九代目七右衛門の徒然日記 -8895ページ目

「薪ハウス樹安亭」オープン(大糸タイムス)

7月11日付の大糸タイムスの1面左上に「まきハウス樹安亭オープン気軽に間伐材まきに 大町の山崎さん中綱に拠点」という記事が載っていました。写真に写っていたのは、私が学生時代に良く行った、青木湖畔にある「ピザハウス樹安亭」のマスターでした。

内容を読んでみると、樹安亭のマスター山崎さんは、樹安亭を息子さんに引き継ぎ、7月15日に中綱の国道148号線沿いに「薪ハウス樹安亭」をオープンするとの事でした。場所は「青い風工作舎」の元事務所駐車場を無償で借り受けたと書いてあるので、ヤナバスキー場から少し南に行ったあたりのようです。「ピザハウス樹安亭」は、「樹安亭Due」として既にリニューアルオープンしているようで、同日の大糸タイムスの2面左下に広告が載っていました。

「まきハウス樹安亭」の内容ですが、今まで山に放置されがちだった間伐材や伐採した雑木などを山崎さんが受けて、乾燥や製材などを行い、薪として販売するそうです。販売価格は、直径30㎝のタガ入りで、ナラが300円、アカマツが200円、雑木が220円。タガなしなら50円引きとの事です。この他に巻き割り機のリースも行っており、1泊2日で大型が1万円、小型が4千円と書いてありました。この山崎さんの活動をきっかけに、北安曇周辺の山林が整備されていけばと期待しております。

白馬ごみ施設計画 近隣地区住民の賛成署名(信濃毎日新聞)

今日も白馬の爺さん(私の父です)から信濃毎日新聞と白馬新聞が届いていました。7月5日付の信濃毎日新聞に、「北アルプス広域連合白馬ごみ施設計画 近隣地区の住民 賛成署名」という記事がありました。今までこのごみ施設計画のマスコミ報道は、ほとんどすべてが反対意見をクローズアップしたもので、申し訳程度に賛成意見が書かれているだけでした。記事のタイトルに一瞬目を疑いましたが、信濃毎日新聞に非常に好感を持ちました。

記事の内容は、ごみ焼却施設計画の候補地である飯森地区の隣の飯田地区の有志でつくる「新ごみ処理施設建設促進を求める飯田地区の会」が、計画に賛成する593人分の署名を連合会長と村長に提出したというものでした。観光シーズンにゴミが多量に発生する白馬にこそ焼却施設を設置するのが合理的であり、環境対策も十分検討されているというものでした。

現在村内各地で住民説明会が行われているようですが、賛成反対双方の意見を的確に報道して頂き、投票する方々が充分内容を理解した上で住民投票に臨んで頂きたいと思います。

七夕 マロンの里と三倉岳

昨日は七夕でした。会社帰りに空を見上げると真っ赤な夕焼け。暗くなると奇麗な三日月が出ました。でも、この辺りは工業地帯なので、星はほとんど見えません。せっかく七夕なのだからと思って、車で山の上の方に行ってみることにしました。小瀬川沿いにずっと上がって、マロンの里辺りまで行ったのですが、川沿いだからか、霧が出ていて、星空どころではありませんでした。さらに上がって、三倉岳の駐車場まで行くと、星が見えてきました。ライトを消すと、星が輝いていました。天の川もはっきり見えます。織姫と彦星も無事に会えたようです。ここまで来た甲斐がありました。さらに三倉岳登山の駐車場まで上がってみたのですが、こちらは地面が白い砂だったので、逆に星の数は減ってしまいました。でも360゚林に囲まれた駐車場で見る星空は感動的でした。今度は昼間、ゆっくり来ようと思います。

