『今を生きる』

喜びは苦難のはてに

人類救済のお題目

西暦一二六一年、今からおよそ七百二十年昔の弘長元年五月十二日、日蓮聖人は伊豆の伊東に流罪になられました。

海岸からほど遠い俎岩と呼ばれる海面からつき出た小岩に立たされた日蓮聖人は、海面を吹く風に身をまかせ、朗々とお題目を唱えておられました。

満ち潮とともに海面は没してしまう岩の上に立たれた日蓮聖人のお命は、まず助かる見込みはありませんでした。

 

 

しかし、泰然として唱えられるお題目の響きは、海面を渡り、やがて家路を急ぐ川奈の漁師弥三郎の耳に入り、危うき一命を救われることとなりました。考えて見ますと、誠に不思議なことであります。

竜の口の法難といい、また雪の佐渡といい、常識ではまず助かる見込みのない窮地に立たされ、そのたびに命にかかわるご難から助けられておられるということは、誠に不思議としか言いようがありません。

 

 

しかも、そのお蔭で今、私たちが唱えるお題目があるのです。

法華経の中に「緒天は昼夜に、常の法の為の故にこれを衛護す」とありまして、この法華経を持つものを緒天は必ず守ると教えていますが、まさにこの不思議と言うのは、今、私たちが唱えるお題目が時間、空間を越えて宇宙根元にまします久遠本仏釈尊の深い深いみ心、遠大なおはからいによって私たちに授けられた人類救済の尊いお題目なのである・・・ということでありましょう。

 

 

このことをシッカリと心において、この尊いお題目を朝夕に受持して人間の神聖なる意識を聞き、お互いに争うことのない、世界悠久の平和を祈る願行にいそしまなければならないと思います。

 

◎日蓮聖人がお命をかけられて広宣流布された、お題目を私も朝夕に唱えさせて頂いています。日蓮聖人の御心を尊び真心で唱えさせて頂いております。