”Benchwork study Laboratory" 英国式 靴作り教室 -151ページ目

靴を綺麗に作るには パート3

 今日も暑かった!!午前中は11時半頃からちょっとクラクラしてきて、やばいかも。。。と思った時もありましたが、持ちこたえました。(ホ!)。午後はみんなもボーとしていて、いつもとやっぱり調子が違いましたね。皆さん無事に家路に着いたのだろうか???


 さて、前回のクリッキングに続いて、今回は「クロージング」について。靴作りの工程の中で、クロージングが一番個性が出しにくい工程だと思います。ミシンがステッチを縫ってくれるので、練習すれば誰でも同じ様に縫えるからです。ラスト・メーキングやメーキングやパターン・カッティングは個性がかなり出るので、ジョン・ロブで働き出して3年程立った時には、靴を見れば誰が木型やパターンを作ったか、底付けをしたかを大体言い当てることが出来ました。(ちなみに、ラスト・メーカーは9人、パターンナーは3人、底付け職人は20人くらいいました。)しかし、クロージングを誰がしたかを見分ける方法はブローグのパンチの正確さ(私の師はクローザー歴50年でしたが、パンチで穴を開ける時は驚く程ゆっくりと一つ一つ間隔を見ながら開けていました。)とハンドステッチの得て不得手くらいのもので、オックスフォードなどのシンプルなデザインだと誰が縫ったかを判断するのは難しい。ですから、誰でも上手になりやすい工程だと思います。(こんな発言はプロのクローザーに怒られちゃうな、きっと。。)


 まず、「綺麗にクロージングする」には、とにかくミシンと仲良しになることが、一番重要。仲良しになるということは、ある程度のメカニズムを知り、自分が使いやすく調整でき、ミシンのご機嫌を損ねないようにうまく付き合っていけると言うこと。ミシンは機嫌を損ねると、大抵変な音を出して、文句を言いますので、「変な音」が聞こえたらいったん電源を止め、糸は絡まっていないか、針の向きは大丈夫か?糸と針の太さは合っているか、糸は通るべき道をしっかり通っているか、下糸とのバランスはどうか、テンションはどうか、オイルはまだ大丈夫か?チェックします。


 縫う前には必ず、予備の革で試しぬいをして、テンションをチェックした後、縫いますが、縫う前に下準備をしっかりしておくこと。まだ慣れないうちは、自分が縫いたい所は、デバイダーを使って縫い線のガイドをつけておきます。目検討でまっすぐ均等に縫えるようになるまでは、こうして下準備をしてまっすぐ縫っていれば、次第に体が真っ直ぐな線を覚えてくれて、上達が早いようです。「急がば回れ」なのです。


 それと、クローザーのセンスの出しどころは、靴のサイズとデザインに対しての、糸の太さとピッチ(縫い幅)とのバランスです。メンズのきっちりした靴に、細い糸で細かいピッチなどで縫うと、せっかくのデザインがなよなよと、ふやけた物になってしまいますし、縫い目の革が切れてしまったりします。レディースの薄い革に太い糸を使うと糸ばかりが浮いてしまって、糸が足に当たってすれて痛む、などの問題にもなります。

「バランス」が一番大切。あ、これは靴作り全般にいえますね。「バランス」これは本当にすべての工程において重要なポイントです。あ~「心のバランス」「体のバランス」「生活のバランス」「食事のバランス」「人口のバランス」「地球のバランス」。。。。この世で一番大切なのは「バランス」なのかも知れない。


