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この案件は…。

 

時計が11時30分を回ろうとしたころ、市の職員が控えめに声をかける。

「そろそろお時間となりますが……」

そのタイミングで、静かに立ち上がったのは永富理事長だった。

 



「私から、一言よろしいでしょうか」

場が自然と静まり返る。

「大阪ビジネスコンサルタンツさんのご提案、大変興味深く拝見しました。この案件は、今回限りの話にしてしまうのは、もったいない。ぜひ、継続案件として取り組んでいきたいと考えています。そしてもちろん、引き続きのコンサルティングは、OBCさんにお願いしたい」

その言葉に、天野次長はすっと立ち、お辞儀をした。

「ありがとうございます。心より感謝申し上げます」

永富理事長は続けて、ふと視線を横に向けた。

「せっかくご同席いただいたことですし、伊達木社長にもご感想をうかがえれば」

促されると、伊達木社長は静かに席を立ち、よく通る声で語り出した。

 

このブログの内容はフィクションです。 実在の人物や団体などとは関係ありません。

成功のキーワードは…。

 

「佐世保版CCRCの成功のキーワードは……ゴルフです」



一瞬、空気が緩む。それでも大杉主任は淡々とプレゼンを続けた。

「ご存じのとおり、シニア世代にはゴルフ好きが多い。長崎――特に大村湾周辺には、質の高いゴルフ場が数多く点在しています」

そう言うと、大杉主任は地図を提示し、エリア内にある複数のゴルフ場を一つずつ示した。

「しかも、平日のプレー費は都市部に比べて圧倒的に安い。もちろん、会員権もです」

スクリーンには、料金の比較表が映し出される。あまりの差に、参加者の一人が思わず「確かに……」とつぶやいた。

「できれば、会社をリタイアして間もない、自家用車の運転もまだまだ問題ない世代に来ていただきたいですね。もし必要なら、送迎バスの運行も検討できます」

天野次長の補足に、場の空気がさらに現実味を帯びてくる。

「次に――大学との連携についてです」

すると、参加者のひとりが声を上げる。

「大学なら、すぐそばに佐世保国際大学があるぞ」

「その通りです」
天野次長が力強くうなずいた。

地域の高等教育機関との連携によって、学び直しやボランティア、地域活動の選択肢が広がる。高齢者が孤立せず、知的にも社会的にも豊かな時間を過ごせる環境づくり――それが、次なる柱となる。

そして最後に、大杉主任がやや意外な視点を提示した。

「実は、シニア層には“競馬好き”も意外と多いんです」

一瞬、笑いが起きそうになるが、大杉主任はまじめな表情を崩さない。

「JRAの場外馬券売り場も、この地域には存在します。ギャンブルといっても、これは国が認める公営事業。適度に射幸心を満たす場として、心のハリを持ち続けるきっかけになるんです」

やや意表を突かれながらも、参加者たちはその着眼点の広さに舌を巻いていた。

プレゼンが終わる頃には、会議室の空気がわずかに変わっていた。誰もが、この地に新しい未来の形が生まれるかもしれない――そんな予感を、どこか確かに感じていた。

 

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理事長登場

 

その理事長――永富氏が、名刺を差し出しながら口を開いた。

 



「今朝、福岡の本部から連絡がありまして。伊達木社長がオブザーバー参加されるとお聞きしましたので、急きょ、副理事長や福祉部門の経営戦略室長らと共に、本会に参加させていただきました。初めまして、理事長の永富と申します」

「伊達木です。突然お邪魔してごめんなさい。ちょっと、ビジネスとして興味がありまして」

伊達木社長は、やわらかく、けれど芯のある声で応じた。
その一言に、会議室の空気が少しだけ引き締まったように感じられた。

定刻の10時になると、会議室の照明が少し落とされ、プロジェクターに最初のスライドが映し出された。プレゼンテーションが静かに始まる。

第一部の担当は天野次長。テーマは「CCRCの成功事例」。その中でも、特に注目されたのが石川県の「share金沢」視察の報告だった。
写真とともに紹介される現地の様子に、会場の誰もが引き込まれていく。参加者の表情は真剣そのもので、うなずきながらメモを取る姿もちらほら見られた。


 

だが、本当の見せ場はここからだった。

続く第二部では、天野と大杉のコンビが、今後の佐世保におけるCCRCの可能性について、ぐっと踏み込んだ提案を行った。
これは、日本版CCRCの第一人者、四菱総合研究所の主任調査役・松川智氏のレクチャーをもとに、二人が独自に構築したプランである。

「これからのCCRCは、より健康な時期から入居していただき、可能であれば“介護される側”ではなく、“支える側”として地域に関わってもらうべきです」
天野次長の言葉に、会場が静まり返る。

 

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特製・サンドイッチ弁当

 

翌朝の予定について、アルファードの運転手からの報告があった。ホテルから佐世保市役所までは、念のため2時間を見ておきたいという。実際は、高速道路を使えば1時間半ほどで着くということだったが、余裕を持って、出発は朝8時と決まった。伊達木社長が朝食をホテルに頼み、特別に3名分のサンドイッチを用意してもらうことにした。移動中の車内で食べる算段だ。

