地域戦略部には戦略が無い(82) | cb650r-eのブログ

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戦後80年。市長の想い

 

「戦後80年。市長として、どのような想いをお持ちですか?」と千﨑部長が問う。

 


「今年は太平洋戦争終結からちょうど80年。私たちが享受している平和は、多くの犠牲の上に築かれたものです。そのことを忘れてはならない。石垣島から世界に向けて、恒久平和を訴え続ける。それが、我々に課せられた責任だと考えています」

「国防や有事への備えについては?」

「もちろん、平和を願う一方で、万一の事態に備えるのも行政の責務です。感情論だけでは住民は守れませんから」

重く、そして真っ直ぐな言葉だった。

「地域産業の振興にも力を入れておられるようですね」

「ええ。農業では『チャレンジ畑人(はるさー)事業』を立ち上げ、新たな作物――たとえばアボカドやドリアンといった高付加価値作物の栽培を支援しています。若手農家への後押しにもなっていますよ」

「観光とインフラ面の展望は?」

「2025年度にはクルーズターミナルが稼働予定です。並行して雨水対策や無電柱化も進めています。住みよい石垣を築くには、どれも欠かせない布石です」

「教育と医療については?」

「子どもたちの未来を守るためには、教育の環境整備が必要です。英語力を伸ばすため、外国語支援員の増員とAI教材『World Classroom』の導入を進めました。医療では、島外通院を強いられる患者さんの負担を軽減すべく、通院費助成制度を拡充しています。臓器移植や希少疾患の子どもたちにも、確実に支援が届くようにしたいのです」

市長の視線は遠くを見据えていた。
その先に描かれているのは、理想論ではなく、具体的で現実的な“未来の石垣島”だった。

わずか15分の面談だったが、国境を抱える離島のトップが背負う覚悟と責任感。それが、ひしひしと伝わってきた。

俺は、ただ感心するばかりだった。

 

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