気まぐれ厨房「親父亭」 -35ページ目

気まぐれ厨房「親父亭」

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男の料理レシピ「筍御飯」
     薄味にして筍の風味を味合う
     この時季ならではの炊き込みご飯


筍は孟宗竹、真竹、淡竹などありますが、シーズンの最初に出回るのは孟宗竹。掘って時間がたつほどアクが強くなるので、早めにゆでるのがポイント。糠を入れたりや米のとぎ汁を使ったりして、皮と一緒に茹でるのが美味しくなる秘訣です。
<材料>お米 3合、茹でた筍 300g程度、鶏肉 150g、油揚げ 1枚、三つ葉 適量、木の芽 少量、だし汁 3カップ、醤油 大さじ1、酒 みりん 各大さじ1/2、塩 小さじ1/2

 
<作り方>
お米を洗って30分ほど水に浸し、ザルに上げておきます。
筍は先の部分を縦にスライスします。根元の部分は横にスライスし適当な大きさにしておきます。
油揚げは油抜きをして、細かな短冊に切っておきます。
鶏肉は細切れにして、軽く酒をふりかけて塩コショーをしておきます。

 
炊飯器にお米を入れ、冷ましただし汁、筍、油揚げ、鶏肉の順に入れて、調味料を加えてスイッチを入れ、炊き上がりを待ちます。
炊き上がったら、刻んだ三つ葉を混ぜ込んで蒸らし、器に盛って木の芽をトッピングして出来上がりです。


鶏肉を入れるのもポイントの一つです。薄味にしていますが、鶏肉の出汁が味を引き立ててくれます。

男の料理レシピ「ロコモコ」
     お手軽なプレートランチ
     いかにも日本的なハワイアン料理

カツ丼をはじめ親子丼、うな丼、鉄火丼など、丼物といえばいかにも日本的な料理。
日系人の多いハワイの郷土料理「ロコモコ」・・・ルーツはやはり日系人にたどり着くようです。
最近はバリエーションが多いので、これといった定番を示しにくくなっていますが、基本的にはワンプレートにライス、ハンバーグ、目玉焼き、野菜などを載せ、グレービーソースといわれる調理した肉汁をベースにしたソースをかけて食べるものです。
今回、手軽にできるロコモコを紹介します。
<材料 3人前>
合挽肉 300g、玉ねぎ 1個、バター 20g、パン粉 大さじ5、塩 小さじ 1/2、コショー 少々、牛乳 大さじ2、マヨネーズ 大さじ1、中濃ソース 大さじ1、卵 3個、キャベツ 2枚、シメジ 1/2パック、白ワイン 大さじ2プラス3、醤油&みりん 各小さじ1~2程度、レタス 2~3枚、ライス 適量、トマト 1/2個
<作り方>
玉ねぎを粗みじん切りよりちょっと大きめに切り、バターをとかして軽く塩&コショーをし白ワイン(大さじ2)を加えて、玉ねぎが透き通るまで炒めます。
それを粗熱が取れるまでそのままにしておきます。

 
ボウルに合挽肉と一緒に粗熱が取れた玉ねぎ、パン粉、牛乳、中濃ソース、マヨネーズ、塩を入れて手でこねて生地を創る。
生地を3等分して空気が抜けるように掌でキャッチボウルをするようにして小判形に丸め、フライパンに油をひいてから、中まで火が通るように両面を焼く。

 
同時に目玉焼きを焼く。
大きめのお皿にレタスを敷き、彩りにトマトを添え、ライスや目玉焼きを盛っておきます。
 
ハンバーグが焼けたら、フライパンに残った肉汁で粗く刻んだキャベツとシメジを炒め、白ワイン(大さじ3)を加え、醤油とみりんを隠し味程度に入れて、塩&コショーで味を調えて、ハンバーグにかけたら出来上がり。
 
とろけるチーズをトッピングしたり、ソーセージや、フライドポテトを添えたりしてもよいでしょう。
ハワイに行くと、どのお店もこの2倍近い量で提供されますが、私としてはこれくらいの量がちょうどよいと思っています。



