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Yahoo!映画には出てこなかったこの映画、元はTV映画ですかね、インディーズでアメリカの配給がなかったから登録されてないだけでしょうか、いずれにしてもマイナーな作品ではあるのですが、なかなか異色です。

彼氏と一緒に暗殺の仕事を請け負ったセリーナの主観から描かれているかと思えば、その仕事がタイムマシーンで過去に戻ってヒットラーを暗殺する仕事だと言われてみたり、それを阻止する仕事だと言われてみたり。

時系列も入り乱れて、ドイツ敗戦直前の防空壕にいって、そこでセリーナが現在使っている銃が登場して、後の時代にセリーナが家を追い出されるときに、おじいさんの形見だと言われてその銃を渡されたり。

そして、車を盗もうとした相手が凄腕の殺し屋で、そのボスにトレーニングされてセリーナも一流の殺し屋になったのだとか。

そして、タイムマシーンを持っているとされる科学者も準備万端で、襲いかかってくる殺し屋集団を次から次に返り討ちにしたりして、でも最後にはタイムマシーンなんかなかった、というオチ。

これ整合性とれるんだろうか。

でもいい役者さんが何人か、間がもつ演技をしているので、まあまあ見られる作品に。最後に納得させてくれるかというと、そうでもなく。

アクションのつながりとか、距離感がおかしいのは、なぜなのか、ちょっとわかりませんでした。
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美しい映像で綴られるタイムパラドックスもので、十分に意表もついて、切ないエンディングもついている、傑作と言っていいんじゃないでしょうか。

リンダ・ハミルトンも出てくるし、なんとなく殺人マシンの出てこないターミネーター、という印象もありますが。

ジャケットの戦闘ものっぽいイメージはかなりミスリードで、夫を亡くした研究者がいつのまにか1週間の記憶をなくしていて、その理由を探るうちに、夫の死の真相に迫り、犯人を裁くために…、という流れ。

途中で友人の協力を得たり、タイムトラベルして先回りしたもう一人の自分からアドバイスを受けて、というネタがあって、最終的にタイムマシンのある社内に忍び込んだのはなんのためなのか、最後に種明かしがある、というところ。

タイムパラドックスとプロットの整合性が取れてるのか、途中でちょっと怪しいところが出てきて、エンディングの雰囲気だとループを繰り返している時系列と、夫が死なずに夫婦で幸せに暮らしている時系列が入り乱れているようで、そこはだいぶ自由に解釈している感じではありました。

「24」のシークレットサービス役で知名度を上げたグレン・モーシャワーが夫の共同研究者トーマス役でいつもの感じで出ています。
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偶然ながら立て続けにイーライ・ロス監督作品を見たことになるわけですが、「デス・ウィッシュ」に比べてはるかに正統的に作られた名作。家族の喪失と再生の物語としては、非常にバランスよくできていました。

少年ルイスが学校での友達ほしさに、禁断の戸棚を開けてしまうところとか、真相を知ったジョナサンがルイスを育てていく自信を失うくだり、フローレンスが失った魔力を取り戻すところとか、キャラクターへの共感できる作りになっていたと思います。

「クーパー捜査官」カイル・マクラクランが、まさかの悪役魔法使いアイザックで、若いころの再現映像意外は化け物メイクをつけっぱなしで登場。

映像の雰囲気としては、少し「シザーハンズ」や「ミス・ペレグリン」「ヒューゴの不思議な発明」あたりを思い出させる作品ですね。

ジャック・ブラックもケイト・ブランシェットも、演技のレベルの高さとコメディーセンスを見せつけ、このジャンルではトップクラスの出来になったと思います。

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「スプリット」を見たときには、多重人格の犯罪がその範疇を超えて展開して、最後ここと結びつくのか、という驚きがあったのですが、ストレートにその続編を期待したらまた全然違う方向に発展してそれはまた驚かされたというか。期待していたものじゃないからけなす、というのは誰でもできるんですが、これはその努力を認めたくなる作品になりました。

