「JARTA中野崇のトーク」
http://7gogo.jp/lp/5TiHmD2PrEHWkVIvojdMdG==
「JARTA講師のここだけの話」
http://7gogo.jp/lp/8KEvcFDLhAtWkVIvojdMdG==
JARTA
中野 崇

大相撲の稽古場はお寺が多いのです。
当然ですが、ちゃんと土俵があります。

こんな感じで見学します。
静まり返っています。
聞こえるのは力士と親方の声だけです。
稽古中はとんでもない緊張感が伝わってきます。
今回は希望があったので、京都大学の学生・院生たちも連れて行きましたが、
彼らもかなり緊張は伝わったかも。
とにかく相撲の稽古は激しいです。
見学に行くと、彼らが毎日体力の限界まで追い込んでいるのを目の当たりにします。
僕はいつもトレーナーには自信ではなく、覚悟が必要と講習会で話していますが、それはこのあたりからきています。
理屈抜きに、我々に欠かせない姿勢だと思っています。

友人、高安関と。
(僕は写っていません)
稽古の時にはとても厳しい顔をしていたので、一緒に見学入った彼らはちょっとびびってたかも笑
実際話すと優しい人でよかったですね笑
相撲は国技とされており、昨今日本人力士が活躍できていないことが問題視されています。
しかし、僕が思う本当に重要な問題は、子どもたちが相撲している姿を見かけなくなったことです。
相撲は遊びとしてやるだけでも、身体の操作の学習においても非常に有効だと思いますし、つねに無差別級ですから、特に身体の小さい人には筋トレよりも絶好の鍛錬です。
(僕は3人の息子たちと、毎日相撲遊びしています笑)
JARTA
中野 崇

軸プッシュと言われる、バランスを保持しながら、しかも脱力しながらも力を出す能力を鍛えるトレーニングです。
いくら筋力があっても勝てません。むしろ力に頼れば頼るほど、負けます。
これは具選手を押さえ込んでいるところです。
押そうとしても、力が出せない、、という顔です。
(と後で言うてました笑)

攻守交代。今度は僕が押す側です。
絶対止めてやろう、という顔だそうです笑

しかし、このトレーニングは力に頼れば負けます。
力に頼るという運動構造では、筋力で勝る相手には有効ですが、外国人選手など、筋力で勝てない相手に対しては使い物になりません。
そこで筋肉の量やサイズを増やそうとするのは、骨格の構造上、限界およびリスクがあるのは明白です。
僕がここでお伝えしたかったのは、「力に頼らず相手を崩すという戦略もある」ということです。

もう少し実際の動きに近づけて、ショルダープッシュ。
「人間は硬いものに対してしか、力を発揮できない」という特性を利用すると、この体格差でも押し負けません。
相手に筋力を発揮させていないのですから、当然ですね。

力の多層化という考え方も紹介しました。
相手に伝える力の本数を増やせば、相手は崩せます。

もう恒例ですが、どんどんでかい相手が出てきます笑
写真はありませんが、結果は同様です。

大勢集まっていただきました。
大学の講義室、懐かしかったです。

終了後、具選手にはお礼に身体の調整。
軸プッシュのコツも教えて欲しいということで、ちょっとだけ指導しました。
すると、めちゃくちゃ強くなってしまいました。
さすが…。
彼なら「その感じ」をラグビーに活かしてくれると思います。

二日間の研修、僕は初日でお役ご免だったのですが、赤山と加瀬が残ってくれました。
二人とも大勢に囲まれて楽しかったそうです。
JARTA
中野 崇
2月21日、関東ラグビー協会指導者研修会に講師として呼んでいただき、インストラクターとしてJARTA認定トレーナーと一緒に参加してきました。
コンセプトは身体の使い方、そして指導。
主にジュニア世代に対する指導です。
半年前、協会の方がJARTAベーシックセミナーに参加いただいたことがきっかけでこのような企画が実現しました。
(以前報告していたラグビー講習会は今回の準備だったのです)
詳しい報告は、近日中に認定トレーナーの方からJARTA公式で発表されると思いますので、僕の方からは簡単に当日の様子だけ。
100名以上の指導者の方が参加されているため、グループに分けて説明と指導をするという形で進みました。
みんなが講義をしているころ、僕は現役選手のトレーニング指導。
ラグビー選手は怪我とその後のパフォーマンス低下に悩まされている選手が多い。
彼は腰の使い方のクセを変えるとかなり良くなります。
ラグビー選手は彼のようなクセを持っている選手が多い印象です。