落語に見る食の風景~ラーメン屋
     哀愁漂うチャルメラの音
     屋台のラーメン屋も少なくなりました

 
 ↑福岡・中洲は今でも屋台がずらり

古典落語というのは、舞台が江戸末期から明治、せめて大正時代くらいのものとされています。したがって時刻を七つ、八つ、九つで表現したり、今日同様に5時とか10時とかで言い表します。
お金は9両2分とか16文などということもあれば、1円とか1銭2銭が出てきたりします。乗り物は駕籠、人力車、汽車や電車までは登場しますが、さすがに飛行機や新幹線は出てきません。
そういう意味では新作落語と言いながらも、昭和になって作られ、平成の今日に聴くにはいささか古めかしい噺がいくつもあります。
例えば「呼び出し電話」や「ぜんざい公社」「バスガール」など、今日では死後ともいえるタイトルのものがあり、個人的にはもう古典と呼ばれてもいいのではないかと思っています。
今回紹介する「ラーメン屋」は柳家金五楼が有崎勉というペンネームで作った噺で、5代目古今亭今輔が演じました。
九州・福岡の屋台は有名で観光スポットにもなっていますが、東京の夜の街で屋台のラーメン屋を見かけることは少なくなりました。
舞台は子供のいない老夫婦が東京の街角で営む屋台のラーメン屋。
すっかり夜も更けて、もうじき店仕舞いという時分に、若い男がやってきてラーメンを注文します。
よほどお腹がすいていたのか、続けて3杯あっという間に平らげます。
ところがこの男が食べ終わると「無銭飲食で近くの交番に突き出してくれ」と老夫婦に頼み込むではありませんか。
老夫婦は男に事情を尋ねます。
物心がついた時にゃ他人に育てられ、親もねえ家もねえ身。真面目に働くのも嫌になっちまって・・・。
今夜は寝る所もない、ブタ箱で一晩すごせば、朝飯だけは食わせてくれるから・・・とつぶやきます。
老夫婦は警察に突き出すどころか、屋台を引かせて家に連れて帰ります。
家に帰って始まるのは、3人での親子ゴッコです。
「お爺さん、家まで屋台を引いてもらった労働賃金はどうしましょう?ラーメンの3杯くらいトントンじゃないですか」
「そうだな、今夜はここでお休みなさい。汚い所じゃがブタ箱よりはまし。うちは子供もいない淋しい爺ぃ婆ぁなんですよ。100円差し上げますから、一言でいい"お父っつぁん"と呼んでくれませんか」
「じゃあ、目をつぶって言わしてもらうよ。お父っつぁん!」
「ああ、ありがとう、いい気持ちだ」と言っておじいさんは泣きます。
「じゃあアタシは200円出しますから、少し小声で甘えるように"おっ母さん"って呼んでくださいな」
「そんな、呼んだこともねえ言葉だし、難しいなぁ。こうかい?おっ母さん・・・」
「なんだい?」とお婆さんは泣きながら答えます。
お爺さんとお婆さんは次々に300円、500円と値上げをして、親子ゴッコが続きます。
やがてその男は老夫婦の情にほだされ、あくる日から老夫婦の息子として、ラーメンの屋台を引くことを決意する・・・という人情噺です。

かつてラーメンは日本のソウルフードということを当ブログに「ラーメン文化考」<その1><その2>と題して書きました。
この落語「ラーメン屋」についても<その2>の中で紹介しています。
http://ameblo.jp/bendream/entry-11332377544.html
http://ameblo.jp/bendream/entry-11338248231.html

今日のようにカップラーメンなどない時代、ましてやコンビニも深夜スーパーも何もない時代、夜の街角で提灯の灯りを見つけるとほっとしたものです。
あっさりとした醤油ベースで、シナチク、鳴門、海苔が乗っかった定番のラーメンの匂いがしてきませんか。
 
