日米比較〜アメリカの真の「国民主権」誕生?さて日本は?
日本とアメリカは、
普通の「国民主権」を持っているのだろうか?
日本は、
「国民主権」を自国独自に防衛する「軍」を捨てて、
未熟な安全保障体制になっていることから、
当然、
「国民主権」を防衛できない危機が普通に想定できる。
当然、
これを想定できない現在、
日本の「国民主権」の意識は
百年前よりも縮小しているかもしれない。
アメリカは、
自国以外の諸外国の「国民主権」を守るために、
多くのアメリカ人を犠牲にしてきた。
(片務的な日米同盟で日本防衛も肯定できたが…今後は…)
アメリカ独自の国際貢献的な「国民主権」が成熟できたのは、
移民国家のアメリカでは、
自国の真の「国民」意識による
真の「国民主権」が未熟だったからだろう。
目下、
アメリカでは、
自国の国民が普通に持つ「国民」意識が生まれつつあり、
真の「国民主権」を誕生させようとしているのだろう。
アメリカは、
普通の「国民主権」に根ざした政治・統治体制に改革中で、
今までのアメリカの戦争行為等の国家政策を、
特殊な国民主権&民主主義が支えていたことを認識しつつあるのだろう。
20世紀初頭以降、
アメリカは、
「アメリカ第一主義」ではない国家政策を遂行してきたようだ。
世界史上、珍しい他国尊重主義、
自国を軽視して他国の「国民主権」を第一にして、
自国アメリカを貶めて「アメリカ第二・第三…主義的」な役割を演じて、
多くの国外戦争に参戦してきたのだ。
アメリカは、
諸外国、無国籍系企業集団にうまく利用されてきた。
イギリス等の西欧諸国は、
共産主義(旧ソ連)・全体主義(ドイツ)から防衛するために、
アメリカを参戦させて第一次・第二次世界大戦にした。
(第二次世界大戦のシナリオ上、日本もアメリカ参戦に利用された…)
朝鮮戦争・ベトナム戦争は東西冷戦の代理戦争になったが、
軍需産業・石油メジャー・国際金融業界等の産業界はアメリカの軍事力を利用して、
中東での戦争(湾岸戦争・イラク戦争)が起きた。
そして、
ここ70年以上、
日本は西欧同様にうまくアメリカの軍事力を利用して
日本型「平和主義」を維持している(今後は…不明)。
米・トランプ政権の打ち出した「アメリカ第一主義」は、
アメリカの「国民」の意識の変貌だ。
「アメリカ第一主義」は、
アメリカの真の「国民主権」を誕生させる普通の「国」の自意識、
「国民」の「国家」意識の誕生によるものだろう。
普通の「国民主権」が誕生すれば、
アメリカが自国の多くの国民を犠牲にしてきた
今までの戦争は単純に正当化しにくくなる。
かつて,
アメリカ人の多くが、
親類、先祖の欧州各国を準・純・祖国にしてきたことで、
多くの国外戦争に参戦した。
戦場でのアメリカ人の犠牲者に対して、
「民主主義を守るために戦死した」と正当化してきたが、
どこの国の「民主主義」だったのか?
かつて、
150年前、南北戦争が終わり、
第二の建国、アメリカ合衆国の国家統一を行った
米・リンカーン大統領は演説で、
「人民の、人民による、人民のための政治」
と言ったが…
「人民」はどこの国の人々なのか?
今まで移民国家のアメリカが守ってきたのは、
未熟な「国民主権」が生んだ
移民国家アメリカ特有の無国籍的な「民主主義」だろう。
そして、
アメリカは戦争で軍需を生み、
傭兵的な派兵事業も公共事業として行ってきたのだろう。
【参考】
・1863年、米・リンカーン大統領は演説で「人民の、人民による、人民のための政治」と言ったが、1865年に暗殺された。その演説から約100年、1960年代にやっとベトナム反戦運動が起こり、150年以上たった昨今、アメリカで真の「国民主権」派が多数派になってきているのだろう。今、日本も明治時代から150年以上たっているが、アメリカより先に日本の真の「国民主権」はすでに生まれている(目下、喪失しつつあるが…)。
・1863年は、日本では江戸時代末期で、その4年後、明治時代になり、1874年に自由民権運動が日本でも始まって1890年に最初の国会(帝国議会)ができる。
「国民主権」の意識は、国家意識が錯綜する移民国家アメリカよりも日本での進展が早かった。欧米の植民地主義列強諸国と対峙するために単一民族の日本の方が進展しゆくことになる。議会ができた1890年から約50年後、1940年代に一部の特権階層(官僚・陸軍の統制派・政界・財界・メディア等)でバブル化した「国民主権」意識で日米戦争が起きて敗戦でバブル崩壊し、ちょうど100年後、東西冷戦が終焉する1989年、同時に昭和天皇の崩御、経済的なバブル崩壊が起きた。
歴史のない新興国家かつ移民国家のアメリカは、
真の「国民主権」ができるまでは、
自国民を犠牲にして国際貢献したことで、
自尊心を維持し、世界をリードしてきた。
西欧出身中心の移民がアメリカの土着民族と闘って開拓してゆき、
アメリカを建国した。
今、
在住3世以上のアメリカ人が多数派になりつつあり、
「アメリカ人」として認識できる人が多くなったことで、
普通の「国民主権」に変革できる、ある種の臨界点に達している。
【参考】
移民の多いアメリカでは、公務員(議員等含む)の資格をアメリカ在住「3世以上」にしている場合が多い。
自国だけを祖国として認識できるアメリカ人が過半数になれば、
今まで自国を犠牲にして正当化してきた国家政策を変えて、
普通の国家政策に転換できる土壌ができる。
この転換したアメリカの民主主義的な土壌では、
自国中心の修正孤立主義への政策転換になり、
軍事政策の覇権範囲の縮小と経済上の保護政策を同時に行うことになる。
さて、
はて、
日本の「国民主権」は?
