まだまだこれからのアラカン~

      ご機嫌さんに生きる毎日を♪

      初めての方はこちらから    😻

 

 



ちょうどこの季節くらいのことでした



ふと思い出した義父の私流介護の話



80代のひーすけです



義母は義父より9歳年下でしたが

あまり何も出来ないお人で



義父の介護はほとんど何もやっていません



夫が殆どやっていました




当時90歳となる義父は老人あるあるの

圧迫骨折で腰がいたくて

痛み止めの座薬を入れていました 




義父は息子に座薬を入れて欲しいのですが



仕事で私が担当する時



そりゃ嫁は他人だし嫌だよね



義父は妻はできない人と決めていて



何でも息子に頼む



でも座薬は自分では無理だから



嫁でも仕方ない



嫁ではうまくやれるのかと

とても不安そうで嫌そうでした





今思えば自分でも笑える私のやり方…


私はいつもテンション上げて

オムツめくって



「お父さん、いきますよ、いきますよ、いいですか、はい、入れますよ、はぁい大丈夫、大丈夫…」



「大丈夫、大丈夫!」

「はい、入れました!」

「終わり!!」



もう何か勢いだけの


"いきますよと大丈夫"と"終わり"の連呼



小さく「痛っ…」と言われても

「大丈夫!」で通してましたね



そのあと座薬が出て来ないように

押さえておく



そこでまた

「大丈夫ですからねー、出てきてませんよ~」と大丈夫コール




義父は90歳になっても頭はしっかりしていて



しっかりし過ぎてやっかいでしたって言えるくらい



後の義母の介護は認知症で苦労しましたから対称的でした




オムツも何だか私が替えると


「ちゃんと包まれてない…」と言うのです



「お義父さん、大丈夫、ちゃんとなってますよ~」

「だぁ~いじょうぶ」




病院で入院している時は

看護師さんに確かめて欲しくて

ナースコールをしていました



そして見に来てくれた看護師さんに言われる



「ちゃんとなってますよ」


「ほらね」と私



そんな感じの介護でした(笑)



明るくいテンション上げていかなきゃめげるやん!

暗い気持ちで介護はできません!


先ずは自分が潰れないことが1番



親の介護は後ろめたいくらいでいいのです






やがては行く道

しっかりやってたら
自分の時もそうやって欲しいと思うだろうし


自分の時もほんといい加減くらいで良いと思っています




だんだん変わっていく姿は家族からは
やっぱり辛いもの


子供の名前と兄弟の名前とごちゃ混ぜになり出てこなくなる


あんなにしっかりしてたのに…
なんて思ってあげないで


これは誰もが行く道


ついにそうきたか
そうなるのね


これもちゃんと見せてくれているんだよね


この先未知の域を


「厄介…」と思ってもいいのよ


自分を決して責めないで


本当に厄介だから



そういう気持ちが芽生えてこそ
お別れができるのだと思います


子供の頃見ていた姿のままだと
お別れできないでしょ…


私の母ももう私の名前が出てきません


仕方ないよね
 






ふと思い出した12年前の義父の介護
でした。

 


 






 お気に入りの記事

 

 
 
 
 
 

今日も楽しむ事に目を向けて

2度とない1日を楽しみましょ🎵