「バックパッカーがH・Ⅰ・Sの役員になった奇跡」小さな会社の未来の創り方 -62ページ目

「バックパッカーがH・Ⅰ・Sの役員になった奇跡」小さな会社の未来の創り方

出来ない事はやらないことだとHIS創業者「澤田秀雄」氏から学んだ。ベンチャー魂と自ら経験した多くの失敗が成長の奇跡を創る。伝える事よりも伝わること!直ぐに実践したくなる、熱き魂に触れてください。

「高岡商工会議所 青年部様 元気が一番!!」①


 5月28日(水)は富山県高岡市で講演でした。

最初、お話を頂いたとき、高岡というのは新潟と思ったのです。回りの知り合いに聞いても高岡?・・・新潟に行くの。という感じでした。なぜか?僕の頭の中では、高岡市が富山県だという認識がなかったのです。・・・高岡の皆様、ごめんなさい。

 今回は小松空港への飛行機の便が往復とも時間の都合で合わず、博多から列車で行く事になりました。東京に戻っても大して変わらないので、博多から先ず、新幹線で新大阪へ、そこで湖西線/北陸本線に乗り換え、サンダーバード号で高岡へ片道6時間弱ですね。・・・列車の移動が6時間というのは正直言って疲れました。本を読んだり、空想したり、眠ったり・・・と、石川県の金沢を過ぎたら、着いてました。

 因みにロシアのウラジオストックと富山空港に週4便、飛行機が飛んでいて、高岡まで片道3時間20分なんですね。


日本三大大仏の高岡大仏です。奈良、鎌倉、高岡となるのですね。ホテルの窓からパチリです。



 駅には懐かしい顔のお二人が車で迎えに来てくれてました。一度、福岡の僕のオフィスにご挨拶に来ていただいた、今回の担当のお二人です。真摯な真面目な態度のお二人は一度、会っただけでとても好印象を感じました。

 先ずはホテルにチェックイン、それから高岡商工会議所ビルの会場へ、。

そこで今回の主催者である高岡商工会議所青年部の皆様とご挨拶です。とにかく皆さんは礼儀正しく、元気が良いです。その態度、対応を見ただけで、皆様の団結力の強さを感じる事が出来ました。・・・高岡・・・凄いぞ!!

・・・1時間半の講演は皆様の熱気でテンション高く終えることが出来ました。本当に有り難う御座います。



退場した後にパチリです。皆様の温かい拍手を決して忘れる事はないです。



 さぁ、これから富山が誇る美味しい物を頂く事になりました。懇親会です。


右、手前が会長の鎌谷氏です。本当に熱い!信念をお持ちの経営者ですね。


 料理が運ばれてきました。気遣いをしていただき僕の目の前には、大きな鉢に刺し盛です。鯛、ハマチ、甘エビ、ウニ箱盛、イカ、マグロ赤身・・・北陸の海の幸がまるで踊って手招きしてるようです。


見事な鯛ですね。このお刺身の透明感&色を見るだけで新鮮さが伝わるでしょう!






うっぅっ・・・旨い!! 」 堪らないです。美味しい!!


ノドグロの塩焼きです。レモンを絞って醤油を垂らして頂きました。極上の味です。

東北のキチジ(キンメ)も旨いけど、負けてません。・・・脂の乗りも良く、身もホロっと口の中で遊び、上品な味が舌を頷けさせます。・・・旨い!!


また、見事な焼き姿です。串入れも、火加減も丁寧な仕事ですね。



次から次に料理が運ばれてきます。カニ、サラダ、鍋、本当にご馳走のテンコ盛り状態です。僕のお腹も太鼓腹になりました。

 また海老の素揚げも美味しかったです、頭からそのまま”ムシャムシャ”と頂きました。

この海老はガス海老でよかったのかしら?美味しかったです。





 とにかく熱い青年部の皆様、美味しいものを食べ、談笑し楽しい一時を過ごす事が出来ました。



 それにしても、ビールの後に頂いた、日本酒、銀嶺”立山”・・・素晴らしい逸品です。旨すぎる・・・飲みすぎました。


 本当に”高岡商工会議所 青年部”の皆様、有り難う御座いました。皆様のお蔭で講演も懇親会も楽しく、大変有意義な時間を過ごす事が出来ました。

 富山県高岡市が大好きになりました。これからも宜しくお願いします。もう、新潟と思うことはありません。・・・大変、思いで深い一日でした。皆さんの健康と事業のご発展をお祈り致します。