ここ70年以上、
日本は、
「国民主権」(国民の生命・資産)防衛のための「軍」を否定して、
防衛戦争も否定しかねない日本型「平和主義」のソフトな衣をかぶっている。
さらに、
日本は厚着にして
(ソフトな衣、日本型「平和主義」は目に見えないので薄着に見えるが…)
世界中の誰もが見えるアメリカ軍のハードな鎧を国体に着せている。
東西冷戦時代、
アメリカで花開いた無国籍「国家主権」がつくった軍事力で、
その巨大な軍事上の傘の下で、
日本「軍」のない、「核シェルター」もない、
中立的な国家政策を日本は取れたが…
目下、
アメリカで普通の「国民主権」が誕生しつつあり、
巨大な軍事上の傘は縮小しつつある。
日本は、
特殊な国民主権&民主主義が支えたアメリカの「軍」に依存することで、
「国民主権」を防衛してきた。
しかし、
アメリカの真の民主化、
真の「国民主権」の誕生で、
日本型「平和主義」体制は崩れることになる。
ここ百年、
アメリカは、
多様・多層な無国籍的な「国民主権」が錯綜し、
他国主義的な没「国民主権」で世界の警官になって勢力圏をつくってきた。
ここ70年以上、
日本は、
このアメリカの覇権の傘下に入って、
独自に防衛すべき「国民主権」意識を軽視して、
経済に特化してある程度発展できたが…
「国民主権」意識の軽視で「国益」軽視になり、
経済停滞をほぼ固定化させている。
今、
アメリカは、
歴史上初の真の「国民主権」を誕生させようとしている。
同時に、
日本型「平和主義」体制が崩れて、
日本の「国民主権」は沈んで見えにくくなっているので、
日本も普通の「国民主権」を再生するときだ。
【蛇足】
・アメリカのトランプ政権、日本の安倍政権は、共に自国の「国民主権」の歴史的な変貌期で革新的なヴィジョンを模索中だ。その意味で、両政権への批判、非難の裏、裏の裏には現体制を維持したい従来の保守勢力がからんでいる。
東西冷戦時にアメリカで強くなった保守勢力は、現在、主に米・民主党と金で操作できるメディアと密接な関係を強化している無国籍的な外国勢力・外国資本勢力(今までのアメリカの戦争を正当化しやすい勢力)だろう。アメリカの反・トランプ政権勢力、日本の反・安部政権勢力には類似点、共通基盤があるようだ。
・ここ四半世紀以上、日本経済が停滞し、同時に真の国民主権が生む国益の概念が希薄化している。そして、同時に、言動を無国籍化できる個人主義、反日・左派勢力支援を謳い文句にして外国資本がここ約百年間でもっとも日本に参入(グローバリゼーション化)している。
今までの現憲法の統治体制を変革(憲法改正による日本の独立性の強化等)したら、日本の経済力を再生・強化でき、同時に外国勢力を衰退させるのでこのバランスを模索するのが日本最大の課題だ。普通の「国民主権」をイメージできる日本以外の多くの国は、この重大な課題を世論で議論が出て、同時に国会でも議論しているが…日本ではいつできるのか?。
東西冷戦から局地的、文明・アイデンティティー対立、見えにくい対立時代へ
東西冷戦終焉後、
ここ四半世紀以上、
世界で局地的な分断ができつつある。
東西冷戦後の世界の勢力圏について、
国際政治学者ヘンリー・キッシンジャーは、
・アメリカ
・ヨーロッパ
・中国
・日本
・ロシア
・インド
と6つの勢力圏で考えた。
順番は勢力圏の影響力の大きさだと思われる。
【参考】
・アメリカの国際政治学者ヘンリー・キッシンジャーは、ニクソン政権・フォード政権で国務長官になり、旧ソ連(ロシア)と対立している中国に極秘訪中して、米中和解、友好関係をつくる。1973年、ベトナム戦争終結の道筋をつけたことでノーベル平和賞を受賞する。
・キッシンジャーは、ドイツでユダヤ系ドイツ人の家庭に生まれた。中国の資本主義導入時にユダヤ系国際金融資本と共に中国を裏で支援していた可能性がある。
また、
国際政治学者ハンティントンは著作『文明の衝突』では、
歴史的な文明、宗教観や文化等の視点で、
世界を7〜8つに分けている(下記:世界地図)。
複数の国と関係する主要文明圏として、
・19世紀から20世紀は世界の中心だった西欧文明
・石油資源で影響力を拡大したイスラム文明
・中国を核にした中華文明
・インドを核にしたヒンドゥー文明
・西欧文明と土着の文化が融合した南米のラテンアメリカ文明
・ビザンティン文明を母体にした東方正教会文明(ロシア等)
単独的・孤立的な主要文明として、
・「日本文明」
『文明の衝突』では、
前記の主要文明には分類できない国々は多く、
多様な文化を持つアフリカ文明、
エチオピア、ハイチ、イスラエルは孤立国、
(個人的な見解では、イスラエルは無国籍的なユダヤ系国際資本等と関係が強いので
裏には強い連携・協働力があるだろう。)
モンゴル、チベット、タイ、ミャンマーなどは仏教文化圏になるが、
これらの国々は周辺に影響を与える積極的な主体にはならない、
とハンティントンは考えているようだ。
【参考】
・アメリカの国際政治学者サミュエル・P・ハンティントンの著作『文明の衝突』(1996年、原題:『The Clash of Civilizations and the Remaking of World Order』、原題の直訳:文明化の衝突と世界秩序の再創造)。
・ハンティントンは、ハーバード大学のジョン・オリン戦略研究所の所長、米国の国際安全保障会議で安全保障を担当した経歴を持つ、軍事の専門家でもある。
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キッシンジャーやハンティントンの考えでは、
いずれも「日本文明」は、
さながらガラパゴス諸島のように世界で浮いているが、
現在の台湾や韓国等の国々に国益になる良い影響も与えている。
【蛇足】
台湾と朝鮮半島二国、韓国・北朝鮮は、日本の併合時以降、20世紀以降に「日本文明」を享受していなかったら…工業や農業、教育等のインフラができず、人口は今の半減くらいになり、国の姿は大きく変わっていただろう。
文明、文化、宗教、地政学等の勢力圏はわかりやすい区分だが、
東西冷戦終焉後のここ四半世紀以上、
わかりにくい経済面の影響が大きくなってきている。
見えやすい国の経済政策や、
国の外国資本(経済支援等)よりも、
見えにくい莫大な民間の国際金融資本が世界中で影響を拡大しており、
経済面で世界を区分することが今後は重要になっている。
ここ四半世紀以上、
新たな勢力として世界を席巻しているのは、
見えにくい民間レベルの国際的な経済支配勢力だ。
この無国籍的で不透明なグローバリゼーションの勢力は、
複雑で多様化し、背後に隠れやすい「お金」「取引」等の経済に特化している。
民間ベースのグローバリゼーション=新自由主義的な動きでは、
国と国の対立、
文明・文化等のアイデンティティーの対立状況が見えにくいが、
実際、裏で、または裏の裏で、
多くの紛争や世界恐慌等の経済戦争と深くからんでゆくのだろう。
【蛇足】
・韓国の大手企業(サムソン等)・大手銀行の多くに外国資本が参入(株主・投資等)しているように、多くの新興諸国に見えにくい現代的な経済植民地主義(グローバリゼーション)の手が回っている。
・世界最大の債務・負債国になっている中国経済の表だけでなく裏でも外国資本が相当介入しようとした可能性がある。この中国と関係を持ちたい外国資本勢力がアメリカ等の対中国の宥和政策を支えて、中国による南シナ海等の海洋進出を支えていたようだ。
しかし、中国は自国通貨「元」を武器に欧米の外国資本と連携しない中華主義によるわかりやすい独自の経済中心の植民地をつくりつつある。中国の新植民地主義は、かつての欧米の植民地主義とは異なって自国の人民を移民させることが目立つが、南シナ海の領海拡張など類似点はある。
かつて、
世界に示す日本のアイデンティティーは江戸時代は希薄だった。
19世紀後半から、
欧米の植民地主義による「日本」侵略の危機を想定するようになり、
明治時代以降、
国家「日本」として、「日本人」として、
徐々に客観的に国体、民族意識を認識してゆく。
その成果として、
アジアで唯一独立を維持して、
(タイもほぼ独立を維持でき、日本と同盟関係を持つことになる)
その後約半世紀で、
日本は欧米植民地列強諸国と肩を並べるようになり、
諸外国と並んだ途端に、
日本のアイデンティティーのバブルが始まった。
1940年代に客観的な視点、外交・交渉力を失ってバブル破裂寸前になり、
日米戦争に突入して、
敗戦でバブル崩壊した。
(当時、日米開戦による敗戦を想定していた方々、反戦論者は多かったが…
長年のアイデンティティー・バブルによる感情論がアメリカとの戦争を正当化してしまった。)
もし、
このアイデンティティーの過激なバブルがおきず、
また、
過激な欧米圧力による戦争によるバブル崩壊がなかったら、
「日本文明」は今よりも拡大していただろう。
日本のアイデンティティーは、
バブル&バブル崩壊後、
ここ70年以上、
バブル時よりは半分以上(主観的定量)縮小しつつある。
アイデンティティーの縮小によって、
諸文明圏との過激な対立はつくりにくくなり、
昔以上に友好関係を日本はつくることになるのだろう。
ただ、
多くの人々が関与する国同士の関係で、
100%の友好関係はないので、
リスクを普通に想定して、
最低限度のアイデンティティーを防衛しないと、
近年、弱体化しつつある日本は、
見えやすい他の勢力圏、
見えにくいグローバリゼーションに巻き込まれて
日本の「国民の生命・資産」を奪われ、
「日本文明」は消えて行くことになる。
日本国憲法〜理想(呪文)と現実の巨大な格差
日本国憲法の三原則は、
●国民主権(民主主義)
●平和主義
●基本的人権(国民主権が生む人権)
これらの言葉には違和感はなく、抵抗感もない。
ただ、
多くの大人や日本の憲法学者等が、
現実を無視して、
言説上の理想として、
これらの言葉を単純に解釈して受容しているだけだろう。
民主主義国では、
これらの三原則の前提として、
わざわざ明文化されない国家責務の大原則、
「国民の生命・資産」の保障、防衛
が当然存在しているが…
日本ではこの原始的な理念が今どこに消えているのか?。
偏屈な「平和主義」の妄想が、
国民の生命・資産の防衛を軽視して、
国民主権と人権を危機にさらしているのが現実だから、
まさしく、
反「平和主義」を遂行しているのが日本だ。
キリスト教の聖書、仏教典、イスラム教典など
個々の宗教の言説でも
言葉を単なる呪文にせずに言葉と現実を対面させて、
現実も認識させるが…現憲法の信者は井の中の蛙…。
日本国憲法の言葉上の解釈は、
理想の原則を言葉で並べて、
絵に描いたごちそうなので、
良い夢を見させるだけだ。
(たしかに気持ちのよい呪文、洗脳になる…)
これらの三原則は、
言説(言葉の呪文)上は、
まったく矛盾はないが、
実際、
理想の言葉と現実には、
矛盾、異次元的な格差がある。
●「国民主権」(民主主義)を守れない現実
●「基本的人権」(国民主権が生む人権)を守れない現実
●「平和主義」が守れないことで「国民主権」「人権」を守れない現実
さて、
はて、
日本は、
「国民主権」「人権」をどのように防衛しているのか?
