シークレット・サービスのマイク・バニングシリーズの3作目。今回は大統領が替わってモーガン・フリーマンになってます。

冒頭で戦闘シーンがあるのでなにかと思ったら、民兵企業サリエントのトレーニングを体験していたマイク。戦地を共にした経営者のウェイドから不況だから政府になにか口利きを頼まれるけど、さりげなくかわす。

長年の激務がたたって心身の不調に悩むマイク。鎮痛剤を常用し、不眠にも悩み、医者にも身分を偽ってかかるけど、寄る年波には勝てない。そんな中、長官のデイヴィッドが引退するので、次の長官をやらないかと大統領から声をかけられて、でも現役にこだわりたいなぁ、と迷う。

そんなある日、大統領はたまの休みに趣味の釣りに。そこに謎のグループがドローン攻撃をしかける。次々にドローンの攻撃で木っ端みじんに吹き飛ばされる護衛官たち。大統領の船を一時的に離れていたマイク、なぜかドローンはマイクの船は攻撃せず。マイクは水に飛び込んだ大統領をかばい水中に。

そして二人だけは命をとりとめ、病院に。そこで捜査に乗り出すFBI、犯人たちが残した証拠を手がかりにマイクが犯人だと決めつけ、妻のリアにも尋問。マイクは護送中にさらにさらわれそうになるけれど、隙をついて逃げ出す。警察からも、謎の組織からも追われる立場に。犯人グループの一人の顔から、民兵企業サリエントが背後にいるのでは疑惑を持つマイク。身をくらまして山小屋に暮らす父親のところに。

父はベトナム帰還兵。精神をやられてマイクと母親をおいて家出した。政府を信用できず、隠遁生活を送っている。けど匿ってもらい、久しぶりにぐっすり寝る。しかしジェイドはそこも嗅ぎつけ、私兵を送り込む。秘密の抜け道を通って敵を交わしたマイクたち。ここで父親の秘策が炸裂、あちこちにしかけた爆弾で敵を軒並み返り討ちに。

ここからは妻子がさらわれかけたのを父が助けてくれて、おじいちゃんだよ、と名乗りを上げる心温まるサイドストーリーがあり、モーガン・フリーマンが意識を取り戻して、暴走する副大統領のロシア攻撃の危機が迫ったり、その大統領に止めを刺そうと病院を襲ってくるジェイドたちをマイクたちが少数精鋭で守り抜く籠城戦になったり。

最後とマイクとジェイドの一騎討ちでナイフ戦を制したマイクの勝ち。マイクもしおどきを悟り辞表を出すが、慰留されて長官に任命されるとか、父親とのまったりした時間を過ごそうと瞑想プールに行ってみたりとコメディータッチで終了。

まあ、話は、途中から(最初から)犯人バレバレで、途中からはもう世間に対しての偽装工作も通用しないレベルのおおっぴらなテロ計画で、こんなんバレるに決まってるでしょ、と思うんですが。FBIだって、ちょっと捜査したらこんな偽装見破れよと思いますが、まんまと騙されて、真犯人のところに無防備に飛び込んで行ったと思ったら即座に射殺されていて、なんかかわいそうになってしまいました。

今回面白かったのは、最初のドローン攻撃の時の爆発と人の吹っ飛ばされ方が新機軸だなと。父ちゃんの爆弾で敵が返り討ちにあうときも同じ演出で、これが最近の流行りなのかな、と思いました。

メイキングでもちらっと言ってるんですが、街を壊すのは前2作で限界までやったから違うことをやろうと、そしてキャラクターの掘り下げ。父親との相剋を出したのはまあ面白かったですけど。最初カート・ラッセルかなぁ、と半信半疑だったのですが、まさかのニック・ノルティ。こういうおじいちゃんになってたんですか。まあ、破天荒ぶりははまってましたが、この人の周りの空気だけ、コメディーになってるんですよね。

奥さん役、こんな人だっけ?と思ったら、スケジュールの関係でキャストが変わってました。あと、シークレット・サービスの長官デイヴィッドは、「フリンジ」「ジョン・ウィック」などでおなじみランス・レディック。

 