無口な親父、愛想のいい女将さんなんてのがいて、せっせとラーメンを作っているシーンが目に浮かぶでしょう。
時代を経て今日では、街のあちこちラーメン屋だらけです。
5代目今輔師匠の「ラーメン屋」、YouTubeでも聴けます。おススメです。
消えつつある日本の食文化・・・・クジラ
     食べられなくなる日が来るのでしょうか
     子供の頃の思い出が甦る懐かしい味

 
2014年3月31日、国際司法裁判所が「南極海で実施している日本の調査捕鯨が違法である」という判決を下したと報道されました。
若い人たちにとって鯨の肉は馴染みの薄いものだと思いますが、私が子供の頃にはごく一般的な食材でした。
郷里が捕鯨基地のあった下関に近かったからでしょうか、魚屋さんに行けばいつでも売っていましたし、鯨(ケ゛イ)テキ、鯨カツ、竜田揚げ、生姜と一緒に甘辛く煮たものなどがよく食卓に上がりました。
小学校の給食にも頻繁に登場していて、カレーのお肉も鯨が多かったような気がします。
刺身は解凍が進むとだんだん血も一緒に解けてくるので、子供の頃はあまり好きではありませんでした。(今は喜んでいただきます)
薄くスライスして茹でた鯨の皮(私の郷里ではオバイケと呼んでいました)を酢味噌で食べていました。
鯨のベーコンや保存食の塩鯨などもありました。
「なくてはならない」というほどに恋焦がれるものではありませんが、私にとって鯨はノスタルジックな食べ物で、とくに母が作った竜田揚げとか生姜の香りに包まれた煮物は今でも恋しく思います。
今回裁判を争ったのはオーストラリアで、鯨を食すという文化はありません。
カンガルーやワニを食べるのが野蛮ではなくて、鯨やイルカを食べることが極めて野蛮であるように訴えるのはちょっと解せません。
水産庁は判決を受けて今年の南極海での調査捕鯨の中止を決定しましたが、北西太平洋では判決の対象になっていないために継続する方針とのこと。
個人的には鯨が食べられないからといって問題はないのですが、食文化として鯨が根付いている地方の人や仕事としてたずさわっている人にとっては困った話だと思います。
日本での捕鯨の歴史は極めて古く、縄文時代にまで遡るとのことで、江戸時代に至っては「鯨組」と称して組織的な捕鯨が行なわれるようになりました。
有名な和歌山県太地町の追い込み漁も江戸時代初期に始まりました。
日本食文化として今日まで根強く残っているだけではなく、骨は装飾品などに、脂肪は投下用の油として、ヒゲや皮や内臓もいろんな用途がありました。
 
渋谷にある「元祖くじら屋」のホームページ上に「昭和25年創業のくじら料理専門の老舗」「調査捕鯨で捕獲されたミンク鯨をまるごと一頭使い、頭から尻尾まで、鯨料理一筋の料理長が吟味した一品をお出しいたしております」と書かれているではありませんか。
いずれなくなってしまうかもしれない・・・と思うと、なぜか食べたくなるのが人情で、過日行って来ました。
鯨の皮やベーコンなどは時々食べる機会がありますが、鯨肉は久しぶり(10年以上前に、長崎の思案橋にある専門店でいやというほど食べて以来)のことでした。
注文したのは刺身と唐揚げの二品で、最初に刺身が出てきました。
たっぷりのおろし生姜を入れた下地をつけてまず一口。
ほんのり甘くて、美味い!お酒に合います。
次は唐揚げ、竜田揚げと違い片栗粉が白いまま揚がっていて、レモンを絞ってかけていただきます。
身が柔らかくてあっさり味、これもイケル!
オーストラリアの人に何も言わずに食べさせたら「オー、ワンダフル!」「日本食、スバラシイデス」なんて言って抱きついてくるかも知れません。
 
有名な沼津の「魚がし鮨」が東京駅にありますが、そこにも「2014 春の鯨フェア~日本の伝統食文化を応援いたします~」というポスターが貼ってあり、鯨料理メニューが紹介されていました。
はたして鯨は食べられなくなってしまうのでしょうか。食いしん坊の私はそんなことばかり考えています。

