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 リーマンショック後に出された書籍なので、このようなタイトルになっているけれど、著者の得意分野は、金融や経済ではなく重厚長大型産業の分野なので、その分野に関する内容がメインである。2010年4月初版。

 

 

【中国人経営者の脱中国化】
 中国の賃金が上がってきたということで、今度は中国人経営者が中国外に生産拠点を移し始めている。(p.16)
 バングラデッシュの首都ダッカへ向かうのだという。現地で仲介の仕事をしている日本人の談。
 「(バングラデッシュで)企業進出の支援を行っていると、一番多くやって来るのは中国人だ。日本企業の経営者の10倍は来る。日本企業を対象にしていたつもりが中国企業の進出支援事業になってしまった」と苦笑いしていた。(p.16-17)
 ダッカに進出したら進出したでまた、縫製など熟練労働者の引き抜き競争が生じている。なのであえて都市部ではなく遠くの僻地に工場をつくっている日本企業があることを、テレビでやっていたっけ。
 パキスタンの次の進出先はバングラデッシュ、その次はアフリカのナイジェリアという順。しかしアフリカという国土にはまともな労働精神を持った人は多くないという。
    《参照》   『インパラの朝』 中村安希 (集英社) 《後編》
              【君も僕らの文化を学んでほしい】

 

 

【トヨタの蹉跌】
 リーマンショックを境目に先進国では高価格の車の需要がなくなり、安い車しか求めなくなった。先進国はインフレ時代の消費構造からデフレ時代の消費構造に変わったのだ。
 もはや米国でも安い車しか売れない。米国の自動車市場で目下勢いをましているのは安値を武器にする韓国の現代自動車と起亜自動車だ。ロープライスでどんどん攻められると、トヨタといえども対抗できない。(p.29)
 インフレ期待は実質的に幻想なのかもしれない。金融政策で見境もなく供給量を増やしても、結局のところ新興国の経済に流れる事にしかならないらしい。グローバル化の時代は、どうしたって世界経済の平準化の勢いに晒されるのである。だから、格差社会も底辺側が膨れるだけだから、勢い低価格の車の受容のみが増大することになる。
 安値が得意な韓国企業は、かつて現代自動車が「ポニー」という小型車を売り、日本の各メーカーを抑えて北米市場で売上台数第一位を取っていたけれど、再び時代が味方して売り上げを伸ばしているのだろう。
    《参照》   『トンデモ! 韓国経済 入門』 三橋貴明 (PHP) 《前編》
              【現代自動車の衰退】

 トヨタは、ハイブリッドを主力としているので産業構造の急激な変化を望まない。というより、雇用を守るためにあえて電気には行かずハイブリッドを選択したのかもしれない。しかし時代は、一挙に電気自動車の側にシフトする可能性がある。発展途上国ほど一挙に安値で入手出来る電気自動車を選択する可能性は高いはずである。その場合の最大制限要因は電力供給。フリーエネルギーが実用化されたら、石油系列のクルマは完全にお払い箱になるだけでなく、電気自動車も必要なくなる。「フリーエネルギーの実用化=UFOの実用化」となるのである。道路すら不要になるのである。

 

 

【3Hではなく2H1L】
 トヨタは・・・中略・・・まさに「ハイテク=ハイクオリティ=ハイプライス」という3Hを見事に体現することに成功してきた。・・・中略・・・せっかくリーマンショック後の経済危機から立ち直ってきた消費市場でトヨタのシェアが大きく落ち込むのは避けられない。(p.31-32)
 2つのHを維持しながら、ハイプライスをロープライスにしないと世界市場では勝てなくなっている。ハイブリッドではロープライス車など作れない。電気自動車なら実に容易である。日本人は200万円もするハイブリッド車を買える人が少なくないけれど、インドでの自動車購入最大価格帯は日本円で40万円前後。インドでの販売を目指す自動車企業はこの価格で利益の出る軽自動車を作っている。
(電気自動車の分野において)なかでも進境著しいのが中国の比亜迪(BYD)である。
 電気自動車なら20万円代での生産が充分可能。