ニコラス・ケイジなのでなんでも濃いめの味付けに見えるんですが、これはあんまりくどすぎず、ちょっと落ち着いた演技で共感しやすかったですかね。

高校教師で文学専攻のウィルとオーケストラのチェリストのローラは熱々カップル。ある日ローラがレイプ被害に。病院で嘆くウィルに男が声をかけてくる。犯人は出所したばかりのレイプ犯、仕返しがしたければ言ってくれ。あまりのことに最初は断るが、苦しむ妻の姿を見てつい頼んでしまう。

するとその晩のうちにレイプ犯は射殺され、その証拠に妻のネックレスが届く。複雑なウィル。半年後、おかしな依頼が。写真の親子をつけろと。そしてある男が現れるかどうか知らせろと。言われた通りにはするけれども男は現れず、その日はそれで終わり。

ところがやがて、バスである場所に行き、男を歩道橋から突き落として殺せと指示が。いやだと言って最初は断るが、妻の安全を脅かされ、いやいや現場に。すると相手が襲いかかってきて、身を守っているうちに相手が落ちてくれる。

しかしやがて警察がやってきて尋問されるけど、「うさぎは跳ねる」という言葉をきっかけに警部が逃がしてくれる。それをきっかけに死んだ男の素性を確かめると新聞記者だったらしい。葬式で彼のしていた記者証を手に入れたウィル。どうやら法の外で私的制裁をおこなっていた秘密組織のことを探っていたらしい。彼のレシートからしょっちゅう通っていたガソリンスタンドを訪ねてみると、ボートを倉庫にしまっていたらしい。調べてみると、取材途中で組織に殺された男のインタビュー映像を発見。その他の資料から、友人のジミーも組織の一員だったことが発覚。問い詰めるとローラがレイプされたときに組織の力を頼んだと。

組織のトップ・サイモンを呼び出し無罪の証拠を要求、しかし相手も隠れていたローラをジミーを使って捕まえ、あわや始末されそうに。ギリギリのところでジミーが裏切って銃撃戦。最後は護身のために銃を習っていたローラがサイモンを射殺。そこに駆けつけた警部は組織の一員として事件を適当に片づけられると断言、実際その通りに。

ウィルが新聞社に証拠のデータを預けに行くと、受け取った記者は組織の合言葉を不敵につぶやくのだった…。

組織に属する警部役はザンダー・バークレー、「24」のジョージ・メイソン役が印象に残ってます。サイモン役はガイ・ピアース。ローラ役のジャニュアリー・ジョーンズは「アンノウン」でリアム・ニーソンの奥さん役をしていましたかね。

平凡な人の正義感を増幅すると、こういうことになっていく、という、ネット炎上時代の人々の感覚を実現したような話でしたかね。一人一人は大したことはやってないつもりでも、悪意というのは確実に積み上がっていくし、それが大義だと勘違いする人間が出てくると暴力は正当化されてしまう。法治国家はこうして骨抜きにされる、という予言のような話なのかもしれません。

最も文学的で、非暴力的なウィルがそういう感覚に染められていく、守りたい対象だったローラさえも最後は自分で手を下す快感に身をゆだねる、という点が、この映画のハッピーエンドとは言えない核心なんじゃないでしょうか。結局サイモンの上司は誰だったのかも明かされないし、実際にはなにも解決はしなかったんですよね。

 

「キングコング 髑髏島の巨神」との世界観的つながりがあるとは知りませんでしたが、途中でいろいろと言及があるのでああそうか、と思ったような次第です。

2014年版の「ゴジラ」の設定を直接受け継いでいて、直接登場しなかったけれども、サンフランシスコが襲われたときに息子を失った設定の科学者ラッセル夫妻が主人公。離婚してしまい、娘のマディソンは母親エマと暮らしている。

エマはモナークという巨大生物を研究している組織でモスラの幼虫を孵化させているところ。開発した装置「オルカ」で巨大怪獣の行動をある程度コントロールできるところまでこぎ着けた。そこに武装集団が襲撃、エマとマディソンは連れ去られてしまう。父親のマークのところに芹沢博士が来て、一緒に探そうと。同時にモナークが発見して観察していた多数の怪獣たちが目覚めさせられ、暴れ始める。背景にいたのはれいの武装組織。環境保護が過激化したテロリストグループらしい。

南極のモナーク基地へたどり着くと、エマとマディソンを発見、だがなぜかエマはマークを拒絶し、怪獣「モンスター・ゼロ」を目覚めさせる。首三つ。そう、正体はキングギドラ。ゴジラと戦った末に行方をくらます。

