その年のコンクール問題には『CTI機能』という言葉がありました。
???
よく読んでみると、コンピューターシステムと、通信システムの統合の略で、今回の問題では、登録された電話番号から電話がかかってくると、自動的にコンピューター画面が立ち上がり、お客様の氏名・電話番号・会員番号・購入履歴などのお客様情報が瞬時に把握できるというものだそうです。
へ~。
今までのコンクール問題は、あくまでも『人と人との会話』がメインでしたので、コンピューターが絡んでくる設定は初めてです。
このCTIを活用した電話応対が求められる。それがこの年からの問題になったのです。
とはいうものの、CTIなんて聞くのも初めて、ましてや見たことなんてありません。
上司に自分のコンクール出場を打診すると、これがあっさりと決まりました。
少しして、コンクールに参加する選手を集めて、事前にCTIを導入している企業を見学させてもらうことになりました。
当時、市内でCTIを活用しているのはタクシー会社だけだったそうです。
で、ユーザ協会さんに引率してもらって見学。
登録している電話番号から電話がかかってくると、お客様の氏名・電話番号・お客様の自宅付近の地図がパソコンの画面に現れました。
『おおっ!』
一同、感激。
早速、会社に戻ってスクリプト作りに取り掛かりました。
今だから言えますが、仕事をしていてもスクリプトの応対原稿が気になって気になって、仕事の書類の下にスクリプトを隠し、思いついては書き込んで、思い直してはまた引っ張り出して書いていました。
このコンクール問題は本当に細かいところまで設定が決められていて、応対月日に始まり(今は時間まで決められています)、事業所名から業種、応対者の名前、取扱商品とその特徴、お客様情報ももちろんこと細かく決まっています。
限られた3分間の中で、いかにその設定の社員になり切ってお客様に応対するか。
人と人との会話だけであったのが、今回からCTIシステムでワンクッションおくことが必須になったのです。
このCTIをスクリプトの中にどう取り入れるか。
当然、電話番号はナンバーディスプレィで表示されますので、相手(会社や苗字)はわかります。
そうなると、今までは
「はい、○○会社でございます」
「課長さんお願いします」
「はい。課長でございますね。失礼ですが、お名前をお聞かせいただけますでしょうか」
と応対していたのをCTIでは
「はい、○○会社でございます」
「課長さんお願いします」
「はい、課長でございますね。あ、△△様、いつもお世話になっております」
という応対もできることになります。
ただ、向こうが名乗らないのに、いきなりこちらから
「△△様」
と、応対するとどうなるでしょう。
びっくりなさるでしょうね。
また、「どうして名乗らないのにわかってるの!?」
と、気味悪がられるかも知れません。
当時は個人情報保護法がまだ施行されていなかったので、このような対相手への感情が配慮されていたように思います。
実際にCTIを導入している他の会社では、相手がわかっていても
『名前を聞く』
『電話番号を聞く』
と応対していたそうです。
ラッキーなことに、その年の問題はお客様から名乗ってくださる設定でしたので、そこまで心配せずに済みました。
スクリプト作りに取り掛かってから約一週間。
私は張り切っていました。燃えていました。
また選手で出場できる。
前はせっかく東北大会に進んだのに何もできなかった。
今回はできる限りのことをしよう。
思うに、初めて選手で県大会に出場した時も、次の年に東北大会に行ったときも、私は『ここまできたんだから、もういいや』と心のどこかで満足していました。
実際は、その上の、また上の大会もあったのに、自分次第ではその次に進むこともできたのに、自分で自分の限界を簡単に線引きしてしまっていたのです。
そのせいで、どんなにか自分自身情けなく、自己嫌悪に陥ったことか。
そのたびに
「どうせ私なんて」
「どうしてもっと頑張らなかったんだろう」
「やっても無駄」
「どうしてあそこで満足したんだろう」
とぐるぐると同じ考えが頭をめぐっていたのです。
それに加えて、自分がアドバイスした選手は毎年成績が振るわず、かと言って自分に何が足りないのかもわからず、焦るばかりでした。
その中での今回の出場決定。
これはチャンスかもしれない。そう思いました。
これで自分に足りないものがわかるかもしれない。
これをきっかけに私はもっと成長できるかも知れない。
あの上位に入賞した素晴らしい選手達のうちの一人に加われるかも知れない。
思いついては書き、書いてはまた消し、いつでもセリフが浮かんだらすぐ書き留めることのできるように、枕元にもメモ用紙をおき、そうやって書き溜めたスクリプトメモは厚さ2cm近くにもなりました。
私のやっていることは無駄じゃない。
きっと大丈夫。
私は、新入社員の頃から会社で受ける電話の評判が上々だったのにも気をよくして、すっかりそう思い込んでいたのです。
地区大会の日が近づいていました。