。
やる気あるんかいっっ!!!!
そうしてラビは引き続き呪文を唱え続けながら、
スコップで穴(棺が奥深く沈められた場所)に土をかけ、埋め始める。
(その間も目をつぶり、前後に揺れている)
続けてコスプレじいちゃん6人衆も、
スコップで土をかけて穴を埋める。
それがある程度ひと段落したら、
セメントの山のような大量の土の入った赤と青のコンテナを一気にひっくり返し、
ドサドサドサ・・・・っと土をかけていった。
そうして2つのセメントの山を無造作にどさどさぶっかけると、
その入れ物をさっさとどかし、脇の足場を外して、
コスプレじいちゃんたちは、そのまま去っていった・・・・。
その光景に、ただただ唖然である。
本当に本当に衝撃であった。
1日で死生観がひっくり返ってしまったよ・・・。
人が一人亡くなっているのに、こんな工事現場的でアリなんだなと。
つい最近まで元気だった人が、
数日後に冷たい土の奥深くに埋められてしまうという、
この土葬の現実を実際に目の当たりにしただけでも衝撃だったのに。
だって先日まで喋って笑ってた人が、土の中に埋められて、雨の日も寒い冬も
虫や草花と一緒に眠ってるって・・・衝撃ですよ。私なら寂しくてたまらない。
家族が肉体そのままで土に埋まってても・・・掘り起こしたくなっちゃうかもしれない。
火葬が当たり前の国から来たら。
不謹慎かもしれないけど無理に(?)焼かなくても、虫に食われて雨風・季節の移り変わりと共に
土の中で腐敗して、本当に自然と、じっくりと自然に還っていくんだなって、なんだかしみじみとしてしまい。
本当の本当にそのことだけでも心から衝撃的だったのに
(映画とかドラマではよく見る光景だったけど目の当たりにすると本当に死生観変わります・・・)
くわえてユダヤの葬式の一連の流れ↑にも価値観ひっくり返るほどの衝撃を受け
更に参列者も喪主も色とりどりの自由な普段着ということにも・・・。
喪服やフォーマルという概念が葬儀では存在せず(コンサートとかではドレス着てるけど)
学校帰りや買い物帰りみたいな人たちばかり。
(逆に全身黒ずくめの私がおどろおどろしいほど浮いている。)
ジーンズとスニーカー、トレーナーでもいいんだとびっくり。
スポーツ用品のリュックをしょってる参列者もいる。
重々しく仰々しいセレモニー感もなく、
日本のようなお金のかかった祭壇や葬儀会場も全く無し。
もちろん香典などもない。
ユダヤ教では花をお供えする習慣がなく、
(小さな花はOKということだったので事前に用意したが、葬儀が始まる前に係員に回収された。)
代わりに参列者1人ずつが、その埋葬された土の上に、
白い石をひとつずつ置いていくのだという説明があり、
言われた通りに、用意されていた石を順番に1人一個ずつ置いていき、
そばで見守るオルガさんのダンナ様やムスコくんに
涙ながらハグをして、終わった人から静かにその場を去っていく・・・。
そうしてあっさりと終わっていくのだ。
私はどうしても取り残されたダンナ様とムスコくんを置いて帰っていくことができなくて、
結局最後の最後まで、参列者全員が石を置いて、ハグして、帰っていく・・・
という一連の行為を黙って見守っていた。
そうして皆が終わって帰っていったのち、
工事現場風の作業員のオッサンが最後の一仕事。
スコップでガサガサと土をならし、平らにしたのち、
埋葬した場所に私たちから回収した小花たちを、水にいけるでもなく、お供えするでもなく、
ただただ無造作に散らし、ばらまいていた。
すごく野生的だった。
そうして木の看板を立てた。
これからやがて、立派な石碑が立つのだろう。
他のユダヤ墓地の石碑と同じように・・・。
ちなみにユダヤ人は墓参りはしないそうだ。
うーん。死生観が違いすぎて色々分からんのである。
私達日本人は一般的に(※もちろん宗教観の違いによって差はあり。)
生まれ変わりを信じていたり、
魂は生き通しだということをDNAレベルで思っていると思う。
だからお盆や命日を大切にするし、お墓参りだってちゃんと行く。
亡くなって姿かたちは見えなくなっても、
どこかで自分のことを見守ってくれている、と信じているし、本当になんだかそんな気がする。
そんな感覚が自然と歴史と文化の中ではぐくまれているのが日本人だと思う。
だけど、目の前にいるこのダンナさまとムスコくんは
オルガさんが亡くなってしまった今、彼女は無なのである。
今この瞬間、本当にいなくなってしまったのである。魂ごと。
どこかで見守ってくれているかもしれないとか、
今ここで姿は見えないけど、微笑んでくれているのかもしれないとか、
そんな感覚は皆無なのだと思う。
その喪失感、絶望感たるや、一体どんなに深いものであるかと思う。
だけど彼らはやがて死者の復活を信じている。(だよね?)