エマは確信犯的に、テロリストと協力して、怪獣を目覚めさせ、地球を自然の状態に戻そうとしていたのだった。ショックを受ける娘マディソン。その後もメキシコでラドンを目覚めさせ、街は大混乱。モナークのチームはラドンとキングギドラを戦わせる作戦を立てるが、ラドンでは敵わず。その後ゴジラも駆けつけて戦っているところに軍が新爆弾「オキシジェン・デストロイヤー」を使う。しかし、キングギドラはこれを食らっても平気。逆にゴジラは死んでしまう。

繭を作っていたモスラは羽化。どうやらゴジラとは意思疎通ができるようだ。っていうか、ゴジラは生きていた!どうやら回復途中らしい。居場所を突き止めて、回復を早めるために水爆をプレゼントしよう。だが近づいていく途中で発射装置が故障し、誰かが片道切符で起動しなければならない。芹沢博士がここで自己犠牲。最後の瞬間、防護服も脱ぎ、ゴジラと対峙する。人間とゴジラとの無言の契約が成立した瞬間。

マディソンは母親の行動に我慢できず、オルカを持って組織を抜け出しボストンの球場に。そこで怪獣たちをなだめる音声を流す。だがそこにキングギドラがやってきてスピーカーを破壊。マディソンがやられそうになったとき、復活したゴジラがやってくる。モスラも加勢、ギリギリでやっつける。そこに駆けつけたキングギドラの子分たちはみんなゴジラに恭順の意を示す。新しい王の誕生。

結局、エマも自分の本当にねらった自然の復活ではなく、人間が怪獣に滅ぼされかけるような事態を招いてしまったわけで、最後は自分を犠牲にしてキングギドラを油断させてゴジラが止めをさした、という形。芹沢博士といい、自己犠牲のベタなモチーフ二連発でした。

怪獣たちが戦闘している間に、本当に足元でうろうろしている人間がたくさんいる構図、ウルトラマンを見慣れている立場からすると怪獣リテラシーがなさすぎじゃないか、とか思ったりしますが、絵としては面白かったです。

マーク役のカイル・チャンドラーは、髑髏島じゃない方のピーター・ジャクソンの「キングコング」にチャラい俳優役で出てるんですね。エマ役のヴェラ・ファーミガは、初めて見たのは「トレイン・ミッション」のナゾの女役でしたかね。今回はちょっとキャラクター設定が難しかったような気がします。モナークの双子設定の科学者二人をやったのはチャン・ツィイー。ことごとく失敗しちゃう軍の司令官はデイヴィッド・ストラザーン。モナーク側の軍事責任者フォスター大佐はアイシャ・ハインズ。テレビドラマ「9-1-1」のヘンリエッタ役ですね。

音楽は、伊福部昭さんのゴジラのテーマ、古関裕而さんのモスラの歌を使っていて、オリジナル世界にはそれなりに配慮していたと思います。モスラが成虫が糸を吐くのはちょっとどうなんだろうと思ったり、翅の鱗粉成分が少なめだなと思ったりしましたが、ゴジラとタッグを組んで戦うところは胸熱でした。

 

前作で裏切った末に仕返しをされたレスターの息子が犯人となって、ブレスリンたちに罠をしかける、という筋立てなのですが…。

冒頭は中国の大企業のお嬢さんダヤがさびれた町の建物を2軒買います、という商談から始まります。このダヤの父親チャンが、前作のハイテク監獄開発に関わった悪玉。で、帰り道で、ダヤがさらわれます。ボディガードのヤンは一人だけ生き残り、警察で取り調べを受けている。彼の胸ポケットにはブレスリン向けのメッセージが残されていた。

一方、ある企業にチャンの手がかりを探して潜入したブレスリンはシェン・ローという若者と鉢合わせ。どうやら共通の関心事はチャンの企業の秘密。ローは元々チャンのボディーガードだったが、ダヤとの交際を許されずにクビになった過去が。

そして、ブレスリンとロー、ヤンが一同に会して事件を分析、レスターからの身代金脅迫ビデオも届き、所在をラトビアと突き止める。

でかけようとしたその時に、ブレスリンの彼女アビゲイルがさらわれる。彼女もレスターの元に。父親の死について責任を追求し、ブレスリンをおびき寄せるワナに使おうという魂胆。

