♪ 目を閉じていれば いくつも
あざやかな場面が
なつかしい歌につつまれ
色とりどり よみがえる
この歌詞の通り、目を閉じていると、あのシンプルなアコースティックギターのE♭のイントロと共に、宏美さんの素晴らしさに目覚めた当時の自分をめぐる「あざやかな場面」が、いくつもいくつも頭に浮かんでは消える。
作詞:阿久悠、作曲:三木たかし、編曲:三木たかし・船山基紀。私が初めて手にした宏美さんのレコードの、初めて針を落としたのがこの曲だった。シャッフルっぽいワルツに乗って宏美さんの歌い上げる情景や心情が、スーッとストレートに私の心に入ってきた。この時私はちょうど、高校卒業を間近に控えた1月。この歌を涙なしに聴くには、あまりに多感過ぎる時期だった。
初めて買った宏美さんのベスト・ヒット・アルバム
最初のAメロに「♪ なつかしい歌につつまれ」という詞が出てくる。高校時代合唱部に所属していた私にとって、仲間や大好きだった人との大切な思い出は、文字通り一つひとつなつかしい歌とセットになっていた。
「♪ 若い日なら何もかも/許されるもの/そんな無茶を信じてた/涙を流して」ーーこの部分などは、思い当たることがたくさんあった。まさにグサリと胸に突き刺さったように感じたものだ。
ツーコーラス終わった後、転調してEメジャーになる。そして「♪ そして時が少しだけ/うつり変って/すべて過去の想い出に/変ってしまった」に至っては、あまりにもタイムリーで、自分の想いとシンクロし過ぎていた。それを、宏美さんのこの時期特有の、低音から高音まで豊かな響きを持ちながら、詩情を湛えた歌声で歌われているのだ。これはもう涙しか出ない。半音上がって色彩が変わることで、「時が少しだけ/うつり変わっ」った感じが見事に表現されるアレンジも圧巻である。
この楽曲そのものについては、私の言いたいことのほとんどが、ぽぽんたさんの素晴らしいブログ『あの頃の、オリジナル・カラオケ。』で語り尽くされているので、是非ともお読みいただきたい。
ぽぽんたさんの触れていないところを一つ二つ話しておきたい。
まずこの歌は、最初のフレーズに「♪ なつかしい歌につつまれ」という言葉が現れるため、宏美さんの節目節目のコンサート(『25th Anniversary 〜Reversion』『30TH ANNIVERSARY LIVE SPECIAL Happiness』等)で、オープニングやメドレーの最初など、重要なポジションで歌われている。
次に、最後のポリフォニー的な「♪ ラララ…」についてである。「言葉にできない」のブログで、小田さんの言葉をご紹介したが、この「あざやかな場面」の溢れ出るような想いも、阿久先生をもってしても最後は言葉にできず、「♪ ラララ…」としたのではないか。
そしてこのリフレインは、元々のAメロに恰もサビのように振る舞わせる手法が、同じく三木作品の「思秋期」と共通しているのも興味深い。
さらに2004年のデビュー30周年記念の折りには、19歳の宏美さんと45歳の宏美さんがデュエットすると言う“Special Duet Version -'78+’04-"がリリースされている。大人の宏美さんが、若いのに頑張っていた当時の自分をまるで娘のように慈しむ母親のお声で歌われていて、感無量である。
2015年5月30日、府中の森芸術劇場での『40周年感謝祭 “光の軌跡"』初日。第1部のメドレー最後にこの「あざやかな場面」が歌われた。われわれは思い思いにペンライトやサイリウムを曲に合わせて左右に振っていた。と、最後のリフレインに入る直前、宏美さんが「どうぞご一緒に歌ってください」と言われたのだ。途端、私の心と身体は34年前の日比谷野音にタイムスリップ。あの会場が一体になった「時は流れて風が吹く」に感動しながらも、どこかで「これが『あざやかな場面』だったらもっと良かったのに」と思い、勝手に頭の中で描いていたイメージが現実になったのだ。
夢が叶った瞬間だった。と同時に、初めてこの歌を聴いた時にイメージされた高校3年間の思い出や、宏美さんと共に歩いた数十年が、それこそ走馬燈のように脳裏に甦り、私は激しく嗚咽した。それまで宏美さんの歌を聴いて何度涙したかわからないが、ここまで泣いたのは初めてだった。それでも、この夢のような瞬間を味わい尽くすため、必死に嗚咽を噛み殺しながら、「♪ ラララ…」と歌ったのだった。
今年の夏、ねとらぼ調査隊で「岩崎宏美のシングル曲で一番好きなのは?」というアンケートが実施された。大好きなシングルは数々あれど、「一番」と言われると、やはり私は「あざやかな場面」に投票した。ちなみにこの曲はそのアンケートで見事に第10位にランクイン。宏美さんの歴代シングルの売り上げでは23位(2021年12月現在)であることを考えれば、まさに「記録より記憶に残る」名曲と言えるだろう。いつまでも色褪せない「あざやかな場面」である。
(1978.5.5 シングル)