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―8月、K-1にて―


8月に入った。
俺はK-1を一往復したあと、木陰で休んでいた。
そこへθ(シータ)がやって来て、俺に声をかけてきた。

「山ちゃん、熱中症だな。熱中症。」

「いやいや、熱中症には若い頃、上海のゴルフ場で一度なったことがあるけど、こんなもんじゃないよ。」

θはニヤリと笑って言った。
「山ちゃんじゃないよ。タイヤ、タイヤ。フロントタイヤだってば。」

促されるまま、俺はCB650Rのフロントタイヤをのぞき込んだ。




「あー、こりゃそろそろ交換かな……」と俺がつぶやくと、θはわざとらしく周りに聞こえるような声で言った。

「そのタイヤ、山ちゃんのライディングの下手さ、如実に出てますなぁ。」

すると、周囲にいた仲間たちが次々と俺のバイクの前輪のあたりに集まってきた。
θが腕を組んで言う。

「『コース取りが悪い』、あるいは『前輪荷重が過ぎる』、もしくは『コーナーでハンドルに力を入れすぎ』……いや、山ちゃんの走りは、三つ全部乗せかもしれんな。」

「そんなことあるか?」と俺が言うと、
θは笑いながら、「みんなのバイクの前輪、見てみろよ」と言った。

言われるがまま、俺は他の5台のバイクを順に見て回った。
……本当に、どのタイヤもサイドが綺麗なもんだった。溶けてもいないし、荒れてもいない。

「だろ。」
θは満足そうな顔をしていた。

――8月の週末、俺は、ライディングの悪癖をまざまざと突きつけられたのだった。

 

 

このブログの内容はフィクションです。 実在の人物や団体などとは関係ありません。

 

ながさき地域戦略研究所

 

「大阪ビジネスコンサルタンツの天野次長と大杉主任ですね。お待ちしておりました」
迎えてくれたのは、主任調査役の亀田氏。落ち着いた声と柔らかな笑顔が印象的だった。

 



「千﨑部長から、今朝も念押しの電話がありましたよ。“質問には正直に答えろ”ってね」
亀田主任調査役は笑いながら、二人を会議室へと案内してくれた。

「千﨑部長とは、福岡で開催された九州道州制の会議で意気投合して、中洲に飲みに行ったのがきっかけで仲良くなったんです」

「そうなんですね」
と天野次長が相づちを打つ。

「でもね、千﨑さんは、こちらに飲み代を払わせてくれないんですよ。結果、こっちは“借り”ができた状態になる。その後、何年にもわたって、ちょこちょことお願いごとがくる。こっちも断れない。……そういう構図です」

「はい、それ、全国展開してますね。全国で」
と大杉主任がニヤリと笑う。

 



「全国ですか。さすが千﨑さん……」
亀田主任も笑いながら肩をすくめた。

ふと表情を引き締め、亀田主任が本題に戻す。

「ところで、今日のミーティングのテーマは“長崎の魚事情”としか伺っていないのですが」

「はい。私たち、先日仕事で金沢に行ってきまして、近江町市場でお寿司と海鮮丼をいただいたんです」
と天野次長。

「近江町市場ですか……。実は私もコロナ前に行きました」

「で、その帰りの新幹線の中で、ふと調べてみたんです。人口10万人あたりの寿司店の数で、石川、富山、福井――いわゆる北陸3県がトップ。長崎は10位でした」

「大健闘…ですかね。実感はあまりわきませんが」
と亀田主任が少し苦笑する。


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それは、好みの問題です。

 

「おっと、ちゃんぽん来ましたね」



「うわ、おいしそう!」
と大杉主任の目が輝く。

「個人的な意見ですが、長崎の街中華で“ちゃんぽん”がまずい店って、ないと思います。まぁ、好みの問題ではありますけどね」

「ほんとに美味しい!」
大杉主任は、一口食べて、うれしそうに、冷房の効いた店内で湯気の立つ器を見つめていた。

食事を終えた一行は、徒歩で10分ほどの場所にある「ながさき地域戦略研究所」へと向かった。昼下がりの陽ざしのなか、路面電車の音を聞きながら、静かな街並みを歩く。

「私はここで失礼します。すぐ近くに『ながさき漁業協同センター』がありますので、そちらに戻ります」
と上田さんが足を止めた。

「すみません、何から何まで……」
天野次長が深々と頭を下げる。

「いえいえ、お安い御用ですよ」
上田さんはにこやかに手を振り、そのまま歩き去っていった。

その足で「ながさき地域戦略研究所」の建物を訪れると、受付ロビーに人の気配があった。


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長崎ちゃんぽん!