で、作戦は単純で、地上と下水道に分かれて攻略しようと。地上にはローとヤン、途中でダヤを早く助けたいヤンが暴走、地雷攻撃にあってつかまってしまいます。レスターはすべてお見通しで待ち構えていた。

下水道の地下トンネルを入ったブレスリンにビデオ通話が、そこでレスターはアビゲイルを殺し、ブレスリンは半狂乱に。下水道で待ち構えていた刺客を返り討ちにして、あとは次々に敵をなぎ倒す。

つかまったローは、拘束を解いて火事を起こし、まんまと脱獄、ダヤも助け出したところにそこへデローサが駆けつけ、看守たちを始末してくれる。

ローのカンフー技、デローサのプロレス、そして、最後はブレスリンがレスターとの撃ち合いから肉弾戦、そしてアビゲイルの仇を取ってナイフで喉を掻っ切って終了。

帰国したダヤは、裏で汚い仕事をしていた父親の保護を拒絶し、ローと立ち去る。

エンドクレジットで、なぜか途中でフェードアウトしたヤンが下水道から一人脱出するところを見せてます。何か次への伏線のつもりでしょうか。

特典のインタビューとかを見ると、監督のジョン・ハーツフェルドはスタローンとの仕事歴が長く、「コブラ」を監督してますね。いろいろと柔軟にやってくれる監督らしく、現場は楽しく進んだようです。

ロー役のマックス・チャンは香港映画で活躍中のカンフー俳優。カンフーのできる藤原竜也という感じですね。

ストーリーとしては、ダヤがただ助けられるまで待ってるだけの受け身なキャラクターで、それはアビゲイルにも言えるというか、このあたりの薄味ぶり、レスターの動機の単純さ、おびき出した割に罠に工夫がなくて、カンタンに突破されすぎ問題、などいろいろ不満点はありました。

ロケ地は実際の監獄で「ショーシャンクの空に」でも外観だけ使われたことがあるそうです。前作であれだけハイテク監獄を使っておいて、今回ローテクなのが少し拍子抜け。あと、映像が暗すぎて、色彩感にも乏しいので、見る喜びがちょっと少なめ。

もう監獄はたくさんだ、とブレスリンも言っていたようですが、続けるつもりあるんでしょうか。

 

序盤の身体の重さとかの演技がやや過剰かなとかプロットが雑すぎとかそういう問題は別にして、殺陣と殺しのバリエーションを振り付けのように見せ続ける映画でした。

寿司マスターがなんであんなに全体の中で強いというポジションをもらえているのかはよくわかりませんでしたが、弟子達を含めた、後半のジョン・ウィックのファンぶりとか、ユーモアはありましたかね。

前作のラストで、コンチネンタル・ホテルの中で掟破りの殺しをやってしまって、全世界の殺し屋から追われる、という立場になったジョン・ウィックが逃げるところから始まります。1時間だけ猶予があるところから始まるけど、なんだかぐずぐずしてる。その間にどんどん見つかって次から次に刺客がやってくるんだけど、案外手間取ったりして、無駄に怪我したりして、なかなかもたつくなぁ、と思ったり。

その間に、コンチネンタルには裁定人というのがやってきて、ジョン・ウィックに甘く接した人々に組織から処罰が、そこで権威をかさに着て威張る裁定人。ボウリー・キングも寿司屋にめった斬りにされてしまいます。

逃げる途中で立ち寄るカサブランカのソフィア役がハル・ベリー。いろんな映画で酷評されたりしますが、やはり独特な存在感はもった女優さんだと思います。で、犬を使ったアクションはなかなかでした。

後半は、組織のトップに直談判したら、コンチネンタル・ホテルのトップのウィンストンを殺せば許してあげるよん、とか言われるままに指を詰めたりして、本当にそれでいいの?と思ってると、土壇場で心変わり。組織とコンチネンタル・ホテルの全面対決に。

そこで組織の強力な装甲の戦闘員たちに苦労しながらもアールとの協力で撃退し、寿司屋のみなさんをやっつけて、裁定人とコンチネンタルは手打ち、と思ったらウィンストンは裏切ってジョンはホテルの屋上から転落。

かろうじて一命をとりとめてたどり着いたのは生きていたボウリー・キングのアジト。二人して組織に対してむかついたね、と傷をなめあうところで終わり。

もう、なんで生き延びたいんだかわからないジョン・ウィック、なんだかんだで仙人的な強さでボロボロになりながらも相手を制していく、というのの繰り返しでしたが、それでもなんとなく飽きずに見られたのは、アクションのバリエーションがあったからですかね。

