プーチンの仕掛けたウクライナ戦争は大きな政治的間違いだが、政権とそのブレーンはウクライナ征服により勇猛なコサック兵団とアントノフ社に代表される優れた工業生産力によりNATOを牽制し、旧ソ連に代わるロシア枢軸の構築を考えていたように思われる。ウクライナは海員養成にも定評のある国であり、全世界の航海士の10%強がオデッサの海事学校の出身である。これは我が国の20倍を優に超える。つまり、ウクライナを押さえることはロシアの海陸の覇権戦略に不可欠なものだったと思われる。
が、結果は見ての通りで、プーチンの誤算はウクライナの抵抗力を甘く見ていたことと、ウクライナにゼレンスキーがいたことを失念した点である。ゼレンスキーはオレンジ公ウィリアムに匹敵するレジスタンスの闘士で、同国にも少なくなかった親ロシア勢力を政治的に駆逐し、アメリカを巻き込んだ対ロシア同盟を構築して激しくロシアに抵抗している。ルイ14世のフランスがオランダを総督(Grand Pensionary)ウィットと講和までしながらウィリアムの抵抗で征服に失敗したように、プーチンのウクライナもまた、親ロ派の多い国であるにも関わらず同じ顛末になりそうである。
ブチャの虐殺やダム破壊、占領地での強権支配により、おそらくは数十年は消えない敵意をウクライナ国民に植え付けたことも大きな失敗である。こういうものを見ると我が国でもそうだが、リーダーシップというものについて少しく考えさせられる。正反対の政策を採っていれば、ロシアは西側やウクライナからより大きな果実を得られたはずで、プーチン自身もまた世界と国民の尊敬のうちにそのキャリアを終えられたはずである。たった一人、あるいはごく少数の人間の誤ちが国力を大きく損ねること、その極端な例を我々はロシアに見ている。
ウクライナはおそらく生き残るだろうが、それが何を意味するかということはある。地域大国としてはポーランドを除く他の東欧諸国よりも人口は多く、国土も広大だが圧倒するほどではない。彼女の同盟者、アメリカとEUの人口はウクライナの10倍強であり、イギリス、おそらくはアメリカと依存関係を結ぶものと思われる。そういう場合、ウクライナの発展は農業と一部の産業に偏った偏頗的なものになる。航空産業や宇宙産業などアメリカが許すはずがないからだ。国力については戦争の影響もあり、少なくとも今後数十年は大きく発展することはないだろう。ロシアと結ぶという政策はウクライナの地政学的立場からはあながち間違いでもないのである。が、その機会はプーチンが壊してしまった。
我が国についてはどうだろうか、40年前、ブレトン・ウッズ体制の終焉による甘い時代が終わり、自立しなければいけなかった時に我が国の指導者は大きな誤ちを犯した。戦後補償の問題がそれで、どういう理由によるものか太平洋戦争の戦争責任を素直に認めなかったことで、我が国はASEANから締め出され、アメリカに頼らず自立する道を閉ざしてしまった。日本の商社は世界各地にあるが、日本の産業については関税を掛けられた不利な条件での競争を余儀なくされている。加えて中国の問題がある。ここを誤らなければ、おそらくはプーチンのロシア同様、我が国の現在も違った姿がおそらくあっただろう。