 ちなみに先ほど話に出てきた、私のクローザーの師(といっても私はラッキーにも3人のクローザーからクロージングを習ったので、3人のそれぞれの得意分野を目にすることが出来たのですが)、はジミーという名のクローザー歴50年のポーランド人。ジミーはクローザーのお父さんに習い、15歳のころから働いていて、イギリス・ビスポーク・クローザーのナンバーワンとして尊敬されていますが、私は彼の仕事部屋へ始めて入ったとき、彼の動作のゆっくりさに驚きました。ジミーの前に私が習っていたクローザーはロンドン一のスピードを持っていて、信じがたいことに1日に4足も縫える。ビスポークだと一日1,5足が平均。とにかく早くて、目が回るくらいだったのですが、ジミーはナイフを使ったらその都度、定位置に戻しいつも机の上がきちんとしていて、動作はゆっくりだが、無駄がない。若い時は一日2,5足は縫っていたそうですが、それでも手を抜くことがなかったそうです。50年も毎日同じ仕事をしているのに、いい加減にせず、きちんと丁寧に仕事をする彼の姿に感動さえしました。私は週に一度彼の家に習いに行っていましたが、無口でまったく話さず、私達はラジオのクイズ番組を聴きながら、クイズの答えを競いあって答える以外ほとんど会話はなく、私が「どうしてこのように出来るのか?」など、私がうまく出来ない部分を質問しても、答えはいつも「なんとなく。。。」とか、「解らないけど、出来ちゃう。。。」など頼りなく、彼は仕事に関してはすべて「頭」でなく「体」が覚えているので、人に教えるのは得意ではなかったようです。私が余りに毎週質問攻めにしたせいでか(?)、「社長にはお互い秘密ってことで、午後はお互い仕事をさぼろう!」などと言って、彼はお昼になるとパブへ行ってしまい、仕方なく私は仕事場へ行くことも出来ず、遊ぶには時間が時間だし、罪悪感があるし。。。。。ジミーは「師」としては困った人でしたが、いつも黙々と仕事をし、会うと照れくさそうにニコニコしているジミーはやはり私の尊敬するクローザーです。大きなビール腹を抱え、今日も靴を縫っていることでしょう。

 

新ワークショップ!

 8月16,17日は父の墓参りを兼ねて、静岡県三島市の「三島大社祭り」へ家族で出かけてきました。5,6メートルの高さのはしごの上で男衆が片手、片ひざで立ったり、逆さになったりする伝統芸を見たり、半裸の男衆がぶっとい「花火」をもって、体中に降りかかる火の粉を物ともせず、5~8メートルの高さの花火が「パン!」と大きな音を出して消えるまで歩く「手筒花火」を見たり、数キロにも連なる夜店を見て回ったりして、日本の夏を堪能しました。「即席エンターテイメント」にあふれる昨今、長い間地域の人々に受け継がれてきたその土地土地の、年に一度の豊作や健康を祈っての「エンターテイメント」は「即席」にはない、懐かしく暖かい思い出をくれました。


 さて、今日は新ワークショップにての初教室!場所が変わると新鮮です。私の机が大きくなって、前の物が溢れかえっていた机とおさらば!これからは、いつも整理整頓され、いつでも直ぐに探し物が見つかる机になるでしょう。。。。。と期待。今日はまだ冷房が入らなく、汗ダクダクでしたが、誰も文句の一つも言わずにモクモクと靴作りに励んでいて、見ていてうれしかったです。皆さんがモクモクと靴作りを楽しんでいるのを見るにつけ、「私もがんばろ!」と元気をいただいています。


今日は最も緊張とストレスとイラつきに襲われるあの「ソールのふた開け」作業にかかった人が3人いて、ソールの湿り具合と、ナイフと時間の間で奮闘していました。この作業はとにかく「度胸を出して、ナイフを入れる」しかないな~。革のきれっぱしで練習するのも手だが、きれっぱしを切るのと、木型がついている革を切るのとはやっぱり違うしね。失敗することによって、学んでいかなければならないところでしょう。ああ。。人生と一緒。。。。