組織のトップの言うことはすごく素直に聞いちゃったり、何を考えているのかはよくわからない人だなぁ、と思いながら見ました。

 

少し、「消されたヘッドライン」とかを思い出すテイストのスリラーです。銀行を舞台にしているとはいえ、金融要素のあまりの薄さにちょっと拍子抜けしました。邦題の「堕ちた巨像」というのも、もともとそんなに高く評価されてないし、という印象も。

IBBCというメガバンクがミサイルの取引を仲介しようとしている動きを察知して調査しているルイとエラ、すると内通者と接触した直後に仲間が殺され、邪魔が入り始める。次期イタリア大統領候補にもなっている軍事産業のトップに事情を聞くと、直後に狙撃・暗殺されてしまう。狙撃手が二人いたことまで突き止めたルイとエラだが、イタリアの汚職警官に邪魔されてしまう。

しかし屋上に残された足跡から狙撃手が義足であることを突き止め、医師のカルテから居場所を突き止め、張り込み。一方IBBC側は真相に迫り始めたルイを排除しようとこの殺し屋に暗殺を依頼したところだった。その現場グッゲンハイム博物館で壮絶な銃撃戦。証人に仕立てようと思っていた狙撃手は刺客に殺されてしまうが、依頼していたウェクスラーを捉え尋問。法廷では有罪に持ち込めないと知り、ルイは単独で罠を仕掛ける。

最後は、父を殺された軍事産業の差し向けた殺し屋が銀行の頭取を殺して終わり、ビジネスはそのまま受け継がれ、世界は何事もなかったかのように続いていく…。

この世のシステムの非情さと個人の信じる正義というものの無力さと限界を感じさせるエンディングでした。表立って組織として戦おうとすると、個人や家族が標的にされて証人は消される、という大きな壁、そこに対してどう立ち向かえるんだろうか、という意味ではあんまり爽快感のある終わり方はむしろ嘘くさいんでしょうね。

話としてはわかるしそれなりにドキドキしたけれども、検事が進める捜査物、ということで、ちょっと地味にはなりました。結局殺し屋一人を手がかりにするしかなかった、というところも推理物としてはややキレを欠いたかもしれません。しかしグッゲンハイム美術館を舞台にした銃撃戦はリアル。入り口部分だけは本物でロケをして、あとはベルリンに実物大セットを建てたそうです。本物を使ったらあんなに穴だらけにはできないでしょうが、雰囲気はすごく出てました。

クライヴ・オーウェンは、「ボーン・アイデンティティー」「キラー・エリート」「ヴァレリアン」「アノン」「インサイド・マン」など、結構見てるんですけど、見るたびに名前が思い出せない一人です。エラ役はナオミ・ワッツ。「キングコング」の頃よりも少し生活感を出して、ちょっとニコール・キッドマンとかぶる感じもあります。ニューヨークでの上司役がジェームズ・ウッズが年をとったのかな、と思ったら昔からちょっと似ていたジェームズ・レブホーンでした。

 

 

 

パリのカフェで尾行されている美女エリーズ。彼女はどうもある犯罪者アレクザンダー・ピアースの恋人らしい。彼女の元にナゾの手紙が。「リヨン発ヴェネツィア行きの列車で僕に似た男に声をかけろ…」。

彼女に声をかけられたのはアメリカの数学教師フランク。監視していたインターポールも逮捕の準備をするけれど、直前に招待が分かり、見逃す。同時にピアースの元雇い主のロシアン・マフィア、ショーにも情報が入り、フランクとエリーズは付け狙われることに。

ヴェネツィアの高級ホテルで豪華なスイートにチェックインした二人。バルコニーで二人はキス。しかし翌朝エリーズは消え、部屋に残されたフランクをロシアンマフィアが追う。すったもんだの挙げ句、イタリアの警察につかまったフランク。しかし警部の密告でロシアンマフィアに渡されかけるところ、エリーズが船で助けに。

そして、直後に警察に乗り込み、身分を明かすエリーズ。彼女はピアースを追ってロシアに潜伏した捜査員だった。ピアースを引き渡す代わりに復職したいと願い出る。そして舞踏会に。