 

「では、お昼を食べに行きましょう。田山社長からは、駅前あたりで“ちゃんぽん”でも、と伺っていますが……」

「それでお願いします」
天野次長が頷いた。

「四海楼か江山楼かなぁ……」
大杉主任が楽しそうにつぶやく。

駅の東口を抜け、高架橋を登ったところで、天野次長はふと立ち止まり、振り返って長崎駅を見た。



「“100年に一度の変革期”…かぁ。すごいなぁ、長崎」

駅前の高架橋を渡ってすぐの場所に、目的の店があった。



「『中華大八』……?」
思わず目を丸くする大杉主任。

「ここ、うちの事務所からも近いんで、よく来るんですよ」
上田さんが穏やかに笑う。

「ちゃんぽんで、いいですか?」

「はい、お願いします」

料理ができるまでの間、天野次長は上田さんと話し込んでいた。話題は、自然と弟のことに及んだ。

「正直に言いますとね、うち――ながさき漁業協同センターと対馬の『厳原トレーディング』さんとは、直接の取引や関係はあまりないんですよ。ただ、先代の田山社長とは個人的なお付き合いがありまして」

「私の父ですね」

「ええ。実は私、以前は長崎県庁の水産部に長く勤めていまして。対馬にも異動で2度赴任しました。その頃、先代の田山さんには、プライベートでもずいぶんお世話になりました」

「夜に飲み屋に呼び出されたりも、しょっちゅうで……」
と苦笑しながら続ける上田さん。

「それは、父がご迷惑をおかけしました」
天野次長が頭を下げる。

「いえいえ、とんでもないです」
と手を振る上田さん。

「でも……対馬に“日本のアナゴのプライスリーダー”がいるなんて、知ってる人はほとんどいないでしょうね」
そう語る目には、少し誇らしげな光があった。


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シン長崎県庁舎

 

次の見学先は、長崎県庁舎だった。「出島メッセ長崎」の横の道路の向かいにその堂々たる姿が見える。


 

2018年1月から、この新庁舎で業務が始まっています。8階には展望テラスと展望室がありますので、そちらに行ってみましょう」
と上田さんが案内してくれた。

8階に上がると、開放感のある空間が広がっていた。大きな窓の向こうには、港と街がゆったりと広がっている。

 


 

「眺めがいいですねぇ」
思わず、大杉主任がスマートフォンを取り出し、景色を撮影した。

天野次長と大杉主任は、しばし黙って長崎の街並みを見つめた。ガラス越しに見下ろすその風景は、まさに変革の只中にある都市の姿だった。

「これが、長崎の“100年に一度”の再開発か……」

 


天野次長がぽつりと呟く。その言葉には、素直な驚きと敬意がにじんでいた。

「あそこに見える大きな建物が、長崎スタジアム・シティですよね?」
と大杉主任が指を差す。



「はい、そうです。スタジアム・シティは、2024年10月14日――スポーツの日にグランドオープンしました。今回は見学される予定ですか?」
と上田さんが尋ねる。

「残念ながら、今回はスケジュールの都合で、見学の時間が取れなかったんです」
天野次長が少し残念そうに答えた。

「そうでしたか。ぜひ次回、足を運んでみてください。おそらく、民間が建てた最初の大型スポーツ施設です。地域振興にスポーツの力がどう活かされているのか、実際に体感できると思いますよ」

「そうですね。次は必ず伺いたいと思います」

天野次長の言葉には、既に期待がこもっていた。


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MICEとはナニ?