敵と味方に分かれて勝負がつくまで存分にバトルする、というのとは違って、特に真ん中あたりまで、理屈っぽい展開が続きます。なんでこの精神科医にこんな権限があるんだろう、とかこんな管理の仕方でうまくいくわけがないとか、愚かな凡人のおかげで大惨事が起きていくパターンかな、と思ったらそうではなく、隔離され、差別された超人たちがコミック世界の代表選手として、人類の可能性を広げる存在である、という讃歌だったのですね。

そして、彼らの存在を否定したい一派の人々がいて、その代表が精神科医だったと。コミック本世界と現実をどう結びつけるか、というかなりメタなお話。

そして本編が終わってみると、主要な超人たちが軒並み討ち死にというまさかの展開。しかしそれによって敵味方に見えた超人たちの係累たちはみな団結し、その真実が世界に広まるのを見届ける、新しい世代の始まり、という希望をもった終わり方。こんなやり方があるなんて!

アニヤ・テイラー=ジョイが前よりも人っぽくなって、やさしさや心のふれあいをもたらす存在として。デヴィッド・ダンの息子ジョセフは「アンブレイカブル」の子役以来の再登場で父親を助けようとする青年として帰還を果たしています。メイキングを見るとみんな長くシャマラン監督を支え続けてきたスタッフや、かつて先輩だった人たちのこども世代に受け継がれているようで、みんなが現場を愛する監督というのは、やはりいいなと思いました。

フィラデルフィアを中心にとり続けて、「実質的なフィラデルフィア市長」とか呼ばれちゃうの、なんかうらやましいですね。

「ビースト」の変容ぶりが、昼日中の明かりで見ると、それほど迫力がなかったり、戦闘シーンがちょっと地味だったりするのは、いまのマーベル路線とは一線を画す、という覚悟のやり方なんでしょうね。サミュエル・L・ジャクソンも、もういい歳のはずなのに、永遠のこどもみたいなミスター・グラスを若々しく演じていました。悪役のように見えたけれども、結局彼がヒーロー世界を構想したというわけなんですね。ある意味では大量殺人者なので、ちょっと複雑な気持ちにもなりました。
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前回の容赦なく殺しまくった非常な作戦は、主人公が部外者としていたから、余計に凄味が際立って見えたわけですが、続編になって、その辺の要素は不要と判断されたのか、娘の誘拐とその返還の道中もの、という色彩になったので、ちょっと人情味が加味されましたね。

誘拐される16歳の少女を事情の変更で抹殺せよ、という命令に変わったところで、このアメリカのオペレーションの非情さ、そして今までマシーンのように任務を遂行してきたマットとアレハンドロの間に葛藤が生まれる。

その途中に聾の家族を挟んで、実はアレハンドロの死んだ娘も聾だった、というエピソードを入れるなど、心に響くエピソードもあったりしました。

密入国を手助けするバイトのチンピラが、たまたま見かけたアレハンドロを次に発見するのは、ちょっと偶然すぎるかな、とか思いましたけどね。

イサベル・レイエスが実はこの映画の主人公なんだろうな、と思いながら見ていました。学校では麻薬王の娘ということでちょっと甘やかされて野性児で、でもいざ自分が誘拐されるとものすごくおびえて、その中でただ一人、自分を人間として扱って守ってくれるアレハンドロのいろんな側面を見るにつれて次第に人として成長していくという。

アレハンドロが撃たれて、これで一巻の終わりか、と思わせてまさかの復活、そしてラストシーン。Sicario暗殺者の物語はこれからも紡がれていく、ということなんでしょうね。

アレハンドロがベニチオ・デル・トロなのに、次第に「ノー・カントリー」のハビエル・バルデムに見えてきた作品でした。
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途中まではサイコキラーを追いかける刑事ものかと思ってたのですが、ある時点をすぎるとSF特撮ものになってました、という感じ。

