いつのまにか前の更新から1年も経ってしまいました。

ひっそりと、自己満足で始めたブログです。

この仕事に就いて4年目になりますが、原点となったあの日々のことを忘れずにいよう、

そんな気持ちで少しずつ綴っていきたいと思っています。


******************


東北大会の表彰式。

舞台の前には、各県ごとに会議用の細長いテーブルが並べられ

クロスがかけられていました。


そのテーブルに、マユさん、サカさん、千秋さん、由実さん、そして私が着き

表彰式が始まるのを待っていました。


みんな、笑顔でした。


「早く、始まらないかな~」

「大丈夫、私たちの中から必ず代表3名に入るよ」

「楽しみだね」


表彰式がこんなに待ち遠しいのは初めてでした。

私たちは、練習したものを全部出してやり遂げた達成感と満足感に浸っていました。

今までは頑張った分まで、結果はついてきました。

今回も確かな手ごたえを感じ、全員が同じ想いでいました。


「それでは、成績を発表します」


思わず背筋が伸びました。


どうなんだろう・・・。


「まず、入賞は・・・○○県○○地区代表・・・・・様!」


暗算で消費税までその場で計算していた、銀行マンさんです。


私たちの名前が出るのは、まだまだ。

だって、全国大会に進む上位3名で呼ばれるはずだもの。

昨年全国大会に行っているマユさんからお墨付きをもらっているし・・・。


「続いての入賞は、△△県、○○地区代表、・・・・様」


「では、第3位」


よしっ。


「○△県、○○地区代表、・・・・・・様!」


あれ?


・・・違う地区の選手でした。


「準優勝は、○○県、・・・地区代表、・・・・・様!」


・・・違う。


何かが違う。だって、いいと思った選手が誰も呼ばれない・・・・


「ではいよいよ優勝です!」


待って、待って・・・・違う・・・・


「最優秀賞は・・・○△県、△△地区代表、・・・・・・様!おめでとうございます!」




私たちはショックのあまり、しばらく声も出ませんでした。


「・・・うそ」


サカさんが口を開きました。


「どうして、あの人が入ったの?」


「どこがよかったの?」


「なんで?なんであの人が優勝なの?」


混乱していました。


自分ひとりの評価ならいざ知らず、こうやって5人も集まって皆が同じ結果を信じていたのに

それがもろくも崩れ去ったのです。


いくら悔しがっても、結果は覆らない。


私たちは深い絶望感に打ちのめされました。



・・・今まで信じてやってきたことは何だったんだろう。


感じがいいねと褒められて、もっと上手くなりたい、もっと感じがいいと言われたい、

そう思い続けて練習してきたのに、どこが悪かったんたろう。


事前研修の時に「声が出ていない」と言われて練習したつもりだったけど

全然声が出ていなかったんだろうか。


これでいいと思ってやってきたことは、実は大きく外れていたことじゃなかったのか。


とんでもない勘違いを私たちはしていたんじゃないか。





『おまえ、いい気になるんじゃないよ。コンクールで全国大会に行こうなんて、とんだ思い上がりだ』




・・・自分の全てを否定され、そう言われたような気がして、私はその場から動けませんでした。








※このブログは登場する方々の氏名を一部変えて掲載しています。




ステージに一歩踏み出すと、ぱあっとライトが私に当たりました。


その明るさに包まれていながらも、客席はよく見えます。


まっすぐ前を向いたその先に、マユさんが座っているのが目に入りました。


マユさんは私に向かって『よし!頑張れ!』とでも言うように


大きく頷きました。


私もそれを受けてこっくりと頷くと、ステージにある競技席に着きました。


目の前にある電話機がライトを浴びて、反射して光っています。


ゆっくりと机の上を見回すと、メモ用紙と鉛筆がありました。


よし。


電話機を扱いやすいよう、いつものように自分の正面少し左に動かしました。


よし。


鼓動が頭の後ろまで来ています。


深呼吸をひとつ。


受話器を上げ、ゆっくりと『1』をダイヤル。


指が震えます。


トゥルルル・・・。


「はい」


相手が出ました。


「私は、○○番です」


思いっきりの笑顔・・のつもりでしたが、おそらく引きつっていたでしょう。


受話器を戻すときも手が震えて、カタカタと小さな音がマイクに入りました。


は、恥ずかしい・・。


でも、もう後戻りできません。


トゥルルルル・・・トゥルルル・・・


電話がかかってきました!


「はい!池袋事務機でございます!」


第一声は無事に出ました。よかった。


「コピー機の調子が悪いのですね。かしこまりました」


大丈夫。きちんと発声できてる。


「そうしますと、トナーは詰め替えてお使いいただけますので、よろしかったら・・」


ここまで失敗はなし。


次にお客様がAかB、どちらかの用件を言います。


どっちが来るの?ドキドキ・・・。



ステージの競技席で応対をしているうちに、不思議なほど段々と落ち着いてきて


マユさんが目を閉じて私の応対を頷きながら聞いてくれているのが見えました。


客席の人の顔が全部見えます。


自分の声がマイクを通して、会場中に響き渡っているのが聞こえます。


競技は着々と進んでいるのに、なぜかゆったりと時間が流れているような


そんな錯覚に陥りました。




「・・ありがとうございました。失礼いたします」


静かに受話器を置いて終話。


・・・どうだったんだろう?


ねえ、マユさん、私よかった?うまく応対できてた?


受話器に手をかけたままマユさんを見ると、にっこりと笑ってくれました。


・・・よかった!


よかったんだ!嬉しい!