講義スタート。午後ですし、理論部分はやや難しくなりがちで、少し眠そうな方も…。

ここで現役プレーヤーのゲスト登場。
現在大学生で最高のプロップ(スクラムの最前列)と言われる拓殖大学の具選手。
このあたりから一気にみなさんの目が輝き出しました。

毎回、ラグビー講習会では僕よりも確実に大きい相手と理論の実践として対戦させられます笑
はい、毎回相手のレベルが上がってきてます笑
(彼は身長180後半、体重120キロ後半です。)
いざ、勝負。
次回、彼との対戦の様子から報告です。
JARTA
中野
少しずつ日が長くなってきましたね。
寒いより暑いのが好きな僕としては、春が待ち遠しいです。
一年中温暖な気候がいいな~とも思いつつ、今のような寒さを知っているから暖かさの良さがわかるという関係もあるので、なかなか難しいところです。
寒い日に食べる鍋も好きですし笑
さて今回は、表題の通り、「トレーニングに囚われるな」です。
もちろん選手や指導者の方々にもお読みいただきたい内容ですが、特にトレーナー的な立場でトレーニング理論を学んでおられる方には読んでおいていただきたい内容です。
トレーナーを目指したり、実際にトレーナー業をされている場合、ほとんどの方がご自分のトレーニング理論をお持ちだと思います。
(または構築中)
もちろん、トレーニング理論ですので、体系立てて構築されていると思いますし、ロジックに解説されてしかるべきだと思います。
勉強を進め、そのトレーニング理論を理解し有効だと考えられるようになった際、一点注意することがあります。
それは、「トレーニングに囚われない」ということです。
それがどんなに素晴らしいトレーニング理論であってもです。
これはご自身が持たれているトレーニング理論が正しいかそうでないかという論点ではありません。
トレーニングの目的は、怪我の防止や回復を含めたパフォーマンスアップのはずです。
つまり、トレーニング理論よりも、「トレーニングという行為そのものの目的」がまず上位にくる、優先されるべきだということです。
極端な例をいうと、いくら有名な理論でも、いくら科学的根拠が提示されていても、いくら理論的に成立していても、いくら有名な選手がやっていても、その選手・チームの目的が達成されることがなければ、彼らにとっては無意味なのです。
これはもちろん我々が提唱しているJARTAセンタリングトレーニングにも当てはまります。
どんなトレーニングにも絶対はありません。
選手の状態とトレーニングは補完関係にないとうまく効果がでないのです。
あるトレーニング理論のことを理解し共感すればするほど、無意識にすべての事象をそこに当てはめようとするのは人間の性かもしれません。
トレーナーという仕事をしていて、またはJARTAの理論を伝えていて、僕が最も恐れていることはここです。
つまり「トレーニングに選手を当てはめようとすること」。
自分自身も知らぬ間に陥っていないか、いつも注意しています。
何度も言いますが、トレーニングに絶対はありません。
(あったらどんなに楽か…)
数あるトレーニングの中から、どれを適応しようかと考えるとき、
・その選手そのものの状態・目的
・その競技の特性、チームの特性(戦術)
・運動体としての人間そのものの特性
など挙げればきりがありませんが、一言でいうと「なぜそのトレーニングをさせるのか」は明確に説明できる必要がありますね。
その選手だから、だけでも足りません。
その競技だから、だけでも足りません。
人間はすべてここが重要、だけでも足りません。
少なくとも、「人間がどういう運動体かという前提のもと、その競技をやっているその選手がこういう状態だから、こういう目的でこのトレーニングをしてもらっている」ということが端的に言えるぐらいは必要です。
(本当は、ここにそれぞれ「その理由は、、」と続く必要があります)
つまり、このように環境を含めた相手の十分な分析があって、その上でトレーニングの存在意義が生まれるのです。
場合によってはトレーニングしない方がいい、という判断もあるかも知れません。
