ケーブルでやっていたので、公開時以来29年ぶりに観ました。芸達者を揃えたデジタル犯罪物で、少し「オーシャンズ」シリーズを先取りした感がありますね。

ガジェットやテクノロジーは少し古めかしいけど、暗号化技術の話は今にも通じるもので、主人公が簡単に騙されるという脇の甘さはあるにしても見応えがありました。

かつては同志だったけれど、一人は刑務所、一人は身元を隠して潜伏生活を送ってきたハッカー二人。ソ連が崩壊したあとの二人が見る世界は理想郷になったのか、あるいは…。

 

実は見たつもりでいて見ていなかったことに途中で気づきました。

1・2ともに、JもKも、その存在感からして都会の「孤独者」の象徴なのかな、と思いながら見ていたのです。たぶん、3を作るまではそのつもりだったのかもしれませんが。

それが、過去に起きた事件を掘っていくうちに、JとKに意外なつながりが見えてきて、最後は感動的なクライマックスに…。「バック・トゥ・ザ・フューチャー」か、というようなタイム・パラドックスと時空連続性のお話になっています。そのためか、いちばんスピルバーグ色が強い感じがしますね。パロディーもそっち路線が強かったような。

エマ・トンプソンの存在感も楽しかったですが、今回はKの若き日を演じたジョシュ・ブローリンの好演が光りました。トミー・リー・ジョーンズが若ければいかにもこうでは、という感じを随所に匂わせるところがうまいなぁと。逆に現在のKという意味では、トミー・リー・ジョーンズが少し元気ない感じはしました。かつてのようには体が動かない、ということでしょうか。

あと、時空のいろんな可能性を同時に体験する不思議な存在、グリフィンの存在感が光ってました。

 

相棒のKを失って、なんとなく倦怠期を迎えたJ。そこに昔の怨みを抱えた宇宙人がやってきて、宇宙の支配を企む。それを防ぐためにはKの記憶を取り戻す必要があって…、という展開。

そもそも前回で記憶を失って一般人にもどっていなければこんな苦労をしなくてもいいのに、というところでいろいろとドタバタが。一般人にもどってもKの性格はやっぱりKで、郵便局長としてあちこちを仕切っているあたりがおかしかったりします。

「ツイン・ピークス」で被害者ローラの親友を演じたララ・フリン・ボイルが宇宙人の変身した姿で現れるのですが、途中から元の姿にもどってしまったので、出番としておいしいのは中盤で終わってしまいます。最後のカタルシスはいま一つでしたかね。

 

冒頭のシークエンス、今にして思うと「ビートルジュース」へのオマージュかな、と思います。音楽ダニー・エルフマンだというのに改めて気づいたり。ミニチュアを空撮していたり。

今回は設定をだんだん理解していくだけで成立する序章なので、そんなに盛り沢山にしなくても十分に楽しめた、という感じです。

有能な刑事であるJが、なぜこの仕事のオファーを受けたのか、なんとなくふわっとしていたり、話の最後でKがもう辞めて、普通の人間になりたがっている、というあたり、本当に深い動機とかは見えてこないのですが、どことなく、これは「孤独者」の物語なのだな、と思ったりしたのです。

 

スティーヴン・セガールとある意味では似たところにいるリアム・ニーソン。元警官で公共的な性格の仕事をしていて、そこに脅迫が訪れる、というのはもはや定番になっている感じがあります。

今回は航空保安官ビル。携帯というかメッセンジャーソフトに脅迫犯から連絡が。お金を振り込まないと20分に一人ずつ、乗客を殺すと。目立たずにどうやって殺すのかな、というのが興味の一つ。

結果的にはビルがやむを得ず殺したり、毒殺されたり。20分で正確に刻んでこれを起こすのは神業に近いと思いますが、まあ見ている間にはそういう疑いは持ちませんよね。

子どもを幼くして白血病で亡くしたり、そのあとアル中になって職を追われたり離婚したり、再就職したりした背景のあるビル。仕事中にもトイレでタバコを吸ったり、酒に手を出しかけたり。そういうキャラクターなので、お偉方への釈明とか、乗客への説明とかが不十分で、みんなのフラストレーションが高まっていく。それは見ている側のフラストレーションにもなるわけで、少しすっきりしない展開かもしれません。

で、ある時から演説をして、急にみんな静かになって言うことを聞き始めたりするのは、ちょっと都合がよすぎるかなと。ただ、冒頭から登場する女の子との交流や、隣の席になったジェン(ジュリアン・ムーア)との信頼関係などは、なかなかよかったかなと。副操縦士とCAの色恋沙汰は、いま一つよくわからず、ラストで仲良くしてるのもあんまり効いてこなかったです。

キャストでは、最近テレビシリーズでおなじみの顔がいくつか見られてちょっとうれしいやつ。「NCIS:LA」のアナ・コルチェック役バー・ペイリーや「HOMELAND」で大統領首席補佐官デイヴィッドをやったライナス・ローチや「24レガシー」の主役をやったコーリー・ホーキンズとか、「バッド・バディ」でクレイジーなマフィアをやったアンソン・マウントとか。

 

映画でなくテレビシリーズですが。

 

スーパー!ドラマTVでシリーズを一気に放送していたのでまずファーストシーズンを見ました。クリエイターはスティーヴン・ボチコといって、「刑事コロンボ」にはシリーズの初期から脚本で関わっていた人です。2018年に白血病で亡くなったそうで、このシリーズが実質的な遺作と言えるようです。

 

シーズン全10話を通じて一人の殺人犯を追う、というのが今までよく見た1話完結ものの刑事ドラマものとは違うところで、「HOMELAND」や「24」などの影響もあるんでしょうか。見た感じのタッチも、いかにもかっこよく描きますよ!というのとは少し違って、刑事の部屋や取調室も描きこまれた、というよりはどこか雑然とした感じ。日常の猥雑さに近づけた印象があります。

 

事件そのものは、一人の麻薬中毒患者が死んだことから発展し、それがアップルソンという飛ぶ鳥を落とす勢いの新興コンピューターソフト会社のCEO、エリック・ブラントに結びつく。捜査を始めるヒルディ。だが彼にはアリバイがあって、彼の警備スタッフには刑事たちの大先輩がいたりして、というあたりが伏線に。

 

事件そのものはどちらかというと地味で、逮捕から裁判の過程、そして脇道として証人の少年の家庭を巡るいざこざに巻き込まれて発砲事件を起こしてしまうヒルディの問題、そして冒頭ではテリーの妻が病死するなど、さまざまな出来事を交えて伝えていくスタイル。

 

途中から、これはもしかしたら想像もしなかった急展開があるのでは?と思っていたら、思いの外終盤は犯人が次々に裏切られたり、カンタンに自白証言がとれたり、と急転直下解決に向かいます。この事件のレベルならば、コロンボなら1話で描ききるんじゃないかなぁ、と思ったりもしましたが、まあ、人間関係の展開次第では、これはうまく転ぶやり方なのかもしれません。

 

前作では主人公グレイシーの変身の過程そのものが楽しめたので、そこの成功を前提にしてしまうと同じ繰り返しではダメ。その制作の悩みのプロセスがそのまま出たような作品になりました。

グレイシーはすっかり有名人になり、FBIの極秘捜査の途中でも町で声をかけられてしまうような存在に。現場では迷惑をかけるということで、マスコミ対応の顔になることに。10か月のトレーニングを経て、すっかり板についてきたころ、ミス・アメリカになったシェリルとその付き添いのスタンが誘拐される。

マスコミ対応でラスベガスに派遣されたグレイシーとボディーガード役のサム。サムはことごとくグレイシーと衝突。FBIのラスベガス支局が捜査を進めるけれど、グレイシーは直感で単独行動をとり、手がかりを得るけれども支局と対立、追い返されることに。しかし、その過程で支局の若手ジェフとサムの協力を得て、アトラクションの海賊船の船底で沈む寸前の二人を助け出す。

衣装が引っかかって船底で溺れる寸前のグレイシーをサムが救い出し、新たな友情が芽生えてめでたしめでたし。

肝心の犯罪部分がとってもしょぼくて、借金の取り立て人と前科者の兄弟の考える身代金事件なので大雑把。これでよく後半まで引っ張れたものだと思いますが、要素としてはコスプレショーでティナ・ターナーになりきったり、老人ホームに潜入したり、見た目で楽しい部分はたくさんありました。

FBIの広報としての役割が少し板についてきてお高くとまった感じのグレイシーが、これではいけないんじゃないか、と懐疑に陥るあたり、相棒のサムとの感情的なもつれ、前半に少しもやもやする部分が後半解消されてきて、ラストではサイン会で軽くあしらっていた小学生の女の子の授業に飛び込みするあたり、ハートウォーミングでちょっと泣けました。「人の受けを狙って自分を変えることなんかない」という、シンプルだけど大事なメッセージを伝えていました。

スケジュールの都合かもしれませんが、前作でいい仲になったフランクが全く登場せずに一方的にグレイシーをフることになったのはちょっと残念でしたが。

 

ビューティー・コンテストに参加するFBI捜査官、という魅力ある設定。

冒頭で登場するサンドラ・ブロック演じるグレイシーの、身だしなみにこだわらないブサイクさから、後半ビューティー・コンテストで勝ち上がっていく姿のギャップで見せてゆく、というのはなかなかうまくやったな、と思います。それでも、序盤から彼女はかなりかわいいんですけど、それを演技で極力ブサイクに見せる、という努力はかなりのもので、途中けっこう爆笑しました。

連続爆弾魔が次の予告を送ってきた、ということでビューティー・コンテストがターゲットだとみんなが推理。そこで潜入捜査だ、ということになるんですが前の事件でドジをふんだグレイシーは、捜査を外されそうになるところ、潜入捜査官という位置づけで残してもらえると。なんか罰ゲームか、みたいなノリで彼女が変身してゆきます。

協力するサポート役のビクターにマイケル・ケイン、ちょっと翻訳の言葉づかいが女言葉で、今見るとどうなんだろう、という感覚もありますが。これは現代版の「ピグマリオン」であると同時に、差別の物語でもあって、ミスコンそのものの意義にも一石を投じているんですね。

で、結局爆弾魔は別件でつかまって、捜査は引き上げよう、とボスが言うんですが、グレイシーは独特の勘で事件は終わっていないと。結果、今回限りでクビになった主催者がコピーキャットで王冠に爆薬を仕掛けていたことがわかり、一件落着。

途中で、反目し合っていたコンテスト参加者たちの熱い友情物語もあり、グレイシーとマシューズのロマンスもあり、すべてめでたく終わる、いい話でした。

 

この映画に対しては世間の評価は厳しいと思いますが、そんなに捨てたものでもない、というのが個人的な感想です。

なにより、19世紀のミステリー文学へのオマージュぶりはなかなか手が込んでいて、にやりとしてしまいます。「ドリアン・グレイ」を読まずにこの作品をけなしても仕方ないんじゃないかな、と思います。

今日のマーベル映画というのも、この映画の持っている要素を少しずつ現代にリフレッシュして採用している、という部分もあるわけで。

ショーン・コネリーはこの映画が不評で映画界を引退した、などという声もあるようですが、どうしてどうして、アクションも含めてずいぶん達者にこなしていると思います。惜しむらくは、他のキャストに風格が少し足りない、ということでしょうか。

ストーリー的には少し雑で、大きな目的や、企みという部分が不明瞭で、なにをすればそれが防げるのか、どうやって相手の裏をかくのか、という作戦が見えないのに結果的にうまく行ってしまうことが多いところは残念でしょうか。

女性キャラクターに対する扱いは、ちょっと前時代的な部分もあります。

 

「オンリー・ユー」というタイトルの映画は、1992年にもあって、それはアンドリュー・マッカーシーとヘレン・ハント主演の、わりに低予算のコメディーだったのですが、個人的には好きな作品でもあります。

 

マリサ・トメイは、1992年の「いとこのビニー」でその期のアカデミー主演女優賞をとった人で、これは1994年の作品。92年にはチャップリンの伝記映画でロバート・ダウニーJr.と共演しているので、縁があるんでしょうかね。そんな関係があるので、「キャプテン・アメリカ」で彼女がピーター・パーカーの叔母役でマーベル映画に出ることでまたロバート・ダウニーJr.との共演になったのはうれしかったり。

ストーリーは、前年の「めぐり逢えたら」とかなりかぶる感じで、婚約者がいるけれど、いまひとつ確信が持てないでいる主人公フェイスが、幼いころのボードゲームで知った運命の人の名前に振り回されて、仕事も結婚式の準備も放り出して、彼を追ってイタリアへ旅立つ、という話。彼女の兄と結婚していて、暮らしに幻滅している親友もついて行って、自由を謳歌する、という話。

その行き先で、その運命の人「デイモン・ブラッドリー」を名乗った若者(ロバート・ダウニーJr.)といい雰囲気になるけれど、実は彼の方がフェイスに一目惚れしていて、彼女のそばにいたいがために嘘をついていた、という話。それを知ったフェイスは激怒して彼を遠ざけるのだけど…。

途中から本物のデイモン・ブラッドリー探しと、本当の気持ちの間で葛藤するフェイス、彼女の幸せを願いながらも、自分の気持ちを捨てきれない若者ピーターのじれったい恋物語です。

ラストの空港での職員の対応で、アメリカとイタリアはここが違うのだぞ、と見事に対比して見せたり、アメリカは仕事第一主義だ、とイタリア人に言わせてみたり、本当の豊かさをめぐる、ヨーロッパに対するコンプレックスのようもものもちょっと感じました。

ロバート・ダウニーJr.はちょっとしゃべりが達者すぎるのが、いいのか悪いのか、本当に感じている気持ち、というものがちょっと見えにくい部分もありました。途中でフェイスをたぶらかす偽のデイモン役にビリー・ゼインが出てきたのもちょっとにやりとしてしまいました。

あとは、やはり、ロケーションのよさですね。「ローマの休日」のパロディーなんかもよかったですが、階段の多い地形、広い空と雲の形、これぞイタリア、という景色がふんだんに盛り込まれるので、ぜひいい画質で見たい作品です。ヴェニスの祭りがコロナ禍で中断された今となっては、懐かしい気持ちにもなります。