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料亭「橋本」

 

急な雨の影響でやや渋滞したものの、20分ほどで料亭「橋本」に到着した。

 


玄関では、橋本の社長自らが出迎え、3人を一旦待合室へと案内した。



伊達木はハンドバッグを椅子に置き、名刺入れを取り出すと、天野次長の前に立った。

「申し遅れました。私、Forest Trust株式会社で社長をしております、伊達木と申します」

 

 

「大阪ビジネスコンサルタンツの天野です」
天野は名刺を受け取り、ふと視線を落としたその瞬間、心の中で思わず声を上げた。

(Forest Trust……あの、グローバルに不動産とホテル事業を展開している、あの会社の……)

表情には出さず、落ち着いた口調で応じた。

「雑誌の『週刊プラチナ』や『経営Woman』で、社長の記事を拝見したことがあります」

「まぁ、あんなの、ずいぶんカッコよく書かれてるけど……本物はもっとカッコいいのよ」
伊達木はウィンクを交えて冗談を飛ばし、すぐに「冗談よ、冗談」と笑いながら軽く手を振った。

やがて、3人は2階の個室に通された。

そこに橋本の社長が再度現れ、丁寧に頭を下げた。

 

「本日は、卓袱(しっぽく)形式でお食事を楽しんでいただきます」



「え、卓袱料理じゃないの?」と伊達木が反応する。

「はい、実は“卓袱料理”という名称自体、正確には料理名ではないんですよ。たとえば“フランス料理”のように、食事の形式やスタイルを指す言葉です」

「なるほど」

「長崎は新しいもの好きな土地柄。昔から中国料理と日本料理が互いに影響し合い、一つの大皿を皆で取り分ける文化が自然と育まれました。この“卓袱形式”は、朱塗りの円卓を囲み、身分の上下にかかわらず平等に食事を楽しめる合理的な形式として、特に町人文化の中で花開いたのです」

「すごく勉強になります」と大杉主任が素直に感嘆した。

 


このブログの内容はフィクションです。 実在の人物や団体などとは関係ありません。

予定、急遽変更。

 

17時25分。
天野次長と大杉主任はロビーで伊達木を待っていた。

「お二人、こっちよ、こっち!」
ホテルの玄関先から、あの女性が手を振って呼びかけている。

そのすぐ背後には、黒塗りのアルファードが音もなく停まっていた。
運転手がドアを開けると、伊達木が軽やかに先に乗り込む。

「さあ、さあ、乗って乗って!」

3人は、黒塗りのアルファードの後部座席に静かに身を沈めた。
スーッ……と音もなくスライドドアが閉まると、車は長崎の街へと滑るように動き出した。

昼間はあんなに晴れていたのに、いつの間にか空は雲に覆われ、小粒の雨が窓ガラスを叩き始めた。

「長崎は今日も雨だった……ね」
伊達木がぽつりと口にし、それから少し声を弾ませた。

「でも、雨の石畳って滑るのよ。特に坂道。タイヤも、人間も、ね」
とケラケラと楽しそうに笑う。



その笑い声は、長崎の湿った空気に不思議とよくなじみ、どこか懐かしさすら感じさせた。

外はまだ明るいが、雨に濡れた石畳は、車窓越しにぼんやりとにじむ。
車内にはしばし静寂が流れ、誰もがそれぞれの思いにふけっていた。

ただの夕食になるのか、それとも――
何かが動き出すきっかけになるのか。
誰にも、まだ分からなかった。

 


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秀吉さん、お久しぶりです。


なつかしい人との再会だ。

 

 

秀吉さんは、40年近く前から、「刀」一本のライダー。

一時期、リトラクタブルのホワイトに乗っていた記憶もある。

 

今の愛車も、もちろん「刀」。

もし自分が、左手の握力に自信があれば間違いなく買っていたバイクだ。

 

秀吉さんも還暦過ぎたのかな。

「今日も暑いですねぇ」と一言だけ残して、K-1へと入って行った。

 

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予定、急遽変更。

 

2人でチェックインの手続きをしていると、コンシェルジュの女性がこちらに近づいてきた。

「天野さまと大杉さまですね?」

「はい。そうですが」

「ただいま、伊達木がまいりますので、少々お待ちください」

と、間もなく姿を現したのは、一人の女性だった。
目鼻立ちの整った、堂々とした物腰。

 



「“大阪ビジネスコンサルタンツ”の方ね?」

「あ、はい。そうですが……」

「今夜の夕食、急に予定がキャンセルになってしまって。それでね、宿泊者名簿を眺めていたら、御社の名前と、女性の名前が目に入って――それで、千﨑さんに連絡を取っちゃったの。料亭橋本、すごく好きなお店でね、また行きたいと思っていたところだったの」