舞踏会にふいに乱入するフランクはエリーズに言い寄り、警察に排除される。ピアースからメモを受け取ったエリーズは密会場所に。そこにはショーがやってきて、金のありかを問いただす。あわや殺されてしまうか、というところにフランクがやってきて、金庫を開けると言う。そんなことできるのかと、疑う一同、あわやというときに、長官の一声で狙撃部隊の銃撃。ショー一味は全滅。

助かってよかったねという現場にピアースを捕まえたと無線連絡。一同が言ってしまったところでフランクが実は僕がピアースだと告白。金庫を開けてめでたしめでたし。

大スター共演の娯楽サスペンス大作、1950~60年代に撮られたようなオシャレロマンティック映画をねらったんでしょうかね。

昔ブルース・ウィリスが作った「ハドソン・ホーク」をちょっと思い出しました。

こういうのを全否定するつもりもないんで、景色とか撮影とかすごく頑張ってると思うんですが、プロットのひねりとアクションに関してはイマイチ、イマニ、イマサンぐらいでしょうか。

最終的などんでん返しの前にその可能性についてはみんなが脳裏に描いてしまって、ラストがなあんだやっぱり、になってしまうのが残念なのと、そこに至る過程の肝心のフランク、エリーズの心情が、共感できない。もちろん、裏がある人々だから共感できるような底の割れ方をしちゃいけないんでしょうが、だとすると誰に寄せて見ていけばいいのかがわからない。捜査陣もショー一味もその意味でも物足りない。それでも見てもらえるのが大スター、というのはまあこういう映画のフォーミュラなんでしょうが。

でも、これだけ時間を過ごしてピアースを見抜けないエリーズ、捜査官としてもちょっとヤバイでしょうとか思ったりしました。

 

火星への有人着陸ミッションの途中で巨大竜巻に襲われ、クルーを助けるために隊長チャパエフ一人が不時着して残された。

地上のチームは次の救助隊を送り込むために必死の努力をするけれど、エネルギー・食料など総合的に考えると持って1年ちょっと。予算は?

そこにテレビ局がおいしい話をもちかける。「火星人」というタイトルのバラエティーショーにチャパエフを出演させれば救助の予算を出そうと。

そんなわけでチャパエフを出すと、世界中でバズって人気者に。反面、火星の表面では不思議な現象が起こり始め、チャパエフの体調にも変化が。

やがて、大臣がチャパエフのキャラクター権を独占し次の大統領選に打って出ようとする陰謀が明らかになり、大臣は逮捕。その過程で宇宙から送信していたはずのチャパエフの映像もフェイクだったと判明。彼は発射前の訓練中の事故でなくなっていたのだと。

チームのトップはチャパエフと接続してこう告げる「君は存在しない」…。

え?と思いますよね。そんな全部でっち上げで進行してたんですか?火星に行ってもどってきたクルーは?残りエネルギーだって計算してましたよね?

そして宇宙船の外を回っていたロボットが観察していた異常現象はなんだったんですか?

ラストは宇宙船を爆破したのち、単身、火星の不思議な生命体?とコンタクトを取るチャパエフで終了。

客観的な事実と、個人の主観の中にある幻覚が微妙にいいとこどりして、ちょっとわけわかめな終わり方をしました。

魅力のあるプロットと特撮だったので、もう少し登場人物それぞれの行動原理が合理的だったら、魅力的だったんじゃないかと思うんですが、みんなそれぞれに自分の勝手な思惑で動いていて、いろんな可能性を考えようとしない。それこそが、地上の人類がダメな理由、ということなのかもしれませんが。

キャサリン・ハイグルって女優さん、「グレイズ・アナトミー」でブレイクしたそうなんですが、名前を聞いた気はするものの、あまりこの作品で見た!という印象はない人でした。今回は制作総指揮にも入っているので、どうだろう、と思ったけど、なかなかの出来じゃないかと思います。

バウンティ・ハンター物、というと名作「ミッドナイト・ラン」があるので、そこを目標にするとちょっとハードルが高すぎるわけですが。

ステファニー・プラムはメイシーズの下着売り場の仕事を6カ月前にクビになって、実家に出戻り、車は差し押さえられてやぶれかぶれ。いとこの斡旋でバウンティ・ハンターの仕事を紹介されます。即金でおいしい仕事がほしい彼女が目にしたのは5万ドルの賞金が入る殺人容疑の警官を捕まえること。彼はなんとステファニーの高校時代の元カレだった。