にっこり笑って競技席から一礼し、ステージの袖から会場に入りました。


足早にマユさんの隣に座るとマユさんは


『うん、よかったよ!目を閉じて聞いていたけど、わかりやすい説明だったし

目の前にその光景が見えるようだった』


「本当に~?よかった~!」


マユさんと手を取り合い、まるでもう優勝したかのようにはしゃぎました。



・・・よかった。


今までやってきたことはムダじゃなかったんだ。


私だってやれば出来るじゃない。


これまでよく頑張ってきたよね、私。


私は初めてコンクールに参加したことを思い出しながら、一人感慨にひたっていました。


そうこうしているうちに、サカさんも千秋さんも由実さんも競技を終えて

会場に集まってきました。


私たちは充実感と達成感に満ちていました。


特にも、東北大会という大きな大会で、代表5人で頑張ってきたという自負がありました。


アドバイスし合い、練習相手を務め、お互い切磋琢磨してきたのです。


『こんなに頑張ったんだから、私たちのうち必ず全国大会に進むよね!』


表彰式が待ち遠しいのは初めてです。


会場ではまだ競技が続いていました。


マユさんが


『あ、あの選手だ』


ステージを見ると、すらりとしたボブヘアの可愛い女の子が競技席に付くところでした。


マユさんが控え室で【前の大会でもナチュラルでよかった】


と教えてくれた選手です。


聞くところによると、昨年は東北大会の上位だったとか。


ステージにギャラリーの注目が集まりました。


「お電話ありがとうございます。池袋事務機でございます」


うわっ、すごい!


声だけ聞いて【すごい】と思ったのは初めてでした。


明るく、しかも柔らかいトーン。


声だけで笑顔が見えるような感じのよさ。


抑揚も自然でまさにナチュラルそのまま。


・・・すごーい。


それに比べて、私はどうだったんだろう。


いや、比べるにはこの選手にあまりにも失礼。


自然なセリフ運び、『お客様』と呼びかけられると、つい『はい』と返事をしてしまうような

不思議な声。


この選手が優勝かな・・


誰もがそう思っていました。


が。


『ですので・・・・・・・・・・・・ ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・』


え!?


後に続くセリフはなく、空白の時間が流れました。


スクリプトは暗記して応対する。それが県大会とこの東北大会なのです。


極度の緊張のためか、その選手はなかなか次のセリフが出てきません。


『ですから・・・○○様・・・○○様・・・』


焦って必死にセリフを思い出そうとしているのが手に取るようにわかります。


私の手には、いつの間にか汗がじっとりとにじんでいました。


・・・結局、その選手は大分セリフを飛ばしましたが、なんとか終話にこぎつけました。


『あー、もったいないねー』


会場のあちこちから声が聞こえます。


『だから、本番は恐いのよ』


マユさんがきっぱりと言いました。


・・・長い間選手としてコンクールに関わってきたマユさん。


失敗した時の悔しさや苦労も、反対に努力が花開く喜びも一杯味わってきたに

違いないマユさん。


そんなマユさんの一言はずしりと心に響きました。




全選手の競技が終了して、表彰式の準備が始まりました。


私たちは


『早く発表されないかな♪私たちのうち誰が入るか楽しみだね!』


誰もがウキウキとしていました。


だって、今まで自分達を信じて練習してきましたから。


お互い一生懸命練習して、本番の仕上がりもそれぞれが満足いくものでした。


この5人の中の誰かが、必ず入賞する。

そして、この5人の中の誰かが必ず全国大会に行く。



私たちはそう固く信じていたのです。






コンクールのバトン、勝手に作ってみました☆

どうぞお持ち帰りください。


☆電話応対コンクールバトン☆


1.こんにちは!お名前をどうぞ。

2.お仕事は何をなさっていますか?

3.現在は選手ですか?それともコーチですか?

4.なるほど。電話応対コンクール歴はどれくらいですか?

  入賞経験も合わせて教えてください。

5.コンクール初参加の設定問題は何でしたか?

6.コンクールでの失敗エピソードはありますか?

7.では、コンクールで嬉しかったことは?

8.そうですか。嬉しいですね!普段の電話応対で気をつけていることをどうぞ。

9.あなたにとって電話応対コンクールとはなんですか?

10.選手の皆さんにエールをどうぞ!


ご協力ありがとうございました。では、失礼いたします☆


☆☆☆☆☆☆☆


では、私も♪


1.こんにちは!お名前をどうぞ。

こんにちは!美晴と申します。


2.お仕事は何をなさっていますか?

えー、フリーで電話応対講師と司会を少々・・


3.現在は選手ですか?それともコーチですか?

コーチですが、選手の方がいいですね。選手に戻りたい。


4.なるほど。電話応対コンクール歴はどれくらいですか?

  入賞経験も合わせて教えてください。

コンクールというものを知ってから今年で21年目です。

全国大会入賞が私の誇りです!


5.コンクール初参加の設定問題は何でしたか?

ユニオン家具、総務課です。

社内の支店に行事の連絡をしたあと、

お得意様の社長さんに電話をして、その行事に出席してくださるよう

依頼をするというもので、社内と社外の応対の使い分けがポイントでした。


6.コンクールでの失敗エピソードはありますか?

いっぱいありますよおぉぉぉっ。

でも、一番は全国大会でスクリプトを2行飛ばしてしまったことでしょうね。


7.では、コンクールで嬉しかったことは?

入賞して、自分のやってきたことが認められた瞬間。

「突き抜けた」と思いました。

それから、コンクールでしか知り合えない人達と仲間になれたこと。


8.そうですか。嬉しいですね!普段の電話応対で気をつけていることをどうぞ。

今はコーチになので、自分自身の応対スキルが落ちることが一番怖いです。

ですから、普段の応対は『セルフチェック』が欠かせません。

今の名乗りは明るかったか、聞き取りやすいスピードか、わかりやすい話し方か

抑揚と緩急は適当か・・・奥が深いですよね。


9.あなたにとって電話応対コンクールとはなんですか?

ライフワークです。

一生関わっていきたいです。


10.選手の皆さんにエールをどうぞ!

努力は必ず花開きます!