「分かりました、お言葉に甘えることにします。ただし、明日は、私どものお客様を最優先いたしますので、伊達木社長にご不便をおかけすることもあるかと存じます。その際は、どうかお許しください」
天野次長が丁寧に頭を下げる。

「了解よ、天野さん」
伊達木社長は、どこまでも柔らかく微笑んだ。

翌朝8時、予定通りホテルを出発した一行は、高速道路を順調に走り、予定の20分前には市役所に到着した。車内で食べた「インディゴ特製・サンドイッチ弁当」は、予想以上においしかったようだ。

 



市役所の会議室に入ると、名刺交換が始まった。
その場で、伊達木社長が名刺を差し出すたびに、相手の表情が少しずつ変わる。

 



「東京のフォレスト・トラストって……あの、グローバルで事業を展開しているフォレスト・トラストですか?」

驚きの混じった声が、何度も交わされた。

当初の予定では、医療法人H側の出席者は佐世保の事務長や施設長クラスが参加の予定であったが、伊達木社長の参加が伝わると、急きょ理事長、副理事長までが出席することとなった。

 

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長崎スタジアムシティ

 

「ところで、土曜日は何を?」
大杉主任が尋ねた。

「サッカーの試合、観に行こうよ。スタジアム・シティで」
いたずらっぽく笑いながら、伊達木社長がさらりと言う。

 



「ほんとですか?」
大杉主任の目が、ぱっと明るくなる。

「あなたたちの食事代も、延泊分のホテル代も、他にかかる費用も――全部、私のポケットマネーで出してあげる。もちろん、千﨑さんには私からきちんと連絡しておくから、安心して」

「やったー!」
大杉主任が思わず両手を挙げて喜んだ。

 



そんな様子を横で見ながら、天野次長は小さく笑い、静かに口を開いた。

「伊達木社長。ところで――その見返りに、何を差し上げればよろしいでしょうか?」

伊達木社長はにっこりと微笑む。

「そうねぇ。じゃあ、車での移動中にでも……あなたたちが長崎に来た“本当の目的”、聞かせてもらおうかしら」

その笑顔は、どこまでも軽やかで――けれど、どこか核心を突いていた。

 

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スリップサインは突然に。


この夏、フロントタイヤの偏摩耗ばかりに気を取られていた。
今日はお盆休みで、早朝のK-1へ。
さすがに今日は誰もおらず、ひとりでK-1を走っていた。

いつもの右コーナーを旋回していると、リアタイヤが「ズズッ」と滑ったような気がした。
「このコーナーに轍(わだち)は無かったよなぁ」と思いながら、次の左コーナーでも同じように「ズズッ」。やっぱり気のせいか…と思ったが、K-1の最後のタイトコーナーでも、立ち上がりでアクセルを開けた瞬間に大きめの「ズズッ」。

ヤバイ、これは本当にリアタイヤが滑っていると気づいた。
昨日まで全くグリップに問題なかったリアタイヤが、突然滑り出したのだ。確かにパターン(溝)が少なくなっているのは乗車前のチェックで確認していたが、こうも突然にグリップを失うものなのか。リターンライダーの経験不足を露呈する結果となった。

お盆明けに前後タイヤ交換決定。慣らし運転を含めて、僅か4,000kmしか持たなかった。夏のボーナス、とっておいてよかった~。

「タイヤは命を乗せている」です。

 

確かにスリップサインが…。でも、あまりにも突然な変化。

 

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本気の遠足

 

「医療法人Hって、福岡発祥のHでしょ? 理事長も佐世保の院長もよく知ってるから。今、連絡入れるわ。“明日の会議、オブザーバー参加”ってことで、ちゃんと許可もらっとくから安心して」

「本気ですか…?」

 



天野次長の驚きもそこそこに、伊達木社長はさらにたたみかける。

「それで、そのあとは?」

「佐世保市のさらに北、松浦市にある魚市を見学する予定です」

「そこ、まだ行ったことないのよね。行く! 絶対行く!」

伊達木社長のテンションは、すでに翌日の旅程を自分のものにしていた。

「それから、それから?」

「その後は、長崎空港から伊丹行きの最終便で帰る予定です」

「そのチケット、変更できるタイプ?」

「はい、一応変更可能なプランですけど…」

「じゃあ、日曜日の便に変更しておいて」

「日曜日ですか?」

「レンタカーもキャンセルね。キャンセル料はもったいないけど、代わりに、うちのアルファード出すわ」

 



思いがけず賑やかになった明日の予定。
大人たちの「本気の遠足」は、誰もが予想していなかった形で、ゆっくりと幕を開けようとしていた。
 

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明日のご予定は?