天野次長は、言葉を挟む間もなく圧倒されていた。

「では、お部屋で少しお休みいただいて、17時30分にロビー集合でよろしいかしら?」

「承知しました。大杉さんも、17時30分集合で」

「了解です」

エレベーターに向かいながら、大杉主任がボソリと漏らした。

「……あの人、いったい何者ですかね?」

「うーん、どこかで会ったことがあるような……いや、ビジネス誌か何かで見かけたような」

 


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予定、急遽変更。

 

タクシーに乗り込み、本日の宿泊先『ホテルインディゴ長崎グラバーストリート』へと向かう。
石畳の急な坂道をゴトゴトとのぼる道中、天野次長のスマートフォンが震えた。画面には「千﨑部長」の文字。

天野次長が通話ボタンを押すと、すぐにいつもの張りのある声が返ってきた。

「あ、千﨑です。ちょっと急で申し訳ないんだけど、今夜の夕食、予定をひとつ変更してもらえないかな」

「どういったご用件ですか?」

「要点だけ伝えるとね、お二人だけで食事してもらう予定だったんだけど、急遽、女性を一人加えていただきたいんです」

「女性…? ええ、問題はありませんけど。どんな方なんです?」

「まあ、会ってのお楽しみだけど、インディゴホテルの関係者の方です。個人的に大変お世話になった方でね。たまたま宿泊者リストに“大阪ビジネスコンサルタンツ”の名前を見つけたらしくて、私の携帯に連絡があったんですよ」

「なるほど」

「夕食が“料亭橋本”だと伝えたら、ぜひご一緒したいと。私のほうから料亭にも一名追加の連絡は済ませてます。まあ、ビジネスでなくプライベートなお願いだと思いますので、うまく頼みますよ」

「承知しました。お任せください」

通話を終えると、タクシーはホテルの正面にゆっくりと停車した。
急な坂道と石畳に囲まれたその場所は、ネットで見る以上に趣があり、どこか異国情緒すら感じさせる。

 



車を降りた大杉主任が、思わず息を漏らした。

「ネットで見てましたけど……立地も景色も、雰囲気も最高ですね。これはいいホテルだ」

「ええ、長崎らしいわね」


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長崎の「淳ちゃん事件」とは….

 

「では最後に、長崎の寿司文化にまつわる“事件”を一つご紹介しましょう。地元では“淳ちゃん事件”と呼ばれているんですが……」

「淳ちゃん事件?なんですかそれ」
と大杉主任が食いついた。

「もう半世紀以上前の話だそうです。転勤で長崎に引っ越してきた、東京育ちの小学校低学年の男の子――名前を淳司くんといいます。その子がある日、家族と一緒に寿司屋に行って、大好きな“鉄火巻”を頼んだんです」

「うんうん」
と大杉主任。

「ところが、出てきた鉄火巻を見て、彼は泣き崩れてしまった。“ちがう、ちがう”と」
と亀田主任。

「……え、なにそれ。なんで?」
と首をかしげる大杉主任の目の前に、1枚の写真が差し出された。

 

「……白い鉄火巻?」
と目を丸くする。

「なるほど……ブリ、ハマチ、ヒラス(ヒラマサ)というところですか」
と天野次長は会議室の天井を見ながら、何かを思案している様子。

 



「大杉さん、長崎では、10年くらい前までは、そもそも“マグロを食べる”という習慣自体があまり無かったのよ」
と天野次長が語り出す。

「へぇ、そうなんですか」

「今では、私の実家がある対馬でもマグロの養殖が盛ん。でも、ブランディングして都市部に出荷するのがほとんどで、地元で日常的に食べられてるわけじゃないの」

「マグロを食べない長崎……ちょっと意外ですね」

その時、天野次長がふと表情を引き締めた。

「亀田さん……私たち今、とんでもないことに足を突っ込みかけてる気がしませんか?」

「そうですね。これはもう――日本、いや世界を巻き込む“海洋資源未来図”ですよ」
と、亀田主任も冗談めかしながら、どこか確信めいた口調で応えた。

「次回、長崎を訪問される際は、『ながさきオーシャン・エコノミー』の代表、矢野先生をご紹介しましょう。きっと面白い話が聞けますよ」

「ぜひお願いします」
と天野次長が力強く答えた。

こうして、その日のすべての予定が、穏やかな夕方の空気のなかで締めくくられた。


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長崎の寿司文化

 

「これが、6月12日付の長崎市の評価シートです」
と亀田主任は、新しいページを開いて見せた。

『新産業・起業チャレンジ促進事業』としての位置づけ(2024年6月12日)
地場企業の事業拡大、新分野への展開


スタートアップの育成
地場企業×都市部企業等のマッチングによるオープンイノベーションの推進
新たなビジネスモデルによる起業促進・事業創出
これらを通じて、「新産業の“種”」を発掘・育成することを目的とする。


