地区大会表彰式の会場は市内で一番大きなホテルでした。
よくモーニングセミナーも開催されるというその部屋は、赤い絨毯がしきつめられ、テーブルには白いクロスが掛けられていました。
参加した選手とユーザ協会の地区会長さん、NTT側の担当が席に着きました。
競技は録音方式でしたので、当然どの会社の誰が参加したのか知りません。
今、初めて選手同士が顔を合わせたわけです。
恐らく、今は事前に参加名簿が配られていると思いますが、確か当時はそのような記憶があります。
「それでは表彰に入らせていただきます」
・・・。会場はシーンとなり、張り詰めた空気が流れました。
「第3位」
3位じゃ県大会に行けない、2位以内に入りたい。
でも入賞すらできなかったらどうしよう・・・。
「○○会社、○○△子殿」
3位は他の会社の選手でした。
手にはいやな汗。ハンカチを握りしめる手に力が入ります。
「第2位」
・・・・もう帰りたい・・・。
「○○商店、○○□□殿」
2位でもありませんでした。
私の電話応対はいいと思っていたのはやっぱり自分だけだったんだ・・。
「第1位」
顔が引きつるのが自分でもわかります。
「宮城建設株式会社 下坪美晴殿」
・・・・・え!?え?え?え?
・・・・・やったっ!!!
「おめでとうございます。ごらんのように1位の下坪さんと2位の○○さんは来月行われる県大会に出場されます。ご健闘をお祈りします」
よかったあぁぁ~。地区大会1位通過です。
でも、本当のコンクールはこれからです。
前出場した時は地区推薦でいきなり県大会でしたが、今回は訳が違います。
当然各地区の予選を通過した選手達が集まってくる、レベルの高い大会になるはずです。
そこで私はユーザ協会担当のNTTの課長さんにお願いをして、スクリプトを練り直すことにしました。
餅は餅屋。
それに当時は「NTTのコンクール」だとばかり思っていましたが、主催はユーザ協会。
ユーザ協会はNTTとは別団体ですが、NTTの職員の方が『ユーザ協会担当』として入っていることも多いようです。
仕事が終わってからNTT久慈支店に毎日お邪魔して課長さんとスクリプトのチェックをしました。
「これって『再生紙のコピー用紙もございますのでよろしくお願いします』でいいんじゃないの」
と課長さんが言えば
「いえ。これは再生紙をおすすめしなければならないので説明が必要です」
と、突っぱねる私。
多少なりとも電話応対に自信があった私。
今思うと恥ずかしい限りです。
そんなわけで、頭でっかちになっていた私はなかなか課長さんのアドバイスを受け入れることができませんでした。
今の時代の電話応対だったら「人の話を聴く技術」が必要ですから、課長さんの話を聴かないなんてとんでもないことですよね。
せっかくアドバイスをしても「いえ、これは~だから~なんです」
と押しだけは強い私の反撃で課長さん折れてくれるのもしばしば。でもこれは『なんだかんだ言っても応対するのは選手自身』だから好き勝手にさせてくれたんだと思います。
それでも、その男性の課長さんは私と同じ一人っ子ということもあってかずいぶん可愛がってくれました。
スクリプトを考えては書き、また直しては書き、枕元において寝る前に書き、起きてから直しと地区大会から続けてきた手書きのスクリプトはまたまた枚数が増えていきました。
そしてスクリプトが出来上がると読み込みです。
何回もスクリプトを声に出して読んで、自然と呼吸ができるタイミングに台詞の分量を調整します。
読んでいるうちに何回も引っかかるところや、言いにくいところも調整。
相変わらず「させていただきます」がうまく言えなかったので「致します」に直しました。
夜読んで
朝読んで
会社で茶碗を洗いながら口に出して
先輩に相手役になってもらって応対して
それを録音して
家に帰ってから台所に立ちながら読んで
食器を洗いながら口に出して
夜中に録音したものを聴いてチェックして
スクリプトを直して
洗濯機を回している時に口に出して
干しながら読んで
車の中で大声で発声練習をして
そうやって県大会までの日々は過ぎていきました。
いよいよ県大会です。
地区大会はスクリプトを読むことができましたが、県大会はスクリプト持ち込みできません。全部内容を覚えて応対します。
しかも、地区大会は会社の事務所での録音でしたが、県大会は広い会議室のような会場で大勢のギャラリーを前にして競技しなければなりません。
審査員と模擬応対者(お客様役)はそれぞれ別室にいて、審査員は会場で応対している選手と模擬応対者の会話をモニターで聴き、審査するのです。
ギャラリーの多さは私が初めて県大会に出始めた頃と変わりません。
ただ違っていたのは、会場の外の掲示板にユーザ協会の各地区協会から届いた応援ファックスが貼られていたことです。
このファックスの量の多さが選手と各地区のコンクールに対する並々ならぬ熱意が伝わってきました。
選手控え室に入ると・・・・
なに!?この空気!?
壁に向かって発声練習をする選手、付き添いの方と練習している選手、目を閉じて一人でスクリプトを繰り返している選手・・・
あまりにもピリピリしたこの空気。
過去の県大会の和気藹々とした雰囲気はみじんも感じられませんでした。
ただでさえ緊張しているのに、この異様な雰囲気にのまれて、私は動揺しました。
中でも目を閉じて練習を繰り返している選手が目に留まりました。
「あの人ね、去年の東北大会で優勝して全国大会に行った人なんですって」
「ええ~?なんでまた出てきたんだろうね」
「全国制覇でも目指してるんじゃない?」
彼女は選手の間でも有名人だからでしょう。
控え室のあちこちからそんな声が聞こえました。
東北大会で優勝かぁ・・・。
憧れの東北大会。私は惨敗だったけど、東北大会で優勝するってどんな気分なんだろう。全国大会ってどんな選手が集まるんだろう。
東北大会。前回参加して帰ってきただけの東北大会。
舞い上がってなんにもできなかった東北大会。
今度は、今度こそ後悔したくない。
自分のベストを尽くしたい。
私は大きく息を吸って出番を待ちました。