ご協力ありがとうございました。では、失礼いたします☆

※このブログは登場する方々の氏名を一部変えて掲載しています。




東北大会の会場は、青森市内の大きなホテルでした。


ここで今日一日、私たちが出場する『日本語の部』と

『英語の部』が開催されます。


私が十数年前に出場したコンクールは日本語のみで

『一般社員の部』と『交換取り扱いの部』の2部門でしたが、

ここ数年でそれが統合され、新たに『英語の部』が新設されました。


日本語の部は全国大会までありますが、英語の部は

地方大会までとしているところが多いようです。


まず、受付でクジを引き、競技番号が決定されます。


確か、私たち県代表5人の中で、マユさんが一番最初で

私は真ん中くらいでした。


競技番号の早い遅いで、成績に影響が出るという話を

聞いたことがありました。


あまり早い番号だと、点数合わせの基準点になってしまって

午後からの選手が有利だとか、上位入賞の選手の競技番号が

ある番号のあたりに固まっていたとか、色々な話が飛び込んできては

私たちを不安にさせました。



でも、本当は実力があれば、競技順が成績に影響することはないのです。


実際、隣の県では競技番号1番の選手が、バツグンの成績で

優勝していましたし、さほど競技順は気にしなくてもいいのです。


早い順番なら早いなりに、遅い順番なら遅いなりに自分の調子を

整えておけばいいわけですから。



競技会場は広いフロアにステージがあり、そこで開会式が

行われました。


開会式が終わると演壇は撤去され、ステージにはテーブルが

引き出されて、その上に電話器がひとつ。


これから、このステージの上でギャラリーの視線を浴びながら

競技するのです。


審査員とお客様役の模擬応対者はそれぞれ別室に入り

この会場には、選手と模擬応対者の電話でのやりとりが

スピーカーで流されます。



選手控え室に入ると、広々とした部屋に丸テーブルが並び

ひとつのテーブルにひとつの県の選手と引率が座れるよう

椅子が用意されていました。


その年の問題は事務機器メーカーの社員がお得意様から

クレームを受け、誤解を解いて、詰め替え式トナーカートリッジと

新発売の再生紙コピー用紙をセールスするというものでした。

そして、スクリプト途中でお客様がAかBのセリフを言う

『二者択一』が盛り込まれていました。


隣のテーブルは秋田県。


男性の銀行員の選手がいました。


私たちのテーブルに届いた情報によると

その銀行員の選手は県大会で


「それでは、A4のコピー用紙が2箱、B5が3箱で

消費税込み〇〇〇〇円です」


と、端数まで瞬時に計算して応対したそうです。


私たちは


「スゴイよね~」


「さすが銀行員!」


「それだけで目立って有利だよね~!」


と真面目に誉めちぎりました。


と、マユさんがその奥のテーブルを示して


「あそこに座っている可愛い子、昨年も出ていて

上位入賞したのよ。

とっても自然な応対でよかったな」


と教えてくれました。


『自然な応対』かぁ・・・。


スクリプトを作って、読み込むだけで精一杯の私にとって

その言葉は魔法のように聞こえました。


呼吸をするように自然にセリフが口から出てくるんだろうな・・。


抑揚も緩急も、わざとらしさや変な引っかかりもなくて

ナチュラルな応対なんだろうな・・。


そんな事を考えていると、マユさんの出番がやってきました。


皆で


「マユさん!行ってらっしゃ~い!」


と、拍手で送り出しました。


マユさんは緊張のためかちょっとだけ笑って

手を軽く上げ、控え室から出ていきました。


行っちゃったよぉぉぉ・・・。


なぜか私たちはため息をつきました。


ため息の後は妙な緊張が襲ってきて

テーブルはしんと静かになりました。


誰もが緊張して、不安でいっぱいでした。


私だけではなかったのです。


千秋さんも、サカさんも、由実さんも、それぞれが


(あの言いにくいセリフ、ちゃんと口が回るかな・・)


(Aが来るか、Bが来るか・・Aだったらいいんだけど・・)


(失敗したらどうしよう・・なんか・・自信なくなってきた・・)


(この競技順じゃダメ・・後の方じゃ待ちすぎて・・・)


と、自分自身と戦っていたのです。


特に、サカさんは英語の部に出場する選手の世話役も

兼ねていたため、自分の練習よりもそちらの選手に

かかり切りでした。


その緊張と不安を紛らわせるために

テーブルで冗談を言い合い、競技順が回ってきた

選手をその都度にぎやかに「行ってらっしゃーい!」

と、拍手で送り出しました。


☆☆☆☆☆☆


その当時は地方大会があったので、各都道府県から

複数の代表選手が出ていましたが、現在は甲子園方式に

変更になったのに伴い、都市部を除いては、原則として

優勝者1名が全国大会に進むことになりました。


同郷の選手同士で励ましあいながら挑戦する地方大会と

代表としてたった1人で臨む全国大会。

その物凄いプレッシャーは察して余りあるものがあります。


☆☆☆☆☆☆


「競技番号〇番、△番、□番の方、どうぞ」


自分の番号を呼ばれて、はっと我に返りました。


「おっ。美晴さん!行ってらっしゃい!」


テーブルに残っていた選手皆が、今までと同じように

拍手で見送ってくれました。


「はーい。行ってきまーす」


会場に向かう間、自分の足元が目に入りました。


黒のアンクルストラップのパンプス。


昨日、青森駅近くで買い物をした時に、店員さんから


「素敵な靴ですね」


と、誉めてもらったものです。


ちょっとエレガントなグレーのニットカーディガンと

いつもつけている香水のミニチュアを買い、

今朝はそれを身につけてきました。


・・・大丈夫。人前に出ても大丈夫。

いつもの私。


競技直前に、今更着ている服や靴や

つけている香水のことを思っても

何にもならないはずですが

それらに目をやるだけで、不思議なことに

すぅっと落ち着いてきました。


・・・大丈夫。


私はもう一度心の中でつぶやきました。


案内された舞台袖には椅子が3つ用意されていました。


私はそれには座らずに、両手で耳をふさぎ

自分のスクリプトの練習を始めました。


(ありがとうございます・・・コピー機の調子が悪いのですね

・・・トナーランプは・・・ところで・・・)


頭の中に自分の声だけが響き、柔らかく反響しています。

まるでお風呂で歌を歌っているようないい気分です。


(・・ぜひご利用くださいませ。・・失礼いたします)


と、ここまで応対したところで、前の選手の競技が終わりました。


係員が舞台袖でステージの様子を伺っています。


どきどき・・どきどき・・


手に汗をかき、指先が冷たくなっていくのがわかります。


鼓動が胸から喉のあたりまで上がってきて

頭全体が脈打っているように思いました。


だんだん呼吸が浅くなってくると

声がちゃんと出るだろうかと不安になり

慌てて深呼吸をしました。


ひとーつ・・・ふたーつ・・・


ゆっくり息をすって・・・はいて・・・


「それでは、よろしいでしょうか。□番の方」


「は、はいっ」




私はステージ下手から、スポットライトの当たる舞台に進みました!