落語に見る食の風景~タケノコ
     文字通り旬のもの・・・春本番の訪れを告げる食材
     やわらかくて甘味があって掘りたては最高

 
春本番の到来とともに、店頭にはタケノコが並ぶようになりました。
いろいろ種類がありますが、最もポピュラーで時期的に最初に出回るのは孟宗竹。厚みがあって身は白くて柔らかく、独特の甘味を含んだ上品な味わいと噛み心地が特徴です。 
郷里の実家の裏が雑木林で、毎年この時季になると連日タケノコ料理でした。 
さて、落語「たけのこ」は武家屋敷での噺です。
主人が家来の可内(べくない)を呼んでいます。
「可内、可内はおらぬか?何をいたしておる」
「 はっ、只今ご膳の支度をいたしております」
「左様か・・・して、菜は何である」
「本日は、タケノコを差し上げる所存にございます」と言い、タケノコが好物の主人は大いに喜びます。
主人がそのタケノコをどこで調達したかを可内に訊ねますと、隣家より塀越しに顔を出したものを掘ったという答え。
それを聞いた主人は血相を変えて「 武士たる者が、隣の物を黙って食らうとは何ごとだ」と烈火のごとく怒り始めます。
終いには「タケノコの前にその方の首を落としてつかわす」というのですから大変です。
「あいや、しばらくしばらく。私が悪うございました。落ち着いてくださいませ旦那様。まだ採ったわけではございません」と可内。
「何、まだ 採ってはおらんとな?では、早よう採ってまいれ」
いぶかしげな可内に向って「筍なぞというのは、育ちが早い。堅くなってはなんにもならん」と主人が言います。
「しかし、あのー、採ってはならんと仰せで・・・」
「わからん男だのー、それは表向きだ。わしとて隣の憎らしいジジィのタケノコを食らうのは愉快だ。しかし黙って食らうというのはどうもなあ・・・」
ということで、一言断りに行くようにと指示します。
「隣家には、何と申しますかな」
「ご当家様のタケノコ殿が手前屋敷の塀越しに泥面を差し出して、土足で踏み込んでまいりました。姓なきものとは言いながら、乱世の御世であれば間者同然の振る舞い、よって手前どもでひっ捕らえ詮議をいたしましたが、あまりにも不埒ゆえに手打ちといたします。よって断りに参りましたとな」
ニヤリと笑った可内が隣家に行き、主人の命令どおり伝えます。
隣家の老人は「言って聞かせたつもりではござったが、何をしでかすやら。お手打ちの儀ごもっともでござる」と答え、すかさず「だがあのタケノコめは、当屋敷にて長らく慈しみ育てましたるもの故、何卒武士の情で亡骸だけはお下げ渡し願いたい」と付け加えます。おまけに「鰹節殿を供にお付けくだされば、これに勝る喜びはござらぬと、くれぐれもよろしくお伝え下され」と言うではありませんか。
可内は「では、帰りまして左様伝えます。ごめん!」と戻ってそのことを主人に伝えます。
「あのジジィ、なかなかやりおるな、亡骸とは気付かなんだ。もはや既に掘り出して皮をむいて、このとおり待っておったのだが・・・エーイ、今一度言って参れ!」と主人。
「して、どのように・・・」
「いいか、かよう申せ。最早手遅れにございますとな。正九つに手前どもで手打ちにいたしまして亡骸は腹なかに収まりましてございます。骨は明朝当家の雪隠方に収まることになっております」と。
既に掘り出してむいた皮をザルに入れて持って行かせ「これはせめてお召し物、お形見にございますとばら撒いて来い!」と怒鳴ります。
再び隣家に向った可内が「お願いにございます、お願いにございます!」
「これはこれは可内殿。して、お下げ渡しの儀、ご承知いただけたかな?」
「それが実は、最早手遅れにございます」
「手遅れとな!」
主人に言われたとおりに訳を話して「これはせめてお召し物。お形見にございます」とザルに載せたタケノコの皮を差し出します。
「なんともはや、かような姿にあい成り果てたか・・・いやいや、かわいや。皮イヤ」

