BBCが端緒となったジャニーズ性加害事件は日本では東山(ヒガシ・少年隊)新社長が就任し、事件の記者会見を行ったが、社長と同席していた井ノ原(元V6、同輩にひらかたパーク園長の岡田准一がいる)の答えは評価の割れるものだった。

上図はビッグモーターの件で使ったチャートだけども、少し改良してこの件でも用いてみたい。責任の重いものほど左側に書かれており、参考として責任の種類についても例示することにした。死刑が最も重く、金銭賠償は不法行為と契約の双方にまたがり、利得(権利主体の変更に伴うもの)が最も責任が軽い。
※ 通常相続は財産権の移転を伴うが、「相続する責任」は発生しない。来年から相続登記の義務化が施行されるが、これは相続する義務を発生させるものではない。
刑法とその他は明らかに懲罰の種類が違うが、その理由については「良く分からない」というのが本当のようである。国家の懲罰権は国王の「平穏を守る権利」から発展したものだが、なぜ国王が以前は私人間で行われていた復讐権を独占するようになったのかは中世のイギリスで行われたという以外、確たる理由が良く分からない。もちろん殺人や窃盗などは刑法以前から犯罪として認知されていたが、犯罪の種類には後に国家によって処罰対象になったものも多い。いずれにしろ、このチャートでは責任は一元的なものとして捉えられている。
※ そのため責任の種類も金銭賠償に限定していない。ただし、死刑については責任のとり方として「自発的に死を選ぶ人間はいない」ことが前提になっている。
※ 報復と損害賠償が並立して行使されるのは古ゲルマン法である。同時期のローマ法は復讐権は金銭で買い取るもの(賠償)としていた。特に奴隷や召使が起こした事件の場合は主人が相手方に金銭を支払うことで責任を免れることができた。
※ 古ゲルマン法やローマ法が現在の法律の直接の祖先というわけではないので、刑罰と賠償を峻別する制度の由来については「分からない」としている。
検討すると性加害の主犯であるジャニー喜多川氏は2019年に死去しており、責任の主体はそもそも存命していない。が、存命していれば累犯加重で懲役30年の罪人である。生きていればこれは責任を取ってもらわなくてはならない。
が、死んでいるので責任は相続人のジュリー藤島氏に相続され、責任の性格上、不法行為による損害賠償請求が求めうる限度となる。今は江戸時代ではないので、大久保長安事件みたいに遺体を引きずり出して磔(はりつけ)にするわけにもいかない。
※ この「モノ」を引き出して制裁する行動は今でもあり、裁判の俎上には載り得ないが、躓いたルームランナーとか自転車、敷石などの無生物に八つ当たりすることは珍しいことではない。が、この感覚で問題を評定することは知性のない行いであるし、事件に対して抱く感情にそのようなものがあれば、割り切るべきである。
※ 制度の都合上、刑事と民事の賠償請求は並立するが、この場合の民事責任は刑法上の責任の派生物なので、チャートでは刑事事件にカテゴライズした時点で責任については評価されているものと考える。
※ 加害者死亡により責任の釣り合いが取れないため、この件では仮に賠償を受けても責任は解消されず、円満な解決はありえないことになる。したがって争わず、賠償に注力することが最も適切な策となる。
性犯罪の賠償額の相場は良く知らないが、聞けば一件50万円ほどだそうである。回数によっても異なるだろうし、明らかに低いと思うが、聞いた所によると、これは裁判官業界のヨタ話におけるパパ活一件あたりの金額が基準だそうである。50万円×被害者数なら数百人だとせいぜい数億円で、ジャニー喜多川なら払えない額じゃないだろう。
※ 本当かどうか知らないが、これは裁判所のエレベータの中で判事が弁護士に漏らした内容だそうである。援交1回が3万円なら10回分くらいで十分だろうということである。この件についての真面目な論考は学者でも見られないことから、パパ活の顧客の対象は裁判官のほか、倦怠期の刑法学者も含まれるようである。
ジャニーズ事務所という会社にはより高額な責任が残る。社員の生命身体を危険に晒したことで契約上の義務違反(安全配慮義務)を問えるし、諸々の損害のほか、後遺障害のあるケースもあることから、賠償額はより高額なものになる可能性が高い。被害者がおしなべて若く、また優れた資質の若者であったことも賠償が高額化する理由にはなるが、減額の理由にはならない。
※ そういうわけで賠償額の算定に自賠責を一定の参考にしている。
前社長だったジャニー氏個人に起因する部分については求償が可能である。性行為を拒否したことで降格左遷した場合などが当たる。ほとんどは故・ジャニー氏の変態性格に起因するので、求償額はかなりの額にできると思うが、完全に免責されることはない。
会見でも取り上げられていたコンプライアンスは契約以下に適用される規範で、犯罪や不法行為は対象にならない。内規で賠償額を制限していても不法行為が優先し、賠償額算定の基準も異なるものである。ジャニーズの責任については会社としての安全配慮義務違反に加え、故・ジャニー喜多川氏から承継した不法行為責任があり、損害賠償は二つの領域にまたがるものになる。

