今を生きる
『今を生きる』喜びは苦難のはて山彦「オーイ」「ヤッホー」と大きな声を出しますと、「オーイ」「ヤッホー」と同じように大きな声が帰ってまいりました。そして山々は一段と静まりかえっております。これを山彦と言うんだなあと思いました。緑のしたたる、日本の屋根と言われる信州の山々、素晴らしい景観で、美味しい、爽やかな風が流れています。私は立ち止まり、また大きな声を出し、ちょっとふざけてみました。「オーイ」「ヤッホー」と。そして帰って来る山彦を待ちました。すぐ、「オーイ」「ヤッホー」と同じ声が帰って来たのです。ああ、何と自然は正直なものなのか、不思議だなあ、とつくづく考えてしまいました。そしてふと「鏡」の事を思い出したのです。私どもが何とはなしに、毎日使っている鏡、一日に一度は自分の姿を映す鏡。人が笑えば笑い、泣けば泣き、よろこび、いかり、そして自分の衰え、すべて正直に映しだします。わたしは、また、考えました。心に悔しいと思えば、自分の態度も悔しくなり、心に楽しいと思えば、自分の態度も楽しくなります。そして月も美しく見え、野に咲く花も愛らしくめでる気持になるという風に、自然も己の心に影じたままの姿をそっくりかえしてまいります。そうです、山彦も鏡もそれこそ自分の心に在る姿そのものなのです。私は改めて、家族にも、隣人に対しても、己の心掛けいかんにより環境が変えることを考え、毎日の生活」の中、よい心掛けで接する必要を感じました。私どもは常に微笑みを忘れる事なく、南無妙法蓮華経を心に念じ、口に唱え、身に行ない、山彦の帰るように、鏡に映るように、法華経の救いの光を全身に受けとめたいものです。山彦一つでも、心いかんにより、信仰の手引きとなる事を教わりました。◎山彦も鏡も不思議です。大きな声を出せば、大きく帰ってくる、幸せの言葉を呼びかければ幸せが返ってくる。毎日、鏡を見ると亡くなった母の顔が微笑みかけてくれる、幸せ幸せです。