養気園公園 第六潜水艦記念碑

昨日、九州と山口県が梅雨明けしました。私の住んでいる社宅は広島県にありますが、すぐ横を流れる小瀬川を渡ると山口県です。天気も良かったので、梅雨が明けた山口県側に行ってみたくて、先日会社の先輩が岩国の養気園公園に潜水艦の船長さんの記念碑があると言っていたのを思い出して、行ってみる事にしました。国道2号線を西に走り、和木町から岩国市に入ってすぐのあたりに、こんな看板があります。「回天」というのは第2次世界大戦の時の人間魚雷の名前ですよね。

昨年、初めてこの看板を見た時に、米軍基地のある岩国市にこんな名前の会社を出して大丈夫なのかなと思ったのですが、この看板を過ぎてしばらく行くと左側に岩国市役所の装港出張所があり、そこを右に曲がると公園入口の看板がありました。

けっこう急な坂道を50mほど上がると行き止まりになっており、ここから歩きです。駐車場がないので、突き当りに止めるか路上駐車しかありません。

入口には、第六潜水艦殉職者慰霊碑の建設に寄付をされた方々のお名前が掲示されていました。

ここから階段を上って、

折り返してさらに昇ると、

公園に出ます。

まず正面にあるのが、第六潜水艦の佐久間艦長の遺書です。明治43年4月15日に広島湾でガソリン潜航実験の訓練中に沈没する直前に書かれたとされるものです。内容を要約すると「この潜水艦が沈没したのは、私の操作ミスによるもので、潜水艦に欠陥があったわけではない。だからこの沈没で、潜水艦の開発をやめるような事があってはならない。艦員は沈没寸前まで皆一生懸命任務を遂行してくれた。申し訳ない。遺族の方々には出来る限りの事をしてあげて下さい。」というものです。解釈に間違いがあったらごめんなさい。感動的な文章でした。

広場の中央には第六潜水艇殉難者記念碑があり、

海側には、明治百年記念碑がありました。

そこから海を見るとこんな感じです。眼下は石油コンビナートで、一番手前の島は、大竹市の阿多田島で、その右奥が江田島市の黒神島です。

記念碑の横には第六潜水艦が沈没した場所を示すイラストがありました。

丁度この写真の中央部あたりでしょうか。

電車の音がしたので北側を覗いてみると、この公園はJR山陽本線のトンネルの真上にあるのが判りました。

ここから東側に公園が広がっており、

奥の方は、段々畑のような感じになっていました。

木陰は良い風が吹いて涼しく、梅雨明け初日の清々しい気分を味わうことが出来ました。

帰りに、3月に新しくできた和木駅を見て帰りました。

白馬「アルプス花三昧」が始まりました

いよいよ今年も7月1日(火)~8月31日(日)の日程で、白馬Alps花三昧が始まりました。開催場所は昨年までと同様に、白馬五竜スキー場(山野草園)、八方尾根スキー場(自然研究路)、白馬岩岳スキー場(ゆり園)、白馬47スキー場(あじさい祭)です。そのプレイベントが6月29日に白馬五竜スキー場のアルプス平で行われ、地元合唱団のコーラスや五竜鍋の振舞い等で賑わったそうです。7月1日付け大糸タイムスの切り抜きです。

このアルプス花三昧は、白馬村観光局が主催して6年前から始めたもので、スキーのオフシーズンとなる夏場のゲレンデに高山植物の定植などを始めました。白馬五竜スキー場のアルプス平では、約3ヘクタールの「五竜アルプス山野草園」に植栽された約150種50万株の花々が咲き乱れます。ゴンドラとリフトで上まで行けるため、子供からお年寄りまで楽しむことができます。我が家も昨年家族で行ってきました。昨年は24時間テレビの生放送も行われていましたよ。

また、国立公園内の白馬八方尾根スキー場では、遊歩道を整備し、ハイキングを楽しみながら、自生している高山植物を見ることができます。白馬岩岳スキー場では、白や赤、黄色の約50種50万株のユリの花が咲き乱れ、全長2キロの「ゆりの絨毯(じゅうたん)」は見応えがあります。白馬47スキー場では、ゴンドラ山頂にアジサイの群生地が広がっており、一面にエゾアジサイ(蝦夷紫陽花)が群生しています。散策に最適で、涼やかな彩りが夏の暑さを忘れさせてくれます。イベント中は会場を巡回するバスが運行し、各会場では、ポイントラリーやアウトドア体験などのイベントも催されています。この夏、白馬に行ったら「アルプス花三昧」は必見です。

