今日は“広島平和記念日”です。
1945年8月6日午前8時15分、人類の歴史史上初めて一般都市に対しての“核攻撃”、“原爆投下”が実施されました。当時、日本とは戦争状態にあったアメリカ軍の“エノラ・ゲイ号”からの投下でした。この原爆投下により、当時の広島市民35万人に対し9~16万人が投下後2~4ヶ月以内に死亡し、被爆者の合計は56万人(市外居住者を含みます。)に上る被害を被りました。その直ぐ3日後の8月9日には“長崎への原爆投下”が行われています。この“原爆投下”を機に、終戦に向かいましたが、日本国民にとっては余りにも大きすぎる“代償”となってしまい、未だに多くの、大きな問題を抱え未解決状態のままでいます。アメリカ国民の“原爆の投下”についてのアンケートを見てみますと“原爆投下を肯定する”意見が圧倒しています。“戦争の終結に向けての功績”面での評価です。当時の日本の政治を牛耳っていた“軍政関係者”達の日ごろの言動を見てみますと、あながち、首肯せざるを得ないものもあります。“終戦の提言者は非国民扱い。”“神国日本に負けは無い。”“責任は自分には無い、の、擦り付け。”“大本営、戦争指揮官は自らの安全を最優先すべし”など、戦後数十年を経て、精査された当時の日本の中枢部の状況には目を覆いたくなるほどのものがあります。その意味では、“日本国民が一人残らず死んでしまうまで闘い続ける覚悟”が当時の“美談”とされていたとも思います。今となって恐れますのは“風化”です。只でさえ驚くほどの速さで世間の話題は変わって行きます。“あれほど騒いでいたこと”も、ものの1~2ヶ月で“そんなこともあったかな~”くらいのレベルまで“風化”してしまいます。政治家など、現在の日本をリードする立場の人々も2代目、3代目の“お坊ちゃま”が多数を占めだしています。強い“危機感”を持って、後輩国民へ引き継いでいかなくてはいけないものと思います。“広島、長崎”の言葉を耳にする時“背筋のピリッとする思い”が引き継がれますよう祈りたい気持ちです。我家の“リオ君”には目に触れるもの、耳に聞こえるものなど五感の全てで味わえるものはしっかり味わってほしいと思います。世界の端々まで旅をするのも良し、絵画や音楽や野原の昆虫や蝶々に夢中になるのも良し、折角丈夫な二本の足も有ります。フィールドを広々と広げ、本物に接し、確かめる、「良かったンアー、ありがたいことだなー」と繰り返し思え、口にできる人生を送って欲しい気がします。“お互い様”の心が有れば行けるのではと思います。応援するよ、“リオ君”です。愛知県も「まん延防止等重点措置」に該当しそうです。“コロナ”は、なかなかの強敵です。強敵であればあるほど“人智を結集する亀の陣”も強固なものになります。幸いにして「ワクチン接種」という突破口も見つかり、攻略しつつあります。気持ちを合わせる心づもりで立ち向かいたいと思います。今日もよろしくお願い致します。アンクリエイト