 さぁ、2次会へ「えっ!2次会」・・・「行きます。」それでは2次会編は明日のブログでご紹介します。

「7days,サンジェルマンデプレでジェラートを」⑭(2008.05.19)


 僕の好きな街はソルボンヌ大学を中心としたエリア5km以内のサンミッシェル、オデオン、モンパルナス、シャトレ、サンジェルマンデプレ辺りのカルチェ・ラタンと呼ばれる地域・・・所謂”ラタン”ラテン語を話す学生の地区と言うこと、ソルボンヌを中心とした学生街である。・・・ビストロ(食堂)やシャンソニエ(シャンソン酒場)、シネテリエ(映画館)や洋服屋、雑貨店、花屋、本屋等が立ち並ぶ地域である。

 ここは小道が良い、大通りから横道に逸れ、更に小さな道に入り込む、プチホテルやカフェが並ぶ、。こだわりの美学のセンスを感じる看板たち、。決して奇抜でもなく、原色を使った派手な煌びやかさもなく、でも、見事にオーナーのコンセプトを主張している。「俺はこんな風に思っているんだよ。」「私はこんな生き方をしたいと思っているのよ。」「私達は先祖から受け継いだこんな事を大事にしてるのです。」と声が聞えてきそうである。さり気無く、されどしっかりと存在感がある。ヨーロッパの正真正銘の美学と教養を感じるのである。

 しばし僕の散歩に付き合って欲しい。


住所表示もイカシテルね!!



本屋さんのウィンドディスプレイ、白い布のに書かれた文字が文学的で素敵でした。



こちらも本屋さん入り口の前に置かれた書籍の山、この無造作さにもセンスがありますね。



パスタとワインの専門店です。

長~い間口の花屋さん


やっぱりカフェは路上に出る事で、存在感を出すのです。




看板三重列・・・上を向いて歩くのも愉しいですね。



なぜかレストランのコックさんの人形の横に骸骨が座ってます、エスプリが効いてますね。


ワインレッドのカラーの看板がVAN(ワイン)を連想させますね。



プチホテルです。それにしてもユーロー高で2星、3星で2万円以上しますね。





 ちょっとここで一休み、アイス好きの僕には堪らない!!イタリアのジェラート屋さんがあった。


人気店ならでは売り切れが出てるものもありました。



どうしてラテンの未婚の女性はこんなに可愛いのだろう?



・・・「うぅーんとね、バニラとコーヒーとレモンね」

 甘酸っぱいレモンの風味がバニラの芳醇な甘味に溶け込み、舌の上で冷たく遊ぶ、直ぐに溶けては苦味の利いたコーヒーが後に続く・・・堪らない美味しさ・・・


Amorinoというイタリアが本店のお店です。



 サンジェルマン・デプレでジェラートはイカシテル、。


「7days,デジュネはカフェでフレンチを、。」⑬(2008.05.19)



 ホテルのチェックインは14時半からと言う事で、後、2時間あります。お昼だし、飛行機では眠っていてプチ・デジュネ(朝食)を抜いたので、隣のカフェでランチです。

€8.5と€10.5と€12.5のセットメニューがあります。久々のパリです。お腹も空いているので€12.5のメニューをお願いしました。

「ムッシュ!シィルブプレ!・・・」

 先ずは生ハムが刻まれたシーザーサラダ風です。



メインはペッパーのホワイトクリームソースのステーキです。


 それにデザートが付いて、最後にカフェ・オレを注文しました。


このクリーミィな泡立ちはカプチーノに近いですね。



 ちょっと残念だったのは、昔はお砂糖は殆ど角砂糖で素敵な絵が描かれた紙で包まれてました。今はスティック状に変わってしまったようです。

 白ワインと水(ガス入り)を頼んで€20でした。日本で3,200円・・・「ウゥーン、微妙に高い気が・・・しますね、。」・・・ユーロに対して日本円が安すぎるのですね。実勢は€1は120円位の感覚だと思います。


