人間誰でも亡くなるものだが、今月6日、父が亡くなった。とはいうものの、私と父の縁は薄く、子供の頃遊んでもらった記憶も無いために、長い闘病生活の末の死についてはあまり感慨が湧かなかったというのが本当である。なお、父に遊んでもらった経験は5歳年上の姉の方がふんだんに持っており、海水浴から万博まで、充実したレジャーの数々は姉の思い出には残っているが、年子の私にはいたはずだが記憶になく、姉に言われてようやく断片的な記憶を思い出す程度である。

 河野の父親は大阪大学の出身だが会社で疑獄事件に巻き込まれ、裁判に出廷して上司の自己欺瞞を目の当たりにしたことから会社に疑問を持つようになり、晩年まで組織とは区別された自律した人格を保っていた。会社は会社、家庭は別と棲み分けができていたように思われる。その死まで自分でコントロールし、最期まで統御された意思を保ち続けた。私の父はそうではなく、骨の髄まで会社人間だった。彼も事件に巻き込まれれば少しは自意識というものがあったかもしれないが、高卒であるにも関わらず、いくつもの会社の社長を兼任し、本社では現在でいえば副社長級(役員の椅子自体が少なかった。あれば座っていただろう)まで昇進した彼にその機会はついぞなかった。

 言いようによってはネグレクトに近い育ち方をしたことから、私の父に対する感情はごく淡白だが、感心したのは火葬の際に目にした父の骨が86歳という高齢にしては実にガッチリとしており、量も骨壷に入りきれないほど多く、母の食育が間違っていなかったことを示した点である。父の命を奪ったのはコロナの流行による長期間の病院での監禁と医者を盲信してオーバードーズになっていたことである。彼には不思議なところがあり、自分と同じ真剣さを医者も子供の教育に当たる教育者も同僚や近所の隣人も持っていると思い込む所があり、その陥穽を突かれた感じである。

 現実は医師は治療よりも点数を数えていたし、教師はサラリーマンで私はどちらかといえば嫌われ者だった。その教師より(大学の教授も含めて)頭が悪いと思ったことは一度もないが、中には東大の教授もいる。いずれにしろ、母は内助の功で父を支えたし、口うるさい女性だったが最後に正しさを示した感じである。足の骨は牛の骨のように太く、これが本当に90歳近い人間の体かと思ったほどである。100歳を越えた私の祖母や祖父は灰しか残らなかった。

 そのことは姉は褒めなかったが、私は母を褒めようと思う。意固地だろうと性格が悪かろうと口うるさかろうと、正しいものは正しいのである。が、相性の悪い二人による葬儀の相談は葬儀屋泣かせなものだった。スケジュールを10分ずらすのに3時間の口論があり、私が到着した時点で打ち合わせ時間は17時間を越え、私も参加を勧められたがさらに混乱するので逃げ出した。一応喪主だが名前だけである。姉は18歳で進学のため家を出たが、今になってようやくその理由が分かったような気がした。どうも我が家は家族として少しおかしいと指摘されたのはアメリカでホームステイをしていた時である。奇妙に事務的で家族の縁が薄く、幼少の頃から何を決めるにも苛烈な口論が日常会話であった。

 なお、葬儀の金額は家族葬で戒名代も含め160万円で、これは婆さん200万、爺さん300万を下回るが、交渉に当たったのが母と姉で、私に交渉権を与えてくれればさらに値切ったと思うが、この二人に付き合わされた葬儀屋の気苦労を考えると金額は値引きは下手だが慰謝料を考えれば妥当だと思う。生まれて初めて葬儀屋を気の毒と思ったこともある。

 とはいうものの、私にも両親に対する愛はある。少し精神を病んでいて、父親を侮辱した従兄弟の一人を私は即座に殴り倒した。母親が止めなければ首の骨をへし折ったかも知れない。それは私は法学徒で、暴行と結果的加重犯による傷害の区別くらいは付く、が、弟分でもあるこの従兄弟に手を上げたことは私はどんなに怒っても半世紀間なかったのである。が、決別することにし、葬儀の参列も許さず、二度と敷居を跨ぐなと言い渡した。普段の私にはない苛酷さである。いい年をしてと言われるかも知れないが、親と家族に対する侮辱は私でも許さないし、許すべきでもないのだろう。これは本来は死んだ私の父親がすべきことであったし、私も愛する弟に手を上げるのは心が痛んだが仕方がない。

 親父が愛飲していたのはサントリーのスペシャル・リザーブであった。私以外の誰もが居間に瓶が置いてあるオールドと思い込んでいたが、実は本人の言によると、オールド(はまずいので)の瓶にリザーブを入れ替えて飲んでいたらしい。たぶんこれは会社教のなせる業で、リザーブは部長以上の酒で、オールドはそれ以下ということらしい。それと東京オリンピックの時に外国人観光客向けに作られたリザーブは「バタ臭い」酒で、守旧的な会社では部長でも飲む酒ではなかったらしい。バカらしいが、そういうわけで親父の愛飲していた酒は姉も母親も知らず、知るのは本人から直に聞いた私だけということになっている。棺桶に入れておこうかと思ったが、揮発物は当然ながらNGで、遺体の唇に付けてにしてもいかにもわざとらしく、しかも火葬まで5日あったため唇はセメダインで接着されており、付けても溢れることから葬儀後に一人リザーブを買って故人を偲ぶこととした。

 あと、晩年の親父については料理ができないくせに「美味しんぼ」だけは集めており、なぜか海原雄山に自分を重ねていたようである。これもマンガは生前に連載が終了し、ラストで雄山と山岡が和解したから良かったようなものの、連載が継続していたなら、雄山と山岡の壮大な親子ケンカはマンガの見せ場であったことから、これは死んでも死にきれずに苦悶死しただろうことは想像に難くない。

 亡くなった一日後に対面した遺体は「あんた誰」というような様子で、元々恰幅の良かった人物だが、闘病の影響で骨と皮ばかりに痩せ細り、10キロ単位で積み上げられたドライアイスで胴体はせんべい状に潰れて凍り付き、遺影は本人が選んだ30年前の写真だが、ギャップが激しすぎて弔問した人々が絶句するような状態だった。私だったら直近の写真を選ぶし、確か河野の父親も1年前の写真だった。ついでに母親の遺影も見せてもらったが、これはさらにひどく50年前の写真で、これを使えと厳命されたが、いやこれはちょっとと思うような若作りで、そういえば我が家に並んでいる遺影を見ると、死亡当時に近いのは私の母の父親の写真だけで、後はすべて30~40年前の写真なのだった。私の祖母(母親の母親)に至っては20代である。