アンソニー・ホプキンスが製作総指揮に入っているのに、エンドクレジットで気づいたのですが、まさに彼を主人公にしたスーパーヒーローものに仕上がっていて、そういう見方をすればこうなったのは頷けるかなと思います。他のジョーやキャサリンの主観で物事を見ていくと、ちょっと置いてかれる不満が残ると思います。

完璧な手口で首の後ろを一突きで仕留める連続殺人犯。全く手がかりが掴めずに、引退していた超能力捜査官ジョンを現場復帰させると、事件はさらに混迷を究め、捜査班は犯人に誘導されるかのように次々と新しい殺人に遭遇する。

相手はどうも捜査の手口を完璧に読んでいるらしい。しかも被害者はいずれも、致死性の病気などを患っていたことがあとからわかると。悲劇を予防するために慈悲の心で殺してやったのだ、と主張し始める犯人。

この辺の未来予知がどのくらいできるのか、もう神様並みで、最初はジョンの能力もテレビシリーズ「ミレニアム」のテレメトリー的なものかと思っていたら、どんどん独立した未来予知に発展していって、無数の可能性のある未来を映像化していくともう「マトリックス」と同じような超能力の世界に行ってしまって、ちょっと馬鹿馬鹿しいぐらいに見えてしまいました。

物語の序盤から予知された、キャサリンの死を防げるのか、が最終的には注目の的になるわけですが、どういうわけか、それは防げた。ここのあたりの細工が犯人チャールズの目論見どおりなのか、あるいは違うのか、ハッキリ描いていないのですが、ラストシーンで、ジョンの「最初の殺人」を描くことで、実はこれこそがチャールズの壮大な計画の一つだったのでは、と思わせて終わり。

最後の最後に複雑な味わいを残して終わるパターンでした。

ジョーの死の床にあっての「いろいろと経験を得た時には時間切れ」という言葉が一番心に残ったような気がします。

どうも企画自体は当初はブラッド・ピットの出世作「セブン」の続編として開発されたようですが、後に単発作品として打ち出されたみたいです。

ジョー役のジェフリー・ディーン・モーガンとコリン・ファレルってちょっと似た顔だちで、後半になって急にコリン・ファレルが出てきてもピンとこないのが悩み。キャサリン役のアビー・コーニッシュは「ジオストーム」でちょっと目立った役をやったことぐらいしか印象にありませんでした。
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チャールズ・ブロンソンの「狼よさらば」のリメイクということで、ちょっと動画の拡散とか現代的要素も加味しての演出。ブルース・ウィリスが医者っぽくもなく、タイトルのDeath Wishも全く持ち合わせないままに、エリート意識丸出しの嫌な殺人鬼を演じるという、これはこれでおかしな映画になりました。

妻が殺されて娘は意識不明の重体、医者としてはそれでも日々仕事を続けていて、でも悶々としているところに、チンピラの銃が手に入ったところから、殺意が芽生えるという仕立て。動機としてはいまいちピンとこなかったですが、日々の手術と銃の手入れを並行して描いて、こういう手先の器用な人なら、銃の上達も早いのだ、という無理やりなロジックを押し通したのには感心しました。

そのうち、家の襲撃に関わったチンピラが病院に担ぎ込まれて手がかりを得てからは芋づる式、相手ものこのこと罠に飛び込んで来てくれるという僥倖。罠に飛び込んで行ってあの程度の傷で済んだり、結構ラッキーな手口で相手を殺せたりと、殺しのプロではない故に、だいぶ運頼みのストーリーだった感じがします。

序盤で殺される奥さんがエリザベス・シューでしたね。「バック・トゥ・ザ・フューチャー」シリーズのパート2と3だけ、ヒロイン役になったのも今は昔ですが、相変わらず美人さんです。

途中から弟のフランクの役柄がどんどん重要になってきて、味わいのある演技が見られました。

事件を追っている刑事、最終的に甘々な判断で、主人公を見逃して、ピザを一切れ食べて「幸せ」とか、感覚は70年代の映画でした。

ちょっとまじめに鑑識が働けば、現場の指紋とかも絶対に取れてるはずですけどね。
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人質レスキューのチームから麻薬撲滅チームに抜擢された女性FBI捜査官ケイト(エミリー・ブラント)の経験を中心にして、麻薬戦争の容赦なさを描く映画です。

