チンパンジーの権力闘争「ママ、最後の抱擁」より | 52歳で実践アーリーリタイア

52歳で実践アーリーリタイア

52歳で早期退職し、自分の興味あることについて、過去に考えたことを現代に振り返って検証し、今思ったことを未来で検証するため、ここに書き留めています。

引き続き「ママ、最後の抱擁」からの知見。今回は群れをなす動物と権力について。

 

 

■アリストテレスと動物行動学

たまたま今、アリストテレスの「政治学」を読んでいるのですが、「政治学」では

他の動植物にもみられるように、自分と同じようなものをもう一つ後に残そうとする欲求は、すでに生まれつき自然に定められたものである(中公クラシック版「政治学」13頁)

とのように生物が次世代に子孫を残そうとする本性は、生物共通の本性として既に2400年前からアリストテレスが著書に残しています。

 

そして人間はポリス的動物であるとし、

国家が(全くの人為ではなくて)自然に基づく存在の一つであることは明らかである。また人間がその自然の本性において国家をもつ(ポリス的)動物であることも明らかである(同16-17頁)

とし、国家を形成するのは人間ならではの特徴。

善悪正邪その他のことを感じうるという、このことだけで人間は、他の動物に対して独特のものを持つことになったのである。そしてこれらの利害正邪の共同がもとになって、家族や国家が作られるのである(同18頁)

というのも人間だけがロゴス(言葉)を持ち、ロゴスを持つことによって理性を発揮して価値観(真善美)を形成し、共通の価値観を共有することによって共同体が生まれ国家が成立するという考え(既にイスラエルの歴史学者ノヴァル・ユア・ハラリの虚構の概念と同じようなことをアリストテレスはここで述べているのですから、やはり彼は恐るべき知者です)。

 

 

現代生物学では、

 

①生物が子々孫々まで生き残るのは無機的な遺伝子の性質に基づく偶然の結果であること。

②その結果の一つとしての群れをなす動物は、群れることで生き残ってきたこと

③なので、人間だけでなく群れをなす動物も程度の差こそあれ、ポリス的動物であること

 

ということがわかっていますが、2400年前に生きたアリストテレスも、あらゆる生き物を解剖し観察したという生物学の始祖だけあって、驚くべき洞察力です。

 

 

著者も、アリストテレスを第5章の「政治家の癇癪」で引用していますが、アリストテレスの主張を私のように「共通の価値観を共有」と解釈するのではなく、

人間には合理性や善悪の判断能力があるおかげで、私たちのコミュニティの生活は他の動物のものとは異なっている(「ママ、最後の抱擁」第5章)

として理性があるからこそ、としていますが、イギリスのEU離脱を例に出し(※)、理性よりもむしろ政治は情動につられて動くとし、以下のように人間の政治が持つ強烈に情動的な面も見落とすべきではないと主張しています。

政治でものをいうのは、恐れと期待、指導者の性格、そして指導者が呼び起こす感情だ(同上)。

※イギリスのEU離脱:離脱すれば経済が破綻しかねないとい経済学者が説明し警告を発したにもかかわらず、反移民感情や国家の威信に軍配が上がった、つまり理性よりも情動が勝った事例として著者が紹介。

 

■序列を作る

まず抑えておくべきは、群れをなす動物は、必ず序列を作るということです。序列を作ることによって群れの秩序が保たれるからです。

 

序列があることによって、諍いはなくなり、安定した群れが形成されるので、人間社会でいうところの「船頭多くして船山に上る」というリーダーが複数いると物事がうまく進まない、という諺は、生物学的には定説です。

階層がある証拠は至る所に見られる。幼児の間に早くから上下関係が現れるのも、大人が収入や地位にこだわるのも、小さな組織で大仰な肩書を付け合うのも、大の男がトップの座から転落すると幼児のように打ちひしがれるのもそうだ。それなのに、この話題は今もタブーになっている。

 

■チンパンジーの権力闘争

権力闘争は、人間社会だけではありません。群れる動物の世界には必ず権力闘争があります。特にチンパンジーの場合、その権謀術数の度合いは人間なみ。

 

群れをなす動物は上述の通り「群れる」ことによって「生き残る確率が高くなる」。

 

