昨年の2月24日に始まったウクライナ戦争は575日目になったが、およそ一年半の間、ネットが使えない時を除いてほぼ毎日、英国国防省の状況報告とウクライナ軍の参謀報告を読んでいる私も良く付き合っているものだと思う。

 英国国防省の報告については、これに目を付けたのは私はたぶん早い方だと思う。戦争の当初はほとんどのメディアがワシントンの戦争研究所(ASW)の報告を金科玉条としていた。国際的な事件があった場合に先ず英国メディアを参照するのは戦争以前から私の習慣になっている。ASWの分析には色々と不満な点があった。

※ ASWも結構ダレていたことがある。戦局が動いているのに10日くらい地図を更新しないこともザラにあった。またレポートもムダに長く読みにくく、情報は衛星写真頼みで、平たくいえば軍事ヲタクの戦争遊びの域を出ないものだった。

 これはAIも苦手とすることだが、戦略的な情報と戦術的な情報を峻別することは一見しては難しい。地球の裏側の観察者にとって、示唆に富むのは戦略的視点である。やれ第〇〇空挺部隊が移動しただの、ロシア戦艦の〇〇ミサイルやT-80戦車がどうだのといった情報は、少なくとも私にとっては「どうでも良い」。さも見てきたかのような見解を披露する識者もいるが、実のところ情報は乏しく、多くは推論の域を出ていないことがある。一見具体性に富んだ情報ほど疑わしい。

※ 英国国防省と異なり、実際に戦闘しているウクライナ軍参謀本部の報告は特殊な文章構成で解読が必要なものである。報告はかなり平板で、それだけ読んでいても何も分からないが、要点を掻い摘み、他の報告と合わせれば全体像が見えるものである。最近は少し叙情的になったため、レズニコフ時代と比べると担当者も変わっているように見える。

 重要なのはストラテジック・ビューである。それは資源や人口の総和とか地政学、国民性や産業インフラ、政治体制など素人でも容易に理解でき、なおかつ戦争や国家の先行きに決定的な影響を及ぼすものである。

 もちろん戦争の結果は〇〇空挺部隊や第〇〇自動車大隊などが策動した結果であるから、それらについての観察も大事である。止血用ストラップなど些細なことが戦局に影響することもあるだろう。軍事的知識はないよりあった方が望ましい。そういう分析を披露したいなら、衛星写真や経費を潤沢に使えるMI5かCIAに就職して、ごく狭い分野で掘り下げた見識を発揮すべきだろう。が、政治家も含めて些末な情報は判断に必要ないものである。

 ASWの分析には不満があった。なので2月の末あたりから、私は英国国防省にアクセスしてウクライナ戦争のツイッターを探し出してフォローしてきたのだけど、これを書いているのは現役の将官という話である。同じ将官でも自衛隊の陸将や海将とはインテリジェンスのセンスがかなり違う。先ず連中はこの長さで文章を書けない。

※ 書いていたのはイギリス軍の将官とは後に分かったが、知らなくても文章のクオリティや戦略・戦術眼のバランスの良さは佐官以下の水準ではありえず、これは当初から容易に判別しうるものであった。

 ザポリージャでは第一防衛線を突破したウクライナ軍は順調に戦果を挙げている。撃破率は10日前の5割増しで、戦果の多さは激戦が行われ、ウクライナ軍がそれに勝利したことを示している。ロシア軍は後退し部隊の再編を余儀なくされている。バフムト方面では要衝キリシフカの奪取にようやく成功し、隣接するアンドリフカではロシア軍の大隊が壊滅した。

※ 英国国防省の報告ではキリシフカの失陥はドネツクからの幹線道路T0513が危険に晒され、都市の防衛が困難になるとしているが、バフムトに通じる道は他にもより東方のM03やT504があることから、これはロシアの支配が面ではなく点でしかないことを示唆するものである。自衛隊の将官なら隠語や業界用語を交えて十倍くらいの長さで書くだろうが、それをしないのをインテリジェンスというのである。

 戦争全体としてはこれらの勝利が占めるウェイトは大きくないが、ロジスティクスの円滑さに加え、十分な偵察と緻密な作戦計画があれば世界最強クラスの要塞も撃破しうることを示したことは小さくない。

 ウクライナ軍はレズニコフの辞任後に体制が変わり、主力軍はバフムトなどドネツク方面はホールツィツャ戦略遂行ユニット(OSUV)、ザポリージャ方面はタブリアOSUVと二方面に分かれている。タブリア軍は以前からあったが、新戦略単位の名前は担当する戦区とは一見関係のない地名から採られている。ホールツィツャとはキエフ河畔にある島の名前である。

※ タルナフスキー少将が指揮する旅団としてメディアでも何度か取り上げられている。が、取材時にはこの部隊はタブリア(トクマクの北西にある村)には到達していなかった。ウクライナ軍の戦術、戦略ユニットの命名は敵の誤断を誘うため、故意に関係のない地名を採用している可能性が高い。

 7人いた国防次官はハンナ・マリャル女史を含む7名が解任されたが、マリャルの解任は意外ではなかった。国際政治学者の彼女は戦略眼を欠き、戦争のスポークスマンとしてあまり適切とはいえなかったからだ。が、これは現在のウクライナ政府が完全無欠であることを意味しない。彼らにも内紛があり、時には間違いを犯す。

※ マリャルの報告は戦況全般の俯瞰というよりは惨劇を見、戦争の先行きを憂慮するウクライナ・エスタブリッシュメントの感想という方が実情に近かったし、彼女もその階級の出身である。戦略レベルで評価できる内容はほとんどなかった。

 ロシアの攻撃で黒海航路が機能不全に陥っているため、ウクライナは穀物ルートをドナウ川沿いに変更したが、このルートについてはWTOで貿易問題に発展している。ポーランドとの関係が悪化しているが、全体を眺めれば、この問題は言うほどのことではなく、方法はあるように思われる。

 

ポーランド側の事情についてはこの記事が良く説明している