暑中 湯浴み行水、夏の風呂
会社の帰り道に時折、あんこのたっぷり入った大判焼き(地方によっては今川焼きとか回転焼きと云う?)を売る露店が出る。この店の兄さんは体重100キロを超えると思われる体格に加えてかなりのいかつい風貌で、気安く一般人が話しかけるには難易度が高そうだが、ちょくちょく寄っては買ううちに、私とはいつの頃からかちょっとした世間話も交わす顔なじみだ。
先日も、夏の仕事上がりに風呂を一浴びするのはいいもんだと話をしていたところ、ある銭湯に話がおよび、
「あそこの銭湯は恐いんだぜー」などと云う。
ごつい兄さんが怖がるのは何かと思うと、原因は他の客の爺さんたちなのだという。
「あそこのお湯はいつもすっごい熱いんだよ。だからオレが水入れてぬるくしようとしていたら、ある爺さんがよ、『こらっ、小僧! 何すんだ!!』って叱りつけてきてよ、オレびびっちまったんだけど、小僧って・・、おれとっくに30過ぎてんだぜえ」
あの兄さんを一喝して縮み上がらせる爺さんの迫力もどんなものだろうと興味のあるところだが、どうも年寄りは一般的に熱い風呂が好きなようである。
ある本で読んだところでは適温に感じられるお湯の温度と年齢には相関関係があるらしく、もちろん個人差や体調の差はあるものの、若いうちは40度から42度くらいが適温と思われても、およそ50代で43度、60で44度、65以降は45度でも平気と言うことになるらしい。45度以上なんて熱湯風呂のように思えるが、年齢とともに人体の温感センサーもまた変化してくるものなのだろう。
もっとも私が思うには風呂の適温は季節の気温とも関係があって、冬場は42度が適温でも盛夏は38度くらいでも十分なのではないだろうか。夏場はぬるめの風呂にゆっくりつかって、暑さに耐えて頑張った一日の疲れをとるのがいいように思うのだけれど、家族に家の(お節介な)全自動湯温調整の風呂の設定温度を変更することを提案したら、私以外みんな絶対反対であえなく却下されてしまった。
うちの家族年齢構成は年寄りなどいない。なのに、夏場でも熱い風呂にはいらないと入った気がしないとは。
そこで今は風呂の温度を40度か41度にするかで折衝中であるのだけれど、多少の温度設定はどうあれ、夕時の一浴びの楽しさは変わらない。
夏場、私たちは昼日中暑さと冷房による体の負担に耐えて働いた後、夕時には風呂で汗を流してリフレッシュして、夜はまた別の人生を楽しむのだ。
パートタイム廃墟のデジャ・ヴ
時折、人や車の流れがぱたりと失せた、日曜のオフィス街や物流基地、工場地帯といった週末だけの廃墟を散歩してみることがある。
なにも廃墟の魅力が語られることは今に始まったことでも珍しいことでもないが、人の気配の失せた現代の遺跡群が見せる表情は、文明消滅後の退廃した未来世界にも見えないこともない。ただそれだけでは空想としても極めてありふれて凡庸なものであり、仮にそんなテーマで何か書いたところで「陳腐」の一言であしらわれてしまうことだろう。
それでも週末のゴーストタウンに立つたびに、私は妙な既視感にとらわれることがある。 既視感などというものは記憶の不整合以上に現実的な根拠などあるわけもないのだろうが、ありもしない既視の元を探るうちに、既視感はいつの間にか反対に予見視であるような錯覚にまで広がってくる。つまり、これから人間の失せた週末廃墟を出て、いつもの空間だと思って戻ったところがやはり人の気配のない現代の廃墟であるという想像である。日常に戻ったはずが、現代の廃墟という非日常世界はどこまでも広がっていて、いつの間にか非日常の中にかつての日常の世界を求めて彷徨うことになるのではないか。そんな錯覚を覚えるのである。