したがって群れにネガティブな要素は排除する方向に進化し、群れにポジティブな要素は強化する方向に進化します(そうでない場合は絶滅)。権力闘争は群れにとってポジティブな要素であり「どんな群れも権力闘争なしでは群れは存続し得ない」ということでしょう。

 

著者がチンパンジーの集団活動の分析に役立つのは、生物学の教科書よりも、ボルジア家やメディチ家やローマ教皇たちの実際に観察に基づいて著されたマキャベリの「君主論」の方だといいます。チンパンジーの権力闘争は、君主論に書かれた人間の権力者たちの行動とそっくりらしい。

 

【チンパンジーの権力闘争の事例】

(1)タンザニアの野生の集団のントロギというアルファオスは、分割支配戦略の達人。誰かの肉を横取りしては手下に分配し、競争相手には決して渡しません。

 

(2)著者がヤーキーズ国立霊長類研究所で観察していたチンパンジーのアルファオス、イェルーンは、著者の知っている限りで最も計算高いチンパンジーであり、真にマキャベリ的な策士だといいます。邪魔者が現れると情け容赦がなく、若いオスを手先に使ってライバルを殺させるなど、自分では直接手を下さずに手下にやらせるという、まるでマフィアの親分。

 

特にチンパンジーの凶暴さは、尋常ではなくライバルを死に至らしめるのは明らかに意図的。殺した後、数日後にその犯罪現場に戻ってちゃんと死んだかどうかチェックまでするらしい。

 

■良いリーダーの条件

チンパンジーの世界では「身体が大きくて力が強い」「喧嘩が強い」からといってリーダーになるわけではありません。特に力に任せた支配は短命に終わります。

私の経験では優れたリーダーほど支配が長続くし、残忍なかたちでその支配が終わる可能性が低い。これについては信頼できる統計がなく、例外があることは私も承知しているが、他の者たちを恐怖に陥れることによってトップの座にとどまるオスは一般に、二年ぐらいしか君臨せず、ベニート・ムッソリーニと同じような悲惨な結末を迎える。威張り屋をリーダーにいただく群れは挑戦者を待望し、見込みのあるオスが出てくれば熱心に支援する(同上)。

本書のタイトルにもなっている「ママ」というアルファメスが典型的な良いリーダー。ママはメスで特に力が強く身体が大きいわけではありませんが、ママが属する群れは、ママの支持を得ないとアルファオスにはなれません。ママが認めないと他の群れの仲間から支持されないからです。仲裁の達人でもあり、かといって機嫌を損ねるような行為をされると容赦なく攻撃。アメとムチを見事に使い分けて群れの真の権力者としてアルファオスはじめとする群れのメンバーを支配。

 

長期政権を保った優秀なリーダーたちは、老いてリーダーを次世代に譲った場合でも群れを追い出されることはなく、序列は下がるものの名誉ある長老としてずっとメンバーから大事にされるらしい。

 

また優れたリーダーの特徴として、第3者同士の関係性に対する認知力。例えばママの場合、園長とはほとんど接触していないのに、園長と自分の担当の飼育員との関係を観察していただけで、園長に敬意を示す態度を取ります。ママは飼育員と園長との関係を観察することで、序列関係や誰と誰が仲が良いか、などの飼育員たちの人間関係の把握にも長けているのです。

 

このように社会的動物は、序列という秩序を保つ機能も含め、仲睦まじい群れを形成して環境適応。

 

私の考えでは、例外は違う社会に生きる集団。他集団との闘争は残念ながら動物の本性として、仲良くなるようにはできていないように思います。いかにより広く関係性を増大させていくか、がより生物学的には生き残りやすい条件とも言えるので、人間が原始狩猟社会→国家の成立に繋がっていく、という流れはより環境に適応して種を繁栄させる方向に行った、という意味で画期的だったのではと思います。

 

【追記:現在の地球において最も人間が繁栄しているという証拠】
地球の陸生脊椎動物の全生物量に野生動物の占める割合はたった3%ほどでしかなく、四分の一は人間、ほぼ四分の三が家畜だ(「ママ、最後の抱擁」第7章)