※このブログは登場する方々の氏名を一部変えて掲載しています。





NTT久慈支店から連絡が入り、東北大会の宿が決まったということでした。


担当課長さんは


『いや~残念。俺引率していきたかったけど出張なんだよね~』


というわけで、代わりにNTT職員の美江さんを紹介してくださいました。


実は、この美江さん、私が二回目のコンクールに出た時の

『プロジェクトチーム』の一人、大島さんの奥様でした。


ちなみに、美江さんは私と同じ一人っ子。


ついでに担当課長さんも一人っ子だそうです。


美江さんが青森行きのバスの時刻を調べてくれたり

ホテルの場所を確認したりと手配を全て整えてくれました。


そして、東北大会を迎えるまで、県代表の5人で連絡を

取り合いながら、お互いのスクリプトにアドバイスをしたり

励ましあったりしながら、日々を過ごしていきました。


中でも、率先して皆を指導してくれたのが

昨年東北大会で優勝したマユさんでした。


コンクールのキャリアも長く、大会での経験も豊富なマユさん。


事前研修はもちろん、コーチもなく、独学でコツコツと

コンクールに取り組んで確実に勝ち上がってきたマユさん。


落ち着いた声のトーン、品のある丁寧な言い回し。


そんなマユさんのアドバイスに皆絶大な信頼を寄せていました。



いよいよ東北大会前日。


美江さんと2人、青森行きのバスに揺られながら

お菓子を食べたり、ジュースを飲んだりと

まるで遠足気分でした。


なんとなく美江さんに尋ねました。


「美江さん、明日何着ます?」


『うん、一応スーツ持ってきたの』


え?スーツ?


私は、どうせ式典やパーティーでもないしと軽く考えて

スーツではなく、スカートにニットのアンサンブルを

準備していました。


今にして思えば、選手はそれぞれ会社や地域を代表して

コンクールに参加しているわけです。

ですから、フォーマルと心得て当然なのに、

私は長くコンクールに携わっていたにも関わらず

そのような場で、会社の制服以外何を着たらいいのか

全然考えていなかったのです。


それに、競技のことだけで一杯一杯で

着る物まで頭が回らなかったというのが

正直なところでした。


スーツが良かったのかな?


・・・しまった。


出発したばかりというのに、くじけそうになりました。


美江さんと2人、青森駅に着いてからタクシーで

ホテルに向かいました。


ホテルはツインお部屋で、落ち着いた色合いの

シックなインテリアで統一されていました。


夕食を終えた後は部屋で練習です。


美江さんは私を気遣って、練習相手を務めてくれた後は

話しかけることもなく、そっとしておいてくれました。


ベッドに入ってからもなかなか寝付けなくて


(明日、失敗したらどうしよう)


(前に東北大会で舞い上がっておしまいだったから今度は後悔したくない)


(今回は出来るだけのことをしたんだからきっと大丈夫)


(東北大会で上位3名に入れば全国大会にいける)


【全国大会】と頭に浮かんだ途端、ぶるっと身体が

震えました。


(全国大会・・・)


(ここまで来たんだから、ここで終わりたくない・・)


(できたら、次の全国大会も出てみたい・・)


(でも、できるのかな・・私、勝ち上がることができるのかな・・)


(練習はしたけれど、レベルが違いすぎて無理なんじゃ・・・)


(でも、勝ちたい・・)


(でも・・・でも・・・・・・)


(・・・・)