 ついでに書くと接待要員が足りないため、姉は東海高校の息子とフェリス女学院の娘を動員して火葬まで付き合わせたが、接待はともかく火葬の方は悪影響が心配である。ある程度分別が付く年齢になるまで、見せるべきものではないと思うのだが、遺体の扱いはいくつかの葬儀を目にした私が見てもエジプトのミイラのほうがまだマシに見えるようなあちこちから出血し、せんべい状に凍ってやせ細ったややグロテスクなもので、素直に灰になってくれれば良いものを、骨片もガラガラとやたらと残ったので、痛ましいと思いつつも直に目にした彼らには少し心配である。最後まで教育的配慮の欠けた人であった。

 宇宙論で有名なホーキング博士の持論では、死とは生体機関である肉体の機能停止であり、故障に近いものであり、それ以上でも以下でもないというものだが、実は私の死生観もそれに近い。クルマも年数を経ると故障による出費が新車の購入に近いものになり、買い替え時だが、形あるものはすべて滅びる。死はやむを得ないことである。ただ、故障にはMTBF(Mean Time Between Failure)というものがあり、維持や管理に気を配ることで稼働時間を延長することが可能である。故意に近い怠慢でむざと生命を失う道理も理由もなく、取れるべき手段は取るべきである。私の母親は取れるべき手段は最善を尽くした。父の命を奪ったのは寿命もあるが、患者に配慮のない公務員体質の病院と、そういったものを盲信する父の根拠なき組織信仰である。それさえなければ、と、思うと少々惜しまれてならない。

 父が入院していた病院は死の2日前になぜかCTスキャンを撮った。撮像によると脳機能の低下は見られなかったということだが、少なくと母と姉はこれで安堵したが、姑息な言い訳である。コロナ禍では病院は数百人の患者を監禁し、何ヶ月もの間、人によっては1年近く、家族との面会さえ許さなかった。私も病院の理事長に詰め寄ったし、その間に数十人の患者がむざと死んでいった。父のように痴呆化した例も少なくなかったはずで、撮像はそのアリバイ作りである。こういうことを考える人間には私は怒りしか覚えないし、そういうものに慣らされてしまったのが父らの作った今の日本の姿である。

 

 ひょっとしたらその死も末期患者にモルヒネを投入した不自然死かもしれない。燃やしてしまったから分からないが、その死まで経済効用を優先した工業的に管理されていたもののように思われてならない。「安らかな死顔」と母は喜んでいたが、その1時間前まで肺塞栓で苦悶していた人間の死顔が安らかなわけがないのであるから。とはいうものの、特殊医療に手を染めた医師の判断も生前の故人の意思には合致するものであった。この国の人間に対する考え方が少しおかしいことは、今さら書くまでもない。

 彼らの成功や功績など、私は絶対に認めない。これは人間のあるべき姿ではない。個人的なことは書きたくないが、1本くらいは良いだろう。

 

 プーチンの仕掛けたウクライナ戦争は大きな政治的間違いだが、政権とそのブレーンはウクライナ征服により勇猛なコサック兵団とアントノフ社に代表される優れた工業生産力によりNATOを牽制し、旧ソ連に代わるロシア枢軸の構築を考えていたように思われる。ウクライナは海員養成にも定評のある国であり、全世界の航海士の10%強がオデッサの海事学校の出身である。これは我が国の20倍を優に超える。つまり、ウクライナを押さえることはロシアの海陸の覇権戦略に不可欠なものだったと思われる。

 が、結果は見ての通りで、プーチンの誤算はウクライナの抵抗力を甘く見ていたことと、ウクライナにゼレンスキーがいたことを失念した点である。ゼレンスキーはオレンジ公ウィリアムに匹敵するレジスタンスの闘士で、同国にも少なくなかった親ロシア勢力を政治的に駆逐し、アメリカを巻き込んだ対ロシア同盟を構築して激しくロシアに抵抗している。ルイ14世のフランスがオランダを総督(Grand Pensionary)ウィットと講和までしながらウィリアムの抵抗で征服に失敗したように、プーチンのウクライナもまた、親ロ派の多い国であるにも関わらず同じ顛末になりそうである。

 ブチャの虐殺やダム破壊、占領地での強権支配により、おそらくは数十年は消えない敵意をウクライナ国民に植え付けたことも大きな失敗である。こういうものを見ると我が国でもそうだが、リーダーシップというものについて少しく考えさせられる。正反対の政策を採っていれば、ロシアは西側やウクライナからより大きな果実を得られたはずで、プーチン自身もまた世界と国民の尊敬のうちにそのキャリアを終えられたはずである。たった一人、あるいはごく少数の人間の誤ちが国力を大きく損ねること、その極端な例を我々はロシアに見ている。

 ウクライナはおそらく生き残るだろうが、それが何を意味するかということはある。地域大国としてはポーランドを除く他の東欧諸国よりも人口は多く、国土も広大だが圧倒するほどではない。彼女の同盟者、アメリカとEUの人口はウクライナの10倍強であり、イギリス、おそらくはアメリカと依存関係を結ぶものと思われる。そういう場合、ウクライナの発展は農業と一部の産業に偏った偏頗的なものになる。航空産業や宇宙産業などアメリカが許すはずがないからだ。国力については戦争の影響もあり、少なくとも今後数十年は大きく発展することはないだろう。ロシアと結ぶという政策はウクライナの地政学的立場からはあながち間違いでもないのである。が、その機会はプーチンが壊してしまった。

 我が国についてはどうだろうか、40年前、ブレトン・ウッズ体制の終焉による甘い時代が終わり、自立しなければいけなかった時に我が国の指導者は大きな誤ちを犯した。戦後補償の問題がそれで、どういう理由によるものか太平洋戦争の戦争責任を素直に認めなかったことで、我が国はASEANから締め出され、アメリカに頼らず自立する道を閉ざしてしまった。日本の商社は世界各地にあるが、日本の産業については関税を掛けられた不利な条件での競争を余儀なくされている。加えて中国の問題がある。ここを誤らなければ、おそらくはプーチンのロシア同様、我が国の現在も違った姿がおそらくあっただろう。

 ウクライナ戦争について10日の覚え書きは保留したが、理由は10日から現在まで戦況の急変があったことによる。ロシア戦車の撃破数が急増しており、ウクライナ参謀本部の報告が正確ならばこの3日間で100台以上の戦車が撃破されたことがある。ここ一週間ほどは日数台の撃破に留まっていたことを見ると、これはかなりの数である。

 この所は横ばいになっていた装甲兵員輸送車の破壊も急増しており、これは装甲を必要とするかなり激しい戦闘が行われたことを示唆する。報道ではアウディウカでロシア軍の大攻勢があり、1万人規模の大軍が投入されたことが伝えられているが、報告は撃破した場所については伝えていないため、ここでの戦闘によるものかは不明である。