タケノコは汁のもの、炒めもの、煮物、てんぷらなど、どんな料理にも使えます。
炊き込んでタケノコご飯も美味しいですね。
 
↑ 若竹煮と玉子とじ
今最もおススメは柔らかい先端部分とヒメカワの部分の木の芽和えです。 
山椒の芽をすり鉢で摺って、適量の砂糖、酢、味噌で木の芽味噌を作ります。 
先端部分を糠と一緒に落し蓋をして茹でます。
茹であがったら、そのまま冷まします。
それを冷水で洗って、適当な大きさに切って器に盛ります。
そして木の芽味噌をのせて出来上がりです。
 木の芽の香りがいいですね。

男の料理レシピ「ツクシの佃煮」
     少し手間はかかりますが、春ならではの食材
     シャキシャキとした食感・・・つまみになります

ツクシはシダ植物でトクサ(木賊)の仲間であるスギナの地下茎の胞子体です。
スギナは食べられませんが、ツクシは春の訪れを告げる山菜の一つです。
ハカマといわれる茎にあるギザギザの部分をきれいに取る作業が大変です。
卵とじが定番ですが、今回佃煮にしました。

 
<材料>
ツクシ 大きめのボウルに一杯程度、 ごま油 大さじ2、砂糖 大さじ2、醤油 大さじ2、みりん 大さじ2、酒 50cc、塩 小さじ1
※水を使わずに酒だけで煮るのがポイントです。

 
<作り方>
ツクシはハカマをきれいに取り除き、流水で洗って水に30分ほどつけておく(途中1~2回水を換えるとよい)
鍋にたっぷりの湯を沸かし、塩を入れて1~2分茹でる。

 
茹で汁が緑色になっているのは、ツクシの胞子の色です。

 

冷水にさらした後軽く絞って水気を取り、適当な長さに切っておく。
フライパンにごま油を熱し、ツクシを炒める。
砂糖、酒、醤油、みりんを加え、汁気が無くなるまで煮詰めて出来上がりです。


意外と癖がありません。

男の料理レシピ「かしわ飯」
     郷土の誇る駅弁はこれ!
     懐かしい味を再現してみました


 
↑ 写真は自作品と東筑軒のかしわ飯(東筑軒HPより)です。
北部九州では、鶏肉は「かしわ」といいます。
かしわ飯は福岡の郷土料理とされていますが、ゴボウやニンジンなどと一緒に炊き込んだものが一般的です。
かしわ飯の駅弁はちょっと様子が違います。
北九州市八幡西区にある鹿児島本線と筑豊本線が交差する折尾駅は、東筑軒の「かしわ飯」が名物です。子供の頃、汽車が折尾駅に着くと途端に「弁当ー、べんと弁当ーー!」という駅弁売りの声がホームに響きわたったものです。
鶏がらスープで味付けしたご飯の上に鶏そぼろと錦糸卵と刻み海苔がのっているシンプルなもので、今でも九州の駅弁としては最も有名です。
東筑軒はかつて私が高校生くらいまでは郷里にも支店があって、ときどき直方駅横の東筑軒に買いに行ったものです。
「かしわ飯」の駅弁は折尾駅(東筑軒)の他に、鳥栖駅(中央軒)や小倉駅(北九州駅弁当)などにも同様のものがあります。

今回、その味にどれくらい近いものが再現できるか挑戦してみました。
<材料>
米 3合、 鶏肉ミンチ 300g、卵 3個、刻み海苔 適量
ご飯の調味料(鶏がらスープの素 小さじ2、醤油 酒 みりん 各大さじ3、砂糖 大さじ1)
鶏そぼろの調味料(砂糖 大さじ2、醤油 大さじ3、酒 大さじ3、みりん 大さじ1.5)
錦糸卵の調味料(酒 大さじ2、みりん 大さじ1、薄口醤油 大さじ1)
<作り方>
お米を洗って、炊飯器の3合の線より少なめ(調味料が入る分100㏄程度少なめ)の水を入れて1時間以上置いておく。
その中にご飯の調味料を入れて、炊飯器のスイッチを入れます。