靴を綺麗に作るには パート2

今回は予告どおり「クリッキング」(裁断)について。まず裁断をなぜクリッキングと呼ぶかというと、日本では革の裁断は「包丁」で行いますが、イギリスでは先端が丸くカーブしたナイフに人差し指を沿わせて使います。このナイフは1.5ミリくらいの薄さで、しなります。このしなった時のナイフの音が「クリック、クリック」と言うので、クリッキング・ナイフと呼ばれるようになりました。ナイフのカーブ具合と、先端の鋭さが革の細かいカーブなども綺麗に切れるデザインになっています。ナイフを沿わせることにより、革の切り口を90度に切れるようになっていますし、よく考えられているなーとつくづく感心します。日本のナイフもしっかり角度を固定すれば、かなり厚めの革も綺麗に裁断できますし、包丁は裁断だけでなく靴全般に使えますので、こちらもすごい!と思えます。工具はついつい新しいものや持っていないものを見つけると購入して使ってみるのですが、「シンプル」な物がやはり使いやすいく、良さそうだけれど手の込んだものは、手入れが大変で、使いこなすまでにお蔵入りになってしまう場合が多いです。


 「クリッカー」は靴職人の中でも、最も頭脳の要る職種と言われていて、とにかく革についての知識が必要です。この革のどの部分が最も強いか、キメが細かいか、伸びやすいか。。。などなど。革によって性質が違うのでそれを覚えるだけでも大変ですが、それに加え靴のスタイルによっても使う部分が違ってくるので、よく考えながら裁断していきます。一度裁断した革は元には戻らないので、失敗は許されないし。。。。


 日本で革を探し歩いていて一番驚いたのは、革が伸びすぎること。キメが荒いのは値段と見合わせるとしょうがないと思いますが、伸びすぎる革は靴には合わない。靴を試着してボールの部分がきついと店員が「すぐに伸びますよ!」などといいますが、本当は伸びちゃいかんのです。まー既製靴にそこまで要求は出来ませんが、「注文靴」で伸びてしまうなんて、注文した意味がない。例えば最初はタイトであったが、履きこんでいくうちに和らいでくる。というのは正しい。なぜならば、革底は歩くごとに底が柔らかくなって、底全体がしなってやわらかくなるし、その人の歩き方や癖に応じてよく動く部分のステッチ(糸)は緩み、動きのない部分はステッチがしまる。こうやって、ますます足に合う靴になってゆく。これはアッパーの革が伸びたのでなく、ソールがやわらかくなった結果生じることである。

 しかし、アッパーの革が伸びてしまうのでは、あまりにも木型がかわいそうではありませんか!まー、お客さんも買って1年もしないで革がデレ~としてきたんじゃたまらない。あまり伸びすぎる革の場合、頭を使って伸びないほうに裁断するのも案だと思う。こういう革は本来は伸びないとされている方向にもある程度伸びるので、木型につぎ込めないということはないので。または、伸びる革に薄い革を貼り付け芯にすることも出来ます。これは質感もあがるし、耐久性も良くなりますが、でも、こんなことするくらいなら、初めから良い革を購入するほうが賢いでしょう。


 さて、「クリッキング」で大事なのは、先にも述べましたが「切り口が90度である」ことがまずあります。ナイフの角度を保つことと、切っている途中で決してナイフの動きを止めないことが大切。私はナイフのブレを防止するために、ナイフを動かしている時は息を止めています。それから、ナイフは手首から動かすのでなく、肩から動かすこと。肩から動かすことにより、ナイフの先端がもっと自由に動くことが出来ます。それから、革の上に置いたパターンはウェイト(重し)をしっかり置いてずれないようにすること。知らず知らずのうちにパターンが動いて、切った革とパターンにずれができてしまうとせかっく作ったパターンが台無しです。直接革に銀ペンでパターンを写し書く人もいますが、裁断した後は必ずパターンとあわせてチェックすること。それから、初歩的なことですが、裁断前は手を綺麗に洗っておくこと。革によっては汚れのつきやすいものがありますので、要注意。

 