しかも錯覚の中では私は世界のたった一人の傍観者として、ただ人の消えた世界を眺めていく存在であるらしい。人のいない世界に日が昇り大地やビル群や海原を照らし、何事もなくまた夜が巡り来る静謐にしてひたすら平穏な世界。
もちろん人間は完全な孤独のうちには生きていけないから、こんな想像はもはや妄想に近い。だが、心の内奥に同じようなイメージを共有できる人は案外多いような気もする。それが私たちの生きる社会へ不安や焦燥の現れなのか、高度に複雑化しますます高速化する社会への反対願望なのかは正直わからない。ただ、廃墟にあってひたすら静かで穏やかな世界と向き合うことができる気がするから、また静かに自分の内奥に向き合うことができるような気がするから、廃墟へ散歩に出かけるのかもしれない。
散歩の魅力が自己の発するはかない想念のうちにに一時身を浸すことだとすれば、臨時廃墟の探訪は、手軽な自己探訪の旅でもある。
熱帯夜に遠い冬の記憶を語る
連日蒸し暑い日が続いている。高温多湿の身体への負担は耐え難いものがあるが、ここはせめても記事くらい涼しいことを書いて、涼やかに暮らす一助としたいと思う。
(その1 氷湖の記憶)
幾日も冷たい晴天が続き、硬質な大気の底ではいつの間にか雪と氷が同化して
沼の氷が鏡のように磨き上げられていたある冬のこと。凍った沼を滑るように歩いて横切る途中、氷の薄い部分を踏み割って水に落ちた。沈んでいく体、無音の世界。氷を透過する青い光が美しい。水の中から見る氷の厚さは一様でなく、薄いところから青い日が水の中にもぐりこんで濃藍の世界にパステル光の柱を立てるようだ。
(その2 雪中の柱)
ある雪深い晩、タクシーで帰ればいいものを、私は酔いで高ぶった気分に任せておよそ四キロの夜道を歩いて帰った。 体を締め付けるような寒さは内臓の収斂を引き起こしたのだろうか、それとも単に大食い大酒が過ぎたのであろうか。
道の途中でどうしようもなく一時の猶予もない自然の叫びに襲われて、それ以上歩みを進めることが困難な状況に陥ってしまった。一歩ごとに忍耐ポイントは失われ、世界の破滅まで許される歩数はおよそ50歩と判断されたとき、私は一切の迷いを捨て公共施設の敷地に飛び込んで、なんとか事なき(?)を得たのだった。後方の雪中には巨大な塩(?)の柱があった事は確かだが、このようなときには決して振り返ってはならないのだ。
ほら、確か有名な話にもあるではないか。ソドムの町が滅ぶとき、ただ一人ロトは妻を連れて町を脱出することを神に許されたが、見てはならないという戒めに逆らい町を振り返り見しロトの妻は糞の柱となりぬ。(創世記第19章)
・・・このように冬の寒さは私たちに思いもかけない事態をもたらすことがある。私も今想像するだけでも身の毛がよだつ。それを思えば人は少しくらい暑いというだけで不平を言ってはいけないのかもしれない。
そんな眺めに一瞬我を忘れて見とれるが、すぐに水をけって上を目指し、幸いにも氷の裂け目から這い上がることができたが、死と隣り合わせの状況にいたことに思いが至ったのはだいぶ経ってからのことだ。
今も音のない光と水だけの氷下の世界の底に横たわる自分の光景が脳裏に浮かぶことがある。きっとそれは氷下の世界に魅入られて置いてきた自分の一部としての記憶なのかもしれない。
おサルでアーメン
彼は悩んでいた。。。
もっとも、彼の元には絶えずひっきりなしに人間の願いや許しを請うメッセージやら思念派が送られてきてはいるのだが、彼の役目はこの世界を外から眺めて人間の愚かさを哀れむことであり、そのほかに特に何をするというものでもない。これまで積極的に人間世界に関与してこなかった彼ではあるが、絶えず送りつけられる嘆きの山に、そろそろかわいそうな人間に憐憫を垂れてやろうかという気を起こしたのが彼の悩み始まりなのである。