「平和主義」の言葉だけで防衛しているでのはないか?
現憲法の基本理念にそって国務を行うために
「国民主権」上で統制できる普通の「軍」が存在していれば、
国民主権(民主主義)、平和主義、基本的人権(国民主権が生む人権)
を防衛する最低限度の国家体制になるが…
日本では「軍」が存在しない。
(自部隊も「軍」として防衛できない自衛隊=未衛隊は存在しているが…)
普通の国では、
すべての国が「軍」を持ち、
日本以外のすべての民主主義国では、
「国民主権」と「国民主権」をベースにつくる「基本的人権」を
「軍」を持った安全保障体制で防衛して「平和主義」を遂行している。
「国民主権」を基本理念にする国がその防衛のために、
「軍」を持つことは、
世界中の大人だけでなく、
世界中で子供でもわかる平凡な理屈だ。
この平凡な理屈を否定するのは非凡なことで、
世界中の大人にもわかりいくい「第9条」の屁理屈が出てくる。
(日本国憲法第9条は世界で一番、わかりにくい条文…
解釈が複数出てくる文学的条文…)
さて、
はて、
日本は、
この理想と現実の間に
誰でも見える、
巨大な矛盾、世界一の法的格差があるが、
長年、違憲にせずに棚上げできたのか?
そもそも
現実との矛盾、格差が認識できないほど、
普通の視点が崩れ、
日本、日本人のアイデンティティーが喪失して、
「国民主権」の意識が非常に希薄になってきたからだろう。
また、
日本は国家責務として
「国民主権」「基本的人権」の防衛のために、
「平和主義」の遂行のために、
主にアメリカの「軍」、諸外国の「軍」、
国連等の存在に期待して過剰な依存をしているからだろう。
その代償で、
日本、日本人のアイデンティティーを喪失させて、
日本でもっとも大事な「国民主権」の意識を貢ぎ物にしてきたようだ。
その結果、
世界第三位の日本ATMとして
多くの「国民の資産」を国内外に貢ぎ物で流している。
(増税すれば日本ATMもさらに豊かになる…)
【蛇足】
・移民国家アメリカは特殊な「国民主権」を持っている。このアメリカ固有の「国民主権」ではない多極化した「国民主権」意識が自国の「アメリカ」防衛ではない、多くの戦争に参戦してアメリカは諸外国(旧・植民地列強諸国)のための防衛戦争を正当化してきた。
アメリカは、「アメリカ第一主義」にしないで、移民の祖先または親族が多く住む欧州のために、欧州諸国の「国民主権」防衛のために、第一次、第二次世界大戦等に多くの若者を戦場に派兵したのだ。
・今、在住3世以上の「アメリカ人」の人口が臨界点に達して、アメリカ固有の「国民主権」ができつつある。移民の多いアメリカでは、公務員(議員等含む)の資格を「在住3世以上」にしている場合が多く、移民国家アメリカの国籍は容易に取得できても「アメリカ人」としての認識には当然格差をつくっている。
・ここ百年続いたアメリカの覇権拡大政策(自国第二・第三主義的な政策)は縮小しつつある。「国民主権」意識の拡散・拡大ではない=「世界の警官」を正当化できない、普通の自国の国家防衛を行う修正孤立主義にアメリカは転換しつつある。このアメリカの社会的な転換期に生まれたのが米・トランプ政権だ。米・トランプ政権を支えている「アメリカ第一主義」には、アメリカ固有の普通の「国民主権」を認識した新勢力の台頭が背後にある。
外国の「軍」に完全に依存しないで、
それが普通の国になる必須条件だ。
その前に、
毀損した日本の「国民主権」の再生が必須だ。
同時に、
日本、日本人のアイデンティティーの再生が必要だ。
そして、
「国民主権」と
「国民主権」を基礎にしてつくられる「基本的人権」、
それらを守るために、
大原則である「国民の生命・資産」を自国の「軍」で防衛すること、
それが最低限度の国家責務であることを、
日本、日本人は再認識して再生することが必須だ。
【蛇足】
・ここ数百年の日本史、世界史上で、大局的に見れば、ここ約70年間の「戦後日本」は、世界の東西冷戦時代下で準・非武装、準・中立国的な状況、アメリカの準・属国的な国を構築した。東西冷戦終焉後、ここ四半世紀、アメリカの国家政策は転換期に入り、アメリカの日本への圧力にも変化が出ている。国内外の環境変化で、これから普通の国に向けて日本は社会的な転換が行われて行くだろう。今はさながら「江戸時代末期」のような時代転換期の状況だ。
・日本国内での「国民主権」防衛の意識には、地政学上、東西で格差がある(政権・政策、憲法改正等の賛否、アンケートでも違いが出てくるだろうが…)。東日本よりも西日本、西日本よりも九州の方が、「国民主権」の意識、諸権利の防衛意識が強いだろう。
「国民主権」防衛の意識は、日本で九州地方がもっとも強く、また、九州地方には海外との交流を日本でもっとも行ってきた歴史がある。
13世紀に2度、中国軍(モンゴル帝国軍・朝鮮軍)の侵略を受けて対馬、壱岐、九州本土が攻撃された。日米戦争時は、アメリカ軍が沖縄本島を侵略したことで九州本土の多くの若者が特攻隊等で命を失った。
今、中国は、九州・沖縄周辺を日常的に中国軍のルーチン・ワークとして領海・領空侵犯している。尖閣諸島(石垣市)で中国が領海侵犯を行っており、九州周辺での中国軍の領空侵犯も日本でロシア(旧ソ連)を超えて最大件数になっている。中国大陸からの黄砂・有害物質(空気・海洋汚染)による環境被害も九州地方は甚大だ。
・2020年に東京五輪が開催されるのに、アメリカ軍が侵略した硫黄島(東京都)で、いまだに1万柱以上の遺骨が眠っているのは、日本全体、特に首都・東京のある東日本の「国民主権」意識の希薄さの証明なのだろう。
・いまだに遺骨収集されていない、東南アジア等に日米戦争の戦没者の遺骨約百万柱は、日本の「国民主権」の低さ、希薄化の証明でもあり、希薄化させる圧力にもなっている。ただ、戦没者の遺骨が、日本の国家独立のための、また、欧米諸国の植民地として支配されてきた東南アジア諸国の解放、独立、繁栄のための土壌になっていることも明確だ。実際、民主主義が未熟な中国大陸諸国(中国・朝鮮半島諸国)とだけは日本との「国家」対立があるが、一般の国民・人民レベルでは日本と諸外国は友好関係にある。
「軍事研究」禁止?〜日本型「平和主義」でセキュリティ・ホール増産中
日本にも「学問の自由」がある。
【参考】
日本国憲法第23条 学問の自由は、これを保障する。
ただ、
例外的に違憲にもせずに、
国や民族、社会の道徳・倫理、諸外国・企業の圧力等で
学問の自由を抑制する動きはある。
学問の自由を大学の自治で操作して、
その不自由さを正当化している場合もある。
今年3/28、
京都大学は「軍事研究」をしない方針を決めた
世界でもっとも有名な日本を代表する大学が、
「軍事研究」を否定するために
奇妙な「平和主義」を打ち出したことは、
日本の学問の偏屈な方向性、
学問の不自由さを象徴することになる。
(井の中の蛙の日本では「不自由」さに違憲、抵抗感はほぼでないが…
ほぼすべての国では学問の「不自由」を選択しないだろう)
ただ、
日本国内の他大学にも大きな影響を与え、
京都大学を超える大学を生む好機になるかもしれない。
【蛇足】
・インターネットはアメリカの軍事組織間での情報管理として生まれ、コンピュータを操作するマウスもアメリカのミサイル開発時に生まれた技術で、そもそもコンピュータも軍事上の暗号解析(1940年代、イギリスによるドイツの暗号解析)のためにつくれた。第四次産業革命を支えるコンピュータとネットワークは、20世紀にイギリスとアメリカ等が生んだ軍事技術の民間への展開だ。