この状態でトレーニングしたらマイナスの学習になる、、という感じです。
そのためには、解剖学や生理学は当然のことして、運動力学や各要素の関係性を階層構造でとらえる関係主義、動作分析、構造運動学が必要になるのです。
JARTAではさすがに解剖学や生理学の基礎の部分まではお伝えしていませんが、それ以外の事柄については、すべて講習会でお伝えしています。
受講資格は、スポーツ選手のパフォーマンスに本気で関わろうという意思のある方でしたら、資格に関わらずどなたでも大丈夫です。
すでにリハビリ関係者だけでなく、看護師・柔道整復師・鍼灸師・スポーツ指導者・スポーツ選手・プロ野球専属トレーナーなど、様々な立場の方にご参加いただいております。
基礎知識に不安がある方は、事前に事務局または講師にお伝えください。
必ずフォローいたします。(でもしっかり事前学習はしてきてくださいね)
詳しくはこちらから
http://jarta.jp/seminars/
JARTA
中野 崇
今回は、今年から新たにJARTAがアドバンス1以降の講習会の中心的位置づけとして取り組んでいる、「動作分析」についてです。
観点はいろいろありますが、ここでは特にスポーツ分野における動作分析の重要性・意義について書きたいと思います。
動作分析、すなわち対象者の動作を読み取ることは、身体の治療や運動に関わる立場の方にとっては非常に重要なことであり、特に私たちのようなスポーツトレーニングに携わり、選手のパフォーマンスを向上させようとする立場の者にとってはこれ以上ないというぐらい重要なものです。
しかしそれに対して一般的に、動作分析は非常に難しいと言われています。
特にスポーツの動作は速度が高いために非常に難しいとされています。
さらにスポーツの動作は、出現するパフォーマンスの「結果」は再現性が求められるにも関わらず、相手選手との関係性など、局面により非常に流動的に影響を受ける要素が含まれているため、動作は一般の生活動作に比べて多岐に渡りますし、多岐に渡るべきです。
トレーニングに携わる方にはちょっと考えてみていただきたいのですが、(施術するポイントや)処方するトレーニングの項目はどのような根拠を持って立案・決定していますか?
もちろん前提には選手の、どこが痛い、ここがおかしい感じがする、などの主訴がありますが、その原因を判断するには、ほぼ必ず動作を確認する必要がありますよね。
単に痛みをとるだけならこの限りではない場合もあるかもしれませんが、僕がやりたいことは、単に痛みをとりたいのではなく、パフォーマンスを向上させること。
だからいずれにせよ、絶対に動作を見て分析できる必要があるのです。
問題(主訴・課題)があって、「原因」があって、初めてそこに解決策(施術・トレーニング)が成立するのです。
この「原因」を追求するための根拠となるのが、まずは動作分析が重要なのです。
局所的な評価は、それに基づいて効率的になされるべきです。
いくら全身がつながっているからって、毎回全身を詳細に評価する時間を確保しようとするのは研究以外では現実的ではありません。
こういう一般的な理由から考えても、動作分析が的確にできることは当たり前に重要なことですが、スポーツにおいては、さらに特有の重要な理由が存在します。
それは「マイナスの学習」というリスクです。
スポーツ選手のパフォーマンスに関する問題(課題も含めて)を解決しようとする際、多くの場合施術に加えてトレーニングを処方することになります。
つまり、選手にトレーニングをさせるのです。
これは言い換えると選手にそれ相応の「努力」を要求することになります。
要望に応えるために、問題を解決するために、トレーニングを処方する際にはそのトレーニング項目がそれらの原因に的確にマッチしている必要があるのは当然です。
この段階で、もし、原因を的確に捉えることができていなければ、選手は解決したい問題の原因とは違う解決策を用いて努力することになってしまいます。
これは選手の問題解決に向けた行動にとっては、残念ながら無意味と言わざるを得ない状況になってしまいます。
まさに「無駄な努力」となってしまうのです。
