今日からちょうど38年前の1983年8月21日、「家路」が発売された。宏美さんの32枚目のシングルであり、『火曜サスペンス劇場』の2代目エンディング・テーマ曲でもある。
前作「聖母たちのララバイ」のミリオンヒットを受けての、「二匹目のドジョウ」狙いと言えなくもない。
①山川啓介・木森敏之コンビによる作品
②眠りなさい→お帰りなさい、の母性愛路線
③宏美さんの幅広いレンジを生かした、ドラマティックな楽曲
④アウトロのコード進行の踏襲
など、確かにそう思われても仕方がない点も多い。
だが、それだけに終わらないエネルギーがこの曲にはあった。岩崎宏美歴代シングル売り上げでも、この曲は6位にランクされているし、つい先日実施された「ねとらぼ調査隊」のランキングでも堂々の第4位である。そのこと一つとっても、この曲が根強い人気に支えられていることを裏付けていると言って良いだろう。
私も、リリース当時からこの曲は「聖母たちのララバイ」とはまた違った情趣に溢れた名曲である、という認識だった。あまり「二番煎じ」という感じを受けなかったのだ。
Aメロのフレーズは「聖母〜」よりも低く、宏美さんの豊かな低音の響きが堪能できる。そして、「聖母〜」はAメロとサビのみの構成だったが、「家路」はやや凝った作りになっている。ワンコーラスは大きく分けて以下の4つのパートからできていると考えられる。
A:ワイン・カラーのたそがれは〜
B:強がりのこの都会も〜
C:お帰りなさい 私のところへ〜
D:あなたは誰かに 寄り道をしただけ〜
Bパートのブリッジを経てサビに入るのだが、サビはCとDの二段構えになっている、と私は捉えている。曲の顔であるCパートの後、息つく間もなくさらに最高音(上のC)が使用され盛り上がるDパートが続くのだ。当時私の弟も「サビの歌い上げ感はむしろ『聖母〜』より好き」と評していた。
「聖母〜」に「♪ 小さな子供の昔に帰って」という歌詞が出て来るが、それと呼応するように「家路」には「♪ ひとを子供に変えるわ」という部分がある。のみならず、もう一歩踏み込んで2番の歌い出しに、視点が変わる印象的なパートがある。
♪ 小さな頃パパを待ち
改札口を見つめた
みんな愛に帰るって 信じられた遠い日
私以上の世代の方は、「家路」と言うとドヴォルザークの交響曲第9番『新世界より』の第2楽章のテーマに基づいて編まれた歌曲「家路」(Goin’ Home)を思い出される方も多いのではないか。私自身も子どもの頃学校の下校時刻の放送で流れていたり、キャンプファイヤーで歌ったりといった思い出がある。宏美さんの「家路」の2番のこの歌詞は、どこかその「家路」を想起させる郷愁と温かさがあるのだ。
また、「聖母〜」になく、この曲に付け加わった魅力と言えば、パワフルなコーラスに触れねばならないであろう。それまで宏美さんのオリジナルでは英語のコーラスはあまりなかったが、この「家路」そして翌年の「未完の肖像」は、大変それが際立っている(→「コーラスが耳に残る宏美さんの歌ベスト20❣️」)。
そして、何と言っても宏美さんは脂の乗り切った時期、素晴らしい歌声と歌唱力である。この「家路」をリリースした83年は、最後のリサイタルの年でもある。このリサイタルは幅広いジャンルから難曲目白押し、書き下ろしの「エアポートまで」を含んで、ドラマティックな表現力にも磨きがかかっている。それが、このシングル1曲にも遺憾なく発揮されていると言ってよい。
私はこの曲を聴くと、初めてヨーロッパをひとり旅した時のこともよく思い出す。日程は7/18〜8/16で、「家路」の発売以前なのだが、5月からすでに『火曜サスペンス劇場』のテーマは差し替えられており、耳に馴染んでいた。
私は旅行中、2度ホームシックになった。1度目は旅行初日にパリのホテルに到着し、ひと眠りして目覚めた時。言葉も解らず宿も決まっておらず、言いようのない不安に襲われたのだ。2度目は、旅も終わりに近づいたポーランドのポズナニ駅前でだ。前日宿泊したクラクフのホテルで、闇ドル買い*の声やノックに悩まされてよく眠れなかったこともあり、疲れて駅前に座りこむと、なぜか頭の中で宏美さんの優しいお声で「♪ お帰りなさい〜」とヘビロテ。旅程は何日か残っていたが、「もう、帰りたい!」と思ったものだ。
帰国後レコードを買ってから知ったはずの「家路」のジャケットが、私の頭の中では、ホームシックでヘタっているポズナニ駅前の自分と、1枚の画像になっている。🥰
*この時代、共産圏では実勢レートと公定レートが大きく隔たっており、日本人と見ると闇ドル買いがよく声をかけてきた。
(1983.8.21 シングル)