ただ、コンピュータとネットワーク等の最先端技術は、最初の発展期に軍関係(米・国防総省等)と民間の研究者、民間の研究所等との連携で生まれたので特許的なノウハウを軍は独占していない(公共事業として「軍」関係費で投資・連携させたので民間技術の軍事転用もあるだろう)。
・被爆国でありながら公的な核シェルターがなく、正規の「軍」も存在しない日本は、安全意識を希薄化させて丸裸の平和主義を掲げる、先進諸国では珍しい(唯一の)国。
核兵器とコンピュータ、インターネットは20世紀が生んだ化け物だが、日本は、核兵器のための核シェルターを建設せず(地下街・地下鉄建設はなかば核シェルターだが…)、インターネット上のセキュリティ・ホールも拡大中にある。
・現在、日本の情報セキュリティは人材で5万人以上不足状態(先進諸国を超えるには10万人必要)にあり、先進諸国でもっとも後進国になっているので、これからも…後進を続けることになるのかもしれない。
日本の実態を数値化・図形化できればアナログ(物理的)、デジタル(電子的)共にセキュリティ・ホール(安全上の穴)だらけに見えるだろう。
・日本の穴だらけの衣(日本型「平和主義」)から見えてしまうのは「裸体」、特に日々奪われている日本の資産・人的ノウハウだ。この安全保障の未熟さは、国際政治、軍事学上は事実として客観化されているが日本社会ではきれいごとの衣で誤魔化してきた。日本型「平和主義」の過激な信者は、安全保障上必須の「軍」を悪魔扱いにして異次元の「安全神話」「平和神話」をいまだに妄想している。この妄想は、東西冷戦時代、1940年代〜1980年代まではほとんど世界から目立たない中立的な日本の役割をつくって世界を誤魔化せた。しかし、東西冷戦終焉後、神話は崩壊しつつあり、神話のつくったソフトな(固いハードでない)衣の実態が見えだし、「穴」だらけになってきているが、「安全」を客観的に思考できずに(脳内で考えない=タブー視して)何も「穴」が見えないのが日本の実態だろう。
日本は70年以上、
外国(特にアメリカ)に自国の安全保障をなかば依存したことで、
自国の「軍」の存在価値を喪失してゆき、
「軍事」の言葉に日本独自の社会的な、生理的な嫌悪感、抵抗感をつくって、
「軍事学」を防衛大学校でしか学べない珍しい国、
軍事の超・後進国が日本になっている。
【蛇足】
・先進諸国の多くの国では多くの大学で自由に「軍事学」を学べる。普通の国では国の安全保障をもっとも重大なテーマにしており、国際外交が必要な普通の国では「軍事学」の知識・ノウハウを持つ専門家(国会議員、学者等)を政権内に入れている。
・江戸時代末期、武士階級が日本社会の頂点にいたが、徳川幕府が権力を地方分散(幕藩体制)化し、ほぼ鎖国していたことで日本は産業革命を享受できずに工業技術や最新の軍事学が後進国(基礎ベースはあったが…)になっていた。
1860年代、日米修好通商条約時に欧米列強諸国との大きな格差を客観的に認識した幕臣・小栗忠順(今なら外務・防衛・経産・財務大臣)が軍の近代化と同時に造船・鉄鋼等の工業化を進め、明治維新後もこれを模倣して近代化を進めた。
今、世界と日本の格差を見ると江戸時代末期の転換時の格差に類似しているようだ。徳川幕府の江戸時代は約250年もあり、昨今、時間の長さは凝縮して早くなってるので約70年の昭和後半・平成時代も徳川時代と同じくらいか。ただ、この70年間でつくった世界と日本の格差(特にソフト・マインド面)は、江戸時代末期よりも大きいかもしれない。
・「軍事」関係の知識・ノウハウは、「軍」を文民統制(シビリアン・コントロール)をするために必須だ。「軍事」は、国際外交で意思決定する各国の上位の政治家(国会議員レベル)では世界で不可欠な知識、概念(日本はタブー視?)になっている。
世界で最初にヒットしたネット配信ドラマ『ハウス・オブ・カード 野望の階段』(House of Cards、2013年〜:下記) の主人公、アメリカの大統領を目指す民主党・下院(日本の衆議院)内幹事フランシス・アンダーウッド(演:ケヴィン・スペイシー)は、大学で「軍事学」を専攻して長年国際外交の専門家になっている。
・日本では、ここ半世紀以上、軍事学を大学で学んだ政治家が非常に少ないため、国家存立にかかわる日本の限界、世界との大きな格差が生まれている(この限界、格差をアメリカ軍にほぼ丸投げして補填しているが…)。軍事学を武士階級で不可欠の教養にしていた江戸時代末期〜明治時代よりもその格差は国家存亡の危機にある。今は、日本の歴史的伝統を白紙または廃棄するような最悪の末期状況になっていて、国家的(軍事)認知症による安楽死の過程に入っているのかもしれない。
・かつて、圧政の少ない日本独自の軍事中心の政権(徳川幕府、明治・大正・昭和初期の一部)は、アジアに進出した欧米・植民地主義の諸勢力に対するわかりやすい抑止力になり、日本はアジアで唯一独立を維持できた。
西欧列強諸国がなぜ日本を侵略しなかったのか?侵略できなかったのか?日米戦争は日本が今まで阻害した欧米・植民地主義政策に対する報復だったのか?国際政治・軍事学上の理由を考えることが目下タブー視されているが、1970年代までは昔の世代が社会人として日常的に普通に考えていただろう。
しかし、ここ半世紀以上、全ての歴史の流れ全体を否定するかのように真逆または白紙にして転換している。1970年、旧世代のもつ国家責務としての国防論を継承した三島由紀夫はこの大転換を食い止めようと命をかけたが、ベトナム戦争への日本参戦を拒否する動きに同期して大転換が進んで行く。
日本は、アジアで唯一独立を維持できた「軍」の存在を、歴史(日本史・世界史)上初めてタブー(「軍」否定の日本型「平和主義」の視点)にした。その結果、大学教育でも「軍事」を排除して学問上の巨大な「穴」をつくり、未熟な安全保障にありながら珍しい勇気で(受容して)誤魔化している。
一般社会や政界での「軍」の知識も希薄化している。この「軍」の知識の希薄さ、無知化で巨大な格差を政界、国会でつくり、文民統制等で無知な意思決定が行われてしまう。
かつて、この無知で無謀な意思決定(官僚&旧・陸軍中心の統制派、財界、新聞社の宣伝等)が日米戦争を生んだ。今も、日本は文民統制の後進国になっているので、日米同盟がなければ軍事知識が豊富だった江戸時代末期よりも危険な状況だろう。
・東西冷戦終焉後、ここ四半世紀以上、特に橋本・小泉(竹中)政権等で、特に21世紀に入って現代的植民地主義=グローバリゼーション(見える「軍」ではなく見えにくい「金」をメインの武器にした勢力)の餌食にされた。安倍政権はグローバリゼーション=新自由主義の「強欲」を(なかば)否定しているので、やっと日本も見えにくい現代的植民地主義の実態を気づきつつあるのだろう。ただ、グローバリゼーションで認識しやすい「強欲」を出すと抵抗されるので日本では、実際、見えにくい「中・弱欲」が席巻している。
先進諸国の大学等で普通に研究している「軍事学」について、
大学の自治を理由に学問の不自由さを正当化して、
長年、東西冷戦時代の中立化(左傾化・反日化)政策のために、
なかば社会的な圧力等で禁止しているのは世界で日本だけだ。
日本が「軍事学」を禁止する理由は?
どのような道徳観念がその理由を生んだのか?
平和のために国・社会の基本国務である、
「国民の生命・資産防衛」を軽視することで、
国民の命、国益を世界と共有するためなのか?