初めは全くのド素人として始めるが、腕利きの先輩レンジャーの手ほどきを受け、次第に上達。

殺されたのは麻薬の元締め、証人の娼婦が行方不明になっており、足どりをたどるうちに話を聞く証人がことごとく殺されたり行方不明に。元カレのモレリは最初は彼女を初めは邪魔者扱いして相手にしないが、次第に彼女の助けを得て、自分が嵌められた事件の真相を探ろうとする、という流れ。

結果、彼女が最初の方にさぐりを入れたジムのオーナーとボクサー、近所の魚屋がみんなグルだったと分かり、犯人は射殺した上、モレリは警察に引き渡すことができ、めでたしめでたし。

謎解きの話としてはたいしたひねりがなく、最初から怪しいなと思った人間がやっぱりそうだったか、というオチなので、事件物を見慣れた人には物足りないかもしれないのですが、秀逸なのは人間関係の描写とキャストの魅力。

ステフのおばあちゃん役にはキャリー・フィッシャーのお母さん、故デビー・レイノルズ、最終的に犯人のアルファ役にジョン・レグイザモなど手堅い人を固めて、家庭周辺のゴタゴタぶり、聞き込み中に出会う娼婦たち、そして惹かれながらも仕事とは一線を引くステフとモレリの関係、プロフェッショナルに影の役で甘んじるレンジャーなど、それぞれの立場に対する共感にあふれた描写。監督が女性なのと関係あるかもな、と思うのですが、どぎつくなく、ユーモアにあふれ、会話からも主人公の心理がよく伝わる快作だなと思いました。

 

いとこのヴィニー役のパトリック・フィッシュラーという役者さん、イタリア系ユダヤ人ぽい、個性的な顔だちで、他にもいろいろ見た気がするのですが、「ツイン・ピークス2017」にも出ていました。いろんな役柄ができる人ですね。

 

「ザ・コール」とテレビシリーズの「9-1-1」あたりで見ているコールオペレーターの仕事。その声の情報だけから何かをつかんで事件を解決しようとする警察官の葛藤をからめて、やるせないオチに向けての密室劇。「フォーン・ブース」のミステリーと「摩天楼を夢みて」の心理的追い込みを思い出す傑作です。

アスガーは、ある事件で訴追を受けて、警察の仕事の現場からは離れている身。せめてできる仕事を、と電話オペレーターをやっている。心の底ではちょっとこの仕事をバカにしているところがあり、こだわる時はいいけど、通報者をないがしろにしたり、越権行為などもついやってしまう。

一人の女性イーベンの通報から、ただごとではないと察知。どうやら誘拐されているらしい。車を運転しているのは?手がかりを得て自宅に警官を差し向けたり、身元を探ってどうやら元夫のミケルが怪しいらしいと。

自宅には娘がいて、赤ん坊の弟もいるらしい。だが、警官が実際に着いたとき、赤ん坊の弟は惨殺されていた。データベースにあったミケルの電話にかけるが、聞く耳持たず切られてしまう。

車のトランクに監禁されたらしいイーベンにレンガでミケルをなぐって逃げろとアドバイス、その直後、彼女の言葉から、赤ん坊を殺したのはイーベン本人だったとわかる。彼女は精神病で赤ん坊がヘビに襲われていると思い込んでいたのだった。

そして自分の罪を悟ったイーベンからの電話。陸橋から飛び降り自殺しようとする彼女を止めようと、犯罪者の若者を不必要に射殺した自分の罪を告白。結果、彼女の生命を助けることには成功したが、明日の法廷では有罪が確定。

オペレーターの仕事に関しての予備知識がなければ十分に面白いところ、どうも他の作品で見ていると、アスガーの仕事ぶりが自分勝手だったり、分をわきまえていなくて、プロフェッショナルとしては失格な行動が目立つのは前半気になりました。

途中から、それが彼そのものの警察官としての欠点でもあり、周りもそれを扱いかねていたような存在だったのだな、その犯した罪とは?というところと、その罪を自分で自覚して背負えるか、というところに重ねていくのが見事だな、と思いました。

音声の作り方が丁寧で、電話の向こうに耳を傾けていると聞こえてくるようななにげない背景音から観る方にも考えさせる要素がたっぷりあり、時間の使い方もゼイタク、ヨーロッパならではのアプローチが見事でした。