「ムッシュ!ラディシオン・シィルブプレ!/お勘定お願いします。・・・」

「7days,30年後に・・・再びパリの始めての宿泊地」⑫(2008.05.19)


 夜のニューヨークを飛び立ったAA120便は大西洋を約7時間かけて横断して、翌日の19日の午前11時にフランスはシャルル・ドゴール空港に滑る様にランディング・・見事だった。少しの衝撃も感じないほどであった。

 ・・・31年前、リュックを背負った青年は期待と不安を心に背負い、強い衝撃と共に同じドゴール空港に降り立ったのである。

 
世界各国のエアラインが駐機するシャルル・ドゴール空港



 初めての海外への一人旅であった19歳の若き青年(僕です。)は右も左も分らない状態での道案内は前を歩く見知らぬフランス人だった。とにかく彼と同じ行動をしようと決め、付いて行ったのだ。・・・バスに乗り、エトワール(凱旋門)の近くが終点だった。それから地下鉄に乗り換え、向かった場所が4号線の終着駅Porte d'Orleansだった。そこにホテルを取ったのだ。


地下鉄4号線はPorte d'Orleansと蚤の市で有名なPorte d’Clignancourtを結んでいる。



・・・何と言う偶然だろうか、。今回インターネットのホテルサイトで予約したホテルは口コミ評価と値段で決めてきた。住所しか確認してなかった。最寄の地下鉄駅を地図で見ると・・・Porte d'Orleansである。


シャルル・ドゴール空港とパリ市内を結ぶ高速鉄道RERのB線である。



地下鉄4号線に乗り換える。RERとメトロは幾つかの駅で相互乗り入れを行っているので大変便利である。


 早速、空港から高速鉄道RERでDenfert Rochereauまで行き、そこでメトロの4号線に乗り換えてPorte d'Orleansに向かう。

 見覚えがある風景・・・7年ぶりに訪れたパリの宿泊は31年前に泊まったホテルの目と鼻の先であった。何も変わってないような気がする。目の前をトラムが走り、見覚えがある建物がそのまま・・・そこに・・・


トラムはモダンに生まれ変わったようだ



31年前と何も変わらない建物が目の前に、。デジャブを感じてしまう。




 今回も翌日の夕方までの短い滞在だが、身体中にあの時と同じ様にアドレナリンが活性して動きまわるのを感じている。

「7days,さよならニューヨーク、大西洋横断、!」⑪(2008.05.18)


 ニューヨークのホテルは(価格)高い!!本当に高い!!バミューダーも高かったがそれ以上に高い! 


16階の部屋からの眺めです。





 僕が今回、泊まったホテルはミッドタウンにあるMORGANS ,マディソンアベニュー沿いにある、こじんまりとしたデザイナーズホテルだ。グランドセントラルステーションにも近く、ミュージカルや美術館巡りにも便利な場所である。

 ここで朝食付き、シングル、シャワー付きの部屋で日本円で4万円を超えてます。

部屋は狭すぎず、しかし広くなく、ベッドやデスクなどの什器はお洒落です。アメニティ各種もセンスある逸品揃いですね。但し、ランドリー袋から細かなものまで、全て販売対象になってましたね。・・・もちろんインターネットのワイハイは無料でした。