 

 

【インフレ時代はこない】
 新しい状況を生んだのはデフレだが、これが逆転して、かつてのようなインフレの時代は当分こない。この基本的な認識をけっして忘れてはならない。(p.54)
 著者のこの考えは、「戦争の時代は終わった」という認識に基づいている。
 アベノミクスでは、マクロな金融政策でインフレに出来ると考えている。
 各国政府による計画的な金融緩和と、戦争による多額の財政出動は、流通する貨幣の量を増やすという点において基本的に同じことだけれど、アベノミクスと著者では結論が違っている。
 変動相場制下のグローバル経済状況にあることと、途上国の経済発展による世界の賃金平準化は、先進国にインフレを発生させにくい要因になっているのだろう。
 結局のところ、賃金の平準化のみならず、各国のマクロな経済成長も平準化の趨勢に逆らえないのかもしれない。であれば、インフレはそうやすやすとは起こらないことになる。

 

 

【住友化学のサウジ進出】
 サウジにとっても原油の輸出国から石油化学製品の輸出国に変わる大きなきっかけとなるはずで、これはサウジが原料を輸出するだけの国から中間製品を輸出する工業国へと変わることも意味する。いずれにしろ、住友化学のサウジ進出によって世界全体の石油化学工業の地図が変わったともいわれており、このような画期的な事業を実現に導いた米倉氏の手腕が高く評価されて日本経団連会長への就任にもつながった。(p.75)
 米倉さんって、あの眉毛の長~~い、恵比寿様みたいな顔したオジチャン。
 サウジは大きな利益を手にすることになる。輸入する側も、日本のように石油化学工業が発展していない後発経済発展国や小国にとっては喜ばしい事になる。世界に貢献した事業と言える。素晴らしい。

 

 

【特許の国際貿易】
 日本は技術の研究開発に長年努力を重ね、技術を商品化したものである特許の国際貿易では1992年以降黒字になった。さらに1996年以降は世界のすべての国に対して特許の国際貿易では日本の輸出超過である。・・・中略・・・。
 この特許の国際貿易において日本の輸出超過は今日において8000億円を突破している。日本の国際貿易の出超額は最新の統計では年間約8兆円だが、特許では10分の1の8000億円を稼いでいる。これは物ではなく知恵による収入である。(p.82)
 久しぶりに特許の貿易収支に関する記述を読んだので書き出しておいた。
 かつてそれらに言及した記述をリンク。
    《参照》   『それでも「日本は死なない」これだけの理由』 増田悦佐 (講談社) 《前編》
              【特許国際出願件数】

 

 

【自治体の水事業による海外進出】
 大阪市水度局は昨年11月、・・・中略・・・ベトナム・ホーチミン市水道事業改善調査に応募して採用された。(p.93)
 琵琶湖から流れている淀川が唯一といっていい水源である大阪市は、下流側の悲哀を技術力の進展によって凌いできたことの成果が、今日の海外進出につながっている。
 他に北九州市と川崎市の事例が記述されている。
北九州市は、八幡製鉄から新日本製鉄へと変遷した水質管理技術を高めたのだろう。川崎市も京浜工業地帯にある都市である。工業技術が先にない自治体が真似事をしても世界進出するほどの技術力にはならない。そんな自治体がやるとしたら地下水を汲み上げて、市場での価格競争力などテンデないペットボトルを販売してお茶を濁す程度である。つまり単なるマスターベーションであり単なる財政の無駄使いである。経営という感覚のない地方(痴呆)自治体はすぐにこういうバカバカしいことをやる。

 

 

【中国の製鉄業】
 中国の粗鋼生産量は世界一であるけれど、自動車用の高級鋼板をつくれる企業は少ない。ほとんどは建設用の鉄筋生産である。
 鉄筋の直径も均一ではなく、15mの長さだと、片方の端が9ミリの直径だとすれば、もう片方の端が10ミリになっているというのも珍しくない、しかし、中国人からすると、そんなものは誤差の範囲なのである。(p.148)
    《参照》   『「中国人」になった私』 松木トモ (PHP) 《後編》
              【大体同じ?!】