 裁断後にスカイビング(漉き)などの処理をした後は、革の断面をライターやろうそくの火であぶって、断面のぼさぼさした繊維を取り除きます。(ただし、あぶりすぎて焦がさないように!)こうしておくと、見た目も断面のぺらぺらした感じも収まるし、断然綺麗にまとまります。


 最後は、断面を早染めインクやペンで色づけして整える。私は「Copic 」か 「 STABILO の PROFESSIONAL LINE」というマジックペンを使用しています。両方とも色が豊富で革の色に合わせてぬれ、ペンなので手を汚さずに使えます。インクの詰め替えも出来るので地球に優しくお得です。私はデザイン画を書くのにも使っています。(本当はデザイン画を書く為のペンです。)少々、ペンの色が染みて断面以外にも染み込みますが、ミシンで縫い終わると不思議に目立たなくなりますので、ご心配なく。


 クリッキングは甘く見るなかれ。クリッキングが汚いものは出来上がっても何処となく汚く見えます。クリッキングが正しくないと、木型に吸い付くようにはつぎ込みはできません。クリッキングは奥が深~いのであります。


靴を綺麗に作るには パート1

 「時間をかけゆっくり作れば綺麗に出来るわけではないと悟り。。。」と”こるてぃ”さんからコメントをいただきましたが、1足目を仕上げた人達が2足目を作るにあたって目標とすることは「1足目よりきれいに、上手に。。。作りたい。。」なのではないでしょうか?では、どうしたら「綺麗に」作ることが出来るのか?私もまだまだ試行錯誤中ですが、まとめて見たいと思います。


 靴作りが難しいことの一つに「工程が多い」ということがあります。たまに、靴作りを少しかじった学生に「やっぱり、綺麗に見せるのには、フィニッシングに時間をかけるべきですよね。」などと質問されますが、答えは「ノー」。また、「インソール」の作りが雑な物は、出来上がってインソール自体は見えなくとも、靴の仕上がりは「雑」な出来になります。つまり、すべての工程が靴全体に影響します。「工程が多い」靴作りのすべての工程をしっかり把握し、それぞれの工程の何処をどのように作るべきなのかを知ることが大切です。


 まず、第一回目の今回は「靴を作る環境」について。「え~靴自体のことじゃないの?」などと言うなかれ。これは、靴作りだけでなく、ものづくり全体においていえることだと思います。環境が整っていなければ、うまくゆくはずのものも失敗します。いくら腕の良い職人でも、錆びたナイフを持たされたら、綺麗な靴など作れません。


 その一: 照明はしっかりと靴と手を照らし、特に靴には陰が出来ないようにすること。教室で週に2度は私の口から発する「90度に!直角に!」という言葉、これば重要なポイントです。そして、実際エッジを90度にするためには、ナイフと革との角度もありますが、しっかり自分が切りたい部分が見えていることが大切です。(ワークショップは地下で薄暗かったのですが、新ワークショップは光が入りそうですし、ライトも工夫したいと思います。)

 

 その二:工具の手入れ。ナイフをシャープにすることは、言い飽きましたが、まだ出来てない人がいます。これは時間の無駄ですし、仕上がりにも大きく影響が出てきますので、やる気のある方は教室に来る前にしっかりと「ダイヤモンド入り研ぎ石」とラップ・スチィックを使い、シャープな状態のナイフを持参してください。もしくは早めに教室に入って、研いでおくこと。ナイフ以外の工具も同じこと。使う前にはしっかり手入れを忘れずに。


 その三:床にごみがないように。これは特に糸作りの時ですが、床に革の削りかすなどあると糸にくっつき、ごみ入りのでこぼこした糸になってしまいます。糸で縫っているときも同じ。


 その四:正しい工具を使う。なんだか、教えた工具と違うものを使う人を時々見かけます。例えば、革を漉く(スカイビング)の時は必ず「ガラス板」を使ってください。たまに木の板を使ってスカイビングをしている人がいますが、板もぼこぼこになりますし、スカイビングもうまく出来ませんので、どうかおやめになって。。。