そしてこの現象はそれだけに留まりません。
「マイナスの学習」の話はここからです。
選手にトレーニングをさせる場合、選手はその際の「運動様式そのもの」を身体にプログラミングし、学習します。
運動様式の学習というのは、トレーニング科学で言われている運動学習だけでなく、その際の認識状態なども含めてです。
例えば、「力を出すことだけに集中する」状態での筋力発揮は、そのような筋力発揮の運動様式の学習につながり、実際の場面では力を出すことだけに集中していい場面などほとんどないにも関わらず、「そのような力の使い方・発揮の仕方」を習得してしまうということです。
その結果、筋力はついたけどボールは打てなくなった、といった「肉体改造の失敗」が実例的にも後を絶ちません。
トレーニングにはこういう負の側面も存在していることを、スポーツに関わる方は認識しておく必要があるのです。
(詳しくはJARTAベーシックで説明しています)
話を戻します。
つまり、動作分析が的確にできないことに起因するトレーニング処方の失敗は、問題解決の解決策とは違う努力を選手にさせることで問題が解決されないどころか、”今までより下手にさせてしまう”、という悲劇を引き起こすリスクがあるのです。
我々、身体運動に携わる立場にある者にとって、それだけ動作分析というものは重要な位置を占める能力です。
冒頭で述べたように、スポーツの動作は非常に難しいです。
しかし、繰り返しになりますが、身体運動に関わるのであれば、対象者の動きをその場で自分の目で見て分析できなければ、的確な指導はできないことは言うまでもありません。
そして、スポーツ分野ではその不的確性が選手に「無駄な努力」を要求するばかりではなく、「マイナスの学習」につながってしまいます。
非常に難しい分野であり、経験が非常に重要とされる動作分析の上達という分野に、JARTAが取り組んでいる理由はこういったところにあります。
「努力」は選手の責任。
「努力の方向性」はトレーナー、指導者の責任です。
JARTAでは、動作分析に関してアドバンス1以降、構造運動学を基盤として学習していただいております。
JARTAオフィシャルサイト
JARTA
中野 崇
今回はJARTA公式ブログに掲載されたスタッフの記事についてです。
JARTA認定トレーナーで講師もしている岩渕トレーナーが書いてくれました。
まずはこちらを読んでみて下さい。
なかなか難題ですよ。
「科学的根拠」について。
これは人間の身体運動に携わる上では永遠のテーマだと思います。
科学的根拠が必要かどうか。
記事にもある通り、僕の考えでは”最優先ではない”というのが結論です。
結果を出すことに追いつめられ続けている立場にあるスポーツ選手を対象としたサポートをしている限り、「最良の結果に近づけてあげられるかどうか」が全ての基準であるべきだと思います。
つまり科学的根拠が必要かどうか、科学的根拠があるかないか、ではなく、もう一段高い視点である「パフォーマンスアップに寄与できるかどうか」という観点が何においても最優先されるべきであるということです。
では、パフォーマンスアップに寄与できるかどうかの指標は何なのか。
海外も含めて世の中にはパフォーマンスアップに関して様々な理論が存在しています。
それぞれに理論や技術体系があります。
結論から言うとそれらは正解のときもあり、間違いのときもあります。
JARTAのトレーニング理論も当然そこに含まれます。
これらに対する僕の答えは、「合理的かどうか」です。
僕は自然の摂理を非常に重視しています。
自然界では、合理的でなければ、自然の理にかなっていなければ淘汰されます。
たとえば陸上生物であれば、重力下でどう効率的にスムーズに素早く動くか、いつエサを得られるかどうかが不明な生活の中でどう省エネで行動できるか、いかに獲物または天敵に察知されずに動くか。
これらは全て自然界の中でいかに生存していくかに直結しています。
すなわち非合理性は死や種の絶滅に直結しています。
例に少し出したこの自然界での合理性追求は、スポーツに置き換えるとそれぞれハイパフォーマンスと言えることにお気づきでしょうか。