(国籍概念の希薄による国際人化、国際資産化?の考えは、
日本の資産を引き出しやすい日本ATMにさせて、
無国籍的に動く私利私欲のグローバリゼーションの餌食になる…)
【蛇足】
東西冷戦終焉後、ここ四半世紀以上、東西冷戦時の歴史的な処世訓だった日本型「平和主義」「平和神話」は崩壊しつつあり(記憶遺産になりつつあり)、世界は地政学的に局地化している。東西冷戦時代にあったアメリカと旧ソ連(ロシア)の大局的な二大覇権の対立は衰退し、世界は局地ごとに弱肉強食化している。
この世界の環境変化の中で、個々の国で国民の心身の自虐化・貧弱化、固有資産の拡散、国の弱体化に個別個々に拍車をかける圧力が国内外から出てきている。思想が共産主義よりもあいまいで見えにくいグローバリゼーションは、民間ベースでリンクしやすい「国」ではない個々のニーズと連携してネズミ講のような圧力をつくりやすい。
アメリカのように他国の「平和」のために、
自国を犠牲にするためか?
地球上の普通の国々(日本以外だが)では、
「国民の生命・資産」の防衛を第一にして、
(憲法上記載不要の当然の国家責務として)
国の存立のための必須条件にしている。
当然、
普通の民主主義の国ならば、
「国民主権」を最大限に尊重するために、
「国民の生命・資産」の防衛が国の責務になり、
この責務の遂行によって「平和」が維持できる。
さて、
はて、
「国民の生命・資産」の防衛を軽視して、
平和が実現できるのか?
「国民の生命・資産」の防衛を第一に考えないエセ平和主義は、
20世紀初頭からアメリカが演じている自国犠牲の精神を盛り込んで、
昔からある日本の伝統的な非民主主義的な土壌に咲いた「悪の華」だろう。
(日本型「平和主義」の信仰上、善悪の観念が逆転するが…)
普通の民主主義の国ならば、
「国民主権」防衛=「国民の生命・資産」防衛と考えて、
これを当たり前の普通の国家責務にして、
普通の国家観、
普通の道徳観になっているので、
この考えを単純に否定することもないので、
憲法にわざわざ明記する必要もないだろう。
ここ半世紀以上、
日本は「国民主権」防衛の基本的な観念を忘却しているようなので、
日本の憲法に明記が必要だ。
(「国民の生命・資産」の防衛を軽視して
「国民主権」を防衛する理屈は屁理屈、人類を皆兄弟視する「人類主権」の妄想。)
このままだと、
「国民主権」を尊重できない日本の限界を感じて、
国籍を普通の先進諸国に変えてゆく若い人が増えるかもしれない。
(そもそも、普通の「国民主権」の意識がないのが日本なのだろう。
普通、「国民主権」防衛=「国民の生命・資産」防衛になり、
日本の安全保障上の「穴」を無視することはない。)
【蛇足】
・「国民の生命・資産」の防衛を考えずに自国を犠牲にする「平和主義」は、特攻隊や玉砕を正当化できた日本の伝統とアメリカ原産の輸入思想(自国のためではなく、移民した先祖の国=外国のために自国犠牲する戦争の正当化)の合体作だろう。
70年以上にわたって日本が「平和」のために依存してきたアメリカは、建国以来から長年続いた孤立主義を20世紀初頭に外国覇権(自国を第二・第三にする)主義に転換してここ約百年間、自国の防衛ではない戦争を行ってきた。
複雑な移民社会アメリカそのものを犠牲にして欧州(英・仏等)の防衛のために第一次世界大戦、第二次世界大戦に参戦した。さらに諸外国・諸企業集団の防衛のために朝鮮戦争、ベトナム戦争、湾岸戦争、イラク戦争を起こした。これらのアメリカの戦争は、自国の「国民の生命・資産」の防衛を二の次にして、世界?の「平和」を国家責務の第一義にして世界の警官になって若い人々を戦場に送って自国民を犠牲にした。昔だったら…アメリカは北朝鮮の核ミサイル開発段階だけで第二次朝鮮戦争を起こしたかもしれないが…今、アメリカは転換期にある。
ただ、アメリカの軍事史上、アメリカ本土攻撃がなくても多くの戦争を起こしていたが、北朝鮮のアメリカ本土攻撃の可能性が濃厚になれば、自国犠牲を回避する普通の戦争を起こすことになるだろう。
・20世紀初頭以降、アメリカは、アメリカ第一主義ではない、自国アメリカを貶めてアメリカ第二・第三主義的な役割を演じて戦争に参戦してきた。
第一次・第二次世界大戦ではイギリス等がアメリカを利用し、その後、軍需産業・石油メジャー・国際金融業界等の産業界もアメリカを利用し、ここ70年以上、日本もアメリカの軍事力を利用にしている。
・米・トランプ政権の打ち出したアメリカ第一主義には、「国民主権」の「国民」の意識改革が出ており、今までの自国犠牲の戦争を回避できる修正孤立主義への政策転換になるのだろう。
かつて祖父や先祖の欧州各国を準祖国にして戦争に参戦したが、3世以上のアメリカ移民が「アメリカ人」と認識できるようになり、臨界点に達しているのだろう(アメリカでも公務員(議員等含む)の資格を「3世以上」にしている場合が多い)。自国だけを祖国として認識できるアメリカ人が過半数になれば、今までの自国犠牲を正当化してきた国家政策を普通の国家政策に転換できる土壌ができる。この転換したアメリカの新しい民主主義的な土壌では、国民主権の範囲を縮小して、軍事政策の覇権範囲の縮小=自国周辺に限定して、経済上の保護政策を同時に行うことになる。
日経平均22,222円〜何のマジック?
2018/4/20、
日経平均の午前の終値が
22,222円になった。
4月20日なので、
「2」で割れる数字にしたかったのか?
4月最後の日、4月27日、
日経平均先物(大阪証券取引所・夜間)は、
22,440円。
「2」と「4」で割れる数字になった。
今月は4月なので、
「2」と「4」にこだわるのか?
ならば、
5月は…?
「5」と「10」にこだわるのかもしれないので、
切りの良い数字になるか?
昨年、
2017/12/17、
仮想通貨のビットコインは最高値、
2,511,820円になって下落してゆく。
西暦2017年の17日とは…数字合わせがあったのだろう。
251万も、2+5は「7」と「1」…。
【追伸】
5月最初の日、5/2の終値は日経平均先物(大阪)は22,500円、日経平均先物(SGXシンガポール取引所)は22,505円。やはり、「5」でスタートしている。アメリカの株価指数(NYダウ)は日経平均よりも2桁も価格が高いので操作しにくいが、安い日経平均は操作しやすいのだろう。
日本の自衛隊?〜自衛もできない「未衛隊」?