 航空機については先に友軍の誤射で撃墜されたSu-35戦闘爆撃機については評価が修正され、元の315機に訂正されたが、直後に1機が撃破され、現在のロシア航空機の損失数は316機である。

 ロボティネを抑えたウクライナ軍はトクマクを重砲の射程に捉えたが、これにより早速鉄道線路が砲撃を受けている。弾薬輸送列車が撃破され、補給の途絶えたトクマクのロシア軍は敗北の危機にある。ひょっとしたら冬まで持たないかも知れないが、メリトポリとアゾフ海はまだ遠い。なお、セバストポリを攻撃されたロシア海軍は艦隊をノボロシスクに撤退させ、艦隊は黒海の制海権を喪失している。

 パレスチナでハマスが決起し、ヒズボラと呼応してイスラエルと双方に数千人の犠牲が生じているが、相手は戦い慣れたイスラエル軍である。当初は油断があったがすぐに恢復し、ガザ地区を包囲して反撃に転じている。が、20年近くも逼塞していた中東のアラブ勢力がここに来て攻勢に出たことにはウクライナでの戦闘の影響が少なからずあるだろう。

 CNNはハマスの背後にはイランがあり、軽工業中心のガザ地区で同組織がイラン軍事産業の下請けをしていたと報じたが、中東戦争のジャンク兵器を再生して攻撃に用いているというのはやや眉唾で、実のところはハマスの武器はウクライナ戦争でダブついた北朝鮮製砲弾など二線級の武器と思われる。これらは昨年まではウクライナ軍が用いていた。

 我が国では鈴木宗男氏が訪露したが、帰国した鈴木氏を所属政党の維新は除名処分にしている。この件はこれで終わりで、こういうことは大戦争の最中には時折あることだが、過去の例に漏れず、この事件が両国の外交関係に及ぼす影響は皆無だろう。
 

第二回会見を巡る状況

 

 ジャニーズ事件は2日に再度の会見が行われたが、ありていに眺めると内容は前回よりも後退し、保身と責任逃れが目立つ内容となっている。以前にも危惧した通り、通り一遍の組織改革で被害者を置き去りにし、事案の解明は不十分なまま、事件を幕引きにしたいという会社とステイクホルダーの意図が強く出たものになっている。

 図は以前用いたものだが、以前の状況さえギャップのあった加害行為と補償のアンバランスがさらに拡大しており、それを埋める方策は提示されていない。補償に用いる財産の総額や一人あたりの具体的な補償額、ジャニー喜多川の犯罪には副社長や故・メリー喜多川やジュリー藤島、ヒガシ、前社長タッキーなど会社上層部の加功が指摘されているが、刑事事件としての立件が可能かどうかなど。

 タレントを失ったスマイルアップ(旧ジャニーズ)にめぼしい財産も補償能力も稼ぐ力もないことは明白である。言葉はどうであれ、救済に具体性がなければ「切り捨て」批判はまさに正当であるし、刑事事件が問題化すればそれが架橋して(法律上は別人格の)新会社に責任が及ぶことも十分有り得る。今のところ、新会社はジャニーのような異常人格は二度と現れないだろうという希望的観測の上に立っているが、これは砂上の楼閣であろう。

※ 経営陣に旧悪に手を染めた者が一人でもいれば会社はたちまち沈没船であるし、セクハラ問題のある会社は別に珍しいものでもない。

 新会社の経営体制については第三者からの資本を入れることを前提に通常の株式会社とするようだが、主な株主や役員人事については会見からは明らかでない。分離されたスマイルアップはジュリー藤島の差配で補償終了と同時に解散することにしたとあるが、これらにつき、BBCが続報でどう書くか楽しみである。

 

 私としては前回の方がまだマシだったと感じている。

 

※ 被害者救済よりも事業存続に重点を置いた会見になったことは、タレントが人気商売でジャニーズ離れが社会現象となっている業界の特殊性がある。どんな人気者でもファンの支持を失えばタダの人であり、その恐怖心が社会正義の実現など問題の抜本的対策から目を背けさせ、経営陣を圧倒している現状がある。

 

(補記)

 続報で新会社の態様がジャニーズを退所したタレントが個々に設立する合同会社と新会社が契約するエージェント方式と報じられたが、リスク管理という観点からは模範解答であるように思う。ただ、タレント養成や新会社が代理権を独占的に行使しうるかについては問題がないわけではなく、また、会社を設立できるのはある程度名の通った有力タレントに限られることから、これは対策というよりもジャニーズが以前から抱えていた問題に対する処方箋で、現在の流れを見てこの際採用されたもののように見える。イメージとしては日本相撲協会が掌理する大相撲の親方部屋が近いように見えるが、日本相撲協会は株式会社ではなく財団法人であり、その地位も歴史的経緯の絡んだ多分に特殊なものである。

 

※ ジャニーズの資産(施設や著作権)を承継するとなると、これは現物出資で株式が割り振られることになり、間接的にジュリー藤島が経営に影響を与えることから、これらの資産については現時点ではスマイルアップに残るものとされる。後日何らかの方法で売却することになると思うが、ほとぼりの冷めた頃に議決権のない優先株として新会社に資本参加(吸収分割)することは考えられる。

 

※ スマイルアップに残ることとされたジャニーズの著作料収入はJASRACの統計を見ると年間20億円くらいと思われる。

 

 今朝読んだリフレ派の経済学者の記事でロシアはランドパワー、欧米はシーパワーという記述があり、ウクライナ戦争はランドパワーとシーパワーの戦いで、地政学上シーパワーに属する日本は何が何でもウクライナを支援すべきという論調があったが、こんな抽象的な言の葉で戦争を使嗾されては国民はたまったものではないし、説得するにしてももう少しまともな言い分は他にもあるだろう。

 同じ論説では軍事戦略家のアルフレッド・セイヤー・マハンの言説として、「いかなる国もランドパワーとシーパワーを兼ねることはできない」というものが「マハンのテーゼ」として紹介されていたが、マハンはそんなことは書いていないし、たぶん論者はマハンもロクに読んでいないのだろう。

 私自身はといえば、元になった記述が海上権力史論のどこに書いてあるか当てて言うことができる。そういう文脈で書かれたものではなかったし、完璧な誤読だと思うけれども、論者は私と同じ歳でエール大学や国際機関に奉職し、どこかの大学で教鞭を取っているリフレ派の論客だそうだ。こんな程度で大学の教鞭を取れるなら、大したことはないな。