いつの間にか眠りに落ちていきました。


東北大会当日。


マユさんの部屋にみんな集まりました。


マユさん、由実さん、サカさん、千秋さん、そして私。


・・・やっぱりみんなスーツです。


マユさんが


『じゃ、発声練習からいきましょうか』


あ・え・い・う・え・お・あ・お


か・け・き・く・け・こ・か・こ


さ・せ・し・す・・・・・


全員で円陣を組んで発声練習。


それから、2人ずつペアになってスクリプトと応対の最終確認。


マユさんが私に


『うん。よくなってる。大丈夫だね』


と、声をかけてくれました。


東北大会優勝者からそう言ってもらえて、嬉しくてにっこり笑いました。


全員とも声がよく出ていて、スクリプトもスムーズ。


私たちは誰ともなしに笑顔になり


『よし!大丈夫!私たち5人の中から必ず全国大会に

出る選手がいるよ!』


岩手代表の私たちは明るいムードに包まれ

もう勝利を手にしたかのようにはしゃいでいました。


誰もが調子よく、無駄な緊張もなく、それぞれが

自信に満ちていました。


『そろそろ行こうか』



私たちはこうして、会場に向かったのです。









東北大会に駒を進めることになった私たち5人。


岩手代表のこの5人の為にプロのアナウンサーを呼んでの

事前研修会が開かれました。


恥ずかしいことですが、私はコンクールに参加3回目にして初めて

『事前研修会』なるものに参加することになりました。


初めてコンクールに出場した時はもちろん、次の年に準優勝して

東北大会に出るときも事前研修会はありませんでした。


ここ12年選手として参加していなかったうちに、選手を応援する体制が

整っていたのです。


でも結局、私にとってこの事前研修会が最初で最後になりました。


盛岡で開かれた研修会は午前10時スタート。


選手5人の中で恐らく、一番遠くから参加するのが私でした。


当時は盛岡まで出る交通機関の乗り継ぎが悪く、駅に着いたのが

9時50分。


慌ててタクシーに乗る前に電話をかけて少し遅れる旨伝えました。


どうしよう、せっかくの研修なのに・・皆待ってたらどうしよう・・


息を切らして研修会場に駆け込むと


『ああ、今丁度あなたの話をしていたところでしたよ。

遠くから大変でしたね。まずは息を整えて』


とアナウンサーの先生が声をかけてくださったおかげで

ほっと安心しました。


会議用の机が『ロの字』にセットされ、先生が向かい側の

真ん中に、こちら側に選手が並び、私は一番端っこに

座りました。


『それじゃあ、皆さん揃いましたので、始めましょうか』


一人ひとり自己紹介。


さすが皆さん声がよく通って、キレイな話し方です。


昨年東北大会優勝のマユさん。


専門学校でビジネスマナー講師を務める由実さんとサカさん。


そして大型スーパーで接客を仕事とする千秋さん。


最後は私の番。


「・・このような研修は初めてで、嬉しくて嬉しくてやってまいりました。

よろしくお願いします」


声が上ずり、息が浅くなりました。

緊張して声が全然出ませんでした。


・・やっぱり、素人は私だけかも。


・・・なんか、帰りたい・・・


今度は一人ずつ県大会のスクリプトをそのまま応対。


テープに録音して、先生がコメントを入れてくれます。


最初は、今回県大会優勝の由実さん。


『・・落ち着いたトーンで声の安定度はバツグンですね』


先生から納得のコメント。皆がうんうんと頷いています。


次はマユさん。


『とても上品な言葉遣いですね。【よろしゅうございますか】

という言い方は私は好きですよ』


さすが。


サカさん。


『声がよく出ています。説得力があります』


千秋さん。


『明るい応対ですね』


最後は私。


『・・ん~声が小さい。もっと腹式呼吸で大きな声が出せるように。

それから相槌の【はい】が多い』


え?


・・声が小さいって・・誰も言われなかったのに、私だけ!?


声が小さいということは、元々の基礎がなっていないってこと?


ずーんと胸のあたりが重くなり、頭がぼうっとなりました。


決定的な欠点を指摘され、ショックで周りの話し声が耳に入りません。


やっぱり・・私はギリギリ5番目だったんだ・・


後の研修内容は全く覚えていませんでした。


ただただ


『声が小さい』ことをどうやって克服したらいいんだろう・・


東北大会まであと2週間もない・・・


見るにみかねて他の選手の皆が


『ウチの職場では毎朝発声練習をしているよ』


『早口言葉とかいいよ』


『50音表とか読んでみたら』


と口々にアドバイスをくれました。


恥ずかしい話ですが、ここに来て私は初めて電話応対に

発声練習が必要だと知ったのです。


腹式呼吸?


早口言葉?


滑舌?