イラク、アフガン、南スーダンなど、
民間人が自由に行けない危険地帯に、
多くの国々が陸軍を派兵している。
日本の陸上自衛隊は、
自民党・小泉政権下でイラク(2004〜2006年)へ、
民主党政権下で南スーダン(2012〜2015年)へ、
派遣された。
(「軍」ではいので派兵ではなく「派遣」)
派遣された地域は非常に危険地帯で、
当然、
「戦闘」を想定せざるをえないことから、
世界各国から「軍」が派兵されている。
しかし、
自衛隊は普通の「軍」のような「戦闘」ができない組織で、
危険地帯に派遣されても自部隊も防衛できない「未衛隊」なので、
普通の「軍」よりも非常に危険な、ストレスのある公的業務になる
【蛇足】
「未衛隊」は、自部隊(自衛隊)が危険になったら回避するために一部特攻隊のような命がけの行為もでかねず、国民の防衛だけでなく自部隊の防衛時も外国の「軍」よりも自由に行動できない。
思うに、普通の国だったら(アメリカでさえ…)未熟な自衛隊を海外の危険地帯に派遣することはせず、もし、政府が派遣先の危険度と派遣する組織の行動・装備等の分析・調査をせずに、感情的で暴走的な派遣命令を出した場合は社会的な非難と派遣命令を拒否する人が出ただろう。
自衛隊の行動原理では、
行動の自由をもっとも制限される「ポジティブ・リスト」の原則があり、
リストに「明記されている行動」しかできないので、
最大限の防衛行動として積極的な戦闘ができない。
消極的な防衛しかできない自衛隊は、
普通の「軍」でないどころか、
戦闘に巻き込まれたら自部隊も防衛できない。
自衛隊は、
警察と同じ行動原則「ポジティブ・リスト」で縛られているので、
「軍服のような制服を着た警察隊」と定義するのが良いだろう。
【参考】
・安保法制懇談会では、自衛隊法の組織・隊員の行動原理は「ポジティブ・リスト」(行動規定:できること以外はできないこと)採用で警察レベルの行動抑制と同じなので、世界の「軍」で普通に採用している「ネガティブ・リスト」(行動禁止規定:できないこと以外はできること)に転換すべきとの認識で一致しているようだ(産経新聞:2013年8月17日記事)。
懇談会では、井の中の蛙的な観点ではなく、国際的な常識で普通の判断が出てくるが、ここ5年、自衛隊の行動原理を諸外国同様に普通にする政治的、社会的な動きに対する抵抗があり(さながら江戸時代末期・徳川幕府の保守派のような抵抗があり…)、今までの長年培った非常識な社会的観念で抑制されているようだ。
・外見上、日本以外の人々(軍事専門家以外)は、自衛隊を軍服を着た軍人のように見るが、実際、軍事専門家等の専門家から見れば、自衛隊は装備を拡充した警察隊(警察予備隊の発展系)でしかない。
しかも、自衛隊の装備(補給・医療等も含む)を他国軍と詳細に比較し、また、出退勤時に制服を着れない日本の社会観から見れば、日本は安全保障の意識が未熟な国だと世界の政治・軍事専門家は客観的に考えている。
「軍」ではない未熟な自衛隊=未衛隊=警察隊を
民間人や警察も行けない危険地帯に派遣するのは、
まさしく国家犯罪だ。
日本は普通の国になって、
普通の「軍」をつくればより安全な「軍」の派兵になるが、
まずは、
その前に、
「未衛隊」を普通の「自衛隊」にして、
その前に、
自衛隊は、
「軍」でも「自衛隊」でもない、
「未衛隊」だと定義して、
(ただのみえみえの見栄・見得の隊…)
正しい客観的な認識を持つことが先決だ。
この低レベルな基本的な認識を持っていないのは、
先進諸国で日本だけだろう。
そもそも、
世界共通の基本的な国家責務には
(憲法に明記する必要もない原始的な国家観として)
「国民の生命・資産」の防衛がある。
しかし、
長年、
日本はこの基礎的な国家観、国務の基本精神を軽視して、
国家としてのアイデンティティーや、
国民としてのアイデンティティーを薄めて、
日本の個性を尊重する観念を希薄化させている。
ただ、
19世紀後半から欧米植民地列強諸国と対等に交渉するために
日本はアイデンティティーを過剰に拡充してゆき、
1940年代にアイデンティティーはバブル化し(させられて…)
第二次世界大戦に参戦するシナリオに巻き込まれた。
この悲惨なバブル&バブル崩壊は歴史の教訓にすべきだ。
ただ、
日本のアイデンティティーは不可欠だ。
【蛇足】
・南スーダンに派遣された陸上自衛隊は約5年間で延べ約4,000名で、主に施設部隊に隊員は配属された。施設部隊は、兵器類よりも土木・建設資材を多く持つ部隊で、当初、駐屯基地の施設外での道路・水道等のインフラ整備活動の予定だったが非常に危険な地帯であることが明確になり、部隊は施設に集まっている避難民への医療・給水支援活動に専念した。駐屯基地の施設は日本以外の外国軍が駐屯しており、自衛隊よりも自由に施設周辺警備できる準・安全地帯になっていた。
ただ、実際、南スーダンの駐屯基地・施設への砲撃等の攻撃があり、基地を防衛するための戦闘や、基地周辺でも戦闘はあった。
・南スーダン同様に、イラク派遣時も駐屯地への砲撃等の攻撃、基地周辺での戦闘はあった。そもそも、こうした戦闘が想定されない安全地帯ならば、外国軍の派兵はせずに、自衛隊「日報」だけで実態を知らなくても、民間メディアの報道、民間人による支援活動が自由にできる。安全地帯に外国軍が派兵されたら、侵略行為そのものだ。
日本国憲法・前文〜他者依存の「平和神話」の危険性
日本国憲法の存在理由を示す「前文」は、
歴史に残る東西冷戦時代の記憶遺産になるだろう。
日本国憲法の前文には、
「平和を愛する諸国民の公正と信義に信頼して…」があり、
日本は”平和を愛する諸国民の公正と信義”を過大に信頼してきた。
また、
前文に
「平和を維持し、専制と隷従、圧迫と偏狭を地上から永遠に除去しようと
努めている国際社会において、名誉ある地位を占めたいと思ふ。」
とあり、
”平和を維持”して”専制と隷従、圧迫と偏狭”の除去に努力する国際社会に期待して、
日本は理想的な国際社会を維持することに”名誉ある地位”を議論することはなく、
”平和を愛する諸国民”に依存して、
特にアメリカに過剰に依存してきた。
【蛇足】
・平和を愛さない外国の諸国民が平和を乱して「公正と信義」の裏切りがあった場合、また、”専制と隷従、圧迫と偏狭”を除去するために積極的に行動した場合、それは戦争になる。憲法上、自国の役割を軽視して、国際紛争やアメリカ等の戦争を正当化してきたのが憲法・前文だろう。
・昔、憲法「前文」を暗記していた中学校の教師がいて、その教師は生徒に「前文」を暗記させようと努力していた。呪文のような憲法・前文を聖書のように記憶しただけで、今よりも平和だった東西冷戦時代は、「名誉ある地位」=日本の役割を受け身の姿勢にしていた。しかし、今、憲法「前文」を学校教育に出したら…中学校・高校レベルでも、中国の軍拡化(尖閣諸島侵攻等)、北朝鮮の核ミサイル開発・実験問題の議論に当然、発展して行き、「名誉ある地位」のための国家政策を考えることになる。
東西冷戦終焉後、
憲法上の平和神話を正当化できた国際社会は急激に崩壊中だ。
この平和神話を現実化するために
日本は主体的に国際社会に関与するか?
(平和神話の現実化は「戦争」も当然、想定することになる)
または、
平和神話は憲法から除去して現実的な言説にするか?
今のまま、
日本は受け身的に世界の流れに巻き込まれて行くだけか?
東西冷戦時代から、
国際社会はアメリカに警官役を与えて、
複数の国を巻き込む大きな戦争を回避できた。
しかし、
ベトナム戦争、湾岸戦争、イラク戦争等の単独戦争を、
”平和の維持””専制と隷従、圧迫と偏狭の除去”として
正当化することはできないだろう。
東西冷戦時代が終焉して、
ここ四半世紀、
日本周辺では中国の領海(東・南シナ海)拡大、
北朝鮮の核ミサイル開発で、
憲法「前文」を支えた国際社会は崩れて
(元々、崩れていたが…)
平和神話は正当化できない言説になっている。
アメリカ等の諸外国に依存して
平和神話を正当化してきた時代、
ここ70年以上、
日本は、普通の国家責務である
「国民の生命・資産の防衛」を軽視してきた。
今、
精神(マインド)面も入れた安全保障のレベルを完全に数値化できれば、
日本は世界で最低ランクに入るだろう。
【蛇足】
・日本の公的組織や企業の情報セキュリティ(情報管理の安全)は弱体化しており、情報セキュリティにかかわる人材は、先進諸国や企業個々と客観的に比較すると非常に少ない。日本の民間企業等で必要な情報セキュリティの人材は、標準的なレベルを目標にしたとしても5万〜8万人くらい不足しているようだ。
・日本人だけの社会ならば「性善説」を前提に安全保障のレベルを低くしても良いだろうが、ネットの世界はパスポート無しに国内外から自由に侵入して資産価値を奪える危険地帯だ。
・国家の安全保障上の情報セキュリティ人材をアメリカ、中国だけで4万人以上投入しているが、日本は半分どころか、10%以下、5%以下、1,000人弱か?100人弱か?安全保障上、総じてハード面は標準的だろうがソフト面はセキュリティ・ホールで穴だらけだ。
4/22 NHK「日曜討論」〜論外だった”日本の役割”の第一歩?
