※このブログは登場する方々の氏名を一部変えて掲載しています。




ステージに一歩踏み出すと、ぱあっとライトが私に当たりました。


その明るさに包まれていながらも、客席はよく見えます。


まっすぐ前を向いたその先に、マユさんが座っているのが目に入りました。


マユさんは私に向かって『よし!頑張れ!』とでも言うように


大きく頷きました。


私もそれを受けてこっくりと頷くと、ステージにある競技席に着きました。


目の前にある電話機がライトを浴びて、反射して光っています。


ゆっくりと机の上を見回すと、メモ用紙と鉛筆がありました。


よし。


電話機を扱いやすいよう、いつものように自分の正面少し左に動かしました。


よし。


鼓動が頭の後ろまで来ています。


深呼吸をひとつ。


受話器を上げ、ゆっくりと『1』をダイヤル。


指が震えます。


トゥルルル・・・。


「はい」


相手が出ました。


「私は、○○番です」


思いっきりの笑顔・・のつもりでしたが、おそらく引きつっていたでしょう。


受話器を戻すときも手が震えて、カタカタと小さな音がマイクに入りました。


は、恥ずかしい・・。


でも、もう後戻りできません。


トゥルルルル・・・トゥルルル・・・


電話がかかってきました!


「はい!池袋事務機でございます!」


第一声は無事に出ました。よかった。


「コピー機の調子が悪いのですね。かしこまりました」


大丈夫。きちんと発声できてる。


「そうしますと、トナーは詰め替えてお使いいただけますので、よろしかったら・・」


ここまで失敗はなし。


次にお客様がAかB、どちらかの用件を言います。


どっちが来るの?ドキドキ・・・。



ステージの競技席で応対をしているうちに、不思議なほど段々と落ち着いてきて


マユさんが目を閉じて私の応対を頷きながら聞いてくれているのが見えました。


客席の人の顔が全部見えます。


自分の声がマイクを通して、会場中に響き渡っているのが聞こえます。


競技は着々と進んでいるのに、なぜかゆったりと時間が流れているような


そんな錯覚に陥りました。




「・・ありがとうございました。失礼いたします」


静かに受話器を置いて終話。


・・・どうだったんだろう?


ねえ、マユさん、私よかった?うまく応対できてた?


受話器に手をかけたままマユさんを見ると、にっこりと笑ってくれました。


・・・よかった!


よかったんだ!嬉しい!


にっこり笑って競技席から一礼し、ステージの袖から会場に入りました。


足早にマユさんの隣に座るとマユさんは


『うん、よかったよ!目を閉じて聞いていたけど、わかりやすい説明だったし

目の前にその光景が見えるようだった』


「本当に~?よかった~!」


マユさんと手を取り合い、まるでもう優勝したかのようにはしゃぎました。



・・・よかった。


今までやってきたことはムダじゃなかったんだ。


私だってやれば出来るじゃない。


これまでよく頑張ってきたよね、私。


私は初めてコンクールに参加したことを思い出しながら、一人感慨にひたっていました。


そうこうしているうちに、サカさんも千秋さんも由実さんも競技を終えて

会場に集まってきました。


私たちは充実感と達成感に満ちていました。


特にも、東北大会という大きな大会で、代表5人で頑張ってきたという自負がありました。


アドバイスし合い、練習相手を務め、お互い切磋琢磨してきたのです。


『こんなに頑張ったんだから、私たちのうち必ず全国大会に進むよね!』


表彰式が待ち遠しいのは初めてです。


会場ではまだ競技が続いていました。


マユさんが


『あ、あの選手だ』


ステージを見ると、すらりとしたボブヘアの可愛い女の子が競技席に付くところでした。


マユさんが控え室で【前の大会でもナチュラルでよかった】


と教えてくれた選手です。


聞くところによると、昨年は東北大会の上位だったとか。


ステージにギャラリーの注目が集まりました。


「お電話ありがとうございます。池袋事務機でございます」


うわっ、すごい!


声だけ聞いて【すごい】と思ったのは初めてでした。


明るく、しかも柔らかいトーン。


声だけで笑顔が見えるような感じのよさ。


抑揚も自然でまさにナチュラルそのまま。


・・・すごーい。


それに比べて、私はどうだったんだろう。


いや、比べるにはこの選手にあまりにも失礼。


自然なセリフ運び、『お客様』と呼びかけられると、つい『はい』と返事をしてしまうような

不思議な声。


この選手が優勝かな・・


誰もがそう思っていました。


が。


『ですので・・・・・・・・・・・・ ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・』


え!?


後に続くセリフはなく、空白の時間が流れました。


スクリプトは暗記して応対する。それが県大会とこの東北大会なのです。


極度の緊張のためか、その選手はなかなか次のセリフが出てきません。


『ですから・・・○○様・・・○○様・・・』


焦って必死にセリフを思い出そうとしているのが手に取るようにわかります。


私の手には、いつの間にか汗がじっとりとにじんでいました。


・・・結局、その選手は大分セリフを飛ばしましたが、なんとか終話にこぎつけました。


『あー、もったいないねー』


会場のあちこちから声が聞こえます。


『だから、本番は恐いのよ』


マユさんがきっぱりと言いました。


・・・長い間選手としてコンクールに関わってきたマユさん。


失敗した時の悔しさや苦労も、反対に努力が花開く喜びも一杯味わってきたに

違いないマユさん。


そんなマユさんの一言はずしりと心に響きました。




全選手の競技が終了して、表彰式の準備が始まりました。


私たちは


『早く発表されないかな♪私たちのうち誰が入るか楽しみだね!』


誰もがウキウキとしていました。


だって、今まで自分達を信じて練習してきましたから。


お互い一生懸命練習して、本番の仕上がりもそれぞれが満足いくものでした。


この5人の中の誰かが、必ず入賞する。

そして、この5人の中の誰かが必ず全国大会に行く。



私たちはそう固く信じていたのです。