 中国の製鉄業は石炭を原料にしている所が多いから、大気汚染の元凶にもなっている。
 中国政府は年産100万トン以下のメーカーの存続を認めず、年産5000万トン以上の大手6~7社を軸に集約を進めていく方針を進めている。(p.148)
 本気でこうしないと公害対策など到底できはしない。しかし、中国政府は本気で実施などしていないだろう。いまだにPM2.5はすごい勢いで日本を含む近隣諸国にまで振り撒かれている。

 

 

【中国政府の格差対策】
 中国政府は2009年から農村部に対して本格的に大規模に消費者ローンの提供を始めた。今なおそれを続けているのだが、その結果、中国の農村での生活水準は著しく改善され、都市との格差も縮小する方向に進みつつある。(p.150)
 意外に思ったのは、このような政策がとられていたことを、他のビジネス書で一度も読んだことがなかったということ。
 日本人的な感覚では、蓄えのない人々がローン消費から初めて大丈夫だろうかと思うけれど、いずれにせよ経済活動(お金の動き)が活発になるのは確かなのだから、後の事は後で考えればいいと思っているのだろうか。EUやアメリカはサブ・プライム・ローン破綻を、徳政令的な手法でチャラにして、穴埋めはジャブジャブ供給で凌いだという先例をつくったのだから、中国政府もいざとなったらそれでいいと考えているのかもしれない。
 現在のアメリカは2014年2月7日の貨幣供給限度制限を1年先まで伸ばしたのだし、世界の金融にもはやモラルというか、かつての常識はなくなっている。

 

 

【スズキ自動車】
 スズキはインドの乗用車市場の50%を握るために全力を挙げて努力してそれに成功したのだが、現地生産を開始したのは・・・中略・・・1983年だった。今ではインド全土に760店以上の店舗を構え、修理や補修を施す拠点は2000カ所に上る。 (p.157)
 スズキは2009年12月に、GMとの提携を解消してVWと提携したと書かれている。インドで成功しているスズキと中国市場で成功しているVWの、「相互メリットあり」提携ということらしい。
 インドとハンガリーで生産販売をしてきたスズキは、今後もアジアや東欧において大きな売上を上げ続けるだろう。
   《参照》   『東欧チャンス』 大前研一 小学館
            【ハンガリー】

 

 

【北方四島返還の条件?】
 プーチン首相はサンクトペテルブルクからナホトカまで7000キロを新幹線で結びたい。時速350キロなら全線を20時間で走れるわけだが、その建設資金を日本が提供してくれたら北方四島を返してもいいと思っているはずだ。・・・中略・・・。この建設に必要な資金は何十兆円になるかもしれない。(p.165)
 ニュースでこのような案は聞いたことがないけれど、要は「バーター取引以外の返還などない」と考えているということ。国際関係はいつだって良識ではなく貪欲な金がらみ。

 

 

【企業連合による海外事業受注】
 インドは、デリー~ムンバイ間の貨物専用鉄道建設を進めており、それに伴って沿線の24都市のインフラ整備に900億ドル(8兆1000億円)規模の資金を投じる計画だが、鳩山首相がインドを訪問し、両国でインフラ整備への協力などに対する覚書に調印した。そのとき、日本政府がインドの鉄道建設に4500億円の円借款を行う見返りとしてインド西部の4都市についてのインフラ整備を日本の企業が優先的に受注することになった。(p.206-207)
 日本政府は、これに応じて4つの企業連合を選定したという。
 今回のインドのケースではまさに政府、自治体、企業が一体となった取り組みが行われているわけだが、ただしこれは受注後にできた体制である。言うまでもなく、今後は受注前にしっかりとした官民一体の体制を構築しておかなければならない。またそうしなければ、海外のインフラ整備をめぐる先進国間の激しい受注競争には勝ち抜いていけないだろう。(p.208)
 確かに、オール・ジャパン企業連合であれば、発注側の各国は安心だろう。
 日本の技術力、信頼性がピカイチなのは、世界中で知れ渡っていることなのだから。

 

 
<了>