レストラン入り口です。ロビーから入ります。


レストラン内部です。真ん中の大テーブルが朝食時はバイキングのメニューが並んでいました。



 朝食を摂るレストランはシュールなアジアンテイストでしたね。

朝食メニューはコンチネンタル様式です。僕はシリアルとグレープフルーツジュースとパンを頂きました。



 ロビーも廊下も部屋もムードを出す為でしょうが全体的に暗すぎです。只でさえ老眼で近くのものも見えなくなって来ているのに、鳥の目状態では困りました。まぁ、雰囲気は良いのですが値段と内容(品質)のバリューバランスは良くはないですね。

 現在、部分改装中で、出発当日はクローク(荷物預かり)がクローズで大変な目にあいました。パリへのフライトは夜の21時35分です。夕方までニューヨークのブルックリンやトライベッカ地区などを歩く予定です。荷物引きずって行くわけにはいけません。それに今は駅などでは911のテロの後は、どこも預かる場所はないのです。

 結局、同列の別のホテルのクロークに預ける事になりました。15分ほど荷物引きずって歩きました。・・・何だかこの時から嫌な予感が・・・? ホテルに荷物を預け、地下鉄でブルックリンへ、外へ出ると雨が、。雨が、。小ぶりになるのを待つが・・・更に酷くなる一方です。「どうしようかなぁ?・・・?」・・・待てば待つほど、雨が酷くなってきます。「うぅーん・・・?」・・・荷物を預けたホテルに戻って、早めに空港に行く事にします。空港のラウンジでシャワーを浴びてゆっくり過ごす事に決めました。また、夏に来るし・・・早速、荷物をピックアップ、雨に煙るニューヨークの街を後にして、タクシーでJFK空港へ。


キオスクで買った$5の傘とタクシーのウィンドーを叩きつける激しい雨です。


 チェックイン、出国検査を済ませて、ラウンジへ、早速シャワーを浴びて、雨に濡れた身体をさっぱりさせ、洋服も着替えます。・・・「気持良い!!」


JFKニューヨーク空港のアメリカンのラウンジのシャワー室です。



 ラウンジのソファーで寛ぎます。目が覚めると雨も上がり、滑走路は夕陽に染まっていました。


先ほど迄の激しい雨も上がり、空は夕陽の茜色に染まっていた。



 さぁ、ゲートーへと急ぎます。今度は目が覚めるとパリの朝です。


搭乗の列に並ぶ人々は帰国への安堵感と旅立ちの幸福感に包まれていました。



・・・さよならニューヨーク。


「時差ぼけなんて・・・する暇なくて・・・忙しかった。」


 21日にニューヨーク、バミューダー、パリと北半球一周の7日間の旅を終え、福岡の自宅マンションに夜、戻って来た翌日(22日・木)から終日コンサル(3社)で、その翌日(23日・金)は午前中はオフィスでデスクワーク、午後からテレビのレギュラーのコメンテーターとして出演 、終わり次第、新幹線で小倉に移動、ホテルの会議室で、監査役を務める会社の???件で監査法人とのミーティング、終了後、会食、新幹線で博多へ、

 24日、土曜日は講師を務めるF大学での補講日で2コマ講義、終わり次第、福岡ヤフードームで交流戦観戦、9回表に我らソフトバンクが逆転されたのを機に途中退場、そのまま、MY癒しの空間、自宅マンション傍の「コナ・カフェ 」でスタッフと一杯、そのまま夜9時からは仲の良い友人夫婦と中央区六本松”竹馬” で旨い肴を摘みながら一杯・・・0時過ぎに帰宅。シャワーを浴びて午前2時に就寝。

 本日、25日、日曜日は朝9時に起床、昨日の大雨が嘘の様に晴れ上がり、絶好の洗濯日和、先ずは布団を干し、掃除機をかけて、洗濯・・・珈琲をアメリカンで淹れてビスケットで朝食兼昼食、すぐさま車で中央区渡辺通りにあるBivi福岡に移動、コーディネートするイベント の立会い、本日は僕がコメンテーターを務めるメインキャスターの川上政行さん とメイクアップアーチストの松原美津子さん のトークセッション、メチャ面白かった。

