この曲は三度、生を受けた。

 

 レコーディングは、「スローな愛がいいわ」と同時期だったらしい。シングル候補だったのだが、「いろいろな意味でまだ早い」ということでお蔵入りになったと聞く。それを惜しんだ宏美さんが、コンサートで披露していた。1980年1月、私は最初に足を運んだコンサートで、幸運にもこの「そばに置いて」を聴いているのだ。

 

 1984年3月。宏美さんのデビュー10年目を記念して、デビュー曲「二重唱」から「家路」まで32曲のシングルを収録した2枚組のベスト盤『ダル・セーニョ』が発売された。「二重唱」から「夏に抱かれて」まではリミックス・バージョンというのがファンにはまた嬉しかった。そしてさらに、お蔵入りしていた「そばに置いて」が、片面だけのプレゼントシングルとして付いていたのだ!(裏面がツルツルなのが新鮮だった)「そばに置いて」が4年ぶりに日の目を見た瞬間である。

 

 

 そして1995年8月。宏美さんのデビュー20周年記念第1弾としてリリースされた『MY GRATITUDE 〜感謝〜』というアルバムで、「そばにおいて」として、ピアノとストリングスだけのニューアレンジで生まれ変わったのである。これに先立って行われた前年のディナーショーでも、同アレンジのこの曲が披露されていたが、この先数年にわたって、宏美さんのコンサートには欠かせない定番の楽曲に育っていった。

 

 

 この曲は、テレサ・テンの一連のヒット曲や「めだかの兄妹」で名を馳せた荒木とよひさ・三木たかしのゴールデンコンビの作品である。三木先生は、「思秋期」「あざやかな場面」のシングルをはじめ、他にも「パパにそむいて」「ランボルギーニが消えて」「いちご讃歌」等、宏美さんにとっての重要な楽曲を多く提供している。オリジナルのアレンジは、宏美さんのデビュー当時からレコーディングでピアノを弾いてきたという故・羽田健太郎氏。リメイク版は、オルケスタ・デ・ラ・ルスで活躍したSALTこと塩谷哲さんのアコースティックアレンジだ。

 

 Aメロの部分には、

 

♪ あなたの心の かた隅でもいいの

 そばに置いて 邪魔は決してしないわ

 

♪ ふりむかなくても 背中が見えてれば

 声かけて 呼んだりしないわ

 

などという詞が置かれ、1コーラスめも2コーラスめも、徹底して控え目な女性を描いている。それを受けて、メロディーもアレンジも抑制が効いている。

 

 Bメロを経て、サビのCメロでは、

 

♪ 息を止めたまま 眠り続けて

 死んでも かまわない

 

♪ 胸を切りさいて この命さえ

 すてても かまわない

 

と、別人のように激情に駆られる女性を表現している。その変化を、作・編曲者が完璧なまでに捉えて音楽にしているのだ。特に、ハネケンさんのアレンジはドラマティックである。

 

 そしてその変化を見事に歌い上げる宏美さんの絶唱で、歌の世界に完全に引き込まれてしまう。2コーラス終わって半音上がった後など、もう鳥肌モノである。最後は「♪ そばに置いて」と三度繰り返し切々と訴え、静かに曲を閉じるのだ。

 

 宏美さんは、自他共に認める「きっぷのいい、姐御肌」。しかし、この曲の歌詞のような、一歩引いた女性には強く共感を覚えているようで、特に「♪ ふりむかなくても 背中が見えてれば/声かけて 呼んだりしないわ」 という部分については、ライブのMCでも再三語っておられた。

 

 2010年3月に出た『岩崎宏美ゴールデン☆ベストⅡ』というCDのライナーノーツに、この曲は「30周年時のリクエストでも『聖母たちのララバイ』『思秋期』にも劣らぬ人気を得た」(臼井孝氏=つのはず誠氏)と書かれている。もはや押しも押されもせぬ、岩崎宏美の代表曲である。

 

 

(1984.3.5 アルバム『ダル・セーニョ』プレゼントシングル)