ストーリーは少しずつ中で予告されたことが淡々と実現していくだけ、と言うと言いすぎかもしれませんが、割にわかりやすいです。ただ、その筋の運び方とか音の使い方などでのサスペンスの盛り上げ方がうまいのと、役者の間合い、呼吸が緊張感にあふれているので、その読めてしまう筋をドキドキ見せられてしまう、という。

古谷一行に似たベニチオ・デル・トロが正体不明の案内役になっていて、彼の真の目的が明らかになるまでが唯一の謎といえば謎ですかね。現代のSicario(殺し屋)を説明してしまうと、最初から主人公は彼だった、というのが見えてきて、ケイトは道化役にすぎないとわかるのですが。

ある程度、こういうハードボイルドな麻薬捜査ものに慣れていると、いつまでもケイトとその相棒レジーの青臭さ、杓子定規ぶりが鼻についてきてしまって、「いいから邪魔するなよ」と言いたくなる感じはありますね。しかも途中でまんまと相手の偵察役の術中にはまってセックスしかける、とか鈍いにしても限度というものがあるでしょうとか。自分が置かれている状況への適応が遅かったり、状況判断の鈍さがいつまでも続くので、そもそもなんでこんなのがスカウトされたんだろう、とイライラが募ってしまいました。

監督がドゥニ・ヴィルヌーヴで、なんか音楽に聞き覚えあるな、と思ったら「ブレードランナー2049」にとてもよく似たシンセの低音が使われていました。作曲家はヨハン・ヨハンソンなんですが、実は「ブレードランナー2049」では途中で降板していて、クレジットには入っていないみたいですね。
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「アノンANON」を見て思い出したので、久しぶりに見直しましたが、中年クライシスを描いた作品としては出色の出来だと思います。

勤続20年で、仕事一辺倒で妻にも逃げられ、自分のダメさ加減を直視できない刑事フランク。元妻は同僚と再婚しているのでダメぶりに拍車がかかります。

そんな時、連続殺人事件。セックスのあとに後頭部を撃ち抜かれていて、レコードプレーヤーに「シー・オブ・ラブ」がかかっているというのが共通の手口。これは娼婦が犯人か、と見当をつけ、被害者と知り合ったきっかけと思われる新聞の相手募集広告にそれっぽい詩を投稿して容疑者をつり出そうという作戦。

顔合わせデートをして、相手の指紋のついたグラスを現場の指紋と照合する、という作戦。ところが一人だけグラスに手もつけない女性。後にフランクの近所だったと分かり、互いに惹かれあう、というところが妙味。

なかなか肉食系の女子をエレン・バーキンが演じますが、後にあまり好みではなかったと告白したとか。アル・パチーノとの共演だったからできた、と言っているようです。

組んだ相手のジョン・グッドマンの味わいがグッド。他に、後に名脇役になるマイケル・ルーカーがいたり、若き日のサミュエル・L・ジャクソンがちらりと見えたりと、いろんな楽しみ方ができます。
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ミスター・ビーンそのままといえばそのまま、しかしちゃんとセリフもしゃべって、笑いをちゃんととってくれる、安心して見られるギャグパロディーとしてよくできていると思いました。

まあ、間抜けすぎるといえば間抜けすぎなんですけどね。ジョン・マルコヴィッチが厭味なフランス野郎を演じて悪役としてもバッチリ。

びっくりしたのは、ナタリー・インブルーリアで、この人は一枚アルバムをもってるだけなので、ずっと歌手としてのキャリアに専念していたのかと思い込んでいたら大した役者振りをみせてくれています。

決めるべきところやアクションが、カッコイイリズムで決まっているからこそ、ギャグになったときに意表をつかれておかしさが出る、そのあたりの機微をみんながよく分かって作っていると思いました。

特典のカットされたシーンを見たら、完全版が見たくなりました。