 ほか、どこかの私大の大学院入試の問題だったか、オリバー・ウェンデル・ホームズの一節を抜き出して、受験生に「読め」と強迫的な出題をしている大学があった。慶応大学のどこかのカレッジだが、ホームズというのは200年前の人である。我が日本で200年前にどんな文章が通有していたかを考えれば、これがかなりのトンデモ出題だと分かるし、だいたいホームズの文章は彼の該博な知性を反映してラテン語やフランス語がそこかしこにあり、院生入試程度のレベルで歯の立つものではない。

※ 今となっては信じがたいことだが、当時の文書は特に公文書は全部が漢字で書かれていた。いわゆる漢文脈で、しかも島国で先進国中国から継受したコンプレックスからか文章は本家中国よりも技巧を凝らした晦渋なもので、頼山陽以降は少しはマシになるが、それでも今の人にはまず読めない代物である。

 

※ 漢文脈の歴史は長いが、技巧魔で最低な奴はたぶん菅原道真だろう。彼の文章を読むと太宰府で頓死した理由が良く分かる。当時は中国人でも彼みたいな文章は書かなかった。道真の文章は入試に出されたら受験生が絶望するような代物である。この人物には人に理解されようという根性をまず感じない。

 

※ 当時の中国には日本の漢詩でも取り寄せて評定する奇特な学者がおり、頼山陽の弟子の江馬細香が高い評価を受けている。彼女は山陽の事実上の妻だったが、才質では山陽を凌ぎ、当時の中国で評価されたのみならず欧米でも高い評価を受けている。

 

※ 池上永一の小説「テンペスト」では主役に孫寧温という才気溢れる女性が登場するが、江馬細香はリアル孫寧温である。

 

※ 漢文脈の素養があったのは日本では森鴎外、夏目漱石、正岡子規までの時代である。彼らは生家そのものが漢文講師の家系で、特に鴎外はドイツ語を訳す際にもまず漢文に直して訳していたとされる。なので、漢文を勉強する際には彼らの著作を読むと良いとはどこかの参考書に書かれてはいた。

 

※ 今となっては後悔しているが、私の受験参考書の一つは「漢文法基礎」で、これも後悔しているが最後まで読んでしまったために多少は読むことができ、愚かでムダな時間を使ったと後悔しているが(漢文の配点などセンター試験で何点だろう、すでに無いという話もある)、悪書の見本のようなものでも、読んでしまったものは仕方ないといえる。

 この二つは私も読んでいるし、ある程度は話せる。理由は私が戦争をテーマにした小説を書いていたからで、こういうものを書くには法や戦略についてある程度まともなものを読んでおかないとちゃんとしたものは書けないことがある。だってあのトム・クランシーだって原潜やステルス爆撃機が踊り狂う彼の小説にだって、ホームズの引用くらいはやっているんだぜ。

 O・W・ホームズは合衆国最高裁の判事も務めた当時アメリカを代表する知識人で、英米法判例百選を読めば「ミスター・オブジェクション」と呼ばれた彼の言説の一端に触れることはできるが、日本語で読んでも難解で、こんなものは期末試験でも司法試験にも出ないので、読んだ途端に記憶の片隅から抜け落ちるようなものである。

※ ホームズのそれと比べると、我が国の比較衡量論は雑な議論という感じはする。伊藤判事によると政教分離に関する議論は欧米の方がより精密でより厳格である。

 日本で(そしてアメリカでも)ホームズの有名な言葉は「明白かつ現在の危険(Clear and present danger)」だが、これは彼の本を読んでないと意味はわからないと思う。

 そんなものを入試に出す慶応大学、頭おかしいんじゃないか?

 ホームズの略歴は「毒親」という言葉もあるが、読むと「負けた」感をひしひしと感じるようなものである。牧野富太郎のような人物ならまだ努力と根性で何とかなりそうな感じはあるが、彼の父親は医師で、医業の傍らで文筆業を営んでいた。母親は判事の娘で教養に富み、影響も大きかったがその程度の母親は珍しくもなく、より影響したのは父親のサロンに出入りしていた当時アメリカの文士たちである。エマソンが最も影響を与えたが(初期のホームズの著作はエマソンの真似から始まった)、ほかラスキンやカーライルがおり、ホームズ少年は物心付く前からアメリカ最高の知性の薫陶を存分に受けて育った。以下、南北戦争などあるが長くなるので割愛する。

 一言で言えば、知識人の姿の一つの理想といえようか、単に裁判所で反対意見ばかり述べている偏屈なじいさんではないのである。そんな人のこと、生まれも育ちもだいぶ違う慶応の受験生なんかにワカル?

 マハンに話を戻すと、「海上権力史論」はマハンの膨大な著作の一つで、話は17世紀の英蘭戦争からアメリカ合衆国独立までの100年間しか書かれていない。マハン自体は蒸気船時代のアナポリスで初代校長を務めた人物だけども、この本には蒸気船は一隻も出ておらず、彼には非常に興味のあったトラファルガーの海戦も始まる前に本が終わっている。大上段に戦略戦術について語った本でもなければ、マハン戦略の集大成でもないのである。ホームズの著作もそうだが、実は未完成な著述である。

 この本が有名になったのは、明治時代に秋山真之が私費留学して校長時代のマハンに師事した影響が日本では大きい。が、私は秋山はマハン戦術は理解していなかったと思っている。影響したのは防御より攻撃を優先するイギリス海軍の戦術や、彼の著述では度々行われた海上封鎖の記述である。が、マハンは海上封鎖についてはその負の側面について書いている。彼がいた時代、南北戦争では「スコットの蛇」という史上最大規模の封鎖作戦が行われ、そのお粗末な実態も彼は艦上でよくよく目にしていた。南部のブロケードランナーは封鎖をものともせずにくぐり抜け、封鎖しているはずの北軍艦隊は補給不足で泊地に少数づつ引き籠もっていた。

 秋山は日露戦争で旅順艦隊に対する封鎖作戦を主導したが、これは戦争の進め方に異なる文脈があったことを示唆している。5万人の損害を出し、太平洋艦隊を砲撃で粉砕した後の連合艦隊はボロボロであった。戦艦も2隻が失われ、もしバルチック艦隊の来航がもう少し早ければ、戦争は現在我々が知っている結果では終わらなかった可能性が十二分にある。有名な丁字戦法についても、マハンは設例の一つ、フランス艦隊を壊滅させたセイントの戦いで、勝利は偶然の事情でしかなかったことを鋭く追及している。ロドニーの中央突破・背面展開戦法は当時称賛されたが、冷ややかな視線を向けている。日本海海戦について、そういった分析は行われたか。

