ウクライナの戦いはこの一週間で顕著な進展を見せており、ザポリージャではロボティネの第一防衛線を打ち破り、ゾロタ・バルカの第二防衛線からトクマク近郊(第三防衛線)に近づいたことが報告されている。同時にロボティンの東10キロにあるベルボベやトクマク西方のタブリアでも戦闘が行われた。
ロシア軍の防衛線は評価によると最前線である第一防衛線が最も強固で、ロシアは資材の60%をこれに投入し、以降の防衛線はそれほど強くないという。竜の歯というコンクリート製の防御物はウクライナ戦車に易々と突破され、これが地雷や良く作られた塹壕ほどには役に立たないことを示した。
典型的な防御陣は最前部に対戦車壕が掘られ、その200~300m後方に竜の歯を中心とした障害物があり、そのさらに後方300mに塹壕と砲撃陣地がある。これまでの戦闘は砲撃戦や対戦車ミサイルが中心で、対戦車壕のかなり手前で行われていた。塹壕への攻撃はドローンが行っており、防衛線の手前の手薄な塹壕では歩兵が装甲車で乗り付けて掃討戦を行っていた。ヘリからの対戦車ミサイルや砲撃もあり、2ヶ月の間、ウクライナ部隊は第一防衛線には近づけもしなかったことがある。
ロシア軍は砲兵隊に加え戦車や車両も従来の1.5~2倍のペースで破壊されており、また、ロシアでも少数しかない特殊車両の被害も増えている。まだ先があるが、ウクライナ軍が「竜の歯」も含むロシア防衛インフラセットをフルコースで打ち破ったことはトクマクやメリトポリ攻略に向けた大きな進歩といえるだろう。
※ 司令車や通信、レーダー車両といったものである。
一方で、大砲や機動兵器が破壊されている割にはロシア歩兵の死傷者は少ない。装甲兵員輸送車の損害率も横ばいで、これは車両が払底したのか、歩兵は陣地を捨てて逃げ出したかだが、歩兵については2ヶ月、兵士によっては1年以上も戦っていることもあり、ウクライナの攻撃に対して「逃げ上手」になっていることがあるかもしれない。トラックが破壊される前に脱出するとか、装備を捨てて逃げるとか、囮を使うとか、ロシアでも生存のための様々なノウハウが蓄積されているようだ。
大規模に攻撃されているのにロシアでは航空隊の損失がほとんどないことも、「逃げ得」疑惑を疑わせる。元々ロシア航空宇宙軍はこの戦いに消極的だった。総司令官のスロビキンが解任されたことがあり、敗勢にあるにも関わらず、空軍の出動は最小限しかない。が、出戦していればウクライナ軍に損害を与えると同時に、ヘリも航空機もそれなりの数を失ったものと思われる。空軍を含む防空能力が低下したため、ウクライナではバイラクタルが再び用いられている。
※ トクマク要塞には防衛線以外にもう一つの問題がある。市内を流れるトクマク川の上流にダムがあり、数十平方キロに渡って水を貯えていることから、ウクライナ軍が市内に突入した場合にはこれを爆破して進撃を阻止する可能性が指摘されている。が、この場合はロシア補給基地も冠水し、防衛拠点としてのトクマクは機能停止することから、最後の手段と思われる。
※ この2ヶ月の戦いでは滅法強かったロシア攻撃機と戦闘ヘリだが、精密攻撃のできるKa-52は戦闘機や対空ミサイルの敵ではなく、ジェット機のSu-25も主兵装は無誘導の大型ロケット弾で、戦闘ヘリは命中までホバリングしなければならず、ジェット機は雑な無誘導攻撃しかできないと、これらは陣地が近接し混戦になるに従い被撃墜が多くなると予想されていた。が、そんなことはなく、出動しないのでこれらロシア航空機は今日も無傷である。
※ この戦闘ヘリにも良いところはあり、二重反転ローターのKa-52はウクライナ軍主力のMi-24ハインドや他のヘリコプターに比べロール性能が良く、ワグネルの乱では撃たれた対空ミサイルをフレアを放って瞬時にかわすなど普通のヘリにはできない機動をしたこともある。が、かわせないことの方が多く、この争乱でも運の悪い機体が撃墜されている。
英国国防省の定時報告は、従来はウクライナの攻撃線をバフムト、ベリカ・ノボシルカ、ザポリージャの三軸としていたが、数日前からバフムトとザポリージャの二軸に変更している。また、ウクライナ参謀本部もこれまではザポリージャ軸と呼んでいた戦域の表現を「メリトポリ軸」としており、作戦企図を明らかにしている。
クビャンスクを含む東部戦線は膠着している。バフムトは市の南にある高地クリシブカをウクライナ軍有利に戦いを進めているが、戦力不足もあり押し切れずにいる。
※ この高地村はバフムト市を見下ろす高台にあり、当初から両軍の争奪戦の中心になっていた。
ロシアはベラルーシから部隊を撤収させ、これらはバフムトかドネツク方面に再配置されると思うが、同時にベラルーシに本拠地を置いていた東部管区軍も撤収したと思われ、これはキエフの戦いで壊滅し、その後の消耗戦でも損耗しているが、我が国周辺を含む極東地域を管轄する部隊でもあり、撤退により懸念されたいたベラルーシ参戦、キエフ再侵攻の線は消えたと見てよいだろう。
ウクライナが秘匿していた戦略企図を明らかにしたことは、国民の大勢と異なり、ゼレンスキー政府はクリミアを交換条件としての講和を考えていることになる。ロシアが講和に応じる可能性は高くないが、反撃の進展次第で両国の間に講和の条件が整う可能性はある。
プーチンはウラジオストクに赴き、独裁者の金正恩との会談を予定しているが、この大きな北朝鮮と小さな北朝鮮の同盟は中国が二の足を踏んでいることもあり、あまり実りあるものにはならないだろう。