白馬スノーハープクロスカントリー講習会

去る6月28日()、私の実家から徒歩5分のところにある、1998年長野オリンピッククロスカントリー競技会場「スノーハープ」にて、白馬村体育協会主催のサマークロスカントリー講習会が行なわれました。講師は箱根駅伝2区で区間優勝の実績を持ち、松川村に住む、楜澤俊明さん。この講習会は、7月19日()~20日()にかけて開催される第11回白馬スノーハープクロスカントリー大会のプレイベントとして行われたもので、6月29日付けの大糸タイムスにも大きく取り上げられました。

大糸タイムスによると、村内外の小学生から中高年まで約100名が参加され、走法の基本練習をしたあと、実際に楜沢さんと一緒にコースを走ったそうです。このイベントは、長野県体育協会も「エキスパートチーム派遣事業」として全面的に支援しており、翌29日はウイング21でノルディックウォーキング講習会が行われ、7月23日の午後7時30からはトリノオリンピッククロスカントリー 日本代表で白馬村出身の成瀬野生(なるせのぶ)さんの講演会も予定されているそうです。

五日市天然温泉ゆらゆら

6月22日に日本民家再生リサイクル協会 中国地区事務局が主催する「第4回すみあい塾」に行った時の帰りに、五日市インターの近くにある「五日市天然温泉ゆらゆら」に寄って帰りました。ここは去年秋田に転勤してしまった会社の先輩が、良く利用していたところで、一度行ってみたかった温泉でした。

入口の看板です。

入った正面です。イベントの広告が貼ってありました。

ロビーです。広々としていて、食事もできます。

駐車場は混んでいたので中も混んでいるのかと思いましたが、浴室内はすごく広くて、露天風呂、内浴槽、樽風呂、塩サウナ、遠赤サウナ、打たせ湯、バイブラバス、シェイプアップバス、トルネードバス、チャイルドバスと沢山のお風呂があり、1時間半くらいゆっくり疲れを癒して帰りました。

和洋菓子屋さん三田風月堂 定休日でした。

6月22日に日本民家再生リサイクル協会 中国地区事務局が主催する「第4回すみあい塾」に行った時の帰りの様子です。先ほどの小野酒造から1kmほど千代田インター方面に戻ったところにある、三田風月堂というお菓子屋さんに、小野酒造で造ったお酒を使った「お米ロールケーキ」が置いてあるとの事で、せっかくなので行ってみる事にしました。住所は広島県山県郡北広島町壬生222です。ナビに住所を入れても中心地しか出てこず、道がわからなくなってJAに寄ると、ケーキが大好きそうなお姉さんが、親切に道を教えてくれました。千代田インターを通り過ぎて、2個目の信号を左に曲がって、すぐ右の3件目にありました。「あっ!あったー!」と思って車を止めたところ、なんとお店が閉まっています。張り紙を見たところ、日曜と月曜は定休日との事。とても残念でした。

ネットで検索してみると、このお店は、65年前にお爺ちゃんがお店を創業。お爺ちゃんが亡くなったあとはお孫さん姉妹とお婆ちゃんの3人でお店を切り盛りされています。人気商品「水饅頭」は5月~8月までの期間限定で、鮮度が命なので地方発送は出来ないそうです。その他にも季節にあわせたメニューが楽しめ、小野酒造の酒米で作った「お米ロールケーキ」が絶品との事で、せっかく行ったのに食べる事が出来ず、がっかりでした。

すみあい塾 万徳院跡 見学

6月22日に日本民家再生リサイクル協会 中国地区事務局が主催する「第4回すみあい塾」に行った時の万徳院見学の様子です。ここ万徳院は毛利元就の孫、吉川元長が1575年頃に建てた寺院の跡だそうです。まず、駐車場のすぐ横にあるのが、万徳院ガイダンスホール「青松」です。