4/22(日)、
NHKテレビの番組「日曜討論」で、
”北朝鮮問題”をテーマにして討論が行われた。
番組の最後に司会者は、
「”日本の役割”はあるということですね」
と言った。
そもそも”日本の役割”を論外にして、
公共放送のNHKは受信料で討論番組を制作してきたのだろう。
アメリカは…うんぬん
北朝鮮は…うんぬん
韓国は…うんぬん
中国は…うんぬん
日本は…沈黙
と、
NHKだけでなく多くのメディア、
多くの日本人は、
諸外国の姿勢を話すだけで、
国際社会に「日本」を当事者として入れずに
国際問題上、日本を主体にしない言説で終始してきた。
「”日本の役割”はあるということですね」
は討論に参画した方だけでなく、
視聴した方も少しは驚いただろうが、
多くの方々は驚かずに、
日本が受け身的外交であることを受容していただろう。
この受け身の姿勢にクレームが出る可能性、
「驚き」を想定できたら、
最後に、
「”日本の役割”はあるということですね」
は言わない。
「日本の役割」をタブーにして、
能動的に考えない国際政治上の社会的習慣が
ここ半世紀くらい定着しているだろう。
もし、
「”日本の役割”はあるということですね」
で驚いたならば、
「日本の役割」が回復した第一歩になるが、
「日本の役割」はなくても良いと習慣的に考えることで、
驚かずに済ます人々が多いかもしれない。
NHKの司会者は視聴した方々を想定して話すので、
「日本の役割はあるということですね」
と最後に話したことで、
日本の転換点を示して、
日本国内の格差の溝埋め、
世界と日本の格差を間接的に表現したことになる。
世界で国々の主体的な役割、
「日本の役割」があることは当然だが、
ここ半世紀以上、
「日本」のアイデンティティーは喪失中にあり、
「日本」の「役割」を国会や世論では論外にして
準・中立化政策を支える社会地盤にしてきたようだ。
ここ約70年、
東西冷戦時代から日本は、
東西の両陣営の諸外国が与えた「平和」をうまく享受し、
経済活動に特化して専念してきた。
同時に、
世界が与えた「役割」を「日本」が受け身的に演じてきたことで、
日本のアイデンティティーは喪失しつつある。
東西冷戦終焉後の弱肉強食の世界で
(グローバリゼーションの席巻で)
蓄積してきた資産を合法的に奪われて、
世界が与える「日本の役割」も縮小してきている。
【蛇足】
ここ四半世紀、東西冷戦の終焉によるアメリカの覇権主義の縮小(日米同盟・解約の可能性の拡大)、中国の軍事大国化、北朝鮮問題がなかったら…日本はどうなったのか。
思うに、「日本」再生の動きは出ずに、受け身的な準・中立的な姿勢のまま、日本のアイデンティティーは喪失して、現代的な植民地主義支配下(国家独立しているが無国籍的なグローバリゼーションの属圏内の経済支配下)に置かれてゆくことになったかもしれない(まだその可能性は昔よりも高いが…)。
現代的植民地主義=グローバリゼーションの一部≒ネズミ講
かつて、
19世紀後半まで、
歴史に残りやすく、
目に見えやすい欧米列強諸国の植民地主義で
世界中で侵略行為が行われた。
さて、
はて、
現代も…?
歴史上、
悪しき過去の植民地主義を歴史的教訓として学んだ人々は、
行為とその責任、収益を分散化させて、
さらにセキュリティを向上したアップグレードで、
見えにくく、わかりにくい現代的植民地主義をシステム化しているようだ。
実際、
見えにくく、世論操作もしやすく、
工夫した現代的植民地主義が世界中に蔓延しているようだ。
現代的植民地支配のための主力の兵器として、
見えやすい行為になる「軍」ではなく、
見えにくく、ぼかしやすい「金」を中心にして、
さらに「情報」を活用して各種の「便宜」等も活用しているようだ。
こうした現代的な侵略行為の主体は
見えやすい国家行為ではなく、
見えにくい民間レベルの経済活動が中心なので、
名義等も誤魔化しやすく、
その実態が見えにくい。
(例:株式や土地購入時等の契約書等の名義を誤魔化せる)
また、
賛同しやすいスローガンをきれいな衣(ソフト的概念)にして、
悪しき実態を隠蔽しているようだ。
たとえば、
きれいなソフトな衣(現代の鎧=知的な武装)では、
反国家主義、反共産主義、
資本主義、民主主義、自由主義などを謳っている。
(日本国憲法の「平和主義」や、
信用できる有名な企業名や国籍名もうまく使って…)
また、
固めのハード=軍事上では、
国と国の対立を見せているが、
最後の手段でしかなく、あまり目立たない。
(英米仏のシリア攻撃は非常に目立ったが…
最後に近い手段であり、全体のほんの一部だろう)
こうした諸政策で、
裏にある経済侵略の実態を隠蔽して、
一見して正当化しやすい工夫をしているようだ。
【蛇足】
東西冷戦時代に準・中立化政策のために活用してきた日本国憲法独自の「平和主義」は、アメリカを中心に諸外国に「平和」を依存できた、きれいでソフトな衣だった。
しかし、東西冷戦終焉後、この四半世紀、アメリカの修正孤立主義(覇権主義の縮小)への転嫁等で、日本のまとった衣は透明になり、希薄化して丸裸のように見えつつある。
日本は、東西冷戦終焉時、プラザ合意(円高路線)、バブル&バブル崩壊(1980年代後半〜1990年代)からグローバリゼーションの餌食になり、日本のアイデンティティーを抑制できる「平和主義」の衣をグローバリゼーションの一部の勢力は左派・護憲派を使ってうまく利用しようとしている(すでに利用されている…)。
現・日本国憲法を維持すれば、世界共通の普通の国家責務である「国民の生命・資産」の防衛を日本は普通に行使できないので(普通のことを行使したら違憲・違法…)、グローバリゼーションを合法的に席巻しやすい土壌を維持できるのだ。
この現代的な侵略行為の主体は、
グローバリゼーションの一部だと言えるが、
明確な思想や信仰的な強烈な主張がなく、
国家名や国家のトップ層のような顔も見えにくく、
植民地主義や帝国主義のようなわかりやすい定義もまだ生まれていない。
彼らは、
詐欺まがいの犯罪行為に類似しているので、
証拠隠滅に専念する知能犯の集団もつくって、
高度なネットワークが構築されているのだろう。
こうしたグローバリゼーションの一部の動きは、
現代的な植民地主義のようになっているが、
簡単にいえば、
それは私利私欲的な、経済侵略のためのネズミ講か…。
そして、
ネズミ講の親玉に近い若い人々は世界中を飛び回っているか、
ご年配の方々は豪邸で優雅な生活をしているのだろう。
現代的な植民地主義は、
「金」が主力兵器なので、
軍事攻撃のようなわかりやすい事実が見えないことで、
隠蔽している事実について、
学術的にも統計的にも数値化しようとしていない。
(定義・数値化しないことは、
現代的植民地主義による阻害行為によるものか…)
歴史の教訓を学んだ現代的な植民地主義は
裏工作で悪しき実態を隠蔽するが、
奪いたい収益源には共通性がある。
それらは、
資源(鉱物資源・不動産等)、労働力、ノウハウ、
企業(株式)、経済市場等の支配であり、
昔も今もほぼ同じような資産価値をねらっている。
奪取した資源が世界の市場にどのように流れているのか?
欧州各国での移民・難民の受入数の違い、雇用支援は?
外国人株主(名義上は同国人だが…)による企業支配の割合は?
などなど、
こうした答えは、
国連等の調査や統計で見やすいだろうが…
諸圧力で実態を見せにくくして、
論外にして単に問題視しない風潮もつくられているのだろう。
【蛇足】
・国内問題としては、昨年から長期間、国会と世論を占拠しているモリカケ問題には財務省・文科省の行政権(国家の諸政策等)がからんいるので、当然、グローバリゼーションの動きが裏にある。しかし、グローバリゼーションは具体的に言説化しにくく、表面化しにくくいので、実態が誤魔化されているのが現実だ。
モリカケ問題(森友学園問題、加計問題)には、日本の肥大した行政権=国家主義による諸規制や日本主義的な国家観の再生を弱めたいグローバリゼーションの圧力、この圧力に抵抗する反作用が裏にあるのだろう。反・安倍政権の勢力は、最前線の表に出すのは左派系にして、その周辺や裏でグローバリゼーション派が加勢しているのだろう。
・国際問題としては、シリア問題、自称イスラム国(ISIS)の問題には、表に出る国家的対立だけでなく、裏には明確に中東での現代的な植民地主義による石油資源の奪取があり、二次的な悪徳ビジネスとして不安定な地域で移民をつくって労働力を供給する人身売買的な仕組みがある。多くの移民を受け入れる欧州の政界・経済界では人口減少等の社会的問題を回避するために移民の裏ビジネスに深く関与しているのだろう。
自称イスラム国(ISIS)は、比較的見えやすい中東での資源奪取になっているが、民間レベルの悪者=海賊的な山賊行為にすることで(短期間で2万人以上のISISの傭兵確保等で)莫大な投資が必要な組織的な犯罪であることを隠蔽しているようだ。
・南スーダン問題にもアフリカ有数の石油資源(南北スーダンの国境付近)があることから、当然、資源奪取の問題が見えるが、こうした事実が隠蔽されているようだ。南北スーダンの国境付近に石油資源が発見されなかったらスーダンが南北に分裂することはなかっただろう。
シリア攻撃〜「冷戦」の復活で損・得するのは誰か?