 
炊き上がると、ほんのりお醤油の色がついていい香りです。
ご飯が炊きあがる時間に、トッピングの準備をします。
鶏肉ミンチはフライパンに薄く油をひいて、そぼろになるように木べらや菜箸を使って身をほぐし、調味料を加えて汁気が無くなるまでよく混ぜます。

 

 
錦糸卵はフライパンで3回に分けて焼きます。
海苔はキッチンバサミで適当な細さに切ります。

 
炊き上がったご飯を器によそって、トッピングして出来上がりです。

 
何となく雰囲気は出ているでしょう。
自己採点では成功です。


男の料理レシピ「からし菜のパスタ」
     苦みがたまらなくいい 
     鮮やかな緑に春の香りを感じます
 
当ブログでは季節感を大切にして、極力旬の食材を用いることに努めています。
春らしい食材として、フキノトウに続いて登場はからし菜です。
からし菜はアブラナ科で菜の花や高菜の仲間です。
2月下旬から4月にかけて野原や川原に自生しているのを摘み取ることができます。
 
今年は寒さが厳しくて、例年に比べると遅かったのですが今がまさにピークです。
花がたくさん咲き始めると、茎が固くなって食感が悪くなります。
以前、おひたしと漬物を当ブログにアップしていて、そこでも付録程度にからし菜を使ったパスタの写真を載せていますが、今回詳しく紹介します。
<材料 2人分>
菜の花 一把、スパゲティ 200g、ベーコン 80g、ニンニク 1~2片
オリーブオイル 大さじ3、塩 小さじ1弱、白だし 大さじ1(なければ醤油でも可)
※これ以外にからし菜とパスタを茹でるときに塩を使います。(各大さじ1程度) 
<作り方>
からし菜をよく洗って、1500㏄程度のお湯を沸かして大さじ1(分量外)の塩を入れて茹でます。
からし菜は茹ですぎても煮崩れしませんが、目安として再沸騰を始める直前くらいまで。
すぐに冷水に放ってから、固く絞って3㎝程に切っておきます。
ベーコンは適当な大きさの薄切りにし、ニンニクもスライスしておきます。
これからはパスタを茹でながら、調理も一緒にしますので、段取りよいように調味料などを準備しておきましょう。
鍋にたっぷりのお湯を沸かしてパスタを茹でます。(6分30秒ほど)
その間、フライパンにオリーブオイルを入れて弱火にしてニンニクを入れます。 
ニンニクの香りが立ち始めたらベーコンとからし菜を加え、塩を入れて炒めます。
茹であがったパスタを入れ、さらにパスタの茹で汁大さじ3ほどと白だしを加えてよく混ぜたら出来上がりです。
 

 
春には苦いものを食べろという先人の教えがあります。
からし菜はカルシウム、カリウム、リン、鉄分などのミネラルが豊富で、ビタミンCやKも含まれています。この苦さが、ヘルシーだなと思えます。

落語に見る食の世界~夜鳴きそば
     夜中に屋台を担いで売り歩く
     江戸時代のファストフード産業

 ←蕎麦屋の屋台(江戸深川資料館)

 

関東のそば文化、関西のうどん文化と言われ、落語「時そば」は上方の「時うどん」が原型です。
しかし江戸でも上方でも、うどんとおそばの両方商う店がありました。
今でも関西ではうどん屋、関東では蕎麦屋という看板を掲げて、どちらも食べられる店がたくさんあります。
そんな時代が舞台の落語「おすわどん」・・・さてどんな噺でしょうか。