 まず、環境を整える事から始めましょう。何か作業がやり難い点などありましたら、遠慮せずに言ってくださいね。改良していきますので。


 次回は「クリッキング」について書きたいと思います。お楽しみに。

引越し決定

 8月16日にmoge work shopの引越しを行うことが決定。この日に荷物を全部運んだほうが良いので、bench work studyもこの日に引越しします。8月19日から間違えないで外苑前のnew workshopでお会いしましょう。場所のわからない人は近いうちにHP上の地図を変えますので、チェックしてください。よろしく。

映画鑑賞

昨夜は20年近い付き合いの親友Jと「ボブ・ディランの頭のなか」という映画を見に行った。ん~はっきり言って、映画事態には期待はしていなかった。ディランの演技力は「ビリー・ザ キッド」で知っていたし、ただディランの顔を拝むのが目当て。ところが、あ~もう一度いや2度は見たいと思った。ストーリうんむんはおいておいて、映画の中のキャラクターの強い人たちの台詞の一つ一つが、心に”ずどんずどん”と入ってきた。まさにディランの歌のようだった。実際にこの映画、ディランの書いた山のようなメモ書きからプランをねって物語が作られたとのこと。映画の中でディランは記者に質問攻めにされても、何も応えない。映画の最後に彼が言う言葉がすべてを語っていたと思う。

 「ときには、物事の意味を知るだけでは十分だとは言えない。ときには物事が意味しないことも知らなければならない。すべてのものは崩壊した。とくに法や規則が作る秩序は崩壊した。世界をどう見るかで、僕達が何者であるかが決まる。祭りの遊園地から見れば、何もかもが楽しく見える。高い山に登れば、略奪と殺人が見える。真実と美は、それを見るものの目に宿る。僕はもうずっと前に、答えを探すことをやめてしまった。」


 映画を見た後、Jと焼き鳥屋へ入ってお酒片手に「はつ二本!砂肝も!」と注文しながらディランを中心に話が弾む。「なんこつと首肉を塩で!」とお酒も弾む。ここ数ヶ月の疲れ気味の精神がすっかり和らぐ。また明日からがんばろうと思う。「時には逃げることも必要だよ」と言ってくれる人もいるが、まだまだ逃げる気にはなれない。逃げることはいつでも出来るのだから。そんなことは後回しでいい。

目標、手持ち3足生活

 目標に決めてから、なかなか達成できずにいることがある。それは、「手持ち3足生活」である。私は人が所有する靴は3足で十分ではないかと考えている。1足では靴を休ませることが出来なく、修理に出すことも出来ない。聞いた話によると、靴は履いたら2日は休ませるべきとのこと。そうでないと、靴の中の湿気が取れないそう。なので、3足が最低必要ということになる。夏と冬の気温の差があるので、妥協して「夏3足、冬3足」がベストではないだろうか。


 しかし、この3足を選ぶのが大変。私は学生時代に下北沢にあった輸入物の靴屋でアルバイトをしていたり、靴の会社に就職していたことも手伝ってか、一時は100足くらい靴を所有していて家族から「イメルダ婦人」と呼ばれていたこともある。もう、そんなアホらしい消費はしないが、(この十数年スニーカー以外靴を買ったことがない)どうがんばっても下駄箱の中にスペースが出来ない。帰国に際して、ほとんど履いたことがない靴は、デザインが好きなもの、思い入れのあるものでも、泣く泣く処分した。私の考えなしの行為が靴を追いやる羽目になってしまったことを深く反省。もう2度と考えなしに、自分の靴を作ることを禁じている。しかし、私の下駄箱の中には現在15足の靴が並んでいる。目標の倍以上のオーバーだ。昨夜、靴の手入れをしながらこの15足を6足に減らす作業に取り掛かった。