4/13、
国連・安全保障理事会の会合で
シリア攻撃を正当化する米英仏とシリアを支援するロシアが対立し、
会合に参加したグテレス国連事務総長は、
「(中東に)冷戦が戻った」と言った。
(四半世紀前に消えた冷戦の象徴「鉄のカーテン」は何色のどのようなカーテンになるのか…)
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英語圏メディア「The Guardian」サイト」:”cold war”=冷戦、”UN”=国連
4/14(シリア時間未明)、
昨年4月のシリア攻撃と同様に
米海軍・艦船の巡航ミサイル「トマホーク」約30発でシリアの軍事施設を攻撃した。
(昨年4月は巡航ミサイル「トマホーク」59発でシリア攻撃したときから半減したが来年は…)
米・CNNはシリア領空外からの遠隔空爆もあったと伝えており、
ロシア国防省は100発以上のミサイルでシリア攻撃があったと伝えている。
英米仏三カ国が攻撃したと思われるので、
まさしく、
「冷戦」の(一時的?)復活。
シリアでの「冷戦」の復活で
最大の損・得、最大のデメリット・メリットを出すのは誰なのか?
シリアの持つ利権、経済問題には、
特に、自称イスラム国(ISIS)が収奪してきた石油資源があり、
シリア周辺から出る多くの移民・難民が存在している。
「冷戦」復活には、
金になるエネルギーと移民=労働力を収奪したい
吸血鬼・寄生虫のような多くの特権階層・集団が存在し、
彼らは欧米、周辺国との連携によってきれいごとにして
「強欲」さを正当化・合法化したいのだろう。
【蛇足】
米・トランプ大統領はシリア・アサド政権を「バケモノ(monster)」と呼ぶが、実際、本物のバケモノは見えにくい。英米仏を操作したい多くのモンスターの手はロビー活動等で金・便宜を流し、モンスターの親玉は表に出ずに豪邸でのんびりしているだろう。
また、
シリアの政治問題として、
地政学上、南のイスラエル、北のトルコに挟まれて、
シリア問題の裏で深く隣国が関与しているのではないだろうか。
英米仏(旧・西側諸国)の裏でイスラエルが連携しているのは明確だが、
トルコがロシア側についているのか…?不明。
シリアでロシアと連携しているイランは、
アメリカ、トルコと対立している。
シリアとイラクの石油資源を奪取する自称イスラム国(ISIS)は、
諸外国と関係を持っているためにシリア・アサド政権ほど敵対化されずに生き延びた。
思うに、
今年建国70年を迎えたイスラエルとシリア・アサド政権で友好関係をつくれば、
シリア問題解決の裏の本筋、正道をつくりやすいかもしれない。
(対立構図で儲けるビジネスモデル(石油・軍需・人身売買等)は
当然、友好関係を阻害するが…)
さて、
はて、
日本は…このシリア問題解決に対して、
冷戦時代の準・中立的な立場を活用して参画できるのか?
準・中立的に沈黙するのか、
同盟国アメリカにどこまで従うのか?
【蛇足】
・アメリカはイギリスに従ってイギリス以上の過激な行動(攻撃等)に出るが、イギリスは他の何かに飼われているようで、イギリスは「手」と説明口調の「口」でアメリカの「大声」と「兵器」を誘導して、「頭」は…どこの誰なのか?
「頭隠して尻隠さず」で、口・兵器を持った手・恥ずかしい尻だけ出しているのが世界の現実だろう。
・4/14午後、安部首相は英米仏三カ国の攻撃を支持すると昨年4月のシリア攻撃時と同じ表明をしたが、日米同盟上、仕方ないことだろう。日本はささやかな最低限の「口」だけにして、アメリカのような「大声」と「兵器」を出さずに独自に「頭」を使って行動してゆかないといけない。
目下、日本の国会と世論は、
「井の中の蛙」の大声で低レベルなネタに占拠されている。
(「決裁文書」「日報」の文書問題等は行政手続き上の些細な問題で特別委員会・審議会のテーマで、
会計検査院の強化、第三者監視機関をつくるならば国会本会議のテーマだが…
国会を低レベルなエセ裁判所にして、立法権を行使する国会の機能を阻害している…)
日本社会で国際問題を議論することは不可能なようだが…
(国際問題、経済成長等の国家戦略を論外にすることで、
低成長・後退国家にしたいモンスターが民主主義のスローガンを悪用しているのか…)
【蛇足】
・「虎の威を借る狐」の籠池発言を誇張する「井の中の蛙」の大声で国会・首相官邸周辺でデモが起きているが…「井の中の蛙」のいる井の中に集まって、井戸を壊した後、どのような政権を期待しているのか?「政権打倒」のスローガンだけが目立つので日本社会を不安定にするようなテロ的な目的がそこにあるのだろう。
かつて、企業倒産の危機で脅迫して給与・労働条件向上のために、企業内外で左派グループがストライキを起こしたが、このとき企業の存続・成長は二の次だっただろう。そもそも、倒産できない国営会社のような特殊法人(旧・国鉄(JR)、旧・電電公社(NTT)等)、大手企業が左派の拠点だったので、東西冷戦時に中立化を目指した左傾化戦略が保守勢力にあったのだろう。
・9月の総裁選を考えて自民党も分裂中なのかもしれない。特に昨今の小泉元首相親子の言動を聞いているのと、グローバリゼーションを間接的に支援してきた小泉元首相周辺で分断が起きているのかもしれない。
しかし、
国際的な外交は、
「井の中」から出て自由に政権周辺が裏で先に進めるだろう。
そして、
適宜、途中経過を国会または公式見解で公表するのも良いのだろう。
【蛇足】
・歴史上、今も昔も日本よりも諸外国の多くの外交には未公開の裏工作がある。政治家だけでなく多くの民間人を外交に入れる世界の先進諸国と日本の外交の格差は、ここ半世紀、貧富の差よりも大きな格差が出ているかもしれない。これを数値化できれば日本は外交後進国が明確になるだろうが、裏の世界は見えにくい。民間人を入れる外交は任期が短く、人脈・ノウハウを継承できないだろうが、公務員としての外交専門職は人脈・ノウハウも希薄になりかねない。
・世界の動きには裏表があり、表に出るのは金・便宜を使うプロパガンダ、世論操作がまじっていると考えるのが普通だ。表に出すことを前提に動いたら、動きにくく、国家機密を丸出しにする「丸裸」の国になってしまう(南スーダンの自衛隊「日報」等も公開を前提にしたら軍事機密が書けなくなる…)。
・ここ半世紀、日本のアイデンティティーは喪失しつつあり(数値化できれば半減以下か?)、国家機密、軍事機密を公開したい「丸裸」好きが日本には多くなっているのだろう。長年、日本は、正規の「軍」や「核シェルター」がなく、自衛官が制服で出退勤できない珍しい国なので、世界の目線では銭湯のテーマパークのように見えて、「丸裸」が好きな国だと諸外国から思われているから、まさしく日本は自己犠牲的、自虐的で奇妙な状況だ。
日本のアイデンティティーよりも濃厚に生き残っている「地方」の「くに」のアイデンティティーが日本再生のきっかけになるのかもしれない。地方自治的な地方分散の江戸時代と明治時代以降の中央集権化社会を融合させる時代になってゆくのだろう。
・何事も損得勘定を想定して、この損得が誰の強欲なのか、どこの国益なのか、どこの損得がからみ合っているのか、それらを考えることは社会の動きを客観的にみる第一歩でしかないが基本的な一歩だ。