 メイクを中心とした話を軸に二人のクロストークが炸裂、カルチャーも凝縮された素敵なイベントでした。

 今日はレギュラーのラジオ番組 が野球の交流戦の為、お休み・・・というわけで、久々に親友のギャラリーモリタ の森田さんとショップ巡り、いやぁ、福岡もパリにもニューヨークにも負けない素敵な驚きエッセンスが溢れたところ、洋服屋さんと家具屋さんです。・・・がありますね。・・・素敵な空間でした。その内、紹介しますね。

という訳で、帰国してから、時差ぼけなんて・・・する暇なくて・・・忙しかった。

  ・・・今、ようやく、久々のブログです。

 旅ブログもまだ、ニューヨークからパリ、帰国までの事と続きます。今週中には完結予定です。

 

「あぁ30年、もう30年、まだ30年」




 成田空港が開港して5月20日で30年を迎えた。僕が始めて旅に出たのは19歳の時、羽田からだった。次の年、開港一ヶ月目の6月に新東京国際空港から2回目の旅に出たのだ。当時は人形町の箱崎バスターミナルから空港リムジンバスで成田を目指した。空港が近づくと道路脇の畑や小高い丘に反対派による横断幕やバリケードが点在し、その周りをジュラルミンの楯を持った機動隊員が警備をしていた。

 要塞の様な検問所を3回は通過した覚えがある。その度にパスポートと航空券の提示を求められ、渡航目的を訊ねられた。

 まだ見ぬ海外へと旅立つ不安が出発前の物物しさにより、更に緊張感が高まり僕の小さな心臓は爆発しそうだった。・・・

 あれから30年、何度となく、この空港を利用している。以前の様な緊迫した空気を感じる事はないが、。あまりにも無防備になった旅行者の様子に逆に驚かされる。

 アメリカもヨーロッパも空港や駅、人が集まる公共の施設や公園には今でも、自動小銃を構えた治安部隊が警備をしているのだ。街行き交う人々も、荷物は壁側に持ち、襷がけ、或いはショルダーのベルトを手に2重巻きにしてる人もいる。道を曲がるときには必ず後ろを振り返る。電車やバスの中ではバックを手にクロスして抱え持つ、そして人の少ない車両には決して乗車はしない。・・・自己を守る事を自己によって気を付け完結しているのだ。・・・テロの抑制、未然の防止の為の治安部隊、スリや強盗などから身を守る人々、。

 ・・・海外の危険度が高く、日本が安全だという事ではないと思う。意識の持ち方の違いである。暗い夜道を一人では歩かない。知らない人間とは接触をしない。無防備な(露出度が多い)カッコはしない。など、自己防衛のための最低限の意識が働いた動きが取れているのだと思う。

 今まで100カ国以上の国を歩いて来た。僕に身に付いて来たのは”勘”・・・最低限の自己防衛の為の動きが取れる事である。「おかしいなぁ?、何か怪しいぞ!」と思ってしまう”勘”である。・・・お陰様でスリにも強盗にも遭ったことはない。・・・「君子危うきに近寄らず」である。僕は賢者ではないが、50歳になった今でも、一人で大して言葉も話せないのに、世界の様々な国を徘徊する事が出来るのは。30年で備わったこの"勘”のお蔭である。あぁ30年、もう30年、まだ30年・・・まだまだ旅は楽しく続けたいと思う。

「7days,食った!食った!ニューヨーク⑩(2008.05.17)


 宿泊するMORGANSホテルの1Fロビーで待ち合わせ、約束は20時、部屋を出るのが5分程、遅れる前職での元スタッフのS君は待っててくれてました。Sさんも5分ほど遅れて来ました。S君とSさんは2月にも会ってるんでね。約3ヶ月ぶりです。日本でたまにしか会わない友人や知人よりも会ってますね。

 今日は又、彼らと一緒に美味い肉を食べることが目的です。先ずは予約を前回食したところは除いて、一番美味いと評判の店に電話・・・残念ながらいっぱいです。次に2番目という店に・・・21時半に予約取れました。


グランドセントラルステーションのコンコースです。でかい!!



