養気園公園 第六潜水艦記念碑 | 九代目七右衛門の徒然日記

養気園公園 第六潜水艦記念碑

昨日、九州と山口県が梅雨明けしました。私の住んでいる社宅は広島県にありますが、すぐ横を流れる小瀬川を渡ると山口県です。天気も良かったので、梅雨が明けた山口県側に行ってみたくて、先日会社の先輩が岩国の養気園公園に潜水艦の船長さんの記念碑があると言っていたのを思い出して、行ってみる事にしました。国道2号線を西に走り、和木町から岩国市に入ってすぐのあたりに、こんな看板があります。「回天」というのは第2次世界大戦の時の人間魚雷の名前ですよね。

昨年、初めてこの看板を見た時に、米軍基地のある岩国市にこんな名前の会社を出して大丈夫なのかなと思ったのですが、この看板を過ぎてしばらく行くと左側に岩国市役所の装港出張所があり、そこを右に曲がると公園入口の看板がありました。

けっこう急な坂道を50mほど上がると行き止まりになっており、ここから歩きです。駐車場がないので、突き当りに止めるか路上駐車しかありません。

入口には、第六潜水艦殉職者慰霊碑の建設に寄付をされた方々のお名前が掲示されていました。

ここから階段を上って、

折り返してさらに昇ると、

公園に出ます。

まず正面にあるのが、第六潜水艦の佐久間艦長の遺書です。明治43年4月15日に広島湾でガソリン潜航実験の訓練中に沈没する直前に書かれたとされるものです。内容を要約すると「この潜水艦が沈没したのは、私の操作ミスによるもので、潜水艦に欠陥があったわけではない。だからこの沈没で、潜水艦の開発をやめるような事があってはならない。艦員は沈没寸前まで皆一生懸命任務を遂行してくれた。申し訳ない。遺族の方々には出来る限りの事をしてあげて下さい。」というものです。解釈に間違いがあったらごめんなさい。感動的な文章でした。

広場の中央には第六潜水艇殉難者記念碑があり、

海側には、明治百年記念碑がありました。

そこから海を見るとこんな感じです。眼下は石油コンビナートで、一番手前の島は、大竹市の阿多田島で、その右奥が江田島市の黒神島です。

記念碑の横には第六潜水艦が沈没した場所を示すイラストがありました。

丁度この写真の中央部あたりでしょうか。

電車の音がしたので北側を覗いてみると、この公園はJR山陽本線のトンネルの真上にあるのが判りました。

ここから東側に公園が広がっており、

奥の方は、段々畑のような感じになっていました。

木陰は良い風が吹いて涼しく、梅雨明け初日の清々しい気分を味わうことが出来ました。

帰りに、3月に新しくできた和木駅を見て帰りました。