江戸の下谷に上州屋徳三郎という呉服商がいました。
女房のお染とは大変仲のよいことで評判でしたが、そのお染が突然病の床に就いて、徳三郎に「そろそろお迎えが参りました。お前さんも後添えを考えなくてはいけませんね。あなたにしっかり尽くしてくれる人と結ばれてください。そうでない人が来た時、後悔するのはあなたです」といい終えると、すぐに亡くなります。
四十九日も過ぎて徳三郎に後添えの話があって、気立てがよくてお染も気に入っていた女中のおすわを迎えるよう説得されて後添えとします。
おすわは徳三郎に大変尽くしていましたし、店の奉公人からも「おすわどん」と呼ばれて人気があり、またまた仲のよい夫婦が出来上がりました。
ところがある夜中に徳三郎が小用をすませて部屋に戻ろうとすると、表の戸をバタバタと叩く音がして、「おすわどーん」呼ぶか細い声がします。
これが毎晩続くものですから、それを気に病んでおすわは寝込んでしまいます。
先妻のお染がおすわをうらんで幽霊となって出てきたのではないかと、店の者たちが恐れ始めます。
徳三郎は番頭にこの正体を見てもらうよう頼みますが「怖くってダメ!」と断られてしまい、町内に住む「荒木又ずれ」という浪人に頼むことになりました。
その晩のこと、浪人荒木又ずれが剣を構えて声の主を待っていますと、真夜中過ぎのいつもの時間に「バタバタバタ、おすわどーん」という声がします。
荒木又ずれが「待て!」と叫んで表へ出ますと、そこには屋台の蕎麦屋が座っております。
「お前か!毎晩上州屋の前で、先の女将さんの名前を呼ぶのは・・・。」
「いえ、あっしは蕎麦屋でございまして、ここで毎晩『おそば、うどーん』と売り声をあげておりました」と言います。
「しからばバタバタと戸を叩く音がするのは何じゃ」
「これは渋うちわで七輪を仰ぐ音ですよ」
「なんとな。拙者は店の主に頼まれて化け物に退治に参ったのだ。わしも武士、このまま手ぶらで帰るわけには参らん。その首を持ち帰りたい、打ち落とすからこれへ出せ」
これを聞いた蕎麦屋は驚いて
「私の一つしかない首は差し上げられません。その代わり私の息子を身代わりに立てますのでお許しを」と言って屋台のひきだしから蕎麦粉を取り出します。
「何ゆえこれがお前の息子だ」
「蕎麦屋の子だから蕎麦粉にございます」
「たわけたことを申すな。貴様これを何とするのだ」と又ずれは怒り狂います。
蕎麦屋は一言「ええ、手打ちになさいまし」

夜鳴きそばは夜鷹そばともいわれます。屋台を担いで江戸の町内を流して売り歩いていました。
火事の多かった江戸の町では、度々夜中に火を扱って売り歩く商売がご法度になったこともありました。
江戸の町は独身男性の比率が高かったこともあって、どこでも根強い人気があったようです。
夜中、小腹がすいたときに食べる麺類は格別にうまいもんですよね。 


男の料理レシピ「鱈のバター醤油焼」
     切り身を使って簡単調理
     バターと醤油の風味がうまくマッチしています

魚偏に冬と書いて鱈(タラ)ですから、やはり旬は寒い頃で、鍋が一番おススメです。
もお魚屋さんでは旬の時期以外でも切り身のパック詰めなどが安くて入手できます。
それを使って簡単調理の一品を紹介します。
 
<材料 3人分>
タラ切り身 3枚、塩&コショウ 適量、小麦粉 適量、バター 20g、醤油 大さじ1、白ワイン 少々
<作り方>
タラの切り身の両面に軽く塩&コショウをして小麦粉をまぶします。 
フライパンを弱火で熱してバターをとかす。
火を少し強め、タラを焼く。
身全体が白くなったら裏返して、身の上に醤油を垂らし、さらに白ワインを少し(小さじ1程度)加えて蓋をして、火をいったん強めて10秒ほどで消します。
それで全体に火が通って、表面が軽くきつね色になった程度の食べごろです。
 
※火が強すぎると焦げてしまいますので、火加減を誤らないようにしましょう。
 からし菜のお浸しを添えました