とはいえ、人間の不幸の原因とその対処法はわかりきっていた。人間はその発達した精神活動により、環境を変え、産業文化を生み、余計なことを考えすぎ、それがまた結局のところ自らの生存環境を危うくしては悩みを増やしているのは明らかなのだから、この発達しすぎた精神活動をぜい弱にしてやれば、人間の外的・内的悩みはすべて消滅する。
つまり精神活動が退行し、着の身着のまま、木の実を拾って世過ぎ身過ぎをする猿人並みに退化した人間には、きっと環境破壊も対人関係の悩みもなくなることだろう。その結果たまに他の動物に食われたり、病気で木の実拾いにいけなくなって餓死する人間がいても、それはそれだけ、そいうものなのだ。
ただ、彼が悩んでいるのは、そんな新しい人間の活動様式の是非でなく、彼自身のことであった。なぜなら彼を創り出し、存続させているのは彼を想像し崇める人間の精神活動に他ならないから、人間の精神活動の衰退は彼自身の存在基盤を脅かすことになるのだ。 そこで彼は野生回帰した人間が、彼のこと、すなわち「神」という概念を維持できるか、まずサル山の猿で試してみることにしたのだ。
実際のところ近年お猿の群れの中に意味不明な儀式を執り行うような行動が見られることが報告されているが、実はこれは神の手により猿キリストや猿ヨハネ、猿モーゼが生まれつつあることの表れであったのである。
精神退行した人類がなお神を崇める行為を維持できれば人間の想像の産物であるところの神もまた存在しうる。サルの祈りは人間を救う神の賭けとも実験ともいえる。
はたしてサルの祈りは、人類の未来をすくうことになるのだろうか。だが、それよりもおサルが神様を盾に争いや分断という不幸の種を作ったりしないようにだけは祈りたいものだ。人間みたいに。
風に飛ばされた栞
このところ、梅雨後半に特有の気圧配置のせいか、
南の海側から風が吹く日が多い。
昨日も街路樹や建物のシルエットが暮れ色の中で刻々と貌を変えていく間を歩いていると、海からの風が流れ込んで、街中は淡い磯のような香りに包まれた。
私は重い湿り気を帯びた空気のなかを歩くのに胸苦しさを覚えたが、
この息苦しさの原因は空気にあるというよりも、
実は私のよみがえった過去の記憶にあった。
先日、読書を中断したまま何年もたって、また読み直そうとした本に何年も前のまま栞(しおり)がはさんであったのを見つけたのだけれど、どうしたわけか予期せず何年も前に栞をはさんだだときの事件や心のわだかまりまでよみがえって、すっかり私は困惑してしまったのだった。
栞が読書の再開地点を示すのみならず、止まっていた記憶まで再開するとは思ってもみなかった。その時やろうとした後悔、やらなかった後悔が私をさいなみ本を読み直すどころではなくなってしまっていたのだ。
それでも混乱した記憶を振り払うように街中を歩き回っていると好き勝手放題に吹き抜ける風が、私の記憶の亡霊を少し吹き払ってくれたような気がした。
栞のページから記憶と読書を再開するのも
栞をとり払ってまた新しくやり直すのも
また気になる部分に栞をはさんで先に進むのも、
今の私には様々な選択肢があるはずだ。
困難な事態への柔軟な対応も時間が醸成してくれるものなのだ。
実際人生には時間をかけないとわからないこともまた多い。
本にだけではなく、気になる人生の一ページにはさんでは
先に進んでみることに使う栞というのもまた、どうやらあるらしい。
軽い混乱はおさまって、出かけるときよりもほっとした気分で家に帰ったのだけれど、外出の間に窓から吹き込んだ南風が開いた本のページを散らして、