まず最初に案内されたのは、長崎駅西口と連結しているMICE施設だった。

「こちらが『出島メッセ長崎』です。2021年11月1日に開業しました」



案内役の上田さんが、手にしたメモ帳を見ながら懸命に説明してくれる。

「MICE(マイス)っていうのはご存じかもしれませんが、Meeting(会議)、Incentive Travel(報奨・研修旅行)、Convention(学術会議・業界会議など)、ExhibitionまたはEvent(展示会・イベント)の頭文字を取った言葉でして、ビジネスや政治、学術の分野で行われるイベントの総称です」

「2階には、約3,000人を収容できるコンベンションホールがあります。閣僚級の国際会議や全国規模の団体の大会も視野に入れた本格的な設計だそうです。1階には多目的なイベント・展示ホールがありますし、さらに、10人未満の会議から約600人規模まで対応できる大小24の会議室が整備されているんですよ。

「開業から最初の1年間、2022年11月1日までの利用者数は約66万人。目標を大きく上回ったそうです。コロナの影響もあった中で、これは大健闘だと思います」

 


 

そう語る上田さんの声には、地元に対する誇りのような響きがあった。

「というのも、この施設、建設段階で議会から2度も反対されて、かなり難航した“箱もの”だったんです。それだけに、成果が出て本当によかったですよ」

催事件数は学会や会議、展示イベントなどを合わせて1,662件。経済波及効果は約125億円。開業前の試算では約114億円だったそうで、それを上回る実績となったという。

「ただ、2023年や2024年の実績は、昨日ネットで調べたんですけど、ちょっと情報が見つからなくて……。すみません、事前に調べきれなくて」

「いえいえ、わざわざありがとうございます」と天野次長がやわらかく応じる。


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長崎へGO!


出張前日。
「大杉さん、合流は新幹線の車内にしましょう」と天野次長が言った。
「それと、現地のことは(長崎の)対馬にいる弟に聞いておくから、事前に調べなくても大丈夫よ」と続けた。

「了解です。」

出張初日。
天野次長は少し早めに新大阪駅に到着した。そして、何気なく自分がこれから乗る新幹線の発車標を見上げた。

「これだ…。新幹線ができて、鹿児島は近くなったと感じるのに、長崎がそう思われない理由は…」



新大阪駅の発車標には「鹿児島中央駅」の文字が並ぶ。しかし「長崎駅」が表示されることはない。JRで移動する限り、長崎は今も“遠い場所”のままなのだ。

新大阪6:00発、鹿児島中央行き新幹線「みずほ」に乗車。
車内で大杉主任と合流し、簡単な打ち合わせを行った。

 



博多には8:28着。早い。

博多駅で8:54発の在来線「リレーかもめ13号」に乗り換え、武雄温泉駅で10:01発の新幹線「かもめ13号」に対面乗り換えする。


 

「すごく静かで、乗り心地がいいですねぇ」と大杉主任が言った。
「弟曰く、日本一短い新幹線で、ほとんどがトンネルらしいわよ」
「へぇ~、それはちょっと残念ですね」

 



そんな会話をしているうちに、列車は長崎駅に到着した。10:32。

「新大阪から4時間半。お世辞にも“近い”とは言えないわね」

そう話しながら駅の改札を出ると、にこにこ顔の男性がこちらを見ていた。

 

 

「ながさき漁業協同センターの上田です。厳原(いずはら)トレーディングの田山社長から、駅周辺のご案内をするよう頼まれております」

「すみませーん。弟がお世話になっておりまして。今回ご無理をお願いしてしまって…」

「いえいえ、お安い御用です。さ、参りましょう」

そう言いながら、JR長崎駅の西口へと向かって歩き出した。

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西九州新幹線の謎

 