※ 対馬や九州に行くと分かるが、日本海海戦は福岡から砲煙が見えるような結構ヤバい位置で戦われている。福岡から壱岐、対馬を航路とするフェリーがあるが、海戦はまさにその航路の真っ只中で戦われている。

 いずれにしても、何百年も前の人の言葉は生きた現実に当てはめなければ意味がない。格言や故事を知っているから偉いのではなく、そこにどんな真理があるのか、現代でも有用などんな洞察があるかを説明しなければ意味がない。

 ウクライナではナチス時代の大虐殺であるバビン・ヤールの日が追悼されている。日本では報道はなかったが、ロシアの最大の誤算はこういった集団的記憶のある国を攻撃したことだだろう。ホロドモールと並び、理不尽に殺された何百万人もの集団的記憶は地域に染み付き、消えないものとして残っている。ウクライナは今や公務員の給料もEUが立て替えて支払っているような状態であるが、それでも彼らが戦いを止めないのは、ロシアの侵略に続くものに何があるのか、他のどの地域以上に身に沁みて分かっていることがある。こと今の事情で、彼らが戦いをやめる事情はどこにもない。

 

※ 大英帝国はオーストリアの併合を許し、チェコスロバキアの講和を黙認し、ポーランドに侵攻されてようやくナチスの侵略願望に気づいた。ポーランドはナチスとソ連に分割され、戦いはフランスに飛び火したが、それがその後6年間続く第二次世界大戦の始まりとなった。

 

 9月中旬はザポリージャとバフムトの双方で激しい戦いが行われたが、南部ではウクライナ部隊が第一防衛線を突破したことで一応の小休止を得、ロシア部隊は後退して最終防衛線であるトクマク周辺の防禦を固める様相になっている。ウクライナ軍は奪取したロボティネとベルボベの両小寒村で防備を固め、補給を行って第二防衛線以降のロシア要塞の攻略準備に掛かっている。

 バフムトではアンドリフカ、そして要地であるクリシブカをウクライナ軍が奪取したが、これは高地でロシア軍の補給路である州道513号線、国道3号線を撃ち下ろせる位置にあり、戦況はウクライナ有利に推移しているが圧倒するほどではない。ロシア軍は増援を送って南部の戦線にウクライナ部隊が送られないようにしているが、同様の狙いはウクライナ軍もロシア軍に対して持っている。

 ウクライナ軍参謀本部では先のマリャル次官ほかの更迭劇があり、報告がやや混乱している。耳慣れないOSUV(戦略遂行ユニット)はホールツィツャとタブリアのほか、スームィがあることが分かったが、このユニットは報告によりピウニッヒや北グループと書かれることがあり、名前と実際の担当地域に関連性はないが、現時点では先のブログは誤りでホールツィツャはバフムトを、タブリアはドネツク方面を担当するユニットである。スームィ(ほか)はリヴィヴなど西ウクライナを担当するユニットで、これも名前とは全く関係がない。

 最大の激戦区であるザポリージャ以南を担当する戦略ユニットは存在していないが、最近になって現れたこの軍単位がウクライナ軍の編成にどのような位置を占めるのかは良く分からず、ユニット司令官も顕出していないために、これは軍の編成とは別の国境警備隊その他などを含むような、何か違うもののように見えている。会社などで時々置かれる「〇〇委員会」が説明にはいちばん適当かもしれない。

 地上軍を後退させたロシアはここに来て航空攻撃を再開している。かなりの規模の攻撃を連日行っており、30日には久しぶりにロシアのジェット戦闘機1機が撃破されたが、珍しいことに残骸などの報告はなく、機種も不明であるために、これは長射程SAMによる戦果と思われる。攻撃は最前線ではなく、オリヒウ以北の前線向けの物資を集積していると思われる場所を中心に行われている。が、大集積地であるドニプロやバブログラード、動脈である国道4号線にはまるで届いていない。また、地上部隊と緊密な連携を取っている様子にも見えない。投弾している弾薬もJADAMのような精密兵器を使っている様子にはまるで見えないことがある。

※ 個人的にはロシアによる近日の攻撃は部隊ではなく政治レベルで齟齬のあるような歯切れの悪いものを感じている。海軍基地などロシア深奥部をピンポイントで攻撃するウクライナの戦術が意思決定に影響している可能性は否定できない。

※ 昨年にショッピングモールを倒壊させたような大型ミサイルによる被害は報告されていない。また、超高速で迎撃不可能なはずのイスカンデルミサイルも最近では名前すら聞かれないようになっている。

 連携の悪いことは航空攻撃の再開後、後退したロシア戦車が再び突出して撃破されていることでも分かる。空陸連携の戦術では航空機が上空から砲兵や戦車など重火器を叩き、それから戦車が進出して敵陣をなぎ倒し、続く歩兵でとどめを刺すものだが、ロシア機はそういう場所を攻撃しておらず、戦車が不相当なダメージを受けているように見えることがある。これに先のスロビキンの更迭がどの程度影響しているかは定かではない。なお、砲兵隊の損害率は相変わらず高い。

※ 大規模攻撃が行われていても、最前線に影響のあるような攻撃は行われていない。前線のウクライナ軍とロシア軍は以前の砲撃戦を再び行っている。

 ウクライナ軍の迎撃技術はドローンと巡航ミサイルについては撃墜率は2ヶ月前のほぼ倍に進化している。つまりより多くのミサイル、ドローンを送り込まなければ効果はないということであり、ドローンはともかくミサイルについては枯渇気味であることから、ロシア軍はドローンにますます頼ることになるが、ドローンの被撃墜率はミサイルとは比較にならないほど高い。最高指導部におけるドローンに対する高すぎる評価とこの兵器の生産が他の兵器の生産を圧迫し、軍事生産の重荷になる可能性は否定できない。

※ 開戦以来ウクライナ軍に撃墜されたロシア軍機は316機だが、ドローンは5千機以上が撃墜されている。

※ ISWはウクライナ軍がヘリ撃墜の能力を向上させたとしているが、ここ1ヶ月間でヘリコプターは1機も撃墜されておらず、ジェット機に至っては6月以降3機しか撃墜されていない。ウクライナ軍の防空能力が向上していることは確かであるが、それを見るのはヘリではなくドローンである。

 プリゴジンの死後は開店休業状態であるワグナー軍団についてはプーチン自らが生き残りの幹部と面談し、部隊の取りまとめを依頼したことが伝えられている。ワグナー部隊と思しき部隊はドネツク付近に出没しているようだが、この戦区は先に重病説が伝えられた二代目カディロフの担当戦域である。このチェチェン軍はロシア軍の中では例外的に残忍かつ弱い軍団だが、いつまで経っても数百人の守備隊しかいないマリンカやアウディウカを制圧できないことから(毒を盛られた理由と思われる)、まずはここから投入して様子を見ているのかもしれない。