 まず、靴たちをじっと見つめる。なんだか、ふてぶてしい態度の3足の靴が目に入る。3足ともローファーだ。ローファーは脱ぎ履きが簡単でジーンズにもスカートにも合いやすい。が、なんだかしまりがなくて、テレビをポカーンと口を開けて見ている爺さんみたいだ。ローファーよ、さようなら。


 ブーツが4足。ひざ下までのロングブーツは、私がロブを退社するときロブの職人達がプレゼントに作ってくれた、涙の1足。これは履かずにとって置こうと思い、押入れへ。ジップ ブーツとサイドゴアを残す。


 残り10足。スニーカーが3足。アディダス のスーパースターとスタン・スミスに白のコンバース。う、悩む。なんとか、スニーカーは1足にしたいが。。。。生産地を見る。スタン・スミス(インドネシア)、スーパースター(韓国)、コンバース(ベトナム)ん~。何処も大差ないが、スマトラの被害で現在も復興にがんばっている、インドネシアをとる。


  時計を見ると夜中12時半。11時半に初めて1時間経過。アホな。。。とりあえず、8足になった。目標までもう少し。


 

デザイン

2足目に入った人達の多くは木型製作(調整)からですが、なぜかデザインから入る人がいないのに今日気づきました。靴作りは切ったり、打ったり、削ったり、研いだり、普段の生活ではもはや行われない手の動かし方などをして楽しいですが、デザインは日常生活で「ふとひらめく」アイデアなどを入れられて、私はデザインすることは俳句を作ることと似ているのではないかと思う。日常生活に材料がごろごろしていて、何でもない見落としがちなことがふとした瞬間、詩になることに気づく。詩として残したいと思う。そんな感じで、デザインできれば、作る靴がもっと楽しくなると思います。


 今日、お教室のNさんがハンカチとして使っていた、白地に赤く太いスッテッチのような模様のある手ぬぐいを、偶然私も持っていてびっくり。購入したときに、その模様を元に靴のデザインが頭に広がって、そのアイデアを忘れないために購入したのですが、そういう物や写真やアイデアを書き込んであるノートを集めるのも楽しい。私はアイデア帳を20才の時から続けていて、現在は4冊目。ノートに雑誌の切り抜きやスケッチや布や革の切れ端などその時気に入ったもの、靴や小物に使えそうなものをどんどん貼り付けていく。後々、自分の興味の移り変わりも見れて面白いですよ。


 せっかく作る自分の靴。3足目は自分のデザインで「オリジナル」な靴を作れたらいいですね。

 

映画

どうも暑さのせいか、気分がだらけて夏休み気分。見たい映画も沢山やっていて、丸々2日ほど仕事も家事も育児も放棄して、映画三昧をしたいと切実に思っている。

 まず、「スプラウト」う、う。サーフィン映画です。もーサーフィンってだけで、絶対良いに決まっている!などと思ってしまう。

 

 他に「ジャマイカ・楽園の真実」というジャマイカのドキュメント映画。ブジュ・バントンが出演ってだけでも見たくなる。ジャマイカはボブ・マーリーの歌に象徴されるように、貧困と悲惨な国状の国。その国から生まれたレゲエやロック・ステディーは陽気なリズムに痛烈なメッセージが入っている。明るく切ない音楽。レゲエ映画の代表作「ROCKERS」と「THE HARDER THEY COME」があるが、両作品ともジャマイカ人の抜け出せない悪循環のサークルを映している。この映画をまだ見ていない音楽ファンは絶対見てください。出演しているジミー・クリフもかっこいいが、出演者全員のジャマイカン・ファッションがすごくいい!これをファンキーと呼ばずになんと呼ぼう。まー両作品とも1970年代製作。「ジャマイカ・楽園の真実」は2001年製作だから、現在のジャマイカが見れるでしょう。期待。


 それから、見たい映画の多くはなぜか、レイトショウ。私の13歳の時からのヒーローの映画もやっている。「ボブ・ディランの頭のなか」。ボブ・ディランのレコードは20数年間、擦り切れるほど聴いている。彼の曲をギターやウクレレで弾きながら歌うのが私の長年の趣味である。しかも彼の曲を弾く時、私は感極まって涙をながしつつ、ジャカジャカ弾くので、未だに夫から気味悪がられる。(笑)あー、早く観に行かなくちゃ!