アドバイスはありがたかったのですが、私が指摘されたのは

それ以前の問題です。


とりあえず、次の日から腹式呼吸で電話応対をすることを

意識してみました。


腹式呼吸すると、息を吐けばお腹が引っ込み、息を吸うと

お腹が膨らみます。


夜、寝るときに仰向けになると自然と腹式呼吸になっている

はずです。その時にお腹の動きを覚えておきます。


勤務中、電話で話をする度に『息を吸う時お腹が動くか』

意識していました。

電話で話をする度、毎回、毎回です。


それに加えて明るい第一声も再チェック。


最初の名乗りを笑顔で言っているか。


くっきりはっきりと口の筋肉を使った発音か。


聞き取りやすいゆったりとしたスピードか。


それから、最後の電話を切るときも再チェック。


「失礼致します」が急いでいないか。


相手との会話に言葉がかぶらないか。


相手とこちらの言葉が重なるというのは、自分だけのペースで

話をしている証拠です。


相手と呼吸を合わせて、きちんと会話のキャッチボールに

なるように全身全霊で相手の声と気配を感じ取ります。


腹式呼吸を意識し始めて一週間。


わずかですが、ワンセンテンスを言い切るのに息が長く続くようになり

心なしか、声が安定してきたように感じてきました。


社内には専属のコーチもいなければ、発声を教えてくれる人もいません。

そして、その練習をチェックしてくれる人も。


スクリプトならNTT担当課長さんに相談すれば済むことですが

今回はそうはいきません。


東北大会まであとわずか。


「青森のホテル、決まったからね」


地元のNTTから連絡が入ったのはそんな時でした。



ギャラリーが大勢見つめるなかでの競技。


何度経験しても、慣れることはありません。


ましてや、今回は12年ぶりの出場です。


「競技番号、△番の方です」


電話機が置かれているテーブルに、とことこと歩み寄りました。


今であれば礼儀として、観客に一礼して着席する

べきところですが、当時の私にそんな余裕などありませんでした。


私は、今回スクリプトを書くために地区大会から使っていた

『ミッフィーちゃんのペンシル』を右手に握り締めて着席しました。


呼吸を整える間、ミッフィーちゃんを見つめます。


・・・大丈夫、大丈夫・・・


左手でゆっくりと受話器を上げ、震える指で丁寧にダイヤルを

押しました。


模擬応対者が「はい」と出ます。


「私は、△番です」


12年前の競技はあっと言う間に終わったのに

この時は妙に長く感じられたのを覚えています。


応対内容はところどころ忘れてしまいましたが

お客様の言うことを相槌を打ちながら聞いたり

自分の笑顔がはっきりと自覚できるくらい

表情豊かに応対できました。


ちゃんと地に足の着いた応対ができた大会は

この時が初めてでした。


・・・長い三分間が終わり、一旦退場したあと

よろよろとそのまま別の入り口から観客席に移動しました。


へなへなと座り込んで、しばらくぼーっとしていると

段々、自分の応対がどうだったのか気になり出しました。


他の選手の応対を聞いてみると、私よりも

敬語の使い方や話し方がスマートに聞こえてしょうがありせん。


他の選手が全員自分より上手に聞こえます。

控え室にいたときもそうでした。

部屋に入った瞬間、他の選手が皆自分より

上手に見えるのです。


今にして思うと、他の選手も同じように

『自分以外の選手が皆上手に見える』と

思っているのがよくわかるんですけどね。


全員の競技が終わり、審査と遅い昼休みを挟んで

いよいよ表彰式です。


「選手の皆さんは前の席にどうぞ」


競技を終えた選手全員が会場の前半分に座りました。


今回の県大会で上位5名が東北大会に進むことが

できます。


・・・上位5人のうちに入りたい・・・


でも、自分の応対はどうだったんだろうか。

他の選手と比べていいところはあったんだろうか。

根本的に何か設定を間違って解釈して応対したところは

なかったんだろうか。


あれこれと考えを巡らせるうち、またどきどきと動悸がして

手に汗をかき始めました。


ハンカチを何度も何度もにぎり直して、

講評のメモを取るためにノートとミッフィーちゃんの

ペンシルを出して待ちました。


「それでは最初に成績を発表します」


5人。


絶対、5人の中に入りたい!


「優秀賞。〇〇地区代表、〇〇□□様」


・・・別地区の選手の名前が呼ばれました。


「同じく優秀賞。△〇地区代表、△〇〇〇様」


・・・他の選手です。


・・・どうなんだろう・・・ダメなんだろうか・・

12年経って、もう私は通用しないんだろうか・・・


・・・どきどき・・・どきどき・・・



「優秀賞。久慈地区代表、下坪美晴様」


・・・・え!?


・・・・・・・・・ええええええっ!!!


思わず顔を上げて周りをきょろきょろと見回すと

隣に座っていた県南地区の選手が


「私、あなたの応対が一番好きだった!」


と、笑顔でささやいてくれました。


その選手とがっちり握手。


自分の手が汗ばんでいて、失礼なことをしたなと

後で思いましたが、その時はそんな余裕なんてありせん。


今度は、違った意味での動悸が止まりません。

私は、東北大会の参加資格を得て、すっかり興奮状態でした。


・・・どきどき・・どきどき・・・


・・・また東北大会に行ける・・・


12年前、緊張して舞い上がって大失敗した東北大会。

・・・全然練習しないで出場して後悔した東北大会・・


・・今度こそ、悔いのないように全力でやりたい・・


全力でやる!やるんだ!


ふと気づくと、上位5名の表彰が終わっていました。


5名のうち、最優秀賞が1名、優秀賞が4名。


去年東北大会で優勝したというマユさんは以外にも優秀賞でした。

他に、沿岸南部の千秋さん、県中央部のサカさん

そして私。


最優秀賞は県中央部の由実さん。


このメンバーで東北大会に出場です!!


さっき隣に座っていた県南部の選手が


「東北大会、頑張ってね~」


と、手を振って先に帰っていきました。


「ありがとう~頑張るっ!」


後で聞いたところ、私はギリギリ5位で入賞だったようです。

入賞の嬉しさの反面、少し悔しい思いでした。


・・やっぱりまだまだなんだなぁ。


何はともあれ、東北大会!


いざ!青森へ!






ほぼ一年ぶりの更新です。


今年もコンクールが始まっていますね。

先日は契約講師の勉強会で上京してきました。


今年は、長野印刷の伊藤社員が、風邪で休んでいる

水島社員のかわりにクレームを受け、お客様に解決策を

提示して了解をいただいたあと、上司の携帯留守番電話に

お客様にお詫びの電話を入れてもらうよう

メッセージを20秒以内で残す。というものです。


ビジネスシーンに見られる設定で、よりリアルな事例かと

思います。仕事をする上でそれぞれの領域があり『お客様の

立場』『自社の立場』『本人の立場』をよく考えて応対する問題と

なっています。


実際、担当外の仕事をどこまで対応できるのか。

難しいですよね。


☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆


岩手県大会は大きな会議室のようなところで行われました。


ステージがないだけでもかなり気が楽だったのを覚えています。


選手として参加するのは実に12年ぶりでした。


私がコンクールに初めて参加した頃の電話応対は『キレイな声で』

『そつなく』『美しい』応対がよしとされていました。


でも、その頃と今とは違います。

時代の流れとともにその頃の電話応対は『感じよく』『お客様が満足

するように』『気の利いた応対』が求められていました。


そして、一番の難関はその年から『クレーム応対』が課題に

入っていたことです。


ただ単に感じの良い応対だけを目指して、普段の電話応対を

こなしてきた私にとってこれはハードルの高い注文でした。


クレーム応対って何だろう・・


お詫び?


何をどういえばいいんだろう・・


その年の問題はコピー機販売会社の社員で、お客様から

『コピー機の調子が悪い。故障じゃないの?』

というクレームが入り、操作ボタンを確認して、用紙切れと

いうことがわかります。


そして、トナーカートリッジの説明と、そろそろ用紙切れの

時期となったのを見越して再生紙利用のコピー用紙のセールスを

するというものでした。


しかも、後半は二者択一で、お客様がどちらの用件を

言うかわかりません。


かなり難易度の高い問題でした。


選手でごった返していた控え室は、競技が始まると3人ずつ

呼ばれて姿を消していきました。


にぎやかだった控え室の人数が半分ほどになり、

待つ間の緊張感で周りの選手は口数が少なくなっていきました。


私はというと、原稿を出して読んでみても、どこかうわの空。


気持ちが入りません。


どきどきと胸の鼓動ばかりが耳鳴りのようにこだまします。


手には汗。いやな汗です。


私は完全に舞い上がっていました。


その頃から県大会は原稿持込不可。

地区大会は原稿を見ることができますが、県大会は原稿なしで

完全に暗記したものをステージで披露するというものです。


ステージ上で自分を見失わず、いつものように

応対するのは至難の技です。


中には口ごもったり、声が上ずって早口になったり、

言うべきことが完全に飛んでしまって、競技がストップする

選手もいました。


控え室に係員が迎えにきました。


「次の方、〇番、□番、△番の方。どうぞ」


・・・ついにきた!


