2008年(平成20年)、日本地名愛好会が
制定した記念日です。
アイヌ語地名研究家、山田秀三さんの命日
であることと、やはり地名研究家の
谷川健一さんの誕生日が今日であることに
由来しています。
日本の“地名”には、地形や地区の歴史などから
だけとも思えないほどの“地名”が数多くあります。
“貧乏山”…北海道、
“血洗島”…埼玉県、
“浮気町”…滋賀県守山市(フケと読みます。)
私の生まれた“挙母(ころも)町”も、
豊田市の旧名ですが、まず、ちゃんと読まれたことは
ありません。
由来は、すぐ東側を流れる“矢作川”が大きく曲がる
位置にあるところから、コロ(川の曲流する場所)+モ(接尾語)
とする説と、当地の主産業であった、養蚕、製糸から“衣”が
転じて“挙母”と呼ばれるようになったことと
二通りの由来を耳にした記憶があります。
いずれも氾濫を繰り返しつつも、
地域の産業を支え続けた“矢作川”にちなんでのもの
と思います。
お隣の“知立市”も読まれにくい市名です。
“池鯉鮒”と書いても“チリュウ”と読まれます。
こちらは、鎌倉時代以降のもののようですが、
“知立の宿”は、東海道で言えば、岡崎に次ぐ
39番目の宿場町です。
ここには“知立神社”という、由緒ある
神社が鎮座しています。
“知立神社”は少し低い場所に立地しており、
神社内外にはいくつもの“池”がありました。
そこには“鯉や鮒”が沢山飼育されており、
旅人に賞味される料理となっていました。
そんなところから旅の疲れを癒し、
ひと踏ん張りの“頑張り”を旅人に促す
という、ユーモラスな“機転”から
“池鯉鮒”とも書かれるようになったようです。
忠臣蔵で名高い、“吉良”様の由来も
面白いと思います。
“吉良様の家格”は大変高貴な家格です。
“足利将軍家”に事が有れば“吉良家”から
というほどの位置づけです。
徳川時代であれば、“御三家、御三卿”にあたるほどですが、
その“吉良様”が“キラ”を名乗った由来です。
西尾地方には“八つ面山”という山があります。
そこの特産物が“雲母(うんも、きらら)”だったという
ことです。
それにちなんでの名乗りであったわけで、
それだけといえばそれだけのことですが
何か“面白さ”を思います。
“地名”について語りだしますと、
誰しも、そこそこの長話になりそうな
だけのものがありそうです。
それだけのものが、この日本には
積み重なり、日本語の含蓄の豊かさも
相まって、各地に“愛好会”と称される
ほどに楽しまれているものと思います。
我家の“リオ君”は
何にでも興味津々です。
近くに、用水が流れています。
そこにはたくさんの“鯉”が泳いで
います。
良く見てみると、
大きさもまちまちですし、
色の着いている“鯉”も
混じっています。
“リオ君”と歩いてみて
初めて気づくことが
沢山あります。
この地に50年住んで来ましたが、
“リオ君”のお蔭で
「目を見開いて見よ。」の
教えを改めて思い起こさせられ
感謝です。
“ありがとう、リオ君”です。
“コロナ”も日常生活の中に
取り入れての生活パターン、
“コロナ前”とは、
一味違う暮らし方、
使い捨て当たり前感覚の
収束、
ちょっと、考えてみれば、
“おじいちゃん、おばあちゃん”から
何度も耳にした、
“モノを大事に、もったいない、
掃除は、手抜きをするな、排水口まで
ヌメリを取りなさい”など、
当たり前にしてきた筈の社会に
戻ることのような気もします。
人々の生気も戻るような気もします。
今までよりも一歩の前進は
近いと思います。
本日もよろしくお願い致します。

