今を生きる
『今を生きる』年の変わり目になると、私どもは何となく時間というものの、時の経つということに対してある種の感慨というか、思いというか、そういうものを抱きます。今日はその時間というもの、時ということについて、ちょっと理屈っぽくなるかも知れませんが、ご一緒に考えみたいと思います。普通、私どもは時間は過去から現在に、現在から未来にと流れるものだと思っています。昨日の次に今日があり、今日は、明日に流れてゆく・・・、そう思っています。こういう時間の受け止めかたを「物理的時間」と言います。年の暮れから新年へというのもこの物理的時間なのです。ところが解釈学的時間と申しまして、時間は未来から現在へ、現在から過去のほうへ流れると見る考え方があるのです。つまり、未来をいかように考えどのように構想するかで現在の在り方が想定され、その現在をいかように生きるかによって、過去の意味が変わってくる、そういう時間の理解の仕方があるのです。理想を抱き希望をもって現在を生きる人は、まさにこういう時間を生きているのです。「夢が青春を作る」と言いますが、若い時ばかりでなく、いくつになっても、明日を生きるという姿勢を失いたいものです。次に宗教的時間というものがあります。時間は現在しかないという受け止かたなのです。過去といっても、記憶という現在の意思であり、未来といっても未来のことを思う、つまり予想する現在の意識なのです。人は「現在」の外には出られないのです。命はいつも現在なのです。この本当の現在を生き切るところに、まことの宗教的生き方があるのです。要するに「今を生き切る」ことです。「我が命は今だ、今だ」といつも思い続けて生きる事なのです。「南無妙法蓮華経」の生き方とは、この絶対現在を生きることなのです。◎生きるのは今、今なんです。しかし何時も楽な方を選んでしまう、愚かな身を反省させて頂いております、すべては今、釈尊の教え日蓮大聖人の実践、実行することが大切です。