私は隣に座っていた別の選手に作り笑いをして


「じゃ、行ってきま~す」


と席を立ちました。


・・・どきどき・・どきどき・・・・


一階上の会場に向かいます。

階段を上ると目の前には廊下。

その奥には競技会場の扉が見えました。


選手が出入りする扉は廊下の奥にあり、控え用の椅子が3つ

並んでいます。


私は座ったら自分のテンションが落ちてしまいそうで、怖くて怖くて

座ることができませんでした。


両手で耳をふさぎ、目を閉じて、立ったまま、うろうろぐるぐると

歩きながら応対原稿のセリフをつぶやきました。


(・・トナーランプは点灯していますでしょうか・・・トナーカートリッジは・・・

そろそろコピー用紙が・・)


すると、不思議なことに今まで耳元で聞こえていた鼓動が

すーっと引いていき、周りの音が完全に遮断され、

自分の声だけが身体の中で響いている感覚に陥りました。


静寂の中、自分だけの声が聞こえます。


(そうしますと・・・よろしくお願いします・・・)


いつもの自分の声のトーン。


(・・失礼いたします)


笑顔で終話。


と、その時


「△番の方、どうぞ」


係員が私に声をかけました。


「はい!」


笑顔で返事をする私。


いよいよ・・


出番です!


地区大会表彰式の会場は市内で一番大きなホテルでした。

よくモーニングセミナーも開催されるというその部屋は、赤い絨毯がしきつめられ、テーブルには白いクロスが掛けられていました。


参加した選手とユーザ協会の地区会長さん、NTT側の担当が席に着きました。


競技は録音方式でしたので、当然どの会社の誰が参加したのか知りません。

今、初めて選手同士が顔を合わせたわけです。

恐らく、今は事前に参加名簿が配られていると思いますが、確か当時はそのような記憶があります。


「それでは表彰に入らせていただきます」


・・・。会場はシーンとなり、張り詰めた空気が流れました。


「第3位」


3位じゃ県大会に行けない、2位以内に入りたい。

でも入賞すらできなかったらどうしよう・・・。


「○○会社、○○△子殿」

3位は他の会社の選手でした。


手にはいやな汗。ハンカチを握りしめる手に力が入ります。


「第2位」


・・・・もう帰りたい・・・。


「○○商店、○○□□殿」


2位でもありませんでした。


私の電話応対はいいと思っていたのはやっぱり自分だけだったんだ・・。


「第1位」


顔が引きつるのが自分でもわかります。


「宮城建設株式会社 下坪美晴殿」


・・・・・え!?え?え?え?


・・・・・やったっ!!!


「おめでとうございます。ごらんのように1位の下坪さんと2位の○○さんは来月行われる県大会に出場されます。ご健闘をお祈りします」


よかったあぁぁ~。地区大会1位通過です。


でも、本当のコンクールはこれからです。

前出場した時は地区推薦でいきなり県大会でしたが、今回は訳が違います。


当然各地区の予選を通過した選手達が集まってくる、レベルの高い大会になるはずです。


そこで私はユーザ協会担当のNTTの課長さんにお願いをして、スクリプトを練り直すことにしました。

餅は餅屋。


それに当時は「NTTのコンクール」だとばかり思っていましたが、主催はユーザ協会。

ユーザ協会はNTTとは別団体ですが、NTTの職員の方が『ユーザ協会担当』として入っていることも多いようです。


仕事が終わってからNTT久慈支店に毎日お邪魔して課長さんとスクリプトのチェックをしました。


「これって『再生紙のコピー用紙もございますのでよろしくお願いします』でいいんじゃないの」

と課長さんが言えば

「いえ。これは再生紙をおすすめしなければならないので説明が必要です」

と、突っぱねる私。


多少なりとも電話応対に自信があった私。

今思うと恥ずかしい限りです。

そんなわけで、頭でっかちになっていた私はなかなか課長さんのアドバイスを受け入れることができませんでした。


今の時代の電話応対だったら「人の話を聴く技術」が必要ですから、課長さんの話を聴かないなんてとんでもないことですよね。


せっかくアドバイスをしても「いえ、これは~だから~なんです」

と押しだけは強い私の反撃で課長さん折れてくれるのもしばしば。でもこれは『なんだかんだ言っても応対するのは選手自身』だから好き勝手にさせてくれたんだと思います。


それでも、その男性の課長さんは私と同じ一人っ子ということもあってかずいぶん可愛がってくれました。


スクリプトを考えては書き、また直しては書き、枕元において寝る前に書き、起きてから直しと地区大会から続けてきた手書きのスクリプトはまたまた枚数が増えていきました。


そしてスクリプトが出来上がると読み込みです。


何回もスクリプトを声に出して読んで、自然と呼吸ができるタイミングに台詞の分量を調整します。

読んでいるうちに何回も引っかかるところや、言いにくいところも調整。

相変わらず「させていただきます」がうまく言えなかったので「致します」に直しました。


夜読んで


朝読んで


会社で茶碗を洗いながら口に出して


先輩に相手役になってもらって応対して


それを録音して


家に帰ってから台所に立ちながら読んで


食器を洗いながら口に出して


夜中に録音したものを聴いてチェックして


スクリプトを直して


洗濯機を回している時に口に出して


干しながら読んで


車の中で大声で発声練習をして


そうやって県大会までの日々は過ぎていきました。



いよいよ県大会です。


地区大会はスクリプトを読むことができましたが、県大会はスクリプト持ち込みできません。全部内容を覚えて応対します。


しかも、地区大会は会社の事務所での録音でしたが、県大会は広い会議室のような会場で大勢のギャラリーを前にして競技しなければなりません。

審査員と模擬応対者(お客様役)はそれぞれ別室にいて、審査員は会場で応対している選手と模擬応対者の会話をモニターで聴き、審査するのです。


ギャラリーの多さは私が初めて県大会に出始めた頃と変わりません。


ただ違っていたのは、会場の外の掲示板にユーザ協会の各地区協会から届いた応援ファックスが貼られていたことです。

このファックスの量の多さが選手と各地区のコンクールに対する並々ならぬ熱意が伝わってきました。


選手控え室に入ると・・・・


なに!?この空気!?


