いざ、K-1へ。
梅雨が明けたと思われる、7月のある朝。
俺は自宅で、K-1に向けての準備をしていた。
リビングでは、妻の華がスマホをいじりながら、ちらちらと俺の様子を見ている。
「…あら、今日はヘルメット変えるのね」

そう。今日はいつもの黒とグレーの地味なヘルメットじゃなくて、白地に赤のストライプ――『巨摩 郡(こま・ぐん)』カラーの新しいヘルメットを選んだ。
【ちょっとブレイク】
『バリバリ伝説』の主人公「巨摩 郡」――。
80年代のバイク漫画といえば、今の50代カムバックライダーの多くがこの名前を思い浮かべるはずだ。
1983年、「週刊少年マガジン」で連載が始まり、91年まで続いた名作。まさに日本のバイクブームの真っただ中に描かれた物語だった。
峠を攻める高校生ライダー・グンは、その卓越したライディングセンスで数々のライバルを打ち破り、仲間に支えられながらストリートから全日本選手権、やがて世界GPの舞台へと登っていく――。
そんな、熱くて、まっすぐなバイクストーリーだ。
――話を戻そう。
妻の華は、当然ながら巨摩 郡のことなんて知らない。
「まあ、どうでもいいけど…気合い入りすぎて転ばないでよね」
苦笑いしながら、俺はうなずいた。
「はいはい、分かってますって」
そう言いながら、俺は家の敷地内にある納屋へと足を運ぶ。
――おそらく、今日は俺とCB650Rにとって、ひとつの節目になる日だ。
巨摩カラーの真新しいヘルメットをかぶり、革のグローブをしっかりとはめる。そして、CBのエンジンに火を入れた。
「相変わらず、いい音だな……」
思わず独りごちて、ふっとニヤける。胸の奥がじんわりと熱くなる。
スタンドを払ってギアを一速に入れる。むろん、Eクラッチだからクラッチを切る必要なんてない。
「よし、行くぜぃ」
俺はハンドルを切り、K-1へと向かう道を走り出した――。
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