はさんであった栞は、もう本の外に飛ばされてしまっていたのだった。
雨にぬれても
6月も最後の日曜日。朝起きると本降りの強い雨が降っていた。
手紙をポストに投函するために外に出たのだが、電子メールの時代に手紙というレトロな通信手段を講じるために雨の日に傘を差してポストまで歩いていくのだ。こんな効率的でも合理的でもない行為がかえって日常に楽しみを濃くしてくれるような気がする。 降りしきる雨粒の間断なく木立の葉を叩く音が爽快だ。
傘のうちから白い糸を引くような雨筋を眺めているうちに次第に気分が高揚し、手紙を出すだけの外出はいつの間にか公園や野原、木立を辿る雨降りの散歩に変わってしまったのも当然の成り行きだ。
木々の下をくぐり、水たまりを飛び越え、葉の上のカタツムリに挨拶して歩く雨の道は梅雨時にだけ許されたとびきりのアトラクションでもある。
イタリア人に生まれれば良かった!?...ユーモアと世界観
ブログとはいえ、なるべくベタな話は書かないようにしてはいるのだけれど、今日はベタな本の紹介をさせていただくのをお許しいただきたい。
好きで読む本であり趣味の読書とはいえ、いつか読書も型にはまった義務の色を帯びて、自らに苦労と努力を勉め強いるものになってしまう事がある。いやでも努力することが必要な場面というものはあるものだが、機械的な義務と努力は自分を解放することにはならない。
私たちは生きるために日々避けがたい苦役を伴う日常を送っているが、自らの蒙を晴らし自由の扉を開けるべき読書までが苦役の色を帯びたらそれは独房1号室から2号室に移るだけの行為になってしまう。
読書も知的欲求を満たすことも大切だけれど、楽しいこと、理性だけでなく心を伸びやかに解放してくれるものが必要だ。私はそれはひとつはユーモアであると確信する。
さて、フランス人作家シャルル・エクスブライヤによるこの写真の本は、イタリア人のロメオ警部のユーモアミステリーである。
チューインガムとスパゲッティ、およびキャンティ(イタリアの地場もののワイン)とコカコーラもそれぞれ、アメリカとイタリアの象徴であり、世界に冠たる現代アメリカ的文化と古いヨーロッパ文化の対決と読めないこともない。
ロメオとジュリエットの舞台となったイタリアはヴェローナの街の警部である主人公のロメオ・タルキーニは、ずんぐりむっくり体型にカイゼルひげ、愛情豊かな大家族に囲まれて暮らす、過剰な感情表現と想像力の持ち主である。
厳格な合理主義と権力を信奉して疑わないアメリカの冷酷な社会に対する、正義感と愛情表現たっぷりのデフォルメされたイタリア人ロメオ・タルキーニの衝突から生まれるドタバタは文句なしに面白い。
ロメオ警部は金で正義もねじ曲げようとするボストンの名士に向かってこんなことを言う。
「わたしたちイタリア人はあなたがたアメリカ人と違って貧しい。わたしたちは貧乏になれている。だから金を持たないことはわたしたちにはなんでもない。わたしたちは他のものに意味を求める。愛に、友情に、自分が立派な男だと、あるいは立派な女だと言えることに・・・・あなたの目には子供じみて見えるかもしれないが、そのような喜びが私たちには、あなたが金で手に入れている贅沢や権利にも匹敵するのだ・・・・考えてもみなさい、私たちはあなたよりもゆたかだといえる・・・・。」
いかなる場面でもロメオ警部は一貫して愛の意味を説き、その結果厳格な一家にも人間味を取り戻し、卑劣な行為をたしなめ、虐げられた者の名誉を回復して、事件を解決していくこの過程は痛快だ。
そればかりか、日本人の私までアメリカ的単純な価値簡に引きずられて経済効率至上主義で人間味をなくしていく社会を恥じたくなってくる。
なんで私もまたイタリアに生まれなかったのか!?