壁に向かって発声練習をする選手、付き添いの方と練習している選手、目を閉じて一人でスクリプトを繰り返している選手・・・


あまりにもピリピリしたこの空気。

過去の県大会の和気藹々とした雰囲気はみじんも感じられませんでした。

ただでさえ緊張しているのに、この異様な雰囲気にのまれて、私は動揺しました。


中でも目を閉じて練習を繰り返している選手が目に留まりました。


「あの人ね、去年の東北大会で優勝して全国大会に行った人なんですって」


「ええ~?なんでまた出てきたんだろうね」


「全国制覇でも目指してるんじゃない?」


彼女は選手の間でも有名人だからでしょう。

控え室のあちこちからそんな声が聞こえました。


東北大会で優勝かぁ・・・。

憧れの東北大会。私は惨敗だったけど、東北大会で優勝するってどんな気分なんだろう。全国大会ってどんな選手が集まるんだろう。


東北大会。前回参加して帰ってきただけの東北大会。

舞い上がってなんにもできなかった東北大会。


今度は、今度こそ後悔したくない。

自分のベストを尽くしたい。





私は大きく息を吸って出番を待ちました。





電話応対コンクールの地区予選。


今では会社に居ながらコンクールに参加できる『居ながら方式(又は在社方式と呼ばれています)』と、選手が会場に集まってギャラリーの前で行う『公開方式』とがあります。


どちらの方式で地区予選を行うかは、それぞれのユーザ協会支部に一任されており、また、会場に自分の応対原稿(スクリプト)を持ち込めるかどうかも、地区によります。


全国的に、都市部の地区大会は『公開競技+スクリプト持込不可』が多いように見受けられます。

都道府県大会と全国大会は公開競技ですから、このシュチュエーションに近い状態で地区大会が行われるということですね。


この何年かのうちに『一般社員の部』と『交換取り扱いの部』は統合されて『日本語の部』となり、『電話応対(CTI)コンクール』と名称を改めました。


尚、この他、英語の部があり、地区大会から地方大会までで行われています。


それに加えて企業としての応対を審査する『企業電話応対(CRM)コンテスト』が在社方式で行われており、電話応対コンクール全国大会の場で表彰されています。


☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆


地区大会は、在社方式でした。


あらかじめ、こちらから希望の日時に印をつけてユーザ協会に申し込み、確認の連絡も済んでいました。


私は上司のはからいで、普段座っている総務部と経理部のある一階のフロアではなく、他の部署から遮断された秘書室の電話を使うことができました。


決められた時間になるとユーザ協会から電話がかかってきて、簡単な打ち合わせをします。

確か、合図をもらったら電話を受けたつもりで競技を行い、その会話を録音するという手順でした。


スクリプトを書いた紙を目の高さに据えて、深呼吸。


『それでは、始めます。いいでしょうか』

「はい、お願いします」

『はい。どうぞ』


「ありがとうございます。池袋事務機でございます」


今回はスクリプトの台詞を吟味し、時間も3分以内におさまるように組み立てました。

また、先輩にお願いをして相手役になってもらい、録音しながら練習しました。

そして、笑顔で明るく応対することを心がけました。


後悔だけはしたくない。

できるだけのことはするんだ。

そのためには地区大会を通過しなくちゃ。


過去2回の参加はいずれも地区推薦で県大会に出場したため、地区予選から参加するのは今回が初めてでした。


後から聞くと『県大会準優勝なら地区予選くらいトップで通過しても当たり前よね』という話もあったそうなので、地区大会前に聞かずによかったと思います。


プレッシャーに押しつぶされていたかも知れませんでしたから。


『・・・録音は以上です。お疲れ様でした』


あっという間の3分間でした。

終わったとたん、ふぅーっと力が抜けてラクになりました。

出来はともかく、真正面から取り組んだ地区予選が無事終わったのが満足でした。


電話を切り、書類をとんとんと揃えて片付け、自分の席に戻り、上司に報告しました。


秘書でもある上司は、私のことを気遣い

『お疲れ様。どうだった?バッチリ?』

と、明るく声をかけてくれました。


私はいつものようにへへっと笑って

「ん~どうでしょう。でも終わってホッとしました」

と笑顔で答えて席につきました。


終わってよかった。

笑顔で応対できてよかった。

・・・できれば地区大会を通過してまた県大会に行けたら・・


私が県で準優勝してから実に12年が経っていました。


当時は電話応対といっても、まだまだ関心が薄かった頃でしたが、ここ何年かは大手企業の誘致・進出とめざましく、当然接客応対についても力を入れる会社が増えていたので、地元の応対レベルが格段に上がっていたのです。


私の応対はどこまで通用するんだろうか。


ふと、不安がよぎりました。


もし、地区大会で2位までに入らなかったら県大会に進むことはできません。


もし、ここで落ちてしまったら・・・


県大会準優勝したのに落ちたって言われるんだろうな・・・

そんなヤツがコーチだなんて、みんな笑うんだろうな・・・

自分が信じてやってきたことが無駄になるんだろうな・・・


胸がきゅーんと痛くなりました。ついでに胃も。


ああ、どうしよう。仕事が手につかない。


終わったら終わったで、結果が出るまで何日も待たなければなりません。

重苦しい気持ちでしたが、つとめて笑顔でいつものように接客・電話応対とこなす日々でした。


そして。


ユーザ協会から文書が届きました。


『電話応対コンクール表彰式のご案内』


結果が出たのです!


ホテルに参加選手全員を集めて、その場で表彰をするのです!



胸がどきどきと高鳴って手には汗をかいていました。