※ カディロフの場合、戦争参加の動機もプリゴジンとは異なることが指摘されている。この人物の本質はビジネスマンで、彼のチェチェン軍もチェチェン人は全軍の数%しかおらず、残りはすべて傭兵であることが指摘されている。参戦と引き換えにプーチンから巨大な利権を引き出すことが彼の目的であり、首魁のカディロフも含めメディアには頻出するが、軍事的能力も戦意も高くないチェチェン軍はウクライナではTikTok軍と呼ばれている。

 ネットの記事で「汚職大国」ウクライナへの支援を問題視しているものがあったが、記事は以前からあった内容のモザイクで「何を今さら」と言いたくなる。こういう記事を書く売文屋はいきなりロシアに侵攻され、迎え撃ったウクライナは何を相手に撃っていたと思っているのだろうか。



 こういう図も見ていてウンザリするものがある。昨年のハルキウでの反撃以降、リマンとヘルソンを取り返した後の戦線は動いていないが、別に地面に線が引いてあり、線を超えたらズビビとやられてしまうものでもない。通例、境界線は稜線や河川の中央など動かず変化もしないものの上に引かれるが、今戦場になっているステップ地帯はだだっ広い平野で、勢力圏は常に動いている。

 支配地域を問題にしたければ、各々の軍の直近の拠点や物資の集積量、兵団や拠点間の移動の平易さなどを問題にすべきであり、色分け地図は誤解を生む。

※ おそらく20万、多くても40万人ほどしかいないロシア部隊が長大な戦線や広大な占領地を維持できるはずもないことも見れば分かることである。

 昨年と異なり、大きく改善されたものにはウクライナ軍への兵器の供与がある。先にも述べた通り、昨年までのウクライナは兵器や糧秣の入手に少々いかがわしい手段を使わざるを得なかった。ダボス会議に集う西側財界人は空虚で時代錯誤な会議同様、有事ではおしなべて無能であり、侵略に対する反応も鈍かった。

 その間にロシアミサイルはイバノフランコフスクのウクライナ軍の兵器貯蔵庫を破壊し、リヴィヴのミグ29修理工場を粉砕した。ウクライナ軍はうまく防戦したとはいえ、それなりの被害は受けていたのであり、闇市場で入手した中古ミグや北朝鮮製の砲弾がなければロシア軍は今頃ポーランドに侵攻していただろう。

 もちろんいかがわしさはゼレンスキーらウクライナ指導部も承知のことだった。西側の支援体制がようやく整った時点で汚れた関係を清算することは、彼らにはおそらく当然のものとしてあった。オリガルヒと汚職を放置してはウクライナは戦争に勝てないし、さりとて、彼らの助けがなければ戦争を戦うことさえできなかった。

 が、それも過去のことである。私は今年に入ってから支援国の指導者が兵器供与を約束してから、それが到着ないし投入されるまでの時間を測っているが、こと最近はほとんど同時に投入されるようになっている。クラスター爆弾などは数日で投入され、エイブラムス戦車はより短い時間でキーウに到着した。兵器の調達をオリガルヒに頼る必要はもはやなくなったといえる。件の記事が問題にしているのは、そういった一連の動きの一断面にすぎない。

 ストームシャドーミサイルがセバストポリのロシア艦隊司令部を直撃し、司令官のソコロフ提督が生死不明となっているが、これについては原因はたぶんにロシア側にある。軍艦は高価な兵器で、ロシア海軍はウクライナ海軍がほとんど存在しないにも関わらず、効果的な戦術で運用されていないようだ。ウクライナの海上ドローンは遊撃的な兵器で、それ自体で制海権を獲得できるものではない。

※ むしろドローンが哨戒艦を攻撃したり、ケルチ大橋を破壊できるのはロシア海軍が積極的な掃海活動に出ていないからだという見方もできる。

 優勢にあるにも関わらずロシア海軍が積極的な海上攻撃を掛けないことについては、第一にまず予算不足、次いで最高司令部の戦略と指示の誤り、艦隊士官の戦術ドクトリンの消極性が挙げられる。今のロシアはこうした海上兵器よりも日々ダース単位で破壊されている陸戦砲や統計上はほとんどなくなったはずの戦車の方をより必要としている。

 色分け地図上では僅かな変化でしかない、しかも間違っていることも少なくない戦場でも、ウクライナ部隊はロボティネを抜け、ゾロタ・バルカの第二防衛線の突破に取り組んでいる。一度突破したものの繰り返しなのであるから、おそらく成功するだろうし、より重要なこととしてはこの位置からはトクマク市が長距離砲の射程に入ることがある。ここ数日のロシアは航空機を繰り出してオリヒウなど後方を攻撃しているが見たところ積極性に欠け、効果のほどは少々疑わしい。

 

 社長は往生際悪く会社存続の道を探っているようだが、よくもまあ、止めど尽きせぬ悪事の数々がまだ続いているビッグモーターである。件の記事を読む限りでは、これは修理に出すことすら危ない。

「訴状によると、女性は2022年8月、所有する高級外車「アウディ」のエンジンがかからなくなったため、同店舗に修理を依頼した。女性が故障の状態や修理内容を聞くため店舗を訪れたところ、従業員は「修理には多額の費用がかかる」「アウディに価値はない」「廃車にするしかない」などと説明。中古車の購入を強く勧められた(上掲記事引用)。」

 調べればすぐに分かることだが、この会社は外車はほとんど扱っておらず、乗っているのは経営陣だけで修理のノウハウもない。BOSHEの診断装置さえなさそうで、普通はこんな所に外車の修理は出さない。エンジンが掛からなくなったのなら、行くべきは正規ディーラーである。

 先月のベンツを売ったら水没車といちゃもんを付けられたケースは買い取りで、換金だけが目的だからビッグモーターでも良かったが、この案件は修理で、本来なら店舗側で断るべき事案であった。

 私も車検場の近くにビッグモーターがあるので、光軸調整で引っ掛かったら頼もうかと思っていたが、行かなくて良かったとつくづく思っている。

 この会社のいちばんの問題は契約上の信義則など社会一般で通用しているルールを守らないことである。クルマを買い取って現金を振り込んだなら危険は移転しており、後で損害賠償など論外であるし、一度合意した契約金額を勝手に変更する、修理代を水増しする、店頭やネットで掲示した総額と金額が違うなど、契約遵守の観念さえないのかというものである。これでは安心して取引できない。