 

仕事の話がひと段落すると、話題は自然とプライベートな方向へと流れていった。
誰かが気を遣うわけでもない、心地よい時間がそこにあった。

そして、甘さ控えめの梅椀(しるこ)がそっと運ばれてくる。
橋本社長が軽く一礼し、コースの終わりを静かに告げた。

外はすっかり夜の帳に包まれ、料亭の軒先では、雨のしずくが優しい音を立てていた。

「さて、今夜は楽しすぎたわね」

 



食後の余韻をまといながら、伊達木社長がぽつりとつぶやいた。

「明日のご予定は?」

問いかけに、天野次長が丁寧に答える。

「レンタカーで佐世保市役所に向かって、医療法人Hの方々とディスカッションの予定です」

「テーマは?」と伊達木社長が続けて尋ねる。

「『CCRC』についてです」と、大杉主任が略称のまま答えた。

「CCRCですって? それ、おもしろそうね」

伊達木社長の瞳が一気に輝きを増し、声もひときわ明るくなった。

「実はね、明日の予定も、全部キャンセルになったの。だから、あなたたちに――ついて行っちゃおうかな、なんて」

「えっ、それはちょっと困ります。先方にもご都合がありますし…」

 


 

天野次長が戸惑いながらも丁寧に断ろうとすると、伊達木社長はおかまいなしにスマートフォンを取り出し、手慣れた様子で画面をタップし始めた。


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じゃあ、いっそ…。

 

ふすまが静かに開き、料理が一品ずつ運ばれてくる。
「卓袱料理は、御鰭(おひれ=吸物)で始まり、梅椀(しるこ)で終わるのが一般的なコースです。」
橋本社長の丁寧な説明のもと、まずは澄んだ出汁の香りが立ちのぼる御鰭が供された。

 


湯気の向こうで、伊達木社長がふと天野次長の顔をまじまじと見つめる。

「やっぱり、あなただったわね」

唐突な一言に、天野と大杉が一瞬だけ緊張を走らせる。
「……おそらく、伊達木社長とお会いするのは初めてだと思いますが」
御鰭を静かに飲み干しながら、天野が丁寧に返す。

「いいえ。私、沖縄であなたの講演を聞いたのよ。通訳のヘッドホンなしでね」

「……ああ、OIST(沖縄科学技術大学院大学)の!」

「そう。JCIの渕上会長に誘われて。あの人、沖縄でホテル事業もやってるでしょ。うちも何棟か展開してるから、もう大の仲良し。
たしかテーマは『日本の再生は女性の活躍から』――痛快だったわよね」

 


 

「ご参加いただいて光栄です」と天野が微笑む。

「お世辞抜きで、あの場でいちばん印象に残ったのは、あなたの問題提起だったわ。場の空気を変えてた」

「恐縮です」

「で、受けるの?」

「……何を、ですか?」

「もう、白々しい。知ってるのよ、私。渕上さんから聞いたんだから。あなたをヘッドハンティングしたいって」

「ああ……そのお話は、一応お断りしたつもりですが」

「甘いわね。渕上さん、ぜーんぜん諦めてない」

「困ったなあ……」

「じゃあ、いっそ中を取って――」
伊達木がニヤリと笑う。

「うちに来ない?」

その瞬間、大杉主任が箸を置き、身を乗り出して叫んだ。
「なんでやねん!」とおどけて崩れ落ちる。

一瞬の間の後、三人の笑い声が静かな座敷に弾けた。

 


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マリア園

 

やがて料理が運ばれ始め、テーブルに和やかな空気が流れるなか、伊達木が口を開いた。

「……ところで、天野さんと大杉さんがお泊まりのホテル、“インディゴ長崎グラバーストリート”、もともとは『マリア園』っていう児童養護施設だったの、ご存じ?」

「マリア園……ですか?」と大杉主任が首をかしげた。

「そう。カトリック系の慈善施設よ。戦後の混乱期に“マリア会”という修道会が、恵まれない子どもたちのために建てたの。グラバー園や大浦天主堂のすぐ近くで、赤煉瓦造りの建物、こうもり天井、白い鎧戸にステンドグラス……ロマネスク様式の本当に美しい建物だった」

「確かに、文化財級の建築物を活用するのは簡単じゃありませんね」と天野がうなずいた。

「そうなの。耐震や景観保全、そして何より、あの斜面地に駐車場を確保するのが難題だった。でも……どうしても、あの場所を未来に残したかったの」

 



伊達木は一瞬言葉を切ると、静かに続けた。

「でね――表には出てないけど、いちばん支えてくれたのが……大阪ビジネスコンサルタンツの成瀬さんだったのよ」

その名前に、場の空気が変わった。
天野も大杉も、少し身を乗り出して聞き入る。

「何度も大阪から長崎に来てくれて。“この建物は、残す価値がある”って、まっすぐ言ってくれた。その言葉を信じたから、私は進めたの。どれだけコストがかさんでも、どれだけ行政が難しくても」

「……成瀬さん、らしいですね」と天野次長が大杉に目をやりながら言った。

「ほんとうにあの人は、“ものの価値”を見抜く人よね。建物も、土地も、そして人も」

そう言って、伊達木は、ひずんだ昔ながらのガラス窓越しに、そっと視線を移した。

 


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