『今を生きる』
喜びは苦難のはてに
釈尊成道
いかにしたらこの世の真理を求める事ができようかと。
釈迦族の王子、悉多太子は出家した。ウルビラの静かな林の中の白砂も美しい尼連禅河の畔、太子は足を組み黙然として座り給う。食を断ち日に焼かれ、あるいは寒さに凍えながら、六年間の苦行は続けられた。
すでに体は枯れ木のようにやせ細り、助骨はつき出し、皮膚はたるみ、根の腐った毛はハラハラと抜け落ちた。
だが、青黒く艶を失ったその顏に、落ち窪んだ瞳だけは深い井戸に宿る星のように輝いていた。
過去にもまた、未来にもそれ程に肉体を苦しめる行をする者はいなかった。
ある者は、太子はやがて死ぬだろうと思い、ある者は悟りをひらいて聖者になられるだろうと思った。
しかし、六年の歳月は空しく過ぎて苦行のかいはなかった。
いまや太子は、これらの肉体を苦しめる修行が悟りへ導き神聖な智慧をもたらすのでないことを悟った。飢えと渇きと極度の疲労から、どんな思想も悟りも生れはしない。そう思い直した太子は、尼連禅河の清らかな水で六年間の垢を洗い流し、衰えきった肉体をひきずりながら村の方へ歩いていった。
優しい村の娘スジャーターの捧げる香り豊かな乳がゆは、断食を中止した太子の全身に吸収されていった。
乳がゆで気力と体力を取り戻した太子は静かに立ち上がり菩提樹の下に座り給うた。
暫くの間瞑想に入られた太子は十二月八日の暁、明けの明星のきらめく下で、ついに悟りの人、仏陀と成り給うた。
それまでの修行者は得た悟りを自分だけのものとして瞑想の生活を続ける事を理想としていた。
しかし、仏陀はそうではなかった。
悟りの喜びを人々に分かち与え、衆生の苦しみを救うための永遠の旅人となった。
「人生は苦である」この現実にしっかりと目を向け、逃げたり絶望したりせずに、正しく生きて解脱せよと仏陀は今も語り続けている。
◎「人生は苦である」人間の苦悩は四苦八苦あります。
現実をしっかりと見つめ苦の解決が許されるよう今世、前世に犯した大罪の懺悔できる仏さま教えに精進していきます。