スポーツで死ぬことはないですが、スポーツにおける非合理性は怪我やパフォーマンス低下につながります。
例えば、以前筋トレの記事でも述べましたが、自然界では重力下で動いたときに、姿勢や動きの制御のために初めて筋力が要求され、その結果、動きや環境に対する「適応」として筋力が発達しています。
対して、現状のスポーツ科学では、多くの場合「この動きにこの筋肉が必要だから」「この動きを作りたいから」「身体を大きくしたいから」といった要求が先にあって筋力をつけようとしています。
僕は決して筋トレの必要性を否定はしませんが、自然界の理に沿った合理的な筋力アップの順番があると考えています。
僕のブログ内容に関するご質問やご意見は、755でも受け付けております。
他のJARTA講師の意見も聞いてみたければ、JARTAオフィシャルの755で質問してみてくださいね。
最近は、JARTAを通して特に理学療法の学生の方々にお会いする機会が多く、本当にスポーツ分野に関わりたいという気持ちが強いんだなと実感しております。
JARTAという事業をやっている僕からすると本当に嬉しく、楽しみです。
また、自分の志望動機を実現するために行動されていることには頭が下がる思いです。
そういった方々にお会いしたり、SNSなどでやりとりさせていただく中で、最近一つだけ危惧していることがありますので、ここで述べさせていただきます。
それは、反発を恐れずに言いますと、スポーツ分野に関わりたいが故に高齢者の方を対象とした一般的なリハビリテーションを軽くみるという傾向です。
自分がスポーツ分野に関わりたいという思いを持って理学療法士などを志した場合、どうしても高齢者の方を中心としたリハビリテーション分野の勉強が「自分のやりたいことと違う」となっていないか、ということです。
結論から言いますと、それは絶対に間違いです。
それだけはやってはなりません。
スポーツ分野を志したいと先輩や学校の先生に相談した際、多くの場合、「やっていけない、難しい、まずは一般病院で高齢者の方を診れるように、10年早い」などと言われます。
そこでよく「スポーツでやっていけてない人」に相談するからそんなこと言われるのだというアドバイスを僕自身も言ったりしていますが、それは「ネガティブな意見で諦めるべきではない」という観点だけであって、そういった先輩方の言うアドバイスは実は本質的には的を得ています。
一般的なリハビリテーションを少しでも軽んじる者は、絶対にスポーツ分野のサポートも出来ません。
スポーツ分野を目指すことは素晴らしいことですし、とても意義があります。
ただしそれと一般的なリハビリテーションを軽視することとは全く別問題です。
両者のつながりがわかっているからこそ、高齢者の方のリハビリを本気で出来るからこそ、スポーツ選手にも真に貢献できるサポートができます。
特に医療分野では、目の前の困っている方にすら本気でサポートできない者にスポーツ分野どころか、やりたいことを目指す資格はありません。
目の前で困っている方に対して、手段を選ばす真に貢献しようとする姿勢は、相手に関係なく、それが全ての根本です。
学生の間には、知識や技術、人脈よりも、そういった姿勢を学んでおいてほしいです。
そして実習がいくら要素主義的な観点で進められるからって、軽視してはなりません。
実習で何を学ぶかって、知識や技術よりも「医療者としての哲学」です。
それをバイザーの先生から学んでほしいです。
僕は今でこそスポーツトレーナーとして活動していますが、臨床に出てからは医療、そして介護分野で何年も徹底的に鍛えられました。
人の死にも立ち会うことになります。
担当していた方が亡くなってしまい、先輩から泣くなと言われても涙が出るので、トイレで隠れてよく泣きました。
そんなときには何度も何度も自分に問いかけることになります。
「本当に限界まで全力でやったのか?もっと出来ることはなかったのか?」
これの繰り返しです。
医療・介護の分野は本当にシビアな世界です。
僕は決してスポーツだけやってきた訳ではありません。
