子どもが学校に行っていなかった頃、
外で同級生を見かけるのが
つらい時期がありました。
制服を着て、
友達と楽しそうに歩いている子。
部活の帰りなのか、
大きな荷物を持って
自転車で走っていく子。
そんな姿を見るだけで、
胸がギュッと苦しくなりました。
みんなは普通に学校に行っている。
みんなは先に進んでいる。
うちの子だけ止まっている。
本当だったら、
うちの子も
あの中にいたはずなのに。
ただ同級生を見かけただけなのに、
そこからいろんなことを考えて、
苦しくなっていました。
でも、
とげが抜けていくと、
同級生を見かけても
胸が苦しくならなくなりました。
「あ、○○ちゃんだ」
それで終わる。
その子が元気に学校へ行っていることと、
うちの子が今、学校へ行っていないこと。
それは、
別のことでした。
誰かが学校へ行っているからといって、
うちの子が遅れていることにはならない。
その子にはその子の今があって、
うちの子にはうちの子の今がある。
同級生を見かけても、
そこから
「このままで大丈夫なの?」
「この先どうなるの?」
と、
わが子の未来まで
ネガティブな雪だるまを作らなくなりました。
子どもが、
学校に行っていなくても
進路が決まっていなくても、
何か大きな変化があったわけではなくても。
変わったのは、
私の見え方でした。
目の前を歩いている同級生を、
ただその子として見られる。
そして、
家にいるわが子のことも、
誰かと比べずに
今のこの子として見られる。
比べることが減ったら、
まだ起きていない未来まで
先回りして苦しむことも
ずいぶん減りました。
とげが抜けると、
世界から
苦しくなるものがひとつずつ
減っていきました。