ウクライナ軍がトクマク要塞への攻撃を本格化させたことで、6月の反転攻勢の開始以来見えにくかったウクライナ軍の作戦企図が見えるようになり、先に目的はクリミア半島の奪取と半島を交渉材料とした和平交渉と書いたが、ポトリャク顧問の言葉はこの見通しの上にさらに高度の戦略があることを明らかにしたものである。
戦争を終結させるという目的だけならば、主力部隊をドネツクに向けるかクリミアに向けるかに大きな違いはない。むしろ補給線が短くて済む分、DPRの本拠であるドネツクを突く方が容易といえ、その後は補給の続く限り、次から次へと襲来するロシアの新編部隊を撃退していけば、これも講和の糸口にはなるかもしれない。
クリミア半島にも同じことが言えるが、補給はドネツクよりも難しく、またロシア本土からは遠ざかる方向になる。人口密集地のドネツク、ルハンシクに防備の余裕を与えることになり、より北のクビャンスクは手薄になる。勝利による戦争終結という目的においては、クリミアは必ずしも最適な目標とはいえない。
むしろこの問題は発展の方向を海に向けるか、陸に向けるかということにある。大陸にはすでにロシアがおり、西欧はおしなべて強大で、この方向でウクライナが発展できる可能性は大きくない。彼らは前者を選択した。
黒海はバルト海さえ制した英国海軍も手の届かなかった海で、理由はポルポラス海峡に閉ざされた海域の特殊性にある。トルコとロシアが主要なプレーヤーで、黒海はここ2世紀ほどはロシアの海であった。ポトリャクのロシア海軍を駆逐して海を国際管理下に置くという考えは、戦後ウクライナ発展の構想なしには語れない。
ウクライナ軍が海を目指したのは単にロシア軍をステップで殲滅するためだけではない。戦いを終えた後、国力を増し、世界に飛躍するために彼らはドネツクではなくメリトポリを目指したのだ。
※ もし、戦略がそのような構想の下に立てられたとすれば驚くべきことである。ウクライナには海軍といえる海軍はなく、唯一と言える主力艦(クリヴァク級駆逐艦)は開戦早々に自沈させてしまった。外洋海軍の歴史もなく、海商の伝統もない国が海を生存戦略に組み入れ、それを実践していることには尋常でない思考の飛躍がある。ある意味、天才的な無名の戦略家の存在を予感させる。
※ そういう意味では愚直にバフムトを攻め続けているシルスキーの方が伝統的なウクライナ軍人の思考法である。バフムトでロシア軍を撃破した所で残るのは借款で、その後のウクライナの発展はないが、とにかくロシア軍を撃退して欲しい保守層にはこちらの方が支持しやすいという感じはする。
昨年激戦が行われたマリウポリのアゾフスタル製鉄工場は元は旧ソ連の大型戦艦ソビエツキー・ソユーズを建造するために国家計画で作られたものだ。現在のロシア海軍の空母も、先に沈んだモスクワを含むスラヴァ級ミサイル巡洋艦も竜骨が据えられたのはウクライナの造船所だ。アントノフ社の航空機はソ連・ロシアの主力輸送機だったし、原子力技術もある。人口が少なく資金が少ないために日の目を見ることが少なかったが、種は豊富に持っている。
高いポテンシャルは、これまではモスクワからやって来たエリートが牛耳っており、ウクライナに限らずカザフスタンやグルシアも見掛けは独立国でも政治経済の枢要部分はロシア人に握られていたが、ゼレンスキーはどう見てもロシア・クラブの会員には見えない。ここで彼の狙いが新秩序の建設にあり、旧ソ連衛星国からロシアの呪縛を解き放つことにあることは明らかに見える。この戦争の結末はウクライナだけでは終わらない。東欧と中央アジアを巻き込んだ大きな地殻変動の端緒になる。
※ トクマクは第一防衛線が破られたことは確実のようである。ウクライナ軍はゾロタ・バルカの第二防衛線の突破に掛かっており、その前にノボプロコフカとベルボベで部隊を再編して補給を行い、橋頭堡を固めて再攻撃に出るようである。
※ クラスター弾頭は広範に使われており、ロシア兵の戦意をかなり挫いている。この弾頭と先に供給が決まった劣化ウラン弾については、ウラン弾頭の一部はすでに使われているように見える。ロシア戦車の撃破数が増えており、長射程、高威力というウラン弾の特性を生かした攻撃が行われているようにも見える。昨年と比較してロジスティクスが飛躍的に改善されたのなら、米国大統領が許可した兵器が数日で戦場に届けられることはありうる話である。
※ 英国のチャレンジャー戦車は強力だが、砲の規格が違うためウラン弾の使用能力はない。が、長射程砲でほぼ同等の有効射程を得ている。こちらの可能性もある。
※ 先の報道で明らかになったこととして、北朝鮮製の弾薬を最初に使用したのはウクライナ軍である。欧米が支援を渋る中、オリガルヒが国際兵器市場で暗躍して大量に供給したが品質は悪かった。現在ではロシアが北朝鮮製の弾薬に頼っている。