それらの分野には理屈抜きでの難しさがあります。
みなさんの先輩方の多くはこういった世界に身を置いて患者さんたちと向き合っています。
そこには人に関わることとはどういうことなのか、自分ができることって何なのか、といった自分や人間の本質に迫られる経験があります。
改めて言います。
高齢者の方を中心とした一般的なリハビリテーションを軽視する者は、スポーツ分野で活躍はできません。
目の前の、身体や動作、生活で困っている方々に、全力で向き合うという経験があってこそ本当のサポートができるようになります。
今回の話は、スポーツ分野を目指すなという意味ではありません。
スポーツ分野だけに目を奪われて自分たちがすべきことの本質を見失うなということです。
スポーツ分野にしか興味が出なくてそこにしか本気になれない、というようでは、本当に良い選手には底が見破られます。
僕のブログ内容に関するご質問やご意見は、755でも受け付けております。
他のJARTA講師の意見も聞いてみたければ、JARTAオフィシャルの755で質問してみてくださいね。
「JARTA中野崇のトーク」 http://7gogo.jp/lp/5TiHmD2PrEHWkVIvojdMdG==
「JARTA講師のここだけの話」 http://7gogo.jp/lp/8KEvcFDLhAtWkVIvojdMdG==
前回の記事から派生する内容として二つ。
前回の記事はこちら。
一つは、筋トレのもう一つの作用に関すること。
もう一つは、選手を自分の理論の枠に当てはめようとしてしまうことについて。
今回はまず一つ目について触れたいと思います。
筋トレのもう一つの作用、これは精神的な作用です。
試合で結果を出すことを望む、または周囲から強く要求(期待)されることで、選手は日々かなりの不安の中にいます。
しかも、スポーツで良い結果を出すのは、厳しい受験以上に流動的な要素に左右されやすいです。
つまり、例えば審判の判定一つで、または靴ひもの状態一つで、天候によって、、といくら努力を積み重ねてきていても、当日に作用する、自分ではなんとも制御できない、様々な流動的要因によって支配されています。
その要因の中で、何とか自分で制御できるものに近いのが、自分の状態です。
(ちょっとややこしい書き方ですみません。制御できると言い切れないのは、その選手が意識や認識についてどのレベルで捉えているかにも影響されるからです)
そこで多くの選手は、何をするかというと、身体を限界まで追い込もうとします。
何のためにか。
もちろん筋力アップも含みますが、それ以外の理由として、「限界までやった、という記憶・経験」を求めていることは経験上明らかです。
つまり身体を追い込むトレーニングそのものを、精神的なトレーニングに転換していると言えます。
ただし、「しんどいことに耐えた」では、この精神的トレーニングは実は試合ではあんまり効果がないこともわかっています。
しんどいことに耐えた→試合で頑張れる
という図式が頭の中で構築されていると思われますが、この「→」の部分があまりに曖昧です。
これは選手だけでなく、むしろ指導者の立場にある方の思考回路がこのような短絡的な図式になっているのが原因かも知れません。
本当に、練習やトレーニングで限界まで耐えられれば、試合で頑張れるのですか?
それはなぜ??
トレーナーやコーチは、選手に努力を強いている以上、これらの質問に論理的に答える必要と責任があります。
答えから言うと、これはケースバイケースです。
つまり、練習やトレーニングを頑張っている状態(認識や意識、身体の使い方、身体の除隊)が、試合の状態に適したものである、ということが条件になります。
逆にいくら努力して努力して、限界に挑戦していようとも、上記の状態が試合の状態に適していないままでは、結果として試合には活かせないと言えます。
トップアスリートが限界に挑戦するトレーニングの様子をメディアで目にすることが多いと思いますが、彼らは当たり前のようにこの最適化作業をやっています。
選手が限界に挑戦する。
選手に限界に挑戦させる。