こちらも立派な屋根組です。

早速、中に入ってみました。

入館は無料で、営業時間は9時~16時半だそうです。既に16時であり、ここに来るために急いでいた事がわかりました。

当時の本堂の外観をモデルにして、規模はそのままに再現した建物だそうで、内部は展示室と休憩コーナーとトイレになっていました。

こちらにも万徳院を復元した模型が置いてありました。

ボランティアの方が丁寧に説明してくれました。

ガイダンスホールを後にして、300mの参道を通って、本堂に向かいます。

昨日書いた吉川元春館跡と同様に立派な石垣がありました。

昔は殿様しか正面を通って上がる事はできなかったのですよ、と言われながら、堂々と正面の石段を上がると、まず左側に庭池がありました。

流れてきた川の水が石の隙間に浸み込み、石垣の下が暗橋になっていて、また参道の左右に流れ込むという凝ったつくりになっています。

右奥には復元された風呂屋がありました。

この風呂は、湯釜で発生させた蒸気を風呂屋形という小部屋に引き込み、蒸気浴する蒸し風呂形式のもので、今で言うスチームサウナのようなものです。

こちらが炊き場。

釜の中はこんな感じです。

どうしても建物に目が行ってしまいますが、小屋組みには洒落た飾りがついています。

水は竹の節を抜いて上から引っ張ってきたそうです。

ここでは、実際に入浴体験できる日があるそうで、裏には薪が積んでありました。

そのあとぐるっと本堂跡を見学し、参道を元の道に戻りました。

駐車場で解散となりましたが、ボランティアで案内して下さった、千代田地方史研究会会長の亀岡定美さん(男性です)に皆でお礼を言い、一日御一緒した仲間と別れを惜しみながら、万徳院を後にしました。

すみあい塾 史跡吉川元春館跡 歴史公園

6月22日に日本民家再生リサイクル協会 中国地区事務局が主催する「第4回すみあい塾」に行った時の様子です。小野酒造で14時半頃、一旦解散となり、その後は有志のみで、会員でボランティアで北広島町の案内をされている方に、吉川元春館に連れて行ってもらいました。まずは、史跡吉川元春館跡ガイダンスホールに行きました。

入口の看板です。

中に入ると広々とした廊下の左に、展示室がありました。

教育委員会の方が出迎えてくれました。

立派な展示室です。ここは1583年頃、毛利元就の次男である元春が隠居所として建てた館跡だそうです。吉川の名乗りは駿河入江荘吉川(現在静岡市清水区)の地名に基づくものであると聞き、私の静岡の留守宅の近くにも縁があることを知りびっくりしました。

十分の一のサイズで再現された吉川元春館の模型です。

建築技術の面でも大変優れた建物であったようで、

丁番や吊り金具が展示されていました。

次に、このガイダンスホールの上手にある館跡に向かいました。石垣を切り出した跡が手前にあり、遠くから見るとここも石垣のように見え、相手を威圧する効果があったそうです。

入口からまっすぐな道を登っていきます。

ここを上ると石垣がありました。すごい迫力です。

石垣は等間隔で縦石を配列して崩れにくくしているとの説明がありました。


さらに、石垣の裏側にも石が積んであり、石垣が簡単に崩れないような構造になっているそうです。

上に上がると、広い館跡があり、右の方には池がありました。

池の背後には滝石組と三尊石を配した庭園があり、会所と呼ばれる建物から干渉していたそうです。

左の方には、台所と附属室が復元されていました。

内部は台所とは思えないほど、広々としています。

立派な小屋組みです。

室内には、囲炉裏もありました。珍しい長方形の囲炉裏です。

かまども復元されています。

隣の附属室には、当時の農具などが飾ってありました。

やはりここも、もっとゆっくり見たかったのですが、時間の都合で足早に次の万徳院跡に向かいました。