ザポリージャ戦線で戦闘に変化があり、過去72時間でウクライナ部隊はトクマクに向けて大きく前進している。ロボティネを落とし、州道408号線を南下してソロダ・バルカの攻略に掛かっているが、場所は第一防衛線を抜けた所である。

 ウクライナ軍はもう一隊が確認されており、第二防衛線の近く、ロボティネから10キロ東のベルドベでも戦闘が行われている。ほか、ヴァシリフカやステロープで戦闘が行われたことが報告されており、報告のあったものだけでも4隊、おそらくは5隊に分かれて要塞正面に穴を開けようとしている。

 このことから、やはりザポリージャ・メリトポリの線が反攻作戦の本当の狙いで、他の正面であるヴェリカ・ノボシルカ、バフムト、ライマン・クビャンスクは陽動ということになる。戦術の緻密さからしても、ザポリージャ正面が主戦場で間違いないだろう。

 ザポリージャと同時にヴェリカ・ノボシルカを攻撃したのはこの付近がちょうどロシア軍管区の境目で、トクマク防衛を担当する南部管区軍とドネツク方面の東部軍管区による指揮統制上の不具合を企図してのものだろう。ヴェリカ・ノボシルカを攻撃したのは機動力の高い空挺部隊で南下を装いつつ東に展開し、東部管区軍の注意をヴフレダル周辺に引き付けていた。この場所が年初でロシア軍が大敗し、因縁のある場所であることがある。

 バフムトは一度ワグネルに奪われたが再攻撃は政治的なものと思われる。ウクライナ最高の指揮官であるシルスキーを配し、攻撃は効果的に行われたがロシアも空挺部隊を投入し、そのためザポリージャ・クリミアの守りが損なわれた。

 クビャンスクは西部管区軍と中央管区軍の連合軍が攻撃しているが防衛線を破ることはできないでいる。が、ロシアはハリコフに近い最北部のここにウクライナ軍を引き寄せ、疲弊した南部要塞への圧力を軽減しようと目論んだようだ。

※ ケルチ大橋やチョンガル橋を攻撃されたことでトクマクのロシア軍は補給上の困難に直面している。ただし、トクマク・ベルジャンスク間の幹線道路37号は戦前から良く整備されており、海路からの武器弾薬の補給が可能である。ベルジャンスクは港湾で昨年から何度もウクライナ軍の標的になっている。

 先にウクライナ軍の作戦企図は見にくいと書いたが、上に挙げたどの正面でも実は主戦場になりうる資格を有していることがある。トクマクの守りが堅いことを見てドネツクに転換することもできたし、ロシアの誘いに乗ってクビャンスクで戦うこともありえた。が、クリミア半島の攻略においては、やはりメリトポリがいちばん効果が大きい。

 大規模な陸上戦闘の場合、大部隊が移動して展開することから、その部隊の初動を観察することで最終的な攻撃目標や戦略企図を読み取ることができる。一度展開した部隊の撤収は難しく、退却戦は大きな犠牲を伴うものである。そのため戦闘開始から数日で攻撃側の意図はハッキリと分かるものになるのだが、今回はそういう様子ではなかった。むしろ従来型の戦術に固執するロシア軍の方が企図が読みやすかったと言えるだろう。

 ウクライナが作戦企図の秘匿に成功したのは戦車部隊から砲兵隊や歩兵まで機動力の活用が作戦の軸に組み込まれていたことによる。砲兵は迅速に陣地転換し、歩兵は装甲車で塹壕に乗り込んで制圧する。そういった戦いが千キロの前線の各所で繰り広げられたことから、本当の狙いは見にくいものになった。

 ふと、昔読んだジョミニのエピソードを思い出した。新兵器の発達に意見を求められた兵法家はそれは戦術の進歩にすぎないと一蹴し、戦略と個々の戦いを勝利に組み入れることの重要性を説いた。スターリンクやドローン、西側製の装甲車といったものは戦術にすぎない。その背後にどういう戦略企図があり、いかなる手段でそれを実行していくかを考察することを忘れてはいけない。

※ ウクライナがドローンでロシアの制海権を脅かし、航空基地を破壊する作戦が同時進行していることも見逃してはいけないだろう。

 今回はむしろジョミニ流の考え方の方が明察により近かったと思われる。ウクライナ軍の意図については2ヶ月悩まされた。ロシアはかなり弱っている。攻撃力とは速度と火力の積である(ジョミニ)。拙速は巧遅に勝る(孫子)。ウクライナ軍には秋までに海を望める場所に来て欲しいものである。