救世主が現れ、従順にユダヤの神・ヤハウェに使えた敬虔な信者は
やがて時が来たら復活してくると信じているのである。
もしかしたらそっちの希望の方が明るくて強かったりするのかな・・・。
そのひとの信仰具合にもよるけれど、
私なら中途半端な信仰度合いで、いつやってくるか分からないその復活のときを待てるのかな?
待ちきれるのかな???
だって自分が死んだあとだったりするじゃん。
今世においては、もう二度と会えないなんて・・・
私ならそっちの方が耐えられないのだが。
しかし、本当に復活できるのならそれはそれで、そちらの方が本当に嬉しいと思うのだが。
そういった死の悲しみ、復活・再会の希望が強ければ強いほど、
そのひとの宗教の信仰を強くするのだろうなぁと思った。
みんなが帰ってしまったあと、
そこに残っていたのは数人だった。
青いフリース&青い帽子のダンナ様は、手ぶらで、
今から君たちを近くのカフェに招待する、とおっしゃる。
自分がカフェをご馳走し、亡くなった方を偲びながら、その方の生前の話をみんなでする、それもまた大切なの儀式なのだという。
実は仕事を抜け出して葬儀に参列したため、
これから戻らなくてはいけないのだ、とここは丁重にお断りし、
残った数人に委ねた。
日本でも葬儀のあとにご馳走を振舞って参列者をおもてなしすることはあるが、
手ぶら&フリースにジーンズ・スニーカーの人がふらっとカフェに数人でやってきて、
それがまさかさっきまで葬式してたとは。
しかも最愛の人が土に埋められ。しかもその喪主を努めていただなんてとても考えられないだろう。
色んな意味で衝撃を受けた1日。
だけど・・・同じ時代の同じ地球で同じ人間なのに、
こんなにシンプルで簡単に葬儀が済んで、そしてまわっていくのであれば・・・
葬式に莫大にお金をかけて、悲しみに浸る間もなくめまぐるしく準備をしなくてはいけない理由って
なんなんだろう・・・と疑問に思ってしまった。
(葬儀屋さんの戦略にハマってしまっているだけのような・・・)
きっともともとは厳かに盛大に死者を送り出したいという思いやり精神から生まれた儀式なんだと思うけどね。
アジア圏は華やかで派手な感じが多いわよね。
だけど、人と死がこんなにシンプルで済むのであれば、
私もこんなに簡単な感じの中で生きていたい、なんて思ってしまった。
誰が一体葬式のあの感じを常識だとしているの。
何かあれば不謹慎と言われ、同一を強要され、
冠婚葬祭のマナーを強いられる日本と、
身ひとつで行って、心で人の死と真摯に向き合い、別れと向き合うこの西洋式。
(ユダヤ式はナゾなオプションもいっぱい付いてくるが・・・。笑)
実家の母親に話したら、
いいなぁユダヤ式!お母さんもそんな簡単な感じにしてほしい!!
と言われてしまった。
いつかそのときが来たら、そのひとの人生をたたえて、盛大に送り出してあげたい気持ちはあるけど、
だけど必ずしもそうである必要はないんだよね。
ドイツに来て、考え方がどんどんシンプルになってきた部分がある。
死生観に関しても、シンプルでいいんだということを心に刻んだ出来事であった。
・・・終わり・・・




