 こういうものは、社会一般の通念では「詐欺」という。表明した内容と内心に齟齬があり、内心はごく平明に見て、これは契約しないだろう、実現できないだろうといったもので、虚偽の事実を伝えることで相手方を錯誤に陥らせるものだからである。報道を見るに、この会社には従業員ぐるみで詐欺(deceit)体質が染み付いているとしか思えない。

 社員にとってはお気の毒な話であるが、自業自得ともいえる。会社は腕の悪い経営者とデロイトトーマツの差配で資産をバラバラにして切り売りするしかなくなっている。派手なだけのコンサル会社の知恵などこの程度であるし、出来の悪い時間稼ぎと分かり切っていた話でもあった。

 

※ 在庫車をオークションに出して糊口を凌いでいるつもりらしいが、オークネット自体ヤラセで、カラクリが露骨すぎるので自社落札せざるを得なくなり、台数の割にはあまり稼いでいないようである。そもそも報道によるとオークション自体オークション会社と結託した犯罪なので、デロイトトーマツには告発義務があるはずである。告発しないということは二流のコンサルということで、コンサル会社としてのデロイトトーマツの名にも傷が付くことになる。

 

 

※ 正常な知能があったなら、デロイトは手を引くべき案件だと思う。

 

 株式会社という形態において、清算における従業員の担保の引当は会社財産である。経営に協力することで、自分らで自分の担保を毀損する自損行為に精を出しているのだから、この会社の従業員は一人残らず、真っ当な市場価値は労働市場ではないのだろう。というより、報道により彼らの価値は日に日に下がっている。ビッグモーターでの社歴は汚点にしかならないだろう。

※ 無能と迷走経営で会社がなくなれば従業員には何の補償もなく、分け前もない。

 この会社を救う道はただ一つしかない。それは従業員自身が立ち上がり、団結して会社にこれまでの奉仕で積み上げた財産から、彼らの分け前を要求することである。それで会社はなくなるが、悪は一掃され、彼らと彼らの家族は新しい出発をすることができる。

 まずは目黒の兼盛屋敷に乗り込んで労働協約書にサインさせることから始めるべきだろう。その際に多少の脅し透かし、器物の損壊や家屋の破壊、軽度の暴行に監禁、威迫や脅迫があったとしても、会社が彼らに行ってきたこと、社会に対するこの会社の害悪を考えれば、その程度のこと、やむを得ないのではないか?
 

 昨年の2月24日に始まったウクライナ戦争は575日目になったが、およそ一年半の間、ネットが使えない時を除いてほぼ毎日、英国国防省の状況報告とウクライナ軍の参謀報告を読んでいる私も良く付き合っているものだと思う。

 英国国防省の報告については、これに目を付けたのは私はたぶん早い方だと思う。戦争の当初はほとんどのメディアがワシントンの戦争研究所(ASW)の報告を金科玉条としていた。国際的な事件があった場合に先ず英国メディアを参照するのは戦争以前から私の習慣になっている。ASWの分析には色々と不満な点があった。

※ ASWも結構ダレていたことがある。戦局が動いているのに10日くらい地図を更新しないこともザラにあった。またレポートもムダに長く読みにくく、情報は衛星写真頼みで、平たくいえば軍事ヲタクの戦争遊びの域を出ないものだった。

 これはAIも苦手とすることだが、戦略的な情報と戦術的な情報を峻別することは一見しては難しい。地球の裏側の観察者にとって、示唆に富むのは戦略的視点である。やれ第〇〇空挺部隊が移動しただの、ロシア戦艦の〇〇ミサイルやT-80戦車がどうだのといった情報は、少なくとも私にとっては「どうでも良い」。さも見てきたかのような見解を披露する識者もいるが、実のところ情報は乏しく、多くは推論の域を出ていないことがある。一見具体性に富んだ情報ほど疑わしい。

※ 英国国防省と異なり、実際に戦闘しているウクライナ軍参謀本部の報告は特殊な文章構成で解読が必要なものである。報告はかなり平板で、それだけ読んでいても何も分からないが、要点を掻い摘み、他の報告と合わせれば全体像が見えるものである。最近は少し叙情的になったため、レズニコフ時代と比べると担当者も変わっているように見える。

 重要なのはストラテジック・ビューである。それは資源や人口の総和とか地政学、国民性や産業インフラ、政治体制など素人でも容易に理解でき、なおかつ戦争や国家の先行きに決定的な影響を及ぼすものである。

 もちろん戦争の結果は〇〇空挺部隊や第〇〇自動車大隊などが策動した結果であるから、それらについての観察も大事である。止血用ストラップなど些細なことが戦局に影響することもあるだろう。軍事的知識はないよりあった方が望ましい。そういう分析を披露したいなら、衛星写真や経費を潤沢に使えるMI5かCIAに就職して、ごく狭い分野で掘り下げた見識を発揮すべきだろう。が、政治家も含めて些末な情報は判断に必要ないものである。

 ASWの分析には不満があった。なので2月の末あたりから、私は英国国防省にアクセスしてウクライナ戦争のツイッターを探し出してフォローしてきたのだけど、これを書いているのは現役の将官という話である。同じ将官でも自衛隊の陸将や海将とはインテリジェンスのセンスがかなり違う。先ず連中はこの長さで文章を書けない。

※ 書いていたのはイギリス軍の将官とは後に分かったが、知らなくても文章のクオリティや戦略・戦術眼のバランスの良さは佐官以下の水準ではありえず、これは当初から容易に判別しうるものであった。

 ザポリージャでは第一防衛線を突破したウクライナ軍は順調に戦果を挙げている。撃破率は10日前の5割増しで、戦果の多さは激戦が行われ、ウクライナ軍がそれに勝利したことを示している。ロシア軍は後退し部隊の再編を余儀なくされている。バフムト方面では要衝キリシフカの奪取にようやく成功し、隣接するアンドリフカではロシア軍の大隊が壊滅した。

※ 英国国防省の報告ではキリシフカの失陥はドネツクからの幹線道路T0513が危険に晒され、都市の防衛が困難になるとしているが、バフムトに通じる道は他にもより東方のM03やT504があることから、これはロシアの支配が面ではなく点でしかないことを示唆するものである。自衛隊の将官なら隠語や業界用語を交えて十倍くらいの長さで書くだろうが、それをしないのをインテリジェンスというのである。

 戦争全体としてはこれらの勝利が占めるウェイトは大きくないが、ロジスティクスの円滑さに加え、十分な偵察と緻密な作戦計画があれば世界最強クラスの要塞も撃破しうることを示したことは小さくない。

 ウクライナ軍はレズニコフの辞任後に体制が変わり、主力軍はバフムトなどドネツク方面はホールツィツャ戦略遂行ユニット(OSUV)、ザポリージャ方面はタブリアOSUVと二方面に分かれている。タブリア軍は以前からあったが、新戦略単位の名前は担当する戦区とは一見関係のない地名から採られている。ホールツィツャとはキエフ河畔にある島の名前である。

※ タルナフスキー少将が指揮する旅団としてメディアでも何度か取り上げられている。が、取材時にはこの部隊はタブリア(トクマクの北西にある村)には到達していなかった。ウクライナ軍の戦術、戦略ユニットの命名は敵の誤断を誘うため、故意に関係のない地名を採用している可能性が高い。

 7人いた国防次官はハンナ・マリャル女史を含む7名が解任されたが、マリャルの解任は意外ではなかった。国際政治学者の彼女は戦略眼を欠き、戦争のスポークスマンとしてあまり適切とはいえなかったからだ。が、これは現在のウクライナ政府が完全無欠であることを意味しない。彼らにも内紛があり、時には間違いを犯す。

※ マリャルの報告は戦況全般の俯瞰というよりは惨劇を見、戦争の先行きを憂慮するウクライナ・エスタブリッシュメントの感想という方が実情に近かったし、彼女もその階級の出身である。戦略レベルで評価できる内容はほとんどなかった。

 ロシアの攻撃で黒海航路が機能不全に陥っているため、ウクライナは穀物ルートをドナウ川沿いに変更したが、このルートについてはWTOで貿易問題に発展している。ポーランドとの関係が悪化しているが、全体を眺めれば、この問題は言うほどのことではなく、方法はあるように思われる。

 

ポーランド側の事情についてはこの記事が良く説明している

 

 

 ウクライナ軍がトクマク要塞への攻撃を本格化させたことで、6月の反転攻勢の開始以来見えにくかったウクライナ軍の作戦企図が見えるようになり、先に目的はクリミア半島の奪取と半島を交渉材料とした和平交渉と書いたが、ポトリャク顧問の言葉はこの見通しの上にさらに高度の戦略があることを明らかにしたものである。

 戦争を終結させるという目的だけならば、主力部隊をドネツクに向けるかクリミアに向けるかに大きな違いはない。むしろ補給線が短くて済む分、DPRの本拠であるドネツクを突く方が容易といえ、その後は補給の続く限り、次から次へと襲来するロシアの新編部隊を撃退していけば、これも講和の糸口にはなるかもしれない。

 クリミア半島にも同じことが言えるが、補給はドネツクよりも難しく、またロシア本土からは遠ざかる方向になる。人口密集地のドネツク、ルハンシクに防備の余裕を与えることになり、より北のクビャンスクは手薄になる。勝利による戦争終結という目的においては、クリミアは必ずしも最適な目標とはいえない。

 むしろこの問題は発展の方向を海に向けるか、陸に向けるかということにある。大陸にはすでにロシアがおり、西欧はおしなべて強大で、この方向でウクライナが発展できる可能性は大きくない。彼らは前者を選択した。

 黒海はバルト海さえ制した英国海軍も手の届かなかった海で、理由はポルポラス海峡に閉ざされた海域の特殊性にある。トルコとロシアが主要なプレーヤーで、黒海はここ2世紀ほどはロシアの海であった。ポトリャクのロシア海軍を駆逐して海を国際管理下に置くという考えは、戦後ウクライナ発展の構想なしには語れない。

 ウクライナ軍が海を目指したのは単にロシア軍をステップで殲滅するためだけではない。戦いを終えた後、国力を増し、世界に飛躍するために彼らはドネツクではなくメリトポリを目指したのだ。

※ もし、戦略がそのような構想の下に立てられたとすれば驚くべきことである。ウクライナには海軍といえる海軍はなく、唯一と言える主力艦(クリヴァク級駆逐艦)は開戦早々に自沈させてしまった。外洋海軍の歴史もなく、海商の伝統もない国が海を生存戦略に組み入れ、それを実践していることには尋常でない思考の飛躍がある。ある意味、天才的な無名の戦略家の存在を予感させる。

※ そういう意味では愚直にバフムトを攻め続けているシルスキーの方が伝統的なウクライナ軍人の思考法である。バフムトでロシア軍を撃破した所で残るのは借款で、その後のウクライナの発展はないが、とにかくロシア軍を撃退して欲しい保守層にはこちらの方が支持しやすいという感じはする。

 昨年激戦が行われたマリウポリのアゾフスタル製鉄工場は元は旧ソ連の大型戦艦ソビエツキー・ソユーズを建造するために国家計画で作られたものだ。現在のロシア海軍の空母も、先に沈んだモスクワを含むスラヴァ級ミサイル巡洋艦も竜骨が据えられたのはウクライナの造船所だ。アントノフ社の航空機はソ連・ロシアの主力輸送機だったし、原子力技術もある。人口が少なく資金が少ないために日の目を見ることが少なかったが、種は豊富に持っている。

 高いポテンシャルは、これまではモスクワからやって来たエリートが牛耳っており、ウクライナに限らずカザフスタンやグルシアも見掛けは独立国でも政治経済の枢要部分はロシア人に握られていたが、ゼレンスキーはどう見てもロシア・クラブの会員には見えない。ここで彼の狙いが新秩序の建設にあり、旧ソ連衛星国からロシアの呪縛を解き放つことにあることは明らかに見える。この戦争の結末はウクライナだけでは終わらない。東欧と中央アジアを巻き込んだ大きな地殻変動の端緒になる。

 

※ トクマクは第一防衛線が破られたことは確実のようである。ウクライナ軍はゾロタ・バルカの第二防衛線の突破に掛かっており、その前にノボプロコフカとベルボベで部隊を再編して補給を行い、橋頭堡を固めて再攻撃に出るようである。

 

※ クラスター弾頭は広範に使われており、ロシア兵の戦意をかなり挫いている。この弾頭と先に供給が決まった劣化ウラン弾については、ウラン弾頭の一部はすでに使われているように見える。ロシア戦車の撃破数が増えており、長射程、高威力というウラン弾の特性を生かした攻撃が行われているようにも見える。昨年と比較してロジスティクスが飛躍的に改善されたのなら、米国大統領が許可した兵器が数日で戦場に届けられることはありうる話である。

 

※ 英国のチャレンジャー戦車は強力だが、砲の規格が違うためウラン弾の使用能力はない。が、長射程砲でほぼ同等の有効射程を得ている。こちらの可能性もある。

 

※ 先の報道で明らかになったこととして、北朝鮮製の弾薬を最初に使用したのはウクライナ軍である。欧米が支援を渋る中、オリガルヒが国際兵器市場で暗躍して大量に供給したが品質は悪かった。現在ではロシアが北朝鮮製の弾薬に頼っている。