 時間まで1時間位あります。僕の提案でグランドセントラルステーションの地下にあるオイスターバーで生牡蠣をつまみにビールで乾杯です。



入り口で”ぱしゃっ!!”、。ちょっと誰もいなくて殺風景でしたが、中は満員でした。



 僕がここを知ったのは開高健のエッセイでニューヨークに行ったらココで牡蠣を食うのが最高なんやで・・・みたいなコメントが忘れられず、。機会があれば行くようにしています。まぁ、それほど高くなく安心です。歴史を感じる独特な雰囲気の中で味わう事が出来るのは魅了されますね。・・・


オイスターバーでS君が美人ウェイトレスに注文です。牡蠣の種類が多くて・・・



 時間を見て、ステーキハウスへ””、入り口に驚かされます。これを見ると美味しい肉を食べるということは、ある程度、熟成が必要な事が納得がいきますね。



入り口にある、肉の熟成ルームです。圧巻ですね。



 店内は数々の著名人が来店されているのですね。多くの写真が飾られていました。僕は一番量が少ないであろうフィレステーキを頂きました。若いS君はサーロインをSさんはリブステーキを・・・フィレで良かった。・・・それでも300gはあったんじゃないかなぁ。大変ジューシーに美味しく頂ました。


漸く半分です。美味しいけど、量が・・・



 最後にアイスクリーム屋さんに寄ってホテルに戻りました。8月に又の再開を約束して・・・Ciao!!


「7days,MOMA(近代美術)と借景・・・」⑩(2008.05.17)


 MOMAの館内のアートと窓の外に移る景色のコントラストが素敵でした。

アートは何もかも融合していくのかも知れませんね。享けつける?・享けつけない?・は誰も決められないものかもしれません。







言葉の介在は不要ですね・・・

「7days,MOMA(近代美術)の巨匠達?・・・」⑨(2008.05.17)

 

 誰もが知っている印象派の巨匠から現代の巨匠達、ロートレック「ムーランルージュ」、ルソー「夢」、クリムトやゴッホ、セザンヌ、シャガール、モネ、ゴーギャン、ピカソなど・・・数多くの美術の教科書で見たことがある作品が展示されている。

なにしろ15万点の所蔵である。 常設の巨匠達の作品も目の保養になって十分に楽しめるのだが、。企画展が面白いね。映像・光・音・鏡の屈折等を使ったシュールな度肝を貫く最新アートが来る人々を興奮の坩堝に陥れてくれる。


人が動くと光も動く、様々な色が変化するのも面白い。








雑誌の表紙も時代を映すアートです。


扇風機がヘリコプターのようにアトリウムの中を自由自在に飛び回っていました。


投影された文字アート、不思議と心を惹かれましたね。

・・・

 *本日(21日)に中部国際空港に到着しました。一週間で日本⇒ニューヨーク⇒バミューダー⇒ニューヨーク⇒パリ(フランス)⇒日本から移動に接ぐ移動でしたが、色々と楽しめました。
 ニューヨークからパリに渡った段階でインターネットの接続が上手くいかなくなり(回線が直ぐ切れるのです。)それでブログの更新をあきらめました。まぁ、その分、睡眠は良く取れましたよ。

 今、中部空港のラウンジでPCに向かってます。コメントやペタを頂いた方に漸くの返事です。遅くなりました。

 又、明日から猛烈に忙しい日程での仕事です。楽しんだ分、仕事も元気で旅よりも楽しんで思い切り頑張ります。ブログもニューヨークの続編とパリでの事を続けます。帰国後となりますが、当分の間、引き続き旅のブログをご覧下さい。

 ・・・これから夕方の便で福岡です。

それにしても中部国際空港恐るべしです。4Fにある銭湯で旅の疲れの半分はさっぱり出来ました。

今日の夜はゆっくりと睡眠を取りたいと思います。・・・・預けたバックの中のチーズが心配です。・・・潰れてないかしら・・・発酵が進み過ぎてないかしら・・・それではしばし休閑です。