ユーモアとは世界観の現われだと云ったのは確かミヒャエ・エンデだったろうか。
たしかエンデもまた、一時期イタリアに居を構えて仕事をしていた。
ともすると理想主義者は平凡な事実を軽んじることがあり、また一方で合理的な実務家は現象と実利しか見ないものだけれど、立派な道徳家で企業家がかげでインキンタムシと家庭の不倫騒動に悩むこともあるだろう。理想主義者か現実家でそのとらえかたは変わるだろうが、ユーモアはこの両方を受け入れる。
人間は理性のあり方によって高尚な存在にもなると同時に極めて情けない存在でもあるが、この全部を包含して明るく受け入れることこそユーモアである。
ユーモアは世界観を広げて窮屈な生きづらい世界にとらわれた心をほんの少しゆるめて楽にしてくれる。
(残念ながら両書とも現在は廃刊となっているので、図書館か古書店で入手していただきたい)
蚊除けの夏、日本の夏
気温が上がるとともに不意に蚊の襲撃に遭うことも増えてきた。
たかが蚊ではあるが、温暖化とともにこれまでは熱帯特有と思われていた
マラリアやデング熱などの伝染病を媒介する蚊の出現するリスクが
上がってきたとも言われているから、油断はならない。
なんでも、江戸時代には『蚊除け男』という職業があって、
夜釣りや夜間の外出をする旦那のそばに寄り添い
自らに蚊を引き寄せては旦那を虫刺されの煩いから守るというものだったそうだ。
自分に蚊を積極的に寄せ集めるところに蚊除け男の価値はあるわけだから、
蚊を追い払ったり叩いたりするのはご法度で、さらに「業界規定」でもって
蚊除け男はふんどしとほおかむりの手拭い以外着用不可とされていた。
どんな仕事でも相応の厳しさというものがあるのだ。
それはともかく先日最近話題のB型本のたわいもない話で宴会が盛り上がり、
うちのオフィスもなぜかB型が多いために血液型と職業適性の話になった。
さらに、B型はもっとも蚊に刺されやすいとあったから、
江戸の優秀な蚊除け男もB型だったのだろうか。
この本が江戸時代にあったら、B型人間にお勧めの職業は
蚊除け男ということになったのかもしれない。
なお、B型を含めたうちの家族の中で圧倒的に蚊に刺されまくるのはA型の私である。かの本によればA型は最も蚊が寄らないはずなのに、
毎夏A型天然蚊除け男と化す私の周りで、 家族はいつも涼しい顔をしている。
通勤テロリスト
人混みや駅の構内でのトラブルがあとを絶たないらしい。
先日も会社の近所の駅の階段で駅員が突き飛ばされ、また
酔客が些細なことから口論の末ナイフを突きつけられて
怪我をする事件が起きた。
と思っていたらまた女が人に切りつけて逃げた。
都市は人が多すぎるうえに、人々はイラついて互いに不機嫌な
顔をしてすれ違う雑踏は誰にとっても不気味で不快な空間だ。
何を勘違いしてか刃物を持ち歩く者も中にはいるのだろう。
実は、先日私も出勤途上、社会的に許されざる凶器を携えて歩いてみた。
たしかに満員電車も雑踏もいつもとは眺めが違う。
態度の悪いワカゾーも横柄に人を押しのけて歩くオヤジもごみや虫の
ように見えてくる。
「いざとなったら、こいつがものを言うぜ。」
凶器を目にして態度を一変して慌てふためく連中を想像するだけでも
快感だ。
実は私のカバンにはその日の健康診断に提出する検便セットが二つ
収まっていたのだ。
「おまえら、気安く寄るんじゃねえ! おれはな、
ウンコ持ってるんだぞ!ウンコだぞ!」
私は凶器(ウンコ)の収まったカバンを持ち悠然と雑踏を睥睨した。
「ふっ、オレって最強?」
もちろん、簡単に凶器を振り回すような愚をおかす私ではない。。。