こういった努力はまさに試合で最良の結果を残すためであるはずです。
そのためには、努力する、努力させる際の、努力を実らせるための「前提条件」を今一度ロジックに考えてみてはどうでしょうか。
JARTA
中野 崇
年末からここまで、JARTAの講習会の内容アップグレードに伴う作業やスタッフへの伝達、選手とのやりとりなどなど、かなりやることが多く、最近はこってりした内容の記事が書けていませんでした。
今はプロ野球選手たちの自主トレ帯同で熊本に滞在していますが、少し時間が作れたので、また少しずつ今考えていることを書いていきたいと思います。
先ず今回は、「筋トレのもう一つの効果」の続編です。
以前の記事はこちら。
筋トレには筋力増強という目的以外に、選手心理独特の作用があると書きました。
我々トレーナーが仮にそのトレーニングを変更させる際、選手が得ているそれらの効果を凌ぐことができるかという側面まで考える必要があります。
つまりこれは、理論的に正しいか否かという観点を超えたところでした。
いくらトレーニングが論理的にまたは科学的に正しいとしても、逆に間違っていたとしても、トータルとして選手にプラスになるのかどうかが全ての基準です。
自分が正しい、間違いない、と思っている理論や手段を持っている人ほど、相手を枠に当てはめようとする傾向には注意しておく必要があります。
これは結構無意識にやってしまいます。
このあたりは、また別の記事で詳しく触れたいと思います。
話を戻すと、この”トータルとして”に関する部分は、非常に曖昧になりがちなのでよく心に留めておいてほしいのですが、「”トータルとして選手にとってプラス”というのは、どういうことなのか」をちゃんと考え抜いておく必要があります。
つまりトータルでプラスという方向性にベクトルを向けたいのであれば、そのベクトルの向かう先を定義しておく必要があるってことです。
向かう方向と距離がわからないまま走ることほど、リスキーなことはないですよね。
特に過酷な環境であればあるほど、リスクは高まります。
昨今、様々な情報が確保できる環境下では、良い意味の言葉は悪い意味の言葉以上に曖昧なまま納得してしまいがちです。
何となく、この方向、、では、はっきり言って選手やチームを指導する立場としては無責任です。
ではどのようにこれらを設定していけばいいのか。
要するにこれは目標設定とそれに関係して手段までを構築するという考え方が必要なんです。
JARTAアドバンス1の4日目で僕がお話ししている5W1Hの部分ですね。
時間的要因、空間的要因、人的要因などです。
具体的には、例えば時間軸だけ考えても、今シーズンをトータルとするのか、この試合をトータルとするのか、はたまたその選手の競技人生全てをトータルとするのかによってもそれぞれの要因は変わります。
そしてそういった部分を考える際に、必ず出てくるであろう「良いパフォーマンス、良い状態」などもやはり曖昧になりがちなので、「良いパフォーマンスとは」「良い状態とは」を定義するという形で考える必要があります。
また、対象がチームであれば、「良い(または勝てる、理想的な)チームとは」を定義する必要があります。
その定義の仕方は、当然ですが一側面だけでは不十分で、関係主義的に構造を捉えて構築していく必要があります。
(JARTAではアドバンス2以降で演習をやっています)
対象となるものを定義化することは、非常に遠回りで面倒と感じるかも知れませんが、上達のためには実はかなり近道です。
使えそうだと思った方は、ぜひ試してみてください。
僕のブログ内容に関するご質問やご意見は、755で受け付けております。
他のJARTA講師の意見も聞いてみたければ、JARTAオフィシャルの755で質問してみてくださいね。
「JARTA中野崇のトーク」
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「JARTA講師のここだけの話」
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中野 崇