「どうしたんですか、樫本さん。何かお悩みで……?」

俺がそう声をかけると、樫本さんはパソコンのモニターをにらみながら、深いため息をついた。

「西九州新幹線の長崎ルートって、開通してますよねぇ?」

「もちろん。たしか2022年に開通したから、もう3年くらい経つよね」

「それが……チケットが買えないんですよ。チケットが」

「えぇっ? 買えないってどういうこと?」

俺と天野次長、大杉主任の3人が、慌てて樫本さんのパソコンを覗き込んでいると、タイミングよく成瀬代理が外出から戻ってきた。

「成瀬代理、西九州新幹線の長崎行きの切符って、新大阪から買えるよな?俺も、鹿児島行きの新幹線のチケット樫本さんに手配してもらったこともあるし。」

「はい。どうかされましたか?」

「いや、それがさ……西九州新幹線の通しチケットが、大阪じゃどうも買えないらしくて」

成瀬代理は、一瞬考えるような素振りを見せたあと、すとんと腑に落ちたようにうなずいた。

「ああ、そういうことですね」

「本当に買えないのか?」

「はい。というのも、西九州新幹線って、まだ“全線開通”してないんですよ」

「開通してない……?」

「佐賀県が建設に反対していて、博多〜武雄温泉間が未着工なんです。だから、博多か新鳥栖で在来線の特急に乗り換えて、武雄温泉駅でようやく新幹線に乗れるんです」

「……なに、それ……」

俺たちは一斉に顔を見合わせた。

 



「なるほど。部長が“あえて新幹線で行け”って言ったのは、そういうことか」

天野次長が、小さくつぶやく。

「一筋縄ではいかない、っていう意味だったんですね」

 

「新幹線ができて、鹿児島が近くなったという雰囲気はあるけど、長崎にはそれが全くないもんな」と俺は思わずつぶやいた。。

「それもまた、“長崎らしさ”かもしれませんね」

そう言って、大杉主任が微笑む。

「……諸々含めて――」

天野次長は、ゆっくりと席を立ち、天井を仰ぎ見ながら言い放った。

「40年ぶりに、故郷・長崎へ行ってまいりますわ!」



次長らの長崎出張を応援する雰囲気が、自然とその場に沸き起こった。


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―K-1の夏―


さて、夏本番。
K-1では、俺もすっかり早朝組の一員となった。

朝8時前にはK-1へ上がり、10時前には下山。
下界の道路はまだ空いているし、何より昼の灼熱に比べれば、ずっと走りやすい。

本日のバトル相手は――
K-1の重鎮のひとり、「サムちゃん」である。

コースは、K-1の下り1本勝負。

……結果は、惨敗も惨敗。

ちなみに、サムちゃんの愛車はホンダ・ホーネット250。
4気筒とはいえ、キャブレター仕様の旧車だ。
タイヤはメッツラー。ホイールは17インチに換装済み。

 


異常に速いホーネット250

そんなクォーターに、もう見えなくなるまで引き離された。はい。
とにかく、コーナリングが鋭すぎる。

K-1復帰後の俺の戦歴――
0勝9敗」連敗記録、絶賛更新中。


うーん……上りなら、ワンチャンあると思うんだけどなぁ。
いや、それも負け惜しみか。

あ、ちなみに言い忘れたけど――
サムちゃんも、アラ還ライダーです。

 

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長崎のお泊りは…。

 

その日の午後――。

「吉報です」

千﨑部長が、にこやかな顔で天野次長と大杉主任に声をかけた。

「宿泊は『ホテルインディゴ長崎グラバーストリート』が取れました。
まあ、今の長崎では、最高のホテルだと思いますよ」

「ホテル……インディゴ?」
天野次長が首をかしげながら、さっそくノートPCを開いて検索する。

「「ホテルインディゴ長崎グラバーストリート」は、国選定の重要伝統的建造物群保存地区に指定された建物を、リノベーションして誕生したホテルらしいわ」

「まるでタイムスリップしたような異国情緒あふれるユニークなホテルが、そこに――」

 

 

 


 

「うわ、スゴっ!」
画面を覗き込んだ大杉主任が、思わず声を上げる。

「ずいぶん……古そうなホテルですねぇ」

「古い洋館をリノベーションした感じね。こういうの、ワクワクするわ」

天野次長の胸の内には、懐かしさと高揚感がふつふつと湧き上がっていた。

「う~ん……」
席の向こうから、微かなうめき声が聞こえてくる。

「どうしたの、樫本さん?」


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