  もう一作品は「ボーン・トウ・ブギー」。これはすでにチケットを買ってあるのですが、グラムロックの泣く子も黙るT・REXのドキュメンタリーフィルム。それだけでも、十分見る価値があるが、なんと監督、カメラはビートルズのリンゴ・スターだって!!!ロック ファンにはたまらない。。。

 

 すでにこれらの映画見た人います?


 話は変わるけれど、明日は8月6日。60年前のこの日広島に原爆が落とされた。60年経った今でも、原爆による後遺症で苦しみ続けている人達がいるのに、世界には約3万発の核弾頭が存在している。そして、原爆を落とされた、唯一の被爆国「日本」は唯一原爆を落とした国「アメリカ」の戦争に支持している。「郵政民営化」なんてたいして重要でもないことに青筋立てて、わがままな子供のように「意見が通らなくっちゃ、解散ダー!」などとやっている場合か?終戦60周年。60年前の犠牲は何のためだったのであろうか?「靖国神社参拝」「「君が代強制」「外交能力のない極右政治家」日本はどうなってしまうのだろう。愛国心などが人を幸せにするのだろうか?人間を尊重しない国などないほうが良い。人の命より国が重要だとは思えない。

よく噛んで、腹八分目

 連日暑さが続きますが、洗濯物がよく乾くので気持ちがよい。自宅のベランダで栽培しているハーブ類もかなりモサモサして、しそもバジルも毎日大量に食べているのに、ちっとも減りません。今日は2,3日前に干しておいたとうもろこしの皮が硬く乾燥したので、その皮を細く引き裂いて束ねて、自家製のたわしを作りました。このたわし、お皿洗いに我が家では重宝しています。見た目も「農村生まれ」って感じでかわいい。


 私はイギリスへ行くまで料理はほとんどしたことがなく、本当に食べ物に興味がなかったのですが、イギリスは「まずい」「高い」「店員の態度が悪い」ので外食は出来ず、自炊をする羽目に。とにかくカレッジ時代はお金がなかったので、「安い食材で美味しく沢山作れるもの。」を心がけ、試行錯誤して料理をするようになったのですが、出来るようになると料理は楽しい。カレッジ生活は朝から晩まで「靴」「靴」「靴」。。。。その合間に、料理を作る楽しさは格別。カレッジを卒業してからも料理は毎日楽しく色々と挑戦もしました。イギリスでは日本の食材は日本の3倍の値段。だから、大豆をチャイナタウンで買ってきて、自分で豆腐や納豆を作ったり、豆腐から油揚げを作ったり、ぬか床を作ったり。。。その後エスカレートして、マヨネーズ、ケチャップ、ソースも自分で作るようになってしまった。自分で手をかけて作ると大切に食べれるようになります。大切に食べると、にんじんはにんじんの味。玉ねぎは玉ねぎの味がすることが解る。当たり前のことだけれど、そうやって意識することってほとんどないのでは?


 忙しいとどうしても食事の時間が短くなるが、本来人間は口に食べ物を入れたら50回は噛まないと胃や腸に負担がかかるそう。内臓の調子の悪い人は、この50回噛むことさえすれば、改善するそうです。


 私のヨガの先生曰く「人間が一日3回食事をしなくてはいけないなんてルールはない。多くの人はお腹がすいてもいないのに、時計を見て食事をする習慣になってしまっている。これが多くの病気の原因。腹八文目が健康の秘訣。」


 よく噛んで、腹八文目。子供の頃、親によく言われたな。親に言われるとうるさく感じるのに、ヨガの先生(他人)に言われるとありがたいのはなぜだろう?