長崎の魚にまつわる話題でミーティングは思いのほか盛り上がり、ふと時計を見ると、すでに午後4時を回っていた。

「最後に、“長崎と寿司”の関係について少しだけ触れておきましょうか」
と亀田主任が、語り口を少し柔らかくした。

「長崎の寿司文化を総括するにはまだ材料が足りませんが……昔は“寿司といえば、家で家族みんなで寿司桶を囲むもの”だった。それが、今では“家族で回転寿司に出かけて楽しむもの”に変わった――そういう時代の移り変わりがあると思います」

「なるほど、それは分かりやすい変化ですね」
と天野次長が頷く。

 


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長崎「さしみシティ」プロジェクトの総括は…。

 

2024年6月11日 総括レポートより抜粋

「長崎の魚」の認知度向上に向けて、キャッチコピー・ロゴマーク「さしみシティ」を掲げ、全体のブランドプロモーションを進めているものの、観光客がイメージしやすい具体的なグルメとしてのプロモーションは十分でないため、具体的なグルメとしての「長崎の魚」の認知度の向上につながっていない。

読み終わると同時に、室内に微妙な沈黙が流れた。

「……ダ、ダメじゃないですか〜!」
思わず大杉主任が、声を上げてしまった。

「いや、ほんとに。惜しいところまでは来てるんでしょうけどね」
と天野次長が苦笑まじりにフォローする。

亀田主任も、少し照れたように頷きながら、
「課題は山積みです。でも、挑戦は始まったばかりですから」
と、ふたたび資料に目を落とした。

 



しばらく沈黙が続いたあと、亀田主任がふたたび立ち上がり、会議室のキャビネットへと向かった。
手に取ったのは、A4サイズの白い紙ファイル。背表紙には「おさかなサブスク」と、テプラが貼られている。

「こちらも、少しユニークな取り組みなんですが――」

ファイルを開いた亀田主任が説明を始めた。

「“おさかなサブスク”というのは、一言で言えば“パーソナライズされた魚の定期便”です。最新の冷凍技術『凍眠』を使って、鮮度とおいしさを保ったまま、魚種豊富な長崎の魚を個人向けにお届けする仕組みです」

 


刺身の組み合わせは月2回、利用者の自宅へ配送される。冷凍庫を開ければ、いつでも魚がある――そんな新しいライフスタイルを提案しているのだという。

「県内外の企業が連携して始めた“オープンイノベーション”の成果でもあります。いわば、長崎発の“魚の未来”を探るプロジェクトですね」
亀田主任はそう言って、にこりと笑った。

キャッチフレーズは、
「常備菜ならぬ“常備魚”。常に冷凍庫にさかながある生活。」

「直近の評価は、どうなんでしょうか?」
と天野次長がたずねた。


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長崎「さしみシティ」プロジェクト

 

長崎「さしみシティ」プロジェクト
予算:2,686万円
活動期間:2021年4月1日〜2024年3月31日



会議室のテーブルに広げられた資料を前に、亀田主任が静かに説明を始めた。

「この『さしみシティ』プロジェクトはですね、刺身をはじめとする“魚の美味しいまち・長崎”の魅力を、市民や企業など多様な主体が主体的にPRしていこう、というものです。市が主体ではなく、市民側が中心となり、市と協調して展開する地域ブランド事業として位置付けられています」

「つまり……住民参加型の魚推し、ということですね」
天野次長が要点を確認する。

「そうです、まさにその通りです」

「へぇ~」と大杉主任が声を漏らし、ページをめくる。

「すでに事業期間は終了しているようですが、総括などは行われたんでしょうか?」
天野次長が尋ねる。

「はい、こちらがその総括になります」
亀田主任はファイルの表紙をめくり、綴じられた1ページ目の記事を示した。


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では、教えていただきましょうか。

 

「では、亀田さんの“おすすめ寿司店”を3つ、ぜひ教えていただけますか?」
と大杉主任がたずねる。

「寿司店ですか?うーん……」
少し考え込んでから、亀田主任がぽつり。

「……正直言って、ここ10~15年ほど、寿司“専門店”には行ってませんね。回転寿司なら家族と行きますけど。あれも、けっこう美味しいと思いますよ」

「では、魚料理全般ではどうでしょう?お刺身でも海鮮丼でも構いません」
と天野次長がやんわりと畳みかける。

「魚料理ですか?うーん……」
再び沈黙が流れ、数秒後――

「どこの店も、うまいですよ。ほんとに」
と亀田主任が、まっすぐに言った。

「そうですよねぇ」
と天野次長と大杉主任が、思わず声をそろえる。

 



一瞬の静寂。ふいに天野次長が言葉を継いだ。

「こんなに魚が美味しいのに、なぜ金沢のように、県外の観光客にもっとPRしないんでしょうか?」

その問いに、亀田主任は一呼吸置いてから、静かに言った。

「正直に申し上げますと――長崎市がやってます」
そう言いながら、キャビネットから一冊のファイルを取り出し、ふたりに手渡してきた。


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