こういった視点で会見を見ると、社長のヒガシの提示した方針は概ね正しいといえる。被害者への賠償に応じ、相談窓口を設けて心のケアや真相の究明に当たることは妥当な対策である。が、経営体制を変えず、社名を存続したことはコンプライアンスの観点から不満足で、これが批判の対象になっている。しかし、コンプライアンスが万能の特効薬でないことにも留意すべきである。
一方でジャニー氏の相続人である前社長、ジュリー藤島氏の言質には不満が残る。賠償を請求する場合、原資となるのは会社財産以外はジャニー氏の個人資産であり、彼女が相続した額を明らかにしなかったことは明らかな間違いである。この場合、彼女には額を積極的に開示して総額を明らかにする必要があり、ことジャニー氏の遺産に関する限り、彼女には他に優先する何の権利もない。
※ 藤島氏はジャニー氏の財産を「相続した」ことになっているので、氏の賠償債務も相続したことになる。
すでに広告を切られる例も出てきているので、会見では存続すると言ったが、ジャニーズという社名についてもいずれ変更することになるかもしれない。会見に出席したヒガシと井ノ原も当惑した顔をしており、「変更するかも」といった雰囲気さえあった。

英語では「ジャニーと仲間たち」
「ジャニー」という名詞自体はJohnの別称で、英語では「あいつ」、「あの子」といった男性や少年に対する親しみを込めた呼び方で、特定の人物を表す言葉ではなく、指す場合でも「喜多川おじさん(キタちゃん)」といったニュアンスだが、場合によりけりである。
81年のケンタッキーCM、当時としてもかなりヤバいCMだった
ケンタッキーフライドチキンも90年代までは発祥地のアメリカ南部の味を売り物にし、サザン・ホスピタリティやオールドサウスのイメージを宣伝の基調にしていたが、これは政治社会的にはいろいろ問題のあるものだった。91年に社名をKFCに変更し、当時は物議を醸したが、味もブランドも傷つかずに今日まで存続している。
※ 例えばかつてのケンタッキーのCMではデキシーが定番だったが、これはドイツでホルスト・ヴェッセル・リードを流してソーセージを売るようなものである。
南部連合軍や、やや物騒な(人を殺したこともある)カーネル・サンダースのイメージでは成長に限界があった。変更後はグループも大きくなり、総じて見れば社名変更は大成功だったといえる。ジャニーズの社名変更は私としてはやるべきとまでは言えないが、しても問題ないだろうとはいえるし、した方が良いとはいえる。
(補記)
さきほどの図だが、使ってみて使いにくさも感じたので、もう少し手直しすることにした。相続・承継には債務の継承もあるため「利得」は消去した。

上のようにマトリクスに行為と責任を順番に記入することで補償関係が適切に処理されているか一覧できるようにした。ジャニーズ事件の場合、被疑者のジャニー喜多川が4年前に死去していることにより刑法上の罪を問うことはできず、責任の上限は不法行為の賠償責任となり、行為と責任の不均衡は避けられない様子がある。したがって、賠償が適切に処理されても当事者間には怨恨やしこりが残ることは当然のことと考えることができ、これは賠償を(通常同種事件の平均以上に)手厚くする以外に緩和の方法がないものと考える。
なお、コンプライアンスはジャニーズ社の問題であるが、適用領域が異なるため、事件における行為と責任の不均衡の解消には直接には繋がらない。ここで社内改革を名目に事件の幕引きをすることは、おそらく最悪の解決である。