気まぐれ厨房「親父亭」落語編35~ラーメン屋 | 気まぐれ厨房「親父亭」

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落語に見る食の風景~ラーメン屋
     哀愁漂うチャルメラの音
     屋台のラーメン屋も少なくなりました

 
 ↑福岡・中洲は今でも屋台がずらり

古典落語というのは、舞台が江戸末期から明治、せめて大正時代くらいのものとされています。したがって時刻を七つ、八つ、九つで表現したり、今日同様に5時とか10時とかで言い表します。
お金は9両2分とか16文などということもあれば、1円とか1銭2銭が出てきたりします。乗り物は駕籠、人力車、汽車や電車までは登場しますが、さすがに飛行機や新幹線は出てきません。
そういう意味では新作落語と言いながらも、昭和になって作られ、平成の今日に聴くにはいささか古めかしい噺がいくつもあります。
例えば「呼び出し電話」や「ぜんざい公社」「バスガール」など、今日では死後ともいえるタイトルのものがあり、個人的にはもう古典と呼ばれてもいいのではないかと思っています。
今回紹介する「ラーメン屋」は柳家金五楼が有崎勉というペンネームで作った噺で、5代目古今亭今輔が演じました。
九州・福岡の屋台は有名で観光スポットにもなっていますが、東京の夜の街で屋台のラーメン屋を見かけることは少なくなりました。
舞台は子供のいない老夫婦が東京の街角で営む屋台のラーメン屋。
すっかり夜も更けて、もうじき店仕舞いという時分に、若い男がやってきてラーメンを注文します。
よほどお腹がすいていたのか、続けて3杯あっという間に平らげます。
ところがこの男が食べ終わると「無銭飲食で近くの交番に突き出してくれ」と老夫婦に頼み込むではありませんか。
老夫婦は男に事情を尋ねます。
物心がついた時にゃ他人に育てられ、親もねえ家もねえ身。真面目に働くのも嫌になっちまって・・・。
今夜は寝る所もない、ブタ箱で一晩すごせば、朝飯だけは食わせてくれるから・・・とつぶやきます。
老夫婦は警察に突き出すどころか、屋台を引かせて家に連れて帰ります。
家に帰って始まるのは、3人での親子ゴッコです。
「お爺さん、家まで屋台を引いてもらった労働賃金はどうしましょう?ラーメンの3杯くらいトントンじゃないですか」
「そうだな、今夜はここでお休みなさい。汚い所じゃがブタ箱よりはまし。うちは子供もいない淋しい爺ぃ婆ぁなんですよ。100円差し上げますから、一言でいい"お父っつぁん"と呼んでくれませんか」
「じゃあ、目をつぶって言わしてもらうよ。お父っつぁん!」
「ああ、ありがとう、いい気持ちだ」と言っておじいさんは泣きます。
「じゃあアタシは200円出しますから、少し小声で甘えるように"おっ母さん"って呼んでくださいな」
「そんな、呼んだこともねえ言葉だし、難しいなぁ。こうかい?おっ母さん・・・」
「なんだい?」とお婆さんは泣きながら答えます。
お爺さんとお婆さんは次々に300円、500円と値上げをして、親子ゴッコが続きます。
やがてその男は老夫婦の情にほだされ、あくる日から老夫婦の息子として、ラーメンの屋台を引くことを決意する・・・という人情噺です。

かつてラーメンは日本のソウルフードということを当ブログに「ラーメン文化考」<その1><その2>と題して書きました。
この落語「ラーメン屋」についても<その2>の中で紹介しています。
http://ameblo.jp/bendream/entry-11332377544.html
http://ameblo.jp/bendream/entry-11338248231.html

今日のようにカップラーメンなどない時代、ましてやコンビニも深夜スーパーも何もない時代、夜の街角で提灯の灯りを見つけるとほっとしたものです。
あっさりとした醤油ベースで、シナチク、鳴門、海苔が乗っかった定番のラーメンの匂いがしてきませんか。
 
無口な親父、愛想のいい女将さんなんてのがいて、せっせとラーメンを作っているシーンが目に浮かぶでしょう。
時代を経て今日では、街のあちこちラーメン屋だらけです。
5代目今輔師匠の「ラーメン屋」、YouTubeでも聴けます。おススメです。