「顔を取り替える話」という印象しか残っていなかったのですが、見直すとなかなか面白かったです。ジョン・ウーは、「ミッション:インポッシブル2」の印象が強くて格闘シーンばかり長い人と思っていましたが、このころの方が充実してますね。

ジョン・トラヴォルタもニコラス・ケイジも達者ではあるのですが、正統的な正義の味方とはいいづらいクセのある俳優で、その陰影を楽しむ方法としては、この映画はうまく処理したな、と思いました。

前段で、アーチャーが回転木馬でキャスターに息子を殺されるシーン、何であの距離でミスるんだよ、というのはちょっと納得いかないんですが。アクションシーンで銃弾をあれだけ撃ってほとんど当たらないのって、リアリティーがないな、とか、登場人物に身近な人間の死は気にするけど、巻き添えを食ったFBIの善玉も、自分の身を守るためにはこだわりなく死なせてるとか、モラル的にもどうかな、と思う部分も多々ありました。

それでも、いろいろとありえない設定を超えてゆくと、そこに興味深いドラマが見えてくる、というのは評価できるなと思います。

特に面白かったのは、それぞれの立場になって入れ代わって見たところで、それぞれの家庭や職場における環境がすべて悪化したか、というとそうでもなくて、本人の心理も、いままでとは違った立場でシンパシーを抱くようになって混乱していくところで、アーチャーが、キャスター本人も知らなかった息子の存在を知って、かつて亡くした自分の息子に重ね合わせるシーンは、この映画の白眉だと思います。それがあるからラストがより感動的になるという。

 

特撮は大変だったと思いますが、話としてはちょっと単純でした。

アンドロメダ女王がいきなりロザムンド・パイクにキャスト変更になっていてびっくり。ペガサスが飛ぶときに脚をバタバタさせるのが意味あるのかなぁ、なんて思いました。

どうも半神のペルセウスのすごさ、というのが伝わってこないんですよね。前作に比べると神々もあんまりすごくないし、すごく人間的な裏切りと反省があったり。リアム・ニーソンも今回はずっととらわれの身だったし、あんまり見せ場を作れなかった感じです。

 

ペルセウスを主人公にして、人間と神の戦いを描いてます。こんな強力な神に楯突いて何ができると思ってるのか、人間って愚かですねぇ、と思うのですが、それでも人間の暮らしが素晴らしいのだ、と訴えるような個所はあまりありません。

仲間も結構早めに討ち死にしてしまって、一人一人に思い入れをしている余裕はなかったと思います。「プリンス・オブ・ペルシャ」や「ヘンゼルとグレーテル」で活躍したジェマ・アータートンがたっぷり見れますので、そこがよかったかなと。

 

基本前回の踏襲で、チッティを復活させるまで、怪奇現象が起きたりしていろいろな試みがあります。冒頭で「パトレイバー劇場版」を思い出してしまいました。

後半、これで終わりかな、と思ったらさらに一段階大きな話が始まったので、さすがに長くてくたびれました。これは2本に分けるべきではなかったかな、と思ったりしました。

 

人間の世界に住む悪魔たちが何を食べて生きているか、というところに着目した面白い作品。人間世界で起きるいさかいや暴力、悲劇を鑑賞することがなによりのごちそうなのだそうで。

あるアパートに住む悪魔たちと人間たちの共存関係、それがある日ばったりと人間たちがいさかいをしなくなったことでバランスを崩し始める。その原因は?というのが縦軸です。

メイクとかはまあそこそこ頑張っていると思います。空間の暗さは効果的。ショッキングなホラーではなく、悪魔界を舞台にした推理ものといった趣。

ラストは案外感動的だったりしましたけどね。

実は同じ監督でFire City:King of Miseriesという、9分の短編作品がこの2年前にあって、たぶん同じ世界観を共有しているんでしょう。そのためか、やや序盤の設定を把握するまでに時間がかかってしまいました。

 

かつてホラー映画で「ブレアウィッチ・プロジェクト」というのがあって、発見されたアマチュアビデオに記録されているものを再生したら、という話だったのですが、SF怪獣ものにそれを応用したらこうなった、というものですね。

平たく言うと手法の勝利で、暗闇と手振れによる、怪獣のチラ見せが効果的で、いかに怖いものをベタに見せずにもたせるか、という計算がよくできている作品だと思いました。

音楽のモチーフや使い方は「ゴジラ」をだいぶリスペクトした感じです。

 

ものすごくカンタンに言うと、少女版の「ゴースト/ニューヨークの幻」なわけですが、殺人事件の被害者側の少女にもその後の〝命”があり、遺族の側にもその後の人生があって、少女のオールマイティーな側からそれをじっと観察している感じの映画です。

ただ、いろんな起伏や仕掛けが最後に結びつくか、というとそうでもなく、淡々と個別に出来事が進んでいくだけで、感動するかというとそうでもないです。死んだ後の少女の世界の決まり事や現実世界との関わり方に何かルールがあれば、もう少しよかったのかな、と思いました。

マーク・ウォールバーグが、娘を溺愛していたゆえになかなか立ち直れない父、レイチェル・ワイズがその妻を演じていました。主役のセルシュ・ローナンは「グランド・ブダペスト・ホテル」にも出ていたみたいです。犯人役のスタンリー・トゥッチは見た顔だなと思ったら「ハンガー・ゲーム」シリーズに出てました。

 

最初に見たときは原書を読んだ直後で、ラストが違うのと、セリフで理屈を言うシーンが多いな、と思ったのだけど、今改めて見直すと映画の方がラストのひねりが効いていていいなと思う。特にジーン・ハックマンの哀愁がいい。

原作者のジョン・グリシャムは元弁護士で、これが大ヒットしてから一躍時代の寵児になった記憶がある。彼以降、何かの職業を経験した人が作家に転じて業界内幕モノでヒットを飛ばすパターンが増えたような印象を持っているんだけど、他に誰がいたかな。

ただ、個人的にはこの人のものは、当時そんなに好きじゃなかった。弁護士が主人公でものすごい悪が背景にいると匂わせておいて、フタを開けてみたらマフィアかよ、みたいな拍子抜け感があったというか。業界を知っているからこそ、荒唐無稽にはしない、というのが当時新しいかったんだろうけど、少し地味に思えたのも事実。小説だとスリラー として個人の心情メインで書いていけるけど、映像だとそれだけでは持たない。

 

時代的には1960年代とされているのですが、もっと古い時代のものかと思えるのはボルチモアという土地柄でしょうか。米軍の実験施設に囚われてきたアマゾン川の〝神”とされる生き物と、そこの清掃係をしている女性イライザの物語。

イライザは孤児として育てられ、虐待のためか喉を切られ口がきけずに育った女性。ある日施設に連れられてきた実験生物に興味を惹かれ、ゆで卵を与えたことがきっかけで手話と音楽でコミュニケーションをとるようになる。

調査を任されているのは米軍のストリックランドという差別意識丸出しの軍人。生物に指を噛みちぎられ、虐待することに快感を覚えている。その生物にはソ連も興味を示していて、施設に潜入していたスパイのホフステットラー博士は学術的興味から生物に共感。だが米軍はすぐにめざましい成果があがらないことに落胆して生物の生体解剖を命じる。

時間が限られていることを知ったイライザは、同居人の画家と画策して救出作戦を。途中で同僚のゼルダとホフステットラー博士の協力を得て、自宅に連れ帰ることに成功する。

しばらくは自宅での生活が続くが、次第に捜査も迫り、ホフステットラー博士もソ連に裏切られてストリックランドに殺される。雨の中、入り江に生物を逃がしに向かったイライザだが…。というお話。

「アメリ」を思わせるところや、当時のアメリカのカルチャーに関する言及が随所にあり、「未来世紀ブラジル」的なディストピアを連想させる部分もあります。なにより、イライザという名前は「ピグマリオン」との関連もあるんじゃないかと思います。言葉を話さない彼女が手話を通じてコミュニケーションを試みる、という全編を通じての仕掛けにうなってしまいました。そしてクライマックスで、彼女の首の傷の本当の意味が明かされる、という点も映画的な驚きに満ちていました。

文化的には、当時の一般世界での、黒人やブルーカラー労働者、性的マイノリティーに対する差別意識や、映画・エンターテインメントの世界の引用が随所にあって、タップダンスのシーンや、イライザと生物のダンスのシーンなど、幻想的な世界に圧倒されます。

ある意味「パンズ・ラビリンス」の大人の女性版、とも言えるんじゃないかと思います。

 

ゲーム好きの夫婦が兄の誘いに乗ってゲーム・パーティーに参加したらそこに本物の暴漢が乱入して兄がさらわれて…、という展開。

そのプロセスで、兄に対して抱いていたコンプレックスとか、子どもをもったあとの生活について考えるとか、お隣のちょっと陰気な警察官との関係が修復されたりとか、いろいろと解決していく、ハートウォーミング・コメディーという側面もあります。

ちょっとしたなぞなぞに対する回答の呼吸で面白さを出すのは、結構難しいんじゃないかと思いますが、それがとてもうまくできていて、ずっとクスクス笑いが続く感じ。黒人夫婦の浮気話とか、「いまそこ?」というタイミングで入ったり、空気の読めない友人の、つれてきた女性とのちぐはぐな会話とか、すごくうまくできていると思いました。

スリラーとしては、途中で大どんでん返しがあって、お隣の警察官がしかけたものだった、とわかるんだけどそこから本物のテロリストが登場するあたりで、ちょっと本筋の仕分けが混乱したというか、それで成立するのかな?と疑問に思える箇所もあったのですが、まあそれでも楽しめたと思います。

主演のジェイソン・ベイトマンは「大草原の小さな家」で子役としてデビューした人で、そんなによく知らないのですが、「セントラル・インテリジェンス」にも出ていたようで、あんまり印象には強く残りませんでした。すこしマイク・マイヤーズに似てますかね。途中で黒人夫婦の妻の浮気相手でデンゼル・ワシントンのそっくりさんが出てくるんですが